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第百二十二話 祝宴の開幕。

すいません、一日ほど遅れてしまいました。

次回は12月22日に更新する予定です。

 

 エイリークは喉元を飾る蝶ネクタイを見た。

 かつてエイリークは自由の象徴として存在していたはずだった。

 だが今やかつての自由は奪われ、首輪を嵌められている始末だった。

 

 もしも両親が生きていてエイリークの憐れな姿を見ればどう思うだろうか?


 エイリークは幼い頃の記憶と照らし合わせながら、タキシード姿のエイリークに対して何を言うかを考えてみた。


 「ギャハハハッ‼おい、エイル‼何だそのだっせえ服は‼俺ならそんなだっせえ服を着るくらいなら死ぬねッ‼っていうか俺もう死んでるしな、ギャハハハッ‼」

 

 エイリークに負けないほど金色の髪を逆立てた男が指をさして笑っている。

 額には見覚えのある青いバンダナ、トレードマークの袖のないジャケット、下半身にはピッタリとした革のパンツを履いている。

 やけに甲高い笑い声も懐かしい。

 今は亡きエイリークの父、マールティネスだった。

 

 父マールの事を思い出したエイリークは父親との思い出と壮絶な別れと悲しみ、そして空気を読むことが出来ない自身の父親の恥ずかしさを思い出した。

 

 続いてエイリークの前に母アグネスの姿が現れる。

 ショートカットの黒髪とネコ科の猛獣を思わせる強い意志を秘めた大きな瞳が特徴の女性だった。

 外見は快活な美人だが、中身はマルグリットよりもぶっ飛んでいる。


 「アーハッハッハ‼何それ、エイル。ダールの真似っこしてるの⁉そんなんじゃ女の子にもてないよ⁉アッハッハッハ‼」


 アグネスはよく笑う女性だった。

 空気が全く読めないことを除けば、二人は多くの人々から愛されるバカだった。

 頭のネジが一本飛んでいるという言葉がふさわしい両親だった。

 これで祖父ダルダンチェスの方がぶっ飛んだ性格だったというのだから世の中というものは侮れない。


 エイリークはしばらくの間、夢の中でも見る事が無かった両親と昨今のファッション事情について談笑してから別れた。


 エイリークが目を開けると目の前には美の女神の生写しが如き姿をした愛する妻マルグリットがビンタをしようと待ち構えていた。

 話は前後するが、エイリークが気を失った直後、速人が何度か肩を揺さぶって起こそうとしたのだが目を覚ますことは無かった。

 そこで短気な性格のマルグリットがエイリークの頬を張って起こそうと言い出したのだ。


 マルグリットの剛力は恐るべきもので、例え頑丈なエイリークでも一発で昇天するほどの効果を秘めていた。


 「あ。起きた。チッ…、じゃなくて早く立ちなよ、ダーリン。家の外には招待客が集まってるってさ」


 (ハニー、今どうして舌打ちしたんだよ…?)


 愛妻の仕損じたとばかりの舌打ちを聞いたエイリークは軽いショックを受けていた。


 マルグリットはレミーと速人によって引き離された。

 彼女の性格は思い切りの良さであり、このまま放置しておけば確実にエイリークを殴っていたであろう。

 エイリークも妻の性格は知っていた為に機転を利かせてくれたレミーと速人に礼を言った。


 「もうそんな時間になってたのかよ。お客様っつってもよ、いつものみんなだろ?別に遅れてもいいんじゃね?」


 エイリークは起き上がってから鏡の中を覗き込んだ。


 エイリークが横たわっていたソファの近くには車のついた鏡台が置いてあった。

 速人がエイリークが目を覚ました時の為に用意しておいたものだった。

 エイリークは後ろに流してある髪の毛の収まり具合を確かめながら口をへの字に曲げていた。


 (畜生めが。ワイルドでタフネスな俺様のヘアースタイルが、ジェントルでエレガントなおっさんヘアになっちまった。これはこれで素晴らしいものには違いないが、フレッシュ感が失われている。速人、やはり許さん)


