第百二十一話 エイリーク、七変化⁉
すいません。遅れました。
次回は12月18日に投稿する予定です。
「どうよ⁉ハニー、レミー、アイン、今日の俺様どうよ⁉」
夕方、エイリークが礼服に着替えて早速家族を相手にお披露目をしている。
気になって様子を見に行った速人は即ギレした。
エイリークは上は胸のガバッと開いた薄い青のシャツに、下はサイドにヒョウ柄が入った青いハーフパンツを身につけていたのだ。
(この野郎…、誰がお前のお洒落服を持ってこいっていった⁉ああんッッ‼‼)
エイリークが頭と腰に手を当て、ボディラインを強調するポーズを決めている場面に出くわした時に、速人は一瞬で殺意の限界を越えてしまった。
ブォンッ‼
速人は常備している大きな石ころをノーモーションでエイリークの頭にぶつけた。
お忘れかもしれないがエイリークは希少な”妖精王の贈り物”、”矢除けの加護”を持っている。
この”矢除けの加護”は一日に五回までならば、エイリークを守る不可視の盾で投擲武器による攻撃を防ぐ特別な能力だがタネを知っている速人にとっては脅威では無かった。
エイリークは速人の攻撃を視認するが、あえて避けようとはしなかった。
(甘いな。想定内だ)
速人は続けてエイリークの死角から親指と人差し指を使って尖った石弾を撃つ。
速人はエイリークの”矢除けの加護”は自動的に発動する場合と、エイリークの意志によって能動的に発動する場合があること分析していた。
さらに自動的に発動する場合は、能動的に発動する場合よりも体力の消耗が激しく不可視の盾の防御力も安定しない。
逆にエイリークの意志で能力を発動させた時は盾の効果範囲が前者に比べて狭く、常に意識を集中しなければならなかった。
(…非常に便利な能力だがあくまで自分にしか効果が及ばないという弱点だけはどうしようもないな。ぐふふっ。帯に短し襷に長し、というものだよ)
速人は加工した石弾を、さっき投げた大きな石ころと同じ軌道に向かって射出した。
一人時間差攻撃である。
大きな石ころはエイリークの前で弾き飛ばされ、回転がかけられた石弾はエイリークの眉間に突き刺さった。
速人は地面を蹴ってエイリークに接近し、容易に背後を取った。
そして大木に寄生するつる草のようにバックチョークを決める。
「待て、速人。今日の俺様のどこに落ち度があった?俺様は、お前の言った通りに俺様史上最強にカッチョイイ服をだな…」
お尻のところにオーストリッチみたいな羽がついていた。それがフワリと風にゆれる。
ギリリッ…。
速人は奥歯を思い切り嚙み締める。
「よく聞け、おっさん。どこの世界でも、正式に客を招待する立食パーティーに”リオのサンバカーニバル”みたいな服装で出席するヤツァいねえんだよ‼‼」
速人はこのまま窒息するまで首を絞め続けるつもりだった。
ナインスリーブスに現れた獅子の姿をした神の末裔とされる神獣リュカオン、その神獣の血を引く者たちが眷属種リュカオン族である。
彼らは他の種族に比べて頑健な肉体と強靭な生命力を持つことで有名である。
だから速人は最悪、頸椎を破壊しても良いと考えていた。
エイリークは悲しそうな瞳で速人を見ていた。
エイリークは毎月速人からお小遣いをもらっているのだが、その理由はエイリークのお洒落と道楽に理解があると考えていた。
だから速人から”礼服用のお金(※100万QP)”を受け取った時に目ぼしい衣装を選んでおいたのである。
このハワイの金持ちみたいな服も、やたらとキラキラとしたアクセサリーも全て本気でパーティーに来ていくつもりだったのだ。
速人はわかってくれている。
ダールとダグザは額に大蛇のような血管を浮かべるだろうが、きっと速人が二人を説き伏せてくる。
そんな淡い期待があったのかもしれない。だが、今エイリークの目の前にいる速人は盛大にぶち切れていた。
「お、お前も重力に魂を引かれた旧い人類だったのか…」
速人は無言で首を縦に振った。速人のトノサマガエルのように大きな瞳の中では氷のような炎、氷炎将軍フレイザ-ドが大暴れをしていた。
年末ドリームジャンボ万力のような力でエイリークの太い首を締め上げる。
エイリークは藁にもすがるような思いで愛する妻と子供たち見る。
マルグリットは仕立て屋から持ってきた黄色いドレスを試着する為に部屋に戻っていた。
ケイティも着替えを手伝う為に同伴している。
レミーたちもまた各々の部屋でパーティー用の衣装に着替えていた。
事実上の孤立無援だった。
(次に気がついた時には絶対に殴ってやる。いいか、俺様はやると言ったら絶対にやる男、だ…。ぐう…)
