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第百二十三話 時の流れを感じる時。

かなり遅れてしまいました、すいません。次回は28日くらいに更新したいと思っています。

 

 エイリークは自分の屋敷を訪ねてきた町の人々を連れて、二百組くらい庭を案内した。

 訪れた町の人々は昔馴染みの顔だけではなく、新しく都市に引っ越してきた人間もいた。

 町の住人にエイリークの家でパーティーが開かれると聞いてわざわざ足を運んできたたらしい。

 エイリークはどういった理由でパーティーにやって来たのかが気になったので尋ねてみることにした。


 「おっちゃん。一応聞くけど、わざわざ俺の家に何しに来たの?」


 エイリークが急に話しかけてきたのでベック(※五十代前半)と同じくらいの年齢の男性は驚いてしまったらしい。

 声をかける前よりも大分距離を置いている。

 相手がこういった反応した時にすかさず距離を縮めるのがエイリークの人間性というものだった。

 

 キラン!

 

 ほぼ同じタイミングで遠く離れた場所でエイリークの動向を見守っていたダグザの目が輝く。

 ダグザを筆頭とする隊商キャラバン”高原の羊たち”の主要メンバーはパーティー前の秘密のミーティングで速人からエイリークのボロが出ない様に気をつけろと言われていたのだ。


 「そ、それはだな。俺たちの暮らしを守ってくれた英雄様がどんな家に住んでいるか気になったんだ。出来ればエイリークさんという人に直接会ってお礼を言いたいところなんだが。お兄さん、アンタはエイリークさんがどこにいるか知らないかね?」


 わりと小奇麗な服装をした初老の男はぎこちない笑顔を浮かべている。

 男の身長は決して低い方ではないが筋骨隆々の上からタキシードを着ているエイリークの前では真夏にエンジョイできない貧弱な坊や(※ブルーワーカー使用前)にしか見えない。エイリークは緊張から委縮した態度になっている人物を弄るのが大好きな性格だったので、ニヤニヤ笑いながらさらに接近した。

 

 ダグザは既に手招きしてスタッフを数人、召喚している。


 「ほほう!そいつは奇遇な話だな。実は俺もエイリークっていう名前なんだ。仮に俺様が英雄エイリークと同一人物だったとしても何も気にする事はねえよ。楽にしているといいさ。それで俺様は最近悩みがあってな。実は俺の家の金庫番に小うるせえ…」


 ガインッ!


 エイリークは白目になって前に倒れ込んだ。

 ほぼ同時に近くに控えていたソリトンとダグザが気絶したエイリークを回収する。

 エイリークの後ろには穏やかな笑みを浮かべている老紳士ベックが大きな水瓶を持って立っていた。


 「いやあ!大丈夫ですか、お客様!最近は英雄エイリークの名前を騙るバカなヤツがいましてね!ガツンと一発かましてやったんですよ!当屋敷のご案内は引き続き、この私めが担当させていただきますので!」


 ベックは何度も頭を下げなら、庭園を案内して行った。

 ベックはエイリークの父マールが生きていた頃、娘のケイティやマルグリットたちが何回か庭で遭難しかけたところを助け出した事があるので魔境の案内役としてはうってつけだった。

