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第百二十話 パーティーの準備が終わる。

予定していた期日よりも一日遅れてしまいました。すいません。

次回は12月14日に投稿する予定です。


 アルフォンスとシャーリーの夫婦は速人からキリーとエマの消息について尋ねた後、家に帰ってしまった。

 速人はアルフォンスたちの過去に干渉するつもりは無かったので、特にキリーについて何も知らないと説明した。

 しかし、アルフォンスは速人のキリーとエマに関する話を聞いてからは落胆して何も話さなくなってしまった。

 シャーリーの話ではキリーは奴隷として第十六都市に連れて来られた子供たちの一人だったらしい。

 ラッキー、シャーリーらと同様にアルフォンスの家に引き取られてからは肉屋の仕事の手伝いをして特にアルフォンスと弟のケニー、アルフォンスの父親と仲が良かったらしい。

 ケニーの戦死、やがて戦争が終わり平和が訪れた頃にキリーとエマは下町から姿を消してしまった。

 当時、アルフォンスとアルフォンスの父親は表にこそ出さなかったが大層落胆していたらしい。


 パシンッ‼


 シャーリーが自分の拳で掌を叩いた。


 「うひゃああッ‼」


 あまりの音の大きさにディーと雪近が悲鳴をあげる。


 「どうやら私としたことが無神経な事を言っちまったようだね。一回、家に帰って飯でも食って昼寝してくるよ。邪魔したね、速人」


 シャーリーはサンドイッチが詰まったバスケットを持って家に帰って行った。

 アルフォンスは速人に別れの挨拶をすると、そのまま走ってシャーリーの後ろを追いかけた。


 (あれはレミーたちの為に用意した昼食だったんだが…)


 速人はシャーリーとアルフォンスが使ったティーカップや食器を片付けながら、キリーの言葉を思い出していた。

 キリーは別れ際に”いずれ自分の意志でアルフォンスのところに行く”と言っていたが、速人は果たして本当に可能なのかと考えられる。

 情報を逆算するとキリーがアルフォンスたちのもとを去ってから十年以上は経過しているのだ。

 人当たりの良いラッキーはともかく他の大市場の人間は恩知らずとキリーとエマを厭うかもしれない。

 さらにエマの母親が原因で、エイリークの母親が死んだという話も聞いている。

 

 速人は首をひねらせながら洗い終わった来客用の食器を戸棚に戻していた。

 ちなみに家族用の食器は食堂に、来客用の食器はキッチンの戸棚に置かれている。


 速人が食器の後片づけを終えた頃、ディーと雪近がキッチンに戻って来た。

 二人はシャーリーとアルフォンスを見送りにわざわざ玄関まで付き添っていたのである。

 一昨日まで不幸が続いたせいで拗ねていたアルフォンスだったが、心を入れ替えた後は面倒見の良い男になっていた。

 昨日の大市場の仕事を手伝った時もアルフォンスはディーと雪近に丁寧に仕事を教えてもらったらしく嬉々として当時の事を語っていた。


 「速人、俺たちのお昼ご飯はどうなったの?サンドイッチだっけ、あれ全部シャーリーさんが持って行っちゃったよね」


 ディーは心底残念そうな目で速人を見ていた。

 思えば朝食の準備と並行してサンドイッチを作っていた時から、ディーは速人の前に現れては好きな具材について熱く語っていたのだ。

 速人はディーの期待を裏切ってしまったことに対して後ろめたさを感じていた。

 ディーは先ほどからずっと大量のサンドイッチが入ったバスケットが置いてあった場所を見ている。

 ディーの身長はエイリークと同じくらいだが、身体は全体的に細く頼りないものだった。

 もしもディーが勇気を総動員してシャーリーに文句の一つでも言えば、ディーはその場で古代ムエタイ、ムエカッチュアーの選手ジャガッタ・シャーマンや五体を金剛石と化すことを目的とした金剛拳の使い手である楊海王のように縦に潰されてしまうだろう。

 ディーの落ち込む様子を見て同情した速人はサンドイッチの代わりに昼食には焼きたてのパンケーキを用意することを約束した。


 「まあ、今回だけは動物園を脱走してきた猛獣に襲われたものだと思って諦めろよ。お昼には俺がパンケーキを焼いてやるからよ」


 「パンケーキ⁉あの温かくてふわふわの良い匂いの食べ物の事だよね‼やったー‼」


 ディーの顔は花が咲いたかのように明るいものになった。

 そのまま速人に抱きついて頬ずりをする。

 しかし速人は男に抱きつかれても嬉しくは全然嬉しくなかったのでディーの右の手首を内側に捻じった後、テーブルの方に突き出してやった。


 「地味に痛いよ、速人…。でもさ、レミーとアインの分はどうするのさ。今日は二人ともお弁当持って行ってないよね」


 ディーは今朝、二人の登校の見送りに行った雪近の方を見る。

 雪近は顎に手を当て、レミーとアインの荷物の中にそれらしきものが入っていなかったことを思い出した。

 二人は隣に住むアメリアとシグルズの姉弟と”今日は学校が昼で終わる”ような話をしていた。


 「そうだな。確かレミーとアインは昼飯はうちで食うって、隣のアムちゃんとシグに話していたような気がするぜ。で、お隣さんと一緒に呉服屋さんで衣装を借りに行くみたいな話をしていたな…」


