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第百二十七話 ダグザの祖父さん編、始まる。

次回からスウェンス編というかレプラコーン族編が始まります!

更新は一月二十一日くらいになる予定です。


 エイリークは会場中央のテーブルに到着した。

 ついさっき準備の途中で姿を消したので当然のようにマルグリットとアイン以外の人間は軽蔑の眼差しを向けている。

 反抗期に入っているエイリークの娘レミーなどは皿の上に乗っている木の葉と果実の形をした飾りつけを投げつけてきそうな雰囲気だった。


 (レミーめ、無駄な事を考えていやがるな。俺に飛び道具は通じねえんだよ。後で食べ物を取り上げて立場の違いを教えてやるぜ)


 エイリークはレミーがまだ幼い頃から食事を取り上げては目の前で口の中に放り込んでいた。

 レミーの加虐的サディスティックな性格の原因はエイリークにある。

 エイリークはレミーの反意を鼻先で笑い、会場の隅々にまえ届くような声で話を始めた。


 「おう、子分ども‼今日は俺様の為に集まってくれてどうもありがとう‼これからも俺様が世界で一番輝く為に馬車馬の如く頑張ってくれたまえ‼」


 エイリークはハンス、ソリトン、ダグザによって捕縛された。

 お仕置きとまではいかないがベック、レナードから説教をされている。

 

 マルグリットたちも今度ばかりは呆れた様子で見守っていた。


 セイルたち老人組はベックとレナードがエイリークに説教をしているか監視していた。

 代わってダールが出てくる。


 「代役のダールだ。今日は皆の今まで働きを労う為にささやかな集会を開催することになった。十年前、”火炎巨神同盟ムスペルヘイム”の引き起こした戦争を終結させてから君たちがどれほど第十六都市の為に尽力したか、私はそれを知っている。ほんのささやかな気遣いに過ぎないが今日は生まれ変わった我々の家、エイリークの屋敷で互いの十年も続いた安息の日を祝おうではないか」


 ダールの目の前に山吹色の液体が入ったグラスが置かれる。

 速人がこの日の為に準備したレモネードだった。

 開会の挨拶が終わる頃を見繕って配って歩いていたのだ。

 ダールはすぐに別のテーブルに向かって行く速人の背中に向かって軽く会釈をする。

 速人は布を巻いた大きな瓶からグラスにレモードを注いでいた。

 そこにやや乱れた服装のエイリークが現れ中身の入ったグラスを奪い取った。

 周囲の制止も聞かずに一気に飲んでしまった。

 

 エイリークは飲んでしばらくしてから苦い薬を飲んでしまった子供の顔で速人を見る。


 「おい、速人。何だこの甘さ控えめの大人な味つけのノンアルコール飲料は?俺様主催のパーティーに相応しくはねえぞコラ‼」


 エイリークは力いっぱい速人の頭を握った。


 ギリギリギリ…、爪痕からは既に血が滲んでいる。


 速人は表情を微動だにせず答える。

 しかし、目は金目鯛のように血走っていた。


 「当パーティーはノンアルコールで行われます。ていうか前この話したよな?…オッサン」


 速人は自分の頭を鷲掴みにしているエイリークの右手を掴んだ。


 ギリリッ。


 速人の大きな頭に青筋が浮かぶとエイリークの手首に、指が猛獣の歯牙のように食らいつく。


 ゴキッ‼


 次の瞬間、エイリークの美しい顔が苦痛で歪んだ。

 速人は頭にめり込んだ手を外して、エイリークをソリトンのところに突き返した。


 「オッサンが酒に酔って外を裸で歩く度に、レミーとアインがどれほど肩身の狭い思いをしてると思ってンだ。少しは反省しろ」


 速人は頭から湯気を出しながら大股で焼き上がった牛肉が置いてあるテーブルに向かった。

 

 エイリークは速人に向かって中指を立てる。

 

