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第百二十五話 老人はトイレが近いものなのですじゃ

次回は余裕を考えて1月11日くらいに更新したいと思います。雪かきの関係で、ごめんなさい。


 角小人レプラコーン族の騎士トラッドは屋敷の正門を見ながら、自身の記憶の中にあるエイリークの屋敷を比べてみた。

 鬱蒼と生い茂る魔界の如き木々は姿を消し、手入れの行き届いた庭になっていた。

 屋敷のトイレが使えないので用を足す時は大きな木の前でズボンを下ろしていた事を記憶している。


 (…この家だけは絶対に違うな)


 隣の老騎士コルキスも納得しかねるといった様子である。


 「コルキス様、絶対にここだけは違うって断言できますよ。俺だってエイリークさんの家を訪ねたのは十年前くらいですけど」


 「ふうむ。私がエイリークの家を訪ねたのは1年前くらいだった(※上層に引っ越す時に手伝いに行った)が廃墟同然だったからな。思い出したくはないが家の住人も、あまりの不潔さに嫌気がさしてソリトンやダグザ坊ちゃんの家に一家で居候していたという話を聞いていたからな」


 トラッドとコルキスは二人同時にため息をつく。二人の会話が終わった事を見計らってディーは声をかけることにした。

 今は普段着ではなく来客用の黒いスーツ姿である。


 ディーはエイリークの服を、雪近はソリトンのお古を着ていた。


 「コルキスさん、こんばんわー。もしかしてエイリークさんの家を捜してるの?」


 「ええと…、君はたしかディー君か。そして隣にいるのはキチカ君だったか。実は恥ずかしい話だがその通りだ。エイリークの家を目指していたのだが、どうやら道を間違えてしまったようでな。面目ない」


 コルキスは頭を下げて苦笑する。

 コルキスとディーと雪近は以前、速人を通じて何度か話をしたことがある関係だった。

 そこに不快そうな顔をしたトラッドが割り込んできた。

 トラッドは尊敬する上司が見知らぬ相手と親しくしているのが気に入らなかったらしく、わざわざコルキスの前まで出て来ていた。


 トラッドは経験こそ少ないが現役の軍人として十分な資質を持った男である。

 背丈はディーよりも幾分かは低かったが、鍛えられた肉体と気迫で後ろに押し込まれてしまった。

 そして、驚いてディーが倒れそうになったところを雪近が身体を支える。


 「おい、お前。どこの誰と話をしているつもりだ?この人はだな、第十六都市の守護神(※言い過ぎ)と呼ばれる伝説の”天馬の騎士”コルキス様だぞ。お前のような田舎者が軽々しく口をきいて良い人じゃないんだよ!」


 トラッドは鼻息を荒くして一気にまくしたてる。

 実際二人は伯父と甥の関係だが若い頃から数々の戦役で多大な功績を獲得し、英雄と呼ばれるようになったコルキスはトラッドにとって憧れの存在だった。

 そして、あっちへ行けとばかりに手を払う。

 爽やかな好青年という外見に反して人見知りな性格のトラッドだった。


 「トラッド、こちらはエイリークの家で世話になっているディーという若者だ。たしか妖精巨人トロール族の出身だったとか。すまないな、ディー君。トラッドの事は私から謝らせてもらおう。この通りだ」


 コルキスはディーに向かって白髪に覆われた頭を下げた。

 父親ほどの年長者にいきなり頭を下げられてディーは混乱だが、速人の”礼には礼で返せ”という言葉を思い出してその場でコルキスよりも深く頭を下げた。


 「俺の方こそ挨拶が遅れてごめんなさい。この前、速人に”例え相手が知っている人でも最初に自分から挨拶しろ”って言われたばっかりなのに…。トラッドさんもいきなり話かけられてビックリしちゃったんだよね。ごめんなさい」


 コルキスとディーは謝罪すると改めて挨拶を交わした。

 トラッドは話題に取り残されたような気分となり、妙な居心地の悪さを感じていた。

 オホン、オホンと咳払いをしてみせる。

 ディーとコルキスは話の出鼻を挫かれて話に入って行けなくなってしまった。


 結局、雪近がディーに代わってエイリークの屋敷の現状について説明することになった。


 「どうも。コルキスの旦那、お久しぶりです。ええと、それでエイリークの旦那のお屋敷の話なんですがね。実はここなんですよ。速人のヤツが一ヶ月ばかり頑張って屋敷の修理と清掃をやっちまいまして…」


