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第百二十六話 そして始まる間奏曲

次回も余裕を持って一月十六日ごろに投稿します。雪と寒さが特にひどいのでお許しください。


 「なるほど。これはあの小僧、速人の仕業か」


 ダールは目を細めながらエイリークの姿を観察している。

 ダールとエイリークのつき合いは長く、産湯に使っていた頃から世話をしていた。

 エイリークの両親は社会人としては優秀な人間だったが、家庭生活はお世辞にも得意とはいえないような人種だった。

 当時、ダールとエリーは子供の世話が嫌いでは無かったので好んで手伝いに行っていたわけだが逆に任せっきりになってしまった事は言うまでもない。

 そういうわけでエイリークの第二の父ダールは現在エイリークが着用しているタキシードの出所が以前ダールが成人式に贈ったものであることを看破していた。


 (浪費家のエイリークが昔の服を仕立て直して着ることなどあるまい。あえて私が選んだ服を出してくることからして、速人が関わっているのだろう)


 普通の人間が相手ならば精神を破壊されてしまいそうな威力を秘めたダールの眼力だが、慣れているせいかエイリークは困った表情をする程度に止まっている。


 「全く、ネクタイはもう少しきつく結んでおく方がいいな。お前もマールも見てくれはいいのだから、衣装は慎重に選びなさい」


 ダールはエイリークの首に手を伸ばしてネクタイを締めてやった。

 エイリークが子供の頃、両親が第十六都市の外で仕事をしていた時はダールの家でエイリークを預かっていた。

 当時のエイリークはジャケットにシャツ、ズボンといった姿だった為に衣服が乱れた時はダールかエリーがこうして直していたのだ。


 エイリークはダールの世話になりっぱなしであることに気恥ずかしさを覚えて赤面している。

 

 ダールの妻エリーは二人の昔の姿を思い出して微笑んでいた。


 「その、ダール。ネクタイはいいからさ。俺もう三十三だぜ?」


 ダールはエイリークをギロリと睨み、作業を続ける。

 エイリークはダールと自分の関係が子供の頃から変わっていないことに気がつき、溜息をもらした。


 「そう思うなら客を遇する時くらいネクタイを締めておきたまえ。誰に対しても平等な立場で接するのは君の一族の美徳だが、時と場所を選ばぬだらしなさとはまた別の問題だ」


 「へいへい。わかりましたよ」


 ダールはもう一度、エイリークを睨んだ後で少しきつい感じでネクタイを結んだ。

 それから自分の手前に向かって押し返した。

 どうやら説教とお節介は終わりということらしい。

 

 エイリークは安息の時が訪れたかと思ったが、代わりにセイルとコルキスの説教を受けることになった。

 レナードも説教をするつもりだったが偉大な二人の先輩の後とあっては遠慮するしかない。

 むしろセイルたちの声量だけは若い頃のままだったのでエイリークに同情していたくらいだ。

 こうしてエイリークは祖父ダルダンチェスの代から積み重ねてきた悪行の数々を暴かれることになった。


 やがて抜け殻のようになったエイリークを見たダールが二人の老騎士に声をかける。


 「セイル、コルキス。エイリークも少しは反省しているようだ。今日はこの辺りで許してやってはくれないか?」


 ダールはセイル、コルキスの順で流し目を送る。

 二人のジジイとレナードは敬愛する若君の妖艶な視線を受けて顔を赤くしてしまった。

 

 (あれはちょっとわからねえな…)

 

 トラッドと雪近は少し離れた場所で呆気に取られている。


 「まあ、若がそこまで言われるなら今日はこの辺で勘弁してやりますよ。おい、エイリーク。若に迷惑をかけるんじゃねえぞ」


 「オホン。…ダール様の命令とあっては、このコルキス、直ちに従いましょう。おい、エイル。後でブ

ランジェル(※トラッドの父親)を連れてお前の家に説教に来てやるからな。覚悟しておけ」


 ダールの仲裁が入ってもセイルとコルキスの鼻息は荒いままだった。

 

 エイリークはセイル、ベンツェル、コルキス、ブランジェルの四人から実の孫のように可愛がられ、さらにこの年齢になっても頻繁に小遣いを貰いに行っているので何も言い返すことは出来ない。


 (ここでジジイどもからまだ小遣いとか貰っていることがバレたら、ダールのガチ説教が始まっちまう。畜生、豚餓鬼はやとめ。お前は絶対に許さんッ‼)


 こうしてエイリークの中で速人に対する憎しみは強まっていった。

 

 しかし、今ボロを出せばガチ説教は確定なのでエイリークはそれこそ借りてきた猫のように大人しくしていた。


 「コル、セイル。エイルも反省しているところだし、そろそろ解放してあげたら?」


 エリーがガミガミジジイコンビとエイリークとの間に入ってきた。

 普通の場合、まとめて説教を食らうことになるのだがエリーと敵対する即ち角小人レプラコーン族の女性を敵に回すということになるのでセイルとコルキスは引き上げて行った。


 (すげえな、エリー。きっとメリッサが死んだ後は人脈全部自分のものにしたんだろうな…)