 「その話は知ってるよ。だけど小麦粉は十分にあるから問題は無いだろ?一応、アメリアさんとシグルズが来ても大丈夫なくらいは用意しておくさ」


 速人は小麦粉の袋を取りに一人、倉庫に向かった。


 ディーは昼食がパンケーキであることを知り大層気を良くして仕事の持ち場へと戻って行った。


 雪近はディーと合わせて二人分の頭巾を手に、今日のパーティー会場が行われる中庭に向かった。

 二人は夕方になる前に机を所定の位置に移動させなければならないのだ。


 「ただいまー」


 速人がパンケーキを十枚ほど焼いた時に、レミーとアインが家に帰ってきた。

 後ろには微笑むアメリアの姿と顔面に靴底の跡を残したシグルズの姿があった。

 四人は正面玄関からではなく裏口を通ってキッチンにやって来たのである。

 レミー曰く”焼けたバターのいい匂いがするから来てやった”とのことだ。

 シグルズは学校で同学年の女子にスカートめくりをして、アメリアに戒められたらしい。


 速人はパンケーキを皿に並べた後、急いでシグルズのところに冷えたタオルを持って行った。


 「糞婆が…。俺が大きくなったら絶対に復讐してやる…。その時はお前も手伝えよ、アイン、速人」


 シグルズは朦朧とする意識の中、呪詛を吐いた。

 アメリアに加減をされているという自覚がないのだろう。

 速人はレミーと談笑するアメリアの様子に注意しながら、シグルズの口の前に手を置く。

 これ以上は命の危険に発展すると判断した結果だった。


 「シグ。僕が言うのも何だけど、きっとシグがアムに勝てる日なんて一生かかっても来ないんじゃないかな?」


 アインは速人と二人で壁になって、アメリアとレミーの目からシグルズを守ろうとしていた。


 アメリアが実は姉レミー以上に怖い存在であることを、アインは嫌というほど知っていたのだ。


 「うっせッ‼馬鹿アインッ‼いつか俺はあの冷血デカ女をみんなの前で土下座させて…へぐうッ⁉」


 ガンッ‼…カラン、カラン…。


 物がぶつかった音が聞こえたかと思えば、床の上にはシグルズの血がついた金属製のマグカップが転がっていた。

 そしてアメリアの手には新しい投擲用のボウルが握られていた。

 速人がパンケーキを作る時に使った乾かし途中のボウルだった。

 シグルズはうつ伏せになりながら痙攣している。

 そして弟の憐れな姿を見るアメリアの顔からは表情の一切が失われていた。

 レミーはリンゴを齧りながら、シグルズに侮蔑の言葉を投げかけた。


 「私に勝てないようなヤツが、アムに何言ってるんだよ。ハッ、口先だけのクズは死ね」


 速人は心の中でレミーには確実にエイリークの血が流れていることを悟っていた。


 「速人、アイン。あなた方の思いやりはシグの姉として大変うれしいのですが、残念ながら私はまだシグから謝罪の言葉を聞いていません。さあ、シグ。”お姉ちゃん、逆らってごめんなさい。ゆるしてください”と言ってごらんなさい」


 ミリミリミリ…。


 金属製のボウルのふちが、表情を崩さぬまま起こっているアメリアの手の中でひしゃげていく。


 速人はシグルズの背中にそっと手を乗せると、離れて行った。

 アインも頭を下げながら逃げてしまった。


 かつてない絶望の中、シグルズは泣きながらアメリアに謝罪させられた。

 その中で何度かアメリアを罵倒するような発言を繰り返してしまった為に、シグルズは頬を思い切り引っ張られていた。


 「ごめんなさい…、お姉ちゃん。俺が悪かったよ。もう女子のスカートめくりはやらないし、お姉ちゃんの悪口も言わないよ…」


 「わかればいいのですよ、シグ。今回はお母さんには黙っていてあげますから、次は無いものと思ってくださいね」


 アメリアはシグルズの頭を優しく撫でていた。

 彼女の顔にも普段通りの表情が戻っていた。


 もしもシグルズとアメリアの母ケイティの耳に女子のスカートめくりをしたことがバレれば、シグルズは当分外出することができない身体にされてしまうだろう。


 シグルズは全身をガクガクさせながら何度も頭を縦に振っていた。


 アメリアは一応、シグルズの謝罪には納得したようでシグルズの頬を冷えたタオルで拭いていた。

 しかしアメリアがタオルを頬に当てられる度にシグルズが泣いている。

 アメリアは垢すりのように力いっぱいシグルズの頬を擦っているのだ。

 あれで悪意が無いというのだから性質たちが悪かった。

 速人は適当な理由をつけてアメリアに食器の用意を頼み、シグルズを救出する。

 料理の腕前はともかくアメリアは食器の用意などは得意だったので、速人はシグルズの治療に専念することが出来た。

 シグルズが正気を取り戻すと、速人は彼の世話をアインに任せてパンケーキを人数分、焼いた。

 