 実際ベック自身もマールと一緒に庭園内で死にかけた経験がある。

 しかし案内された男はドワーフ族の出身らしく融合種リンクス族出身のベックでは満足しない様子だった。

 庭園を案内された男は近いうちにもう一度挨拶に来ると言った後、家族と一緒に街に戻って行った。

 ベックは”高原の羊たち”のメンバーたちに対して愚痴を言っていたことも責める気にはなれなかった。


 「ベック、いつもながら迷惑をかける。今日は私の父や貴方を労う日だというのに…」


 ダグザがもうしわけなさそうに頭を下げる。

 エイリークの回収中に抵抗されたせいか、ダグザとソリトンは頬が赤く腫れていた。

 ソリトンは先ほど案内した家族連れの事を思い出しながらベックに謝罪した。

 ベックは融合種リンクス族に生まれたというだけで苦労しているのに、犯罪者の子供であるソリトンたちの保護者役になったせいで要らぬ苦労ばかりさせている。

 少し前に”高原の羊たち”のメンバーと客の間でトラブルが起きそうになった時に場を治めてくれたのもベックだった。


 「ベック、俺からも謝らせてくれ。本当は今日のパーティーを成功させてアンタを安心させてやりたかったんだが、俺たちだけじゃあこのザマだ。ダグや速人の協力が無ければ、いつも通りのバカ騒ぎで終わっていただろう」


 ソリトンは謝罪した後でもう一度頭を下げた。


 (やれやれ。きっと親方ならもう少し上手くやれたのだろうが、私はまだ修行不足だな)


 ベックは心の中で人生の師とも言うべき存在、ダグザの祖父スウェンの事を考えながら苦笑した。

 そして、豪快に笑いながらソリトンとダグザの肩を軽く叩く。


 「安心しな。ソル、ダグ。お前さんらは私らが若い頃よりもずっと上手くやっているさ。どっかに引っ越しちまったマティスがいたってこうは上手くはいかないさ」


 ベックの横顔に寂しさから生まれた翳りが生じた。

 サンライズヒルの町長であるマティスとベックは幼なじみであり、共にダグザの祖父スヴェンスの下で多くの事を学んできた親友だった。

 マティスは終戦後すぐに引っ越してしまった為にダグザの祖母メリッサが死んでしまった事を知らない。

 ベックが子供の頃は融合種族に生まれたものは修学の機会さえ与えられなかったのだ。

 マティスの医療、ベックの農耕と鍛冶の知識はスウェンスによって授けられたものと断言出来よう。

 マティスが大恩あるメリッサの死を知らぬまま医者を続けていたら、それはどれほど可哀想な事だろうか。

 ベックは運命の皮肉に嘆くばかりだった。


 「ベックの言う通りだ、ソル。エイリークの屋敷は生まれ変わり、客を呼んでパーティーを開けるまでになった。そしてエイリークだってタキシード姿で歪ながら接客に励んでいる。今はこれで満足しようじゃないか」


 (歯は折れていないだろうが、頬に熱を感じる…。ケイティへの説明が大変だな)


 これがエイリークの仕業と聞いて憤慨する妻ケイティの事を考えると心が痛んだ。

 ソリトンは真っ赤になった自分の頬の事を忘れて、首を縦に振る。

 ダグザも鼻柱を赤くしていたが一切動じること無く同意した。

 三人は何も言わすにその場で別れて案内の仕事に戻った。

 ダグザとて一般公開の話を速人が持ってきた時に”本当に必要か?”と尋ねたが、現在エイリークの家を回っている人々の顔を見る限りでは間違った意見では無かったことを思い知らされた。


 (なるほど、糞子豚はやとめ。エイリークがどういう人間かを知ってもらうには一番早い方法か…)


 十数年前、帝国と同盟を相手に奮戦した火炎巨神同盟ムスペルヘイムの首魁グリンフレイムに勝利して、終戦へと導いたエイリークの人物像は半ば神格化される傾向にあった。

 それは身内とて例外ではなく、エイリークが生まれた頃からの知人でさえ近寄り難い存在となっていたのだ。

 ダグザ自身、接客をしている際に”昔のようにエイリークと話をしても大丈夫か”と聞かれたこともあった。

 ベックが相手をしていたドワーフ族の男も歴史上の偉人に会うような心構えでエイリークの家に来た様子が見られた。

 悪いとまでは言わないが、良い傾向ではないだろう。


 ”エイリークさんだって、みんなと同じに風雨をしのぐ為に屋敷を構え、普通の人間と同じように生活をしている場面を見せて安心させる必要がある”とブヒブヒと鼻を鳴らしながら賢しげに語る速人の顔を思い出して気分が悪くなってしまったが、訪れた客たちが”わりと普通の人だったよ”という感想を残している事を知ればダグザも安堵した。