 合流した雪近とディーの他にベックとセイルたちが手伝ってくれたので全員に予定通りの時間に飲み物を届けることが出来た。

 配膳まで手伝ってくれたベックと大市場の商売人たちの活躍も目覚ましいものだったが、元騎士であるセイルたちの働きぶりも素晴らしいものだった。

 引退した元騎士たちは武技のみならず礼儀作法も心得ているらしい。

 逆に手伝おうとして始終足を引っ張っていたドルマとトラッドはある意味期待通りだったのかもしれない。

 この二人には被害が増える前に力仕事に回ってもらうことにした。


 ダグザは速人に頼まれてエイリークに乾杯の号令をするように頼んだが、当のエイリークは体育座りをしたままその場から動こうとっはしなかった。

 ダグザは呆れながらマルグリットに乾杯の号令を出すように頼む。

 マルグリットはエイリークに声をかけたが首を横に振るだけでそれ以外の反応は無い。

 マルグリット曰くワガママが通らないので完全に拗ねてしまったらしい。


 「…」 ← 全員が微妙な目つきでエイリークを見ている。


 結局、ダグザの願いで代役としてマルグリットが乾杯の音頭を取ることになった。


 「ええと、みんなが元気で良かったねってことで乾杯~!」


 マルグリットはグラスを持って会場に集まった仲間たちに声をかける。


 カチッ、カチッ、カチンッ…。


 マルグリットが号令をかける役が急遽変更になった為か、まばらにグラスを重ねる音が庭に響いた。

 その後隊商キャラバン”高原の羊たち”のメンバーたちはダールのところに近況報告をしたり、ベックやアルフォンスに昔世話になったお礼を言いに行っていた。

 彼らの子供たちはレミーのところに集まり、学校の行事について話をしていた。

 やがて速人が大きな皿を乗せた車付きのカートを押して現れる。

 焼き上がったローストビーフの匂いに気がついたエイリークが一番早くに気がついて、マルグリットと一緒にBBQの時の犬のように上機嫌な様子で現れた。

 エイリークたちに尻尾が生えていたら力いっぱい振り回していたことだろう。

 速人は二人を邪険に扱わず、目の前で白い布を取ってあげた。


 「うわあ‼肉だ、肉だぜ‼ハニー‼」


 「うん‼お肉だ‼お肉だね、ダーリン‼」


 エイリークとマルグリットは子供のように飛び跳ね、大きな声を出して喜んだ。


 (ふふふ。お腹を空かせた子供に食事を与える喜びに勝るものなど無いぜ)← お婆ちゃん属性 


 速人もまたご満悦といった様子でナイフとフォークをローストビーフに当てる。

 大きな肉の塊が一枚一枚と丁寧に切り分けられる度にエイリークとマルグリットは大喜びした。


 「うひょー‼とびきりデカイ肉を頼むぜー‼」


 「アタシも‼アタシも‼」


 速人はウィンクをしながら切り分けた肉を重ねていった。

 そして白と黒の特製ソースをかける。

 エイリークとマルグリットは皿を受け取ると手で食べてしまった。

 二人を古くから知る人々は”いつまで経ってもこういうところは変わらないな”と温かい視線を送る。


 しかし、エイリークとマルグリットの子供たちは…。


 「あれが私たちの両親なんだよな。ははっ…。子供は親を選べないってね」


 ゴンッ‼


 言った直後レミーはアインの頭に拳骨を落とした。

 しかし、アインは姉の理不尽な暴力に今回ばかりは理解を示した。


 (僕はこの痛みを忘れてはいけない。お父さんとお母さんは街の英雄と呼ばれているけれど中身はお腹を空かせた子供なんだ。だから今度何かあった時は僕とお姉ちゃんがしっかりしていなきゃ駄目なんだ)


 アインは実の両親を何かの仇のような目つきで睨みつけている姉レミーの姿を見ながら決心した。

 しかし…。


 ガンッ‼


 レミーは肉の取り合いを始めた両親の姿を見た途端にアインの頭に拳骨を落とした。

 

 やはりタダの八つ当たりだった。


 (可哀想に…。レミー、お腹が空いているんだな)


 速人はアルフォンスに事情を説明した後、彼に配膳を頼んでレミーとアインのところまでやって来た。 

 アルフォンスは速人に負けず劣らず極薄に切ったローストビーフを息子同然(※中には実の息子も混じっています)に思っている若者たちに与え続ける。

 但しアルフォンスの愛妻シャーリーの分だけは極厚の爆盛りになっていたことだけは言うまでもない。


 「レミー、アイン。お前らの分、用意しておいたぜ。さあ、これを食って仲直りをするんだ」


 速人は普段の五割増しのイケメン顔になった状態で、ローストビーフの皿を渡した。

 レミーはすぐに「違えよ‼」とツッコミを入れてきたが実際に空腹だった事、そして何よりも薄切りのローストビーフから漂う魅力的な芳香に食欲を刺激され皿を受け取った。

 アインも目から涙を流しながら皿を受け取る。

 速人は数枚のパンが入ったバスケットと冷静のトマトスープ、ガスパチョスープが入ったスープ皿も持って来た。

 レミーは肉を食べるとパンをつまみ、スープで流し込んでしまった。


 「速人。これすっごくおいしいよ‼いつものお肉料理もおいしいけど、今日のは今まで食べたお肉の中で一番おいしいよ‼」


 「幸福とは常に極上の肉料理と共にある。アインよ、たくさん食べて立派な大人になるのだ」


 速人はそう言いながらアインの皿の上に魚のフリッターの乗せ、その上に白いソースを回しかける。

 ナインスリーブスでは一般的ではないクリームチーズを使ったソースだったが、アインは一生懸命になって食べている。

 