 エイリークは髪の毛を数本を一房にまとめて、前に垂らした。


 そしてもう一度チェック、結果20パーセントほどのフレッシュ感を得ることに成功した。


 エイリークの小細工が終わった事を見計らって、今度はダグザが出てきた。

 額にはミミズくらいの大きさの青筋が立っていた。


 「エイリーク、そういうわけにもいかないだろう。正式な招待客以外にも近所の人間も集まっている。メンバーの人間も使って屋敷を観覧してもらうつもりだからお前も手伝え」


 「あー、パス。そういうのはダグ、全部お前に任せるよ。最年長の隊員として頑張りたまえ」


 エイリークは外側に聞き耳を立てる。

 外の喧騒の中にはどれも聞き覚えのある声ばかりだった。

 普段職場で行動を共にしている仲間たちだけではなく、幼い頃から世話になってきた近所の大人たちも集まっている。

 エイリーク本人はみんなと一緒に酒を飲んで適当に騒ごうと思っていただけに一気にそれまで爆上がりする一方だったテンションも落ちてしまった。

 シャツの襟に太い指を突っ込んでネクタイを緩める。


 ギロリ。

 

 速人がよく研いだ刃物のような鋭い眼光を浴びせていたのですぐに元に戻した。


 「俺はお客さんを案内しなくちゃいけないから会場に戻ってる。ダグザさん、エイリークさんが逃げないように見張っていてくれ」


 「確かに心得た。君も無理をしないように頑張り給え」


 ダグザは軽く会釈をしながら速人の背中を見送る。

 速人は音を立てずに裏口に向かった。


 (相変わらず気配を殺すのが上手い餓鬼だな。注意しねえといけねえや)


 エイリークは速人の所作に不穏な空気を感じながら、ソファから立ち上がった。

 筋肉隆々とした美丈夫のタキシード姿にダグザたちは思わず息を飲み込む。


 「何?俺様の顔に何かついてる?」


 エイリークは剃り残しが無い顎を撫でながら口を開けたままになっているマルグリットたちに尋た。 

 髭を伸ばすつもりは当分無いが、意図して残していたという気持ちはあった。

 杓子定規な考え方をする速人ならでは計らいというものだろう。

 エイリークはつるつるになってしまった顎や口元を名残惜しそうに撫でた。


 「いや、その…普段からもう少し何とかならないかなと思っただけだ。お前という男は外見だけはまともなのだから正装に慣れておくべきだぞ、エイリーク」


 久々のエイリークのまともな姿を見て、軽いショックを受けたせいで何も言えなくなっている人々を代表してダグザが言った。

 ダグザはエイリークと互いに物心つく前からのつき合いなので幼い頃にダグザの家族一緒に生活をしていた頃の上品な出で立ちを知っている。

 故に他の人々に比べて受けるショックも少なかった。

 ちなみにエイリークの素行が目立って乱暴になったのは両親の仕事が楽になって一緒に暮らすようになってからの事らしい。


 しかし速人は聞き耳を立てながら邪推する。


 (聞きようによっては野郎が野郎に「お前は美しいのだから、外見には気をつけろ」と告ってるみたいで気持ち悪いな…)


 エイリークは恥ずかしそうに頭をかきながら扉の前まで歩いて行った。

 マルグリットは笑顔のまま隣について行く。


 「あれ?ダーリン、もしかして照れているの?可愛いところあるじゃん‼」


 足早に先頭を行くエイリークに向かってマルグリットが声をかける。

 ダグザはいつも説教ばかりでエイリークを褒めているイメージが無いので案外、照れているのかもしれない。

 二人の後ろには長いスカートのせいで歩き難そうなレミーとアインの姿があった。


 「お馬鹿、そういうのじゃねえやい。大体ダールとダグは俺に構いすぎなんだ。俺だってもう三十三、立派なおっさんだぜ?せめて大人扱いしろての」


 案の定、エイリークは照れていた。

 今は、もう少し”大人”を意識した服装をするべきかとも考えている。

 エイリークがラフな服装に固執するには理由があって”平民”の友人たちと自分は対等であるという意味があった。

 

 そうこうするうちにレミーがスカートの裾を持ち上げながらエイリークの隣までやって来た。


 「父さん。今日の私、どうかな。変じゃないかな?」


 「ああ、我が娘ながら最高に綺麗だぜレミー。どっかの国のお姫様かと思ったよ。そのリボン、ケイティからもらったのか?とっても似合ってるぜ」


 エイリークは微笑みながらビッと親指を立てる。

 レミーは右側を飾るリボンをそれとなく撫でていた。


 アインも負けじとエイリークの前まで駆け足でやって来た。


 「お父さん、僕はどう?服屋さんでちゃんとお利口さんにしていたんだよ」


 「おうっ。パーフェクトだ、アイン。流石は俺の息子だぜ。俺の胸のところくらいまで身長が伸びたら、俺流のファッションってヤツを教えてやるよ。でも間違って俺より身長が高くなったら勘当な」