 (速人になら祖父の話をしてもいいかしれないな…)


 記憶の中にある影のかかった表情の祖父の横顔をふと思い出した。

 そして、嘆息をもらす。

 ダグザはネクタイを緩めて慣れない笑顔を作りながら、接客業に戻った。


 「おい、豚小僧はやと。俺様をこんなに働かせやがって…。もしも俺が国民投票で地上の神に選ばれた時には、お前には毎日ダグとソルに尻バットかましてもらうからなッ‼」


 エイリークはそう言った後にむせる。

 

 エイリークという人間は文句ばかり言う男だが、いざ働かせれば優秀であり必ず結果を出す扱いの難しい人種だった。


 速人は甘いクリームが乗ったクッキーと温かい紅茶をすぐに出した。


 (要点は”物で釣る”のではない。”微細に入る”ことで不満そのものを消して行くのだ)


 速人はどでかい口元の笑みを隠しながらエイリークに適温の茶と甘いお菓子を与える。

 エイリークはソリトンとダグザがどうとかいう話を忘れ、出されたお茶とお菓子を食べ続けた。


 「エイリーク、そんなに食べて大丈夫か?ダールが到着するまで時間はかかるが、このペースではパーティーの時には腹がいっぱいになっているぞ」


 ソリトンは物欲しそうな目でエイリークがガツガツと食べている小麦色のクッキーを見ている。

 クッキーの上に乗っているバニラの香りを漂わせる白いクリームが、ソリトンの食欲を刺激してた。

 エイリークは皆が腹を空かせている中、一人で飲み食いをしていたのだ。

 しかしエイリークは皆の想いが込められた視線を一顧だにすること無くクッキーを貪り続けた。

 

 ガンッ‼


 その場に居合わせた他の人間の怒りが頂点に達する前に上から人影が降ってきた。

 影は雷鳴の閃きにも似た素早さで瞬く間にエイリークに接近した。


 ブォンッ‼


 脇に抱えていた何かをエイリークに向かって投げつけた。


 (…これは肉屋のアルか?)


 エイリークは高速で投擲されたアルフォンスの身体をキャッチした。


 「甘いね、エイリーク‼はんッ‼」


 それと同時にシャーリーが肘を構えて距離を詰めてきた。

 エイリークはお茶を一気に飲み干すとアルフォンスを盾代わりに差し出した。

 数秒後、アルフォンスは憐れにも愛妻のダッシュエルボーアッパーを受けて地面に倒れる。

 嬉しそうな顔をして気絶しているのは何かの間違いだと思いたい。

 エイリークはクッキーの乗った皿をキープしながらシャーリーの次男ケニーの後頭部を鷲掴みにしている。

 果たしてケニーに人質の価値があるとは思えないが時間稼ぎくらいになるだろうというのがエイリークの見解だった。

 一方、シャーリーはケニーよりも皿の上に乗っているクッキーの数を気にしている。


 「こらこら、何をやっているんだ。二人とも止めなさい」


 ベックが額に汗を浮かべながら二人の間に入ってきた。

 側にはラッキーを先頭に”大市場”で働いている面子の姿が見える。

 彼らはエイリークの祖父ダルダンチェスと共に”高原の羊たち”の隊員として活躍した世代だった。


 「止めるんじゃないよ、ベック。私はこの金髪の坊やに年功序列ってものを教えてやろうと思ってるだけさ。さあ、エイリーク。クッキーを地面に置きな。これから先は生き残った者だけがクッキーを食べられる。それでいいだろ?」