 レミーはアインの食べっぷりを見た後で自分の分も用意しろとばかりに皿を突き出してきた。

 速人は微笑みながら”魚のフライの白ソースかけ”をレミーのところに持って行った。

 レミーはきつね色の衣がついた魚のフライにフォークを刺してパクリと食べてしまった。


 「ん…。まあまあじゃないか。ソースの話だけど、私はどっちかというとあっさりした味付けの方が好きだな」


 速人は一度頭を下げると今度は別のテーブルに移動して白いソースのかかっていない魚のフライを持ってきた。

 仕上げに乾燥パセリのような香草が混じったハーブソルトをふりかける。

 皿の上からは何とも言えないようなフライの香ばしい匂いと柑橘類のような甘酸っぱい匂いがした。


 「俺の住んでいた場所の”塩レモン”という味つけにしたフライだ。良かったら食べてくれ」


 レミーは食器を使わずにつまんでから口の中に放り込んだ。

 そして口内で何回か噛んだ後、飲み込む。

 その後、レミーの表情は明るいものに変わり皿の上にあった魚と付け合わせの野菜を全部食べてしまった。

 速人はレミーが食べ終わると持っていたハーブティーを渡した。


 「ありがと」


 レミーはティーカップを受け取ると中身を一気に飲み干した。

 その姿を見て速人は先ほどのエイリークにそっくりだなと思ったが、レミーが気を悪くするのは間違いないので指摘することは無かった。


 「私もしかするとお肉よりも魚の方が好きかも。別に速人の作ったローストビーフがおいしくないってわけじゃないけどさ」


 レミーは照れ隠しとばかりに頭をかいている。

 速人はティーカップと食器をトレーに乗せると懐からハンカチを取り出した。

 レミーの口のまわりが少しだけ汚れてしまっていたからだ。

 速人は無言でハンカチを差し出すとレミーは少しだけ不機嫌そうな顔つきになり、やや強引に取り上げる。

 そして桜色の小さな唇を拭きながら捨てセリフを残して行った。


 「速人。お前ってさ、気が利くけどお節介だよな。全く、こんな事まで気がつかなくていいんだよ」


 レミーはそのまま振り返ることも無く、手を振りながらアメリアたちがいる場所に小走りで行ってしまった。

 速人は苦笑しながら他の人間が使い終わった食器をトレーに乗せて屋外の簡易キッチンに向かった。


 その道中で速人はダールに呼び止められた。

 ダールの隣では妻エリーが相変わらず微笑んでいる。


 (この二人には今日のパーティーを純粋に楽しんでもらえると良いのだが…)


 速人はカートにトレーを置いてからダールのところまで歩いて行った。


 「速人。オホン。今日のパーティーの話だが、私は己の立場を忘れて十分に楽しんでいる。ありがとう」


 ダールは速人に向かって軽く頭を下げる。

 そして妻エリーを伴って隊商キャラバン”高原の羊たち”の隊員たちに個別で挨拶をして回っていた。

 速人が背を向けて去って行く二人に頭を下げていると、その背後からダグザが声をかけてきた。

 ダグザの白磁のような肌が、魔術によって起動する外灯を受けて心なしか明るくなっていたような気がした。

 

 ダグザはダールと同じように軽く咳払いをしてから話を始めた。


 「オホン。速人、今回のパーティーは概ね成功だったことは認めよう。思えば私の父ダールは私にとって身近な存在だが、逆に遠い存在でもあったのだ。だから私には父が現状を思い悩み、苦しみを抱えているなどとは考えもしなかったのだ。実に不甲斐無いことだと思う」


 「ダグザさん。俺はお礼を言われるような事は何もしちゃいないよ。今回のパーティーが成功したのも半分以上は、ダグザさんとエイリークさんが普段から頑張っているからだし。むしろこれから先は如何にダールさんやベックさんを安心させてあげられるかの方が大事なんじゃないかな?」


 ダグザは速人の話を聞きながら、周囲を見ては誰も自分たちの会話を気にしてはいないことを確認する。


 (ようやく本題に入るのか。さて、ここからが厄介だな)


 ダグザはどこか思いつめたような表情で速人を見ていた。

 そして、深呼吸をする。


 「速人。お前ならばもう気がついているかもしれないが、今日のパーティーにはいなければならない人物が一人だけ出席していない。(かなり)前にお前に頼もうと思っていた案件をここで打ち明けようと思うのだが構わないか?」


 速人はいつになく真剣な表情のダグザの顔を見ながら羊の肉の事を考えていた。

 その時の速人があまりに真剣な表情だったので、ダグザは同意を得たと判断する。


 「…。ああ、いいよ。あれ何か向こうでケンカが始まったな…」


 直後、速人とダグザの視線が交錯する。

 その一方で二人はエイリークとマルグリットが肉を取り合ってケンカになっている様子を聞くことになっていた。


 「お前の料理の力で何とか私の祖父スウェンスを立ち直らせてくれないだろうか?…マギー‼エイリーク‼子供の前で喧嘩は止めなさい‼ああ、何だってこんな時に…」


 速人とダグザは急いで現場まで駆けつけることになった。

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