 アインは笑いながら頭を大きく縦に振った。


 しかし、最後の身長のくだりの部分を話していた時エイリークの目は決して笑っていなかった。


 親子四人は正面玄関まで他愛ない会話をしながら移動した。

 やがてエイリークたちが正面玄関まで辿り着いた時、扉の向こうから多くの人々の声が聞こえてた。 

 エイリークは手で髪型を整えてから扉に手をかけた。


 扉の外には近所どころではない周囲一帯の住人たちが押しかけていた。

 来客たちの大半は入り口の門の前で雪近とディー、隊商キャラバン”高原の羊”のメンバーによって引き止められている様子だった。


 「まあ、何だ。ある程度、予想はしていたが結構な数になっちまったな…」


 エイリークはマルグリットたちに遅れて後からついてくるように指示をすると、まず最初に門の前に詰め掛けている人々のところに向かった。

 マルグリットはレミーとアインの額にキスをすると普段よりも遅いペースでエイリークを追って行った。

 途中、正装したモーガンとハンスと出会って軽い挨拶を交わす。

 巨漢ハンスの下半身には二人の愛娘シエラがくっついてた。


 「レミー!アイン!」


 シエラは二人の姿を見つけると大きな声で呼びかける。


 「シエラ、また後でね」


 アインは手を振ってシエラの挨拶に答えた。

 レミーもシエラに向かって手を振る。

 シエラは最初着飾ったレミーが誰かわからずにモーガンに尋ねた。

 モーガンはドレスを着たレミーを見ると、何かを思い出したようで笑いながら娘の質問に答えた。


 「シエラ。あの綺麗なお姉ちゃんはレミーだよ。何から何まで昔のエイリークにそっくりなんだから」


 「えー⁉マギーおばさんじゃなくてエイリークおじさんなの?」


 「おう、シエラ‼それはだな昔…」


 ハンスが過去の出来事をストレートに説明する前にモーガンが夫の口を手で塞いでしまった。

 そしてシエラには”もう少し大人になったら教えてあげる”とお決まりの文句を告げる。

 流石に子供の頃のエイリークとダグザが愛らしい顔立ちだった為にダグザの母エリーとレクサが頻繁に女物のドレスを着せていたとはいえない。

 シエラがこの話に興味を持ってしまえば標的はアインとシグルズになってしまうだろう。


 ハンスとモーガンとシエラの一家が何を話しているかを察したレミーは渋い表情になっていた。


 (私はしばらくドレスなんか着ないぞ…)


 レミーはスカートの裾を握りながらそんな事を考えていた。

 そしてレミーは遅れがちになっているアインの手を引きながらマルグリットについて行った。

 

 エイリークは一足先に門の前に到着して、家にやってきた人々に挨拶をしていた。


 「よう、みんな待たせちまったな。今日はダールにリニューアルした俺様の屋敷を見てもらうとパーティーを開催したわけなんだが…、あれ?何でこんなにみんな集まってるんだっけ?」


 エイリークが話の途中、小首を傾げていると人並みを”千切っては投げ、千切っては投げ”をして威風堂々とした年配の女性が現れた。

 隣にはボロボロの雑巾みたいになってしまったアルフォンスがいる。

 人並みに紛れて撃滅粉砕されてしまったらしい。

 シャーリーはいつものレモン色の長袖の服にオレンジ色のスカートといった服装ではなく、紺色の外出用のドレスを着ていた。

 エイリークとマルグリットの結婚式の時にも同じような格好をしていたことを覚えている。

 さらに頭には薄い黄色の頭巾をかぶっていた。


 「今晩は、エイリーク。あの連中は、私が旦那と一緒に町中の人間に声をかけてきたせいだね。速人の坊やにも出来るだけ多くの人間に宣伝しておいてくれって言われてたし」


 「…。あのさ、シャーリー。少し多すぎやすねえか?」


 「何言ってんだい。アンタみたいなごく潰しの為にせっかく集まって来てくれたんだよ?屋敷の庭の案内くらいしてやんな。それとも私がこの拳で数を減らしておくかい?」


 ぎりりりりり…ッッ‼


 シャーリーは不敵な笑いを浮かべながら右手をぎゅっと握りしめた。

 握力が集まって一種の力場を形成する。

 隣では必死の形相のアルフォンスが全力で首を横に振っていた。


 こうしてエイリークは町の住人たちを屋敷の中に順次入れて、適当に話をしながら案内することになった。

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