 エイリークはエリーの底知れぬ人間力に畏敬の念を抱き、同時に彼女の気まぐれに振り回されるダグザとダールに同情した。


 「悪い、エリー。いつも世話になってる。あの調子でジジイどもに説教されたらパーティーどころじゃなくなってたぜ」


 エイリークの顔色は心なしか青くなっていた。

 慣れない接客の後に、屈強な老人たちに揉まれることになればタフネスが売りのエイリークでも削られてしまうということだろう。

 エリーは落ち込んでいるエイリークの姿を見て、苦笑する。


 「どういたしまして。エイル、貴方も少しは大人になりなさいな。個人的には気に入っているけれど、そろそろ髪を切った方がいいと思うわよ。手入れだって大変でしょ?」


 エリーは伏し目がちにエイリークの腰にかかるまで伸ばされた後ろ髪を見ている。

 実は二十歳になってからエイリークに対して”髪を切れ”と忠告していたのだ。

 理由は単に”ダールに似たような髪型にしたい”という個人的な欲求にすぎないのだが、最近は身内として”三十を過ぎた実の子のような男がハードロッカーのような髪型をしている”という事実が心苦しくなってきたことが原因らしい(※レミーから相談も受けている)。

 エイリークとしては”余計なお世話だ、ババア”と思っているが毎月小遣いをもらっているだけに面と向かって言い返せない。

 言葉を選び、慎重に説得することにした。


 「ホラ、そこは俺の、人生の洒落だから。こればっかりは曲げられ…いだだだだッ‼善処しますッッ‼前向きに検討させて頂きますッッ‼」


 エイリークは言葉の途中で泣き叫んだ。


 エリーはにっこりと笑いながら、エイリークのお下げを握っている。

 すぐにレナードとダールが駆けつけエイリークを救出した。

 先にも述べたが角小人レプラコーン族の筋力は数ある眷属種ジェネシスの中でもかなりの上位にある。

 二十代になるまで風精獣リンドブルムと呼ばれる金属製の使い魔に跨り、屈強な騎士たちに混じって前線で戦っていた過去を持つエリーには逆らわない方がいいという教訓だった。


 「もう。今度、妙な言いわけをしたら当分マギーとレミーとアインはウチで預かるわよ。ダール、アナタからも何か言ってくださいな」


 エリーの顔は笑っていたが目は全く笑ってはいなかった。

 しかしこの場合に限っては自慢のお下げを失う事よりも、選択次第では愛するマギーや子供たちと離れ離れになるという脅しの方がエイリークの心を深く抉った。

 エイリークは嗚咽を漏らしながら何度も頷き、恭順の意志を示し続けた。


 「エイリーク、このように我が妻エリーは有言実行の体現者だ。これ以上は逆らわないことを勧める。もみあげの腫れている部分は冷やしておこう」


 こうしてエイリークは抜け出す前よりもひどい状態で会場に戻る事になった。

 ダールに支えながらヨロヨロとした歩調で戻って来たエイリークの姿を見つけたマルグリットとレミーとアインは彼の元に直行する。

 エイリークはまずマルグリットに抱きついて豊かな胸元に頬ずりする。

 比較的大らかな性格のマルグリットも家族同様に育ってきた仲間たちの前で夫に抱きつかれて赤面していた。


 (母ちゃんのやつ、今さら何を恥ずかしがっているんだか…)


 そんなマルグリットの姿を見ているレミーの視線は冷たく険しいものだった。


 一方、ドレスに着替えたマルグリットとレミーの姿を見つけたエリーたちは落ち着いた様子でやって来た。

 背中にエリーの気配を感じたエイリークはマルグリットの後ろに隠れてしまったが。


 「あらあらッ。レミー、マギー、アイン、素敵な服装ね。とても似合っているわ!」


 エリーは微笑ながら両手を合わせ、我が子同然の三人の姿を見て回った。

 エイリーク一家の衣装はおそらくエリーの義理の娘レクサが見繕ったものには違いないだろうが、エリーにとっては好ましいものには違いない。

 エリーは緩やかなウェーブのかかったマルグリットの髪を撫でたり、レミーとアインの衣服についたわずかな埃を取っている。

 

 レミーはエリーの淑女然とした優雅な所作に思うところがあったらしく尊敬の眼差しを向けている。

 