 シャーリーが先に、コレットとケイティによって奥に連れて行かれた。

 流石のシャーリーも大怪我をした時に怪我の治療や子供たちの面倒を見てくれたコレットには頭が上がらなかい。

 シャーリーはおとなしくコレットの説教を聞いていた。


 一方、エイリークはベックに取っ組み合いの末オクトパスホールドをかけられてまたもや意識を失ってしまった。


 「ベックさん、これは一体…⁉」


 速人がエプロン姿で庭の集会場スペースに戻ると、そこにはエイリークが意識を失った状態で倒れていた。

 念の為に脈を取ってみたが、正常に動いているので問題はないということだろう。

 その傍らでは、ベックが疲れ切った顔で両腕を組んでいる。

 

 ベックの代役でダグザが速人に事情を説明してくれた。


 「まあ、その何だ。エイリークがお前の用意してくれたお菓子を独り占めにして、シャーリーと取り合いになったという話の流れだ」


 速人は”ああ、いつものやつね”とそんなニュアンスを含んだ相槌を返す。


 速人はエイリークほ左肩を背後から掴んで”えいっ!”と喝を入れる。

 エイリークは”うひっ”と間抜けな声を上げたかと思うとすぐに意識を取り戻した。


 非常に微妙な表情でマルグリットとレミーとアインが、一連の光景を見ていた。


 「あの食い意地の張ったクソババアめ、覚えていやがれってんだ。それより速人、仕事は終わったぞ。そろそろメシにしようぜ」


 エイリークは手を使って身を起こした。

 そしてシャーリーの姿を発見すると人差し指と中指を立て、挑発した(※なぜかイギリス式)。

 

 「いい度胸だね。こっちも身体が温まってきたところさ」

 

 シャーリーは反撃を試みるが、再びコレットから説教される羽目になった。


 「わかった。じゃあテーブルの準備は出来ているから、みんなの点呼を取って順に連れて来てくれよ。それとパーティーが始まったらケンカするのは勘弁してくれよ。お客さんの側の主役はダールさんだけど、招待する側の主役はエイリークさんなんだからさ。今日はみんなお父さんになったつもりで頑張ってくれよな」


 速人は手を振ってから、エプロン姿のまま奥に引っ込んで行った。


 エイリークはケッと毒づく。

 大昔にダグザの祖母メリッサに同じ事を言われたような記憶を思い出してしまったからだ。

 

 エイリークは速人に言われた通りに家族同然に育った”高原の羊たち”のメンバーから点呼を取る。

 その場に全員がいる事を確認した後、速人の待つ中庭の集会場まで一列になって移動しようとした。


 しかし、その時になって背後から聞き覚えのある声に呼び止められた。


 「おう、悪い。準備や何やらで遅れちまった。俺たちも同行させてもらうぜ」


 それは警戒心だけがやたらと強そうな三白眼の、蛇のように鋭い目つきをした男ウェインだった。

 ウェインは巻き毛の黒髪を後ろで束にして、肩に下ろしている。


 エイリークは反射的におさげを引っ張った。


 「ひぃぃぃっ‼」


 ウェインは引き千切られる寸前でおさげを救出した。

 魔法で治しておく必要があるかもしれない。

 ウェインはおさげになった自分の髪にふうふうと息をかけながら直属の上司ドルマの背後に隠れる。


 「おいおい、エイリークよ。こいつは俺の優秀な部下なんだ。あんまり虐めないでやってくれよ」


 ドルマはブレストプレートやチェストガードといった装甲を省いた軍服ではなく、おそらくはレナードあたりが用意してくれたであろうベージュ色のスーツ姿に着替えていた。

 たとえ軍人の装束を着ていなくてもそう見えてしまうのは、ドルマの人間性というものだろう。


 エイリークはドルマの昔から変わらない部分を見たような気がして笑ってしまう。


 「わかったよ、ドルマ。しかしドルマとウェインも昔から変わらねえよな。何か真面目でさ」


 エイリークに言われてドルマとウェインはお互いの姿を見比べている。

 確かに二十年近く前に、少年時代のウェインとドルマも同じような事をしていた。

 そんな二人の様子が以前と変わっていないことに気がついたダグザたちは思わず笑ってしまった。

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