 雪近は正門の方に向かって指をさす。

 コルキスとトラッドは指先にある立派な門構えの屋敷を見た。

 そして、二人は目の前の現実を受け入れることが出来ずに腕を組んで唸り始めてしまった。


 今度は馬車の中かたセイルとベンツェルの老人コンビが現れる。


 「おい、コル。このジジイがさっきから小便をしたいとうるさくてな。屋敷の人間に頼んで便所で用を足しても良いか聞いて来てはくれんか?」


 セイルは親指の先をベンツェルに向ける。

 ベンツェルは照れくさそうにしながら首を縦に振っていた。

 この時実はセイルも小便をしたかったのだが、レナードやエリーの手前言う事が出来なかったのである。

 セイルは雪近とディーの姿を見つけると馬車から飛び降りてそちらの方に向かった。


 「誰かと思えばキチカとディーか。もしかして、お前らも迷子か?」


 セイルは気さくに声をかける。

 ディーと雪近は角小人レプラコーン族の精鋭、元・ボルグ隊のセイルとベンツェルとは良好な間柄だった。

 一方、セイルの好々爺然とした意外な対応にコルキスとトラッドは動揺している。

 彼らの知るセイルは厳格な騎士であり、いついかなる時も声をかけることさえ躊躇われる存在だったのだ。


 「違うよ、セイルさん。俺たち、今日は迷子じゃないよ。今晩エイリークさんの家でパーティーをするから、そのお手伝いをしているんだよ」


 「実は速人のヤツに、ダールの旦那が屋敷の場所がわからなくて困っていたら案内するように言われていましてね」


 二人はセイルに親しげに話しかけた。

 セイルは二人の話を聞いた直後に首を傾げる。

 セイルは家を出発する前に軽くワインを飲んできたのだが正気を失うほどの量ではない。

 仕方ないので酔い覚ましに一度、頬をつねってみたが屋敷を囲う背の高い白壁は元のどす黒い色に戻る事は無かった。


 「待て待て。まさか、このお屋敷がエイリークの家なんて事はないだろうな?」


 「おいおい。俺より先に呆けたか、クソ爺。ディーよお、お前も妙な事を言ってないでさっさと俺の為にトイレを借りてきてくれよ!」


 セイルは顎に手を当てながら屋敷をもう一度よく見た。

 実は屋敷が出来上がった時にダグザの曾祖父エヴァンスに連れられてベンツェルと一緒に見たことがあるのだが五十年くらい前の出来事なのではっきりとは覚えていない。

 むしろ口を開けば地響きが起きてしまいそうなほどの大声を持つエヴァンスの事を思い出して委縮してしまった。

 隣ではベンツェルが股間を抑えながら青い顔をしていた。

 尿意に苦しむベンツェルの姿を見かねたディーは前向きな提案をした。


 「まあ、とりあえずベンツェルさんをトイレに案内しようよ。ここでお話してるよりも中に入って見てもらった方がずっと早いからさ。速人だってセイルさんたちがパーティーに参加してくれるならきっと喜ぶから」


 ベンツェルは”恩に着る”と短く礼を言ってからディーを連れて屋敷に入ってしまった。

 ディーは去り際に手を振ってダールたちの案内を雪近に託した。

 親友ディーの意図を察した雪近は残ったセイルら三人を正門まで案内する。

 こうして使い魔に引かれた馬車は無事、正門の前に到着した。


 雪近は馬車の中からダールたちが出て来るのを待ち、全員が揃うと正門から屋敷の内部に案内することにした。

 馬車の中からは最初に黒い軍服姿のレナード、次に水色のドレスを着たダールの妻エリー、最後に黒いマントを羽織ったダールが現れた。


 ダールは馬車から降りてすぐに屋敷と庭園を観察する。

 レナードとエリーは改修されたエイリークの屋敷を何度も尋ねたことがあるので他の面子のように驚く事は無かった。

 ダールは門に触れたり、遠間から庭園の樹木を観察している。


 セイルは心配して、ダールの後ろに付いて歩いていた。


 一通り、検分が終わったところでダールは正門にまで帰ってきた。


 「むう…ッ。この佇まいは間違いあるまい。我が祖父大エヴァンスの設計した建造物に相違あるまい。あの小僧め…ッ‼よくも神聖なるルギオン家の深奥に土足で入り込んでくれたな‼」


 ダールは憎しみの籠った視線を屋敷に向ける。

 ダールは非の打ち所がない天賦の才を授かって生まれた男だが、たった一つだけ欠点があった。

 それはどうしようもなく手作業が不器用だったのだ。

 以前にはダグザにスウェンスの作品と偽って靴をプレゼントしたことが、靴ずれになってしまうような欠陥品しか作ることが出来なかった。


 (この私に出来なくて、何故あの小僧が出来るというのだ…ッ‼)