 アインは穏やかで優しい雰囲気を持つエリーに親しみを覚え、自己紹介などをしていた。


 しかしエリーの正体を知るエイリークは彼女の機嫌を刺激しないように距離を置いている。

 故意に無視をしているが、エイリークの予想ではエリーの怒りはまだ収まっていないはずだった。

 マルグリットたちの挨拶が終わった頃、ダグザとベックに軽い挨拶をしたダールが二人を連れ来た。

 ダールとエリー以外の面子は隊商キャラバン”高原の羊たち”のメンバーたちに捕まり、噂話や世間話に興じている。


 まずまず順調な滑り出しだった。


 「エイリーク、ウチの母親に何かされたようだが大丈夫か?」


 「危うくお気にのお下げを千切られるところだったぜ。ダグ、後生だ。仇を取ってくれ…」


 エイリークは目に涙を浮かべながら懇願する。

 ダグザは何よりも弱り切ったエイリークの姿を見て驚いていた。


 そして自身の母エリーの姿を睨む。


 ダグザとエリーの親子仲は概ね良好だが、強引すぎるやり方を巡っては度々衝突することがある。

 大概はダグザがボロクソにされて決着がつくのだが実直な性格のダグザは今回の行き過ぎた指導に苦言を呈する。

 ただでさえも鋭い目つきをさらに尖らせて母親に反旗を翻す。

 例えるなら子供の蛇(※ダグザ)と大人のマングース(※エリー)という構図。


 (フッ。保って三秒だな…)


 エイリークは親友の末路を憂い、さめざめと涙を流した。


 「そろそろお肉が焼けるって速人が言ってるんだけど…」


 レクサがケイティと一緒に現れた。

 二人ともいつの間にか普段の主婦モードに戻って袖を捲って、ドレスの上からエプロンを着ている。

 地面にはズタボロにされたエイリークとダグザが倒れていた。

 エリーは何食わぬ顔で手についた血をハンカチで拭っていた。

 ダールは体内の回復力を高める魔術をエイリークとダグザに施し、レナードとセイルは腫れ上がった部分を冷やすべく風の魔術を使っている。

 一目見ただけで大体の事情を察したレクサとケイティはエリーを連れて本会場に移動する。


 エイリークとダグザは足元をふらつかせながらも立ち上がり隊商キャラバン”高原の羊たち”の仲間たちのところまで移動した。


 ダールはセイルとレナードを伴い、友人たちに声をかけながら目的の場所に向かった。

 

 ダールの活動の場は主に都市の上層部だったが、幼い頃からレプラコーン区画と下層を出入りしていたので知人は多かった。

 友人の子供、マールが都市の外部から連れてきたマルグリットたちらは広い意味でダールの子供たちに等しい存在だった。

 彼らと言葉を交わす度にダール自身、気持ちが楽になっていることに気がつく。


 (そうか。あの小僧はやとの目的は是か。私も侮られたものだな)


 ダールは心の中で気恥ずかしさを覚え、苦笑した。

 一方、ベンツェルと一緒に本会場に戻ったディーは肩を震わせて籠った笑い声をもらすダールを見て怯えていた。


 「ベンツェルおじいちゃん。ダールさん、何か怒っているのかな?」


 「違うぜ、坊主。あれは久々にみんなに会えて喜んでいるのだろうな。それにしてもディーよ、今日はありがとうな。年を取るとどうにも便所が近くていかん」


 「どういたしまして。俺の祖父ちゃんもたまに大変そうにしているから見ていられなくって。じゃあセイルさんのところに案内するから俺の後ろについて来てね」


 ベンツェルは目を細めながら頭を縦に振る。

 知人から見れば好々爺然としたベンツェルの姿はかなりレアなものだが、突っ込むとカミナリを落とされるのは確実なので二人の姿を見た者は何も言わないことにしていた。


 二人は雪近とセイル、そしてベックとコレットの夫婦の姿を見つけて合流を果たした。


 皆との久々の再開で上機嫌になっているベックをセイルが早々に説教を始めたのはこの際、愛嬌ということにしよう。

 そこにドルマとウェインの姿が現れ、昔話に花を咲かせる。

 ドルマは老人二人に”ウェインと家族を大切にしろ”と説教をされていた。

 かつて負傷したドルマを拾ってくれたのは他でもないセイルとベンツェルだったのだ。


 エイリークはエリーの攻撃を受けて腹のところがボロボロになっていたので、珍しくジャケットのボタンを留めていた。

 

 速人は先に焼き上がった牛の肉を大皿の上に降ろし、部位ごとに切り分けていた。

 腹と肩と腿が乗せられた大皿からはこんもりと湯気が立っている。

 

 エイリークはつまみ食いをしてやろうと足を引きずって屋外の調理場に向かった。


 速人は即座に反応し、ソリトンとハンスに足止めするように目でサインを送った。


 「エイリーク、食べる前に挨拶だ。余計な事をすればそれだけ食事の時間が遅れるぞ?」


 「そうだ、エイリーク。ここだけの話、さっきからエリーの気配がここまで届いておる」


 エイリークが背中に意識を集めるとエリーの頭の上から押さえつけるような気配が近づいていた。

 

 エイリークは踵を返し、会場の真ん中にあるテーブルへ向かった。

 十数人くらいで囲めそうな木製のテーブルにはマルグリット、レミー、アインらエイリークの家族とダール、エリー、レクサ、レナードといった顔ぶれが揃っていた。

 レナードは何か言いたそうな渋い顔をしていたが、その度にレクサが注意していた。


 エイリークは皆の昔ながらの姿を見て大きく呼吸をする。


 「さて豚餓鬼ハヤトの思惑通りに進んでいるのは気に食わないが、とりあえずパーティーを始めるか」


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