白目になってから、ガクッとその場に倒れてしまった。。
エイリークは薄れゆく意識の中で速人への復讐を誓っていた。
「全くとことん手のかかるおっさんだ。一体、どうやって育てばこんな性格になるのやら…」
そう言いながら倍以上はあるエイリークの身体を丁重に持ち上げる。
エイリークは憎たらしい大人だが、他者への対応と個人的な感情は別問題というのが速人の信念だった。
速人は絨毯のある今にまでエイリークを運んだ。
そしてエイリークの水着みたいなパンツと無駄に胸の開いたシャツを脱がせて、屋敷に元からあったエイリークのものと思われるタキシードに着替えさせる。
気絶したパンイチの大男を椅子に座らせて着せ替え人形よろしくコーディネイトするという拷問のような時間を過ごすことになった。
「おい、速人。エイリークたちの準備はおわ…ッ‼お前ら、何をしている‼その、色々と隠したまえ‼」
「あらららー♪…お着替え中だったの?」
速人がエイリークに鼠色のズボンをはかせているとダグザとレクサが屋敷の中に入ってきた。
今、両足首のところを通したばかりなので傍目からはかなり恥ずかしい姿になっている。
ダグザは背を向けているが、レクサはエイリークの半裸をじっくりと鑑賞していた。
エイリークは精神面では小学校低学年の枠で収まりそうな男だが、外見は絶世と形容しても過言ではないほどの美貌に恵まれていた。
よく鍛えられた筋肉質の肉体にも無骨さは無く、ある種の艶めかしさがあった。
速人はサービスでエイリークのパンツを下ろして後で金でも要求しようかと考えていたが、先にダグザがレクサを連れて部屋を出て行ってしまった。
「そいつにさっさと服を着せておけっ‼レクサ、いつまでも見ているんじゃないッ‼」
ダグザは少し機嫌の悪そうな口調だったが、怒られたレクサは嬉しそうな様子で夫に謝っていた。
速人は夫婦仲の深淵を垣間見たような心地になりながら、エイリークにズボン、ベルトと続き白いシャツを着せ、ジャケットを着せていった。
首に帳ネクタイをつけると次に髪型をパーティーのホスト役に相応しい落ち着いたものに変更した。
今の90年代のヘビメタ歌手のような髪型では威厳というものが感じられない。
速人はまずエイリークの金髪をまとめている香料を水で流すところから始めていった。
「あれ?ダグ、何してんの?」
速人がエイリークの髪型を再セットしているのに悪戦苦闘していると、入り口の方からレミーの声が聞こえてきた。
扉の外から複数の人間の賑やかな声が聞こえてくる事から、速人はエイリークの家族が身支度を終えた事を察する。
(やれやれ。俺がこの大きな子供の世話をすることで皆の足を引っ張るわけには行かないな)
速人は口を半開きにして気絶しているエイリークを見ながら作業のペースを上げた。
手に持っているブラシで逆立てた髪を一度、下ろしてから後ろに撫でつける。
(そういえばこれ何かに似ているな。そうだ。夏に屋台で作っていた”ソース焼きそば”だ)
速人はエイリークの金髪を梳かしながら、夏に外で大量の焼きそばを作っている事を思い出していた。
「…。ああ、部屋の中で半裸のエイリークが速人に着替えをさせてもらっているので、こうして外で待っているんだ。レミー、新調したドレスと髪型がとても良く似あっているぞ」
ダグザは普段とは違った女性らしい、落ち着いた雰囲気の姿をしているレミーの姿を褒めた。
普段はぶっきらぼうなレミーも少し照れた様子で顔を赤くしている。
レミーの後ろにいたアインが自分の余所行きの姿を見てもらおうとダグザとレクサの前に出て行った。
今度はレクサがアインの着飾った姿を褒める。
「こんばんは、レクサ。今日は僕も新しい服を買ってもらったんだよ。どう、似合ってるかな?」
アインは微笑ながらレクサの前で回って見せる。
レクサはアインの子供らしい姿を好ましく思ったようだ。
レクサの隣では少しだけ面白くなさそうな顔をしているダグザを、マルグリットとケイティとアメリアが笑いを堪えながら見守っていた。
「ええ。とっても似合うわ、アイン。ダグの子供の頃ほどではないけど。もう少し大きくなったら、…エイリークみたいになってしまうのよねえ。ふう…」
レクサはエイリークのような大人になってしまったアインの未来を想像して思わずガックリとしてしまう。
傍若無人を絵にかいたような性格のエイリークも、今のアインの年齢の頃は普通の子供だったのだ。
人間、死ぬまで何があるかわからないということだろう。
しかし、アインは何故レクサが黙ってしまったのかわからない様子だった。