 その時、エリーが後ろからダールの耳をぎゅっと引っ張った。

 あまりの伸び具合にセイル、コルキス、トラッド、雪近は言葉を失った。


 「あなた。そろそろ屋敷に入らなければエイルたちに失礼ですよ?」


 エリーは悪戯っぽくウィンクしてみせたが、苦悶するダールの顔を見た周囲の人間たちは顔面蒼白になっている。

 エリーはダールをぶら下げたままレナードに向き直る。


 (これでは若、…じゃなくてダールトン卿を助けることが出来ないッ‼)


 レナードは心の中でダールに何度も詫びを入れながらエリーの言葉を待った。


 「わかっているさ、エリー。かつての角小人レプラコーン族の祖たるカルマルの耳は長く捻じれていたらしいが、古い角小人レプラコーン族のファッションが私に向いているとも思えない。速やかに会場に向かうつもりだから放してはくれないか。このままでは小さなアダンに私がエルフ族の出自ではないかと疑われて…あいだだだだだだッッ‼」


 エリーはダールの悲鳴など知らぬ顔で耳を放した。

 ダールはエリーにウィンクをして感謝の意を伝える。

 ここだけの話、レプラコーンを含める”小人”と分類される種族はナインスリーブスにおいては力持ちが多い。

 元は武門の出自であるエリーは十年に一人の逸材と呼ばれていた。

 左の耳を抑えながら悲痛の表情になっているダールの近くにレナードたちが群がって行った。


 「大丈夫ですか、若。まだどこか痛むところはありませんか?」


 レナードはダールに向かって手を差し出したが、ダールは無言で首を横に振って是を拒んだ。


 「すまない、レナード。今はそっとしておいてくれないか。痛みで頭がどうかしてしまいそうだ…」


 よく見るとダールの右側の耳が有り得ないくらいに真っ赤になっていた。

 レナードはダールに拒まれて余程ショックを受けたのだろうかガックリと肩を落としてしまった。

 その後、セイルはエリーに”あれはやり過ぎだ”と説教をしながら一行は遅まきにパーティー会場を目指して歩いて行った。

 道中、雪近はダールとレナードの事が気になって声をかけてみたが二人とも”何も問題は無い”と返すばかりだった。

 そうこうしている間に一行は庭を半周して、パーティー会場近くまで到達する。


 速人の手によって建てられたばかりの頃のエイリークの家の庭園は見所も多かったのだ。

 ダールは区画の目印となっている柱を見ては歯ぎしりをしている。

 雪近はそれらの建物が全てダグザの祖父エヴァンスが作ったものであることをセイルに説明してもらった。


 「キチカよ。大親方は、傑物ぞろいのルギオン家でも百年に一人の逸材と呼ばれている御人でな。まあ俺やベンのような凡夫は毎日怒鳴られるばっかでよう、その度に親方や奥様に庇ってもらったもんだぜ」


 セイルは昔を思い出しながら笑った。

 ダールの推察は正しく、速人はエヴァンスの作った屋敷と庭園を再現したのだろう。

 速人の想像力と技術も素晴らしいものだが、建てられてから半世紀近く経過しても原型を失わないエヴァンスの技術は現在の角小人レプラコーン族のそれと比較しても決して見劣りはしないものだと考えられる。


 (やはり俺は大親方の不肖の弟子だな…)


 セイルはふと自分の工房で一人図面と向き合いながら仕事をしているエヴァンスの背中を思い出していた。


 「その通りだ、セイル。未だに大エヴァンスを超える天才などこの世界には現れていない。彼の残した発明品や設計図も、実用化されているが原理を説明できる者は少ない。一番の理解者だった父上ですらそうだったのだから」


 ダールは真っ赤な耳に手を当てながら言った。

 そこで自分の失敗に気がつく。

 久しぶりにダールの口からスウェンスの名前が出た為に、セイルとコルキスの目から涙が溢れていたのだ。

 後少しで老人二人が号泣しそうなところで、会場の方からズカズカと大股で近づいてくる者がいた。


 「ゲッ‼誰かと思ったら一番招待したくねえジジイが二人もいるじゃねえかよ‼これ以上、ジジイ増やして参加者の平均年齢引き上げないでくれねえか⁉」


 足音の主はいつものぶっ飛んだ衣装ではない、タキシード姿のエイリークだった。


 髪型もいつものような揺らめく炎のように逆立ったものではなくひとまとめにして後ろに流した落ち着いたものになっている。

 先日に速人から説明を受けていたエリーと雪近以外の全員がまともな姿をしているエイリークを見て、その場に立ち尽くしてしまった。

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