 レミーとアインはエイリークの子供であり、アメリアとシグルズ(※まだ自意識を取り戻していない)は正式な来客だったので速人は彼らを食堂に案内した。


 次に速人は配膳を済ませると今度は雪近とディーに昼食の準備が終わった事を伝える為に外に出て行った。


 レミーとアメリアは各々の席に座ると学校での出来事を話しながら食べ始めていた。

 アインは高齢者を介護するようにシグルズにパンケーキを食べさせている。


 速人は中庭で椅子やテーブル、会場案内の簡易標識を設置している雪近とディーに昼飯の時間である事を伝えた。

 二人は仕事道具を道具箱に戻して食堂に向かった。

 レミーから二人にも食堂で食事をするように頼まれたからである。


 速人はキッチンにある洗面台で二人の手を洗わせて、髪の毛を簡単に整えさせてからキッチンに連れて行った。

 ディーと雪近は普段から食堂で食事をすることが無いので少しばかり緊張した様子だった。


 「ディーさん、キチカさん。お仕事、ご苦労様です」


 速人、ディー、雪近の三人が食堂に入るとアメリアが席を立ってから労いの声をかけてくる。


 雪近とディーはニヤケ顔で挨拶を返した。

 二人のだらしない顔を見たレミーがチッと舌打ちをしていた。


 「アム。こいつらは居候なんだから別に挨拶なんてしなくてもいいんだよ。それより速人、さっさとパンケーキを食っちまおうぜ。実は街中で父さんたちと待ち合わせをしていてさ、仕立て屋に行って服を取りに行かなきゃならないんだ」


 レミーはやれやれと肩をすくめる。

 実際、今日のパーティーの主役はダグザの父ダールトンではあるがレミーとアインは来客を迎える側のエイリークの家族として礼服に着替えなければならなかった。


 レミーは普段から動きやすい男物の服を好んで身につけているが、お洒落好きの為に女性用のドレスを着ることに抵抗はない様子だった。


 「なるほど。たしかにそういう話はあったな。じゃあ今日は予定よりも早く出て行った方がいいかもしれないな。早速、お茶を用意するよ」


 速人は踵を返してキッチンに向かった。


 レミーは目の前にあるパンケーキを完食する為に黙々と食べ続けた。

 アメリアとアインとシグルズもレミーに続いて食事のスピードを上げている。

 四人の姿に触発された雪近とディーもフードバトラーよろしく全速力でパンケーキを食べていた。


 「うう…。ゲップ。…食べすぎたよ…」


 ディーは自分の喉の奥にまだパンケーキが残っているような気がしていた。

 実際、胸を何度か叩いて食堂の通りを良くしようとしている。

 その隣ではパンケーキを四、五人前くらいは食べたと思われる雪近がへばっていた。

 今となってはお茶でパンケーキを流し込んでいるという始末だった。


 (しまった。普段エイリークさんが食べている量を、この二人に用意したのは間違いだったか…)


 レミーとアメリアは既に食事を終わらせて席を立っている。

 シグルズはグロッキー状態から回復していなかったので、アインが肩を貸していた。

 速人は雪近とディーを食堂に置いて、レミーたちを玄関まで見送りに行った。


 道中、速人は”より道をするな”とか”怪しい人に声をかけられてもついて行くな”と母親のように説教をする。

 レミーは速人の話を聞き流しながら、適当に首を縦に振っていた。


 「レミー、アメリアさん。アインとシグの事は任せたよ。俺は雪近とディーと一緒にパーティー会場の準備をしているから。エイリークさんとマルグリットさんにも、寄り道しないで早く帰っておいでって言っておいてね」


 レミーは見事にズッコケる。

 これでは速人とエイリークとマルグリットの夫婦のどちらが年上かわからない。

 聞き役に徹していたアメリアも苦笑していた。


 速人はエプロンで手を拭きながら、家の中に戻ってしまった。


 「お前、ウチの両親の親かよ‼」


 今日一番のレミーのツッコミの声が下町の住宅街に木霊する。

 レミーはアメリアとアインに諫められながらエイリークたちが待つであろう仕立て屋に向かった。


 速人は雪近とディーにお昼休みを取るように勧めると倉庫や外の物置を行き来して一人で準備を始めた。

 今晩の催されるパーティーの評価に関わる部分は流石に雪近とディーに任せるわけにはいかない。


 速人は気持ちを引き締めながら庭木の飾りつけなどの仕上げにかかった。


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