「大丈夫だよ、レクサ。アインはうちのダーリンみたいにならないって。顔とかあんまり似てないし。どっちかというとマールやアグネスに似ているさね」
清楚な雰囲気のパーティードレスを見事に着こなしたマルグリットがアインとレクサに話かけてきた。
普段とは違った落ち着いた大人の雰囲気を漂わせる母親の姿にアインは赤面してしまう。
レミーもマルグリットの姿に羨望の眼差しを向けていた。
しかし、子供からマルグリットを知るダグザとソリトンは”上手く化けたな”と愚痴を漏らしていた。
レクサはドレスに着替えたマルグリットを見て、心の底から喜んでいた。
実は幼い頃粗暴だったマルグリットをコーディネートしてきたのはダグザの母エリーとレクサだった。
「マギー‼とっても綺麗なレディになって。あ、既婚者だからマダムか…。とにかくお姉ちゃん、とっても鼻が高いわよ」
レクサはマルグリットが抱きついて顔や胸に頬ずりをする。
その後、他愛ないやり取りに発展するのだが二人にとっては習慣なので誰も突っ込まない。
レクサが落ち着いたところでレミーが昔のマルグリットの話を聞いた。
「レクサ、うちの母ちゃんって昔はどうだったの?やっぱり私に似ていたのかな」
レミーは淡い期待を寄せながらマルグリットの少女時代について尋ねる。
レクサは言葉に詰まって周囲を見渡した。
彼女の夫ダグザは「何も言うな」というジェスチャーを妻に向かって送り、ソリトンとケイティも首を縦に振っている。
今さらの話だが、レミーの外見はどう考えても父親エイリークに良く似ていた。
但しレミー自身はそう思ってはおらず不用意に父親に似ていることを指摘されると機嫌を悪くする傾向が見られた。
実際レクサ自身も端正な容姿ではあるが武人然とした父レナードに似ていると言われたら、あまり気分は良くない。
レクサは”どうすればレミーを傷つけないで説明することが出来るか”と考える。
しかし、その間にマルグリットが思ったままの事をレミーに言ってしまった。
「レミーはね、本当に小さい頃のダーリンに似ているよ。今の格好だってさ、昔レクサとエリーが面白がってエイルに女の子の服を着せた時にそっくりだったし」
「私、父さんに似ているんだ…。そうか、大人になったらあんな風になっちゃうんだ…」
マルグリットの話を聞いた直後、レミーの顔は真っ青になっていた。
レミーはエイリークを特に嫌っているとか、軽蔑しているわけでは無い。
彼の功績や能力は高く評価しているし、人格面以外は尊敬している。
だが容姿が似ているとだけは言われたくなかったのだ…。
レクサとケイティが急いで真っ白になっているレミーを慰め、ダグザとソリトンがマルグリットに説教を始めた。
そんな中、居心地の悪さを感じたシグルズとアインは扉を開けて居間の中に入る。
居間の休憩室には大きな鏡が置かれ、ベージュ色のソファの上にはタキシード姿のエイリークが横たわっていた。
白目であることから意識を失っていることがわかる。
アインとシグルズは気絶したエイリークの側で、彼の髪型を整えている速人に接近する。
速人は額に汗を浮かべながら滝のようなエイリークの金色の長髪を三つ編みにしていた。
腰のあたりまで伸ばしている為に、何本かの三つ編みを作ってまとめなければならないのである。
「ひいっ‼おじさん、なんて顔をしているんだよっ‼」
エイリークの顔を見たシグルズが突然、悲鳴をあげる。
後ろからシグルズとアインについてきたアメリアも思わず「ひっ‼」と声を出していた。
エイリークは口を大きく開いたまま、白目という状態で気絶していたのだ。
例え相手がよく見知った顔でもこれでは驚いてしまうことだろう。
速人は射殺された怪物のようになっているエイリークの顔の上に白いハンカチを乗せる。
そして、エイリークの髪を三つ編みにする作業に没頭した。
やがて左右合わせて四本の三つ編みが完成した。
速人はそれらを他の髪と巻くようにして、”まとまり”を作った。
「ああ、ひでえ夢を見たぜ。死んだはずの親父とお袋に思いっきり馬鹿にされる夢だ…」
エイリークが目を覚ますと、服装はランバダのダンサーのような衣装から黒いタキシードに変わっていた。
髪型も獅子の鬣のような全体的に逆立ったものから、おとなしめのオールバックに変わっていた。
剃り残しがあったはずの顎髭も綺麗になっている。
普段の姿とは違った大人の格好をしたエイリークを見たシグルズ、アイン、アメリアは驚きの声をあげる。
速人も真っ当な大人の姿をしたエイリークに尊敬の眼差しを向けた。
しかし、当のエイリークは…。
「おいおい勘弁してくれよ、速人。俺様の魅力が半減しちまってるじゃねえか…」




