表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

155/239

第百十七話 過去の行方

次回は11月22日くらいに投稿します。

 「ドルマ、婆ちゃんはレミーが生まれるちょっと前に死んじまったよ。そういや爺ちゃんはしばらく会ってないな。まあ、基本角小人レプラコーン区の連中はみんなドワーフ嫌いだから行かない方が良かない?」


 エイリークの話を聞いたドルマとウェインは魂が抜けてしまったかのように真っ白になっていた。


 古代ドワーフことドヴェルクの末裔を自称するドワーフ族とドヴェルクの英雄にして巨神の一柱であるトールの末裔を自称するレプラコーンは大昔から仲が悪かった。

 今でも道すがら出会う度に互い種族の出生を貶し合って大喧嘩になることも少なくはないらしい。

 角小人レプラコーン族のダグザとレクサは消滅ロスト一歩手前のドルマとウェインを必死に元気づけていた。

 ダグザの祖母メリッサは都市を取り囲む敵勢力の軍隊が引き上げて間も無く亡くなったと速人は角小人レプラコーン族の老騎士セイルとベンツェルから聞かされていた。

 彼女の夫スウェンス同様に多くの人々から慕われる好人物だったらしく、セイルとベンツェルは涙を流しながら在りし日のメリッサの生きざまについて語ってくれた。

 二人の話の中でも速人が深く感銘を受けたのは「メリッサが死んでも決して歩みを止めない」という角小人レプラコーン族全体に行き渡る固い決意だった。


 (それにしてもエイリークさんの話は色々な意味で台無しだな。大人になってもああはなりたくないものだ)


 速人は冷めた視線で、配慮の欠片も見当たらぬ説明を続けるエイリークの姿を見ていた。


 ドルマは速人やエイリークの話を自分なりに解釈して頭の中で整理をつける。

 そして一度、深呼吸してから心の中身をリセットした。恩人の死、新たな動乱の気配。


 (俺とした事が平和ボケをしていたのか…)


 ドルマの心をザワつかせるには十分な材料だった。


 「どうやら迷惑をかけてしまったようだな、エイリーク。スウェンを尋ねるのはまたの機会にするよ。今俺がスウェンスの家に行っても精神的な負担にしかならないだろう」


 ドルマは話の後に「ふう」とため息をついた。


 彼の立場はあくまで帝国の軍人であり、私事で第十六都市の重要人物であるスウェンスの家を訪ねることは歓迎されない出来事である。

 以前、別れの挨拶をした時はスウェンスとメリッサに「いつでも気軽に尋ねて来い」と言われただけに気持ちが重くなっていた。


 踵を返して扉に手をかけた時に、エイリークがドルマを呼び止めた。


 「別に迷惑って事は無いぜ、ドルマ。ところで今晩、俺の家でパーティーやるんだけどよ。金貸してくンない?もう少しアクセを買ってお洒落したいんだけど豚ネズミ(※速人の事)がケチで金渡してくれないんだよ…」


 エイリークは背中を丸めて右手を出した。

 

 「すまんすまん。忘れていたよ。お小遣いな…」

 

 ドルマは困った顔をしながらもポケットの中の長財布を探っていた。


 速人は爽やかな微笑を浮かべながら部屋の端まで駆け出す。

 そして、三角跳びの要領で壁を蹴って大きく跳ね返る。

 速人は両手を十字に交叉しながらエイリークの首のつけ根を目がけて空中から襲いかかる。

 本場のルチャリブレ顔負けのフライングクロスチョップだった。

 ダグザはそそくさと二次被害を被らないよう仲間たちとドルマをエイリークの側から移動させた。

 頭を垂れたエイリークの首に突き刺さる速人のフライングクロスチョップ。

 エイリークはカウンター迎撃を狙ってショートアッパーを繰り出すが後の祭り、小柄だが体重がある速人の強襲によって縦に潰された。


 速人は背中側からエイリークの両腕を掴んでダブルアームスープレックスを決めた。


 「があッ‼」


 エイリークはたまらず悲鳴をあげた。

 だが寸前に受け身を取っていたので、追撃のサッカーボールキックのガードは間に合った。


 エイリークは横蹴りを放って接近しようとする速人を追い払った。

 

 距離にして十歩。


 睨み合う、二匹の獣。


 「小遣いはこの前やっただろうが‼よその人にまで借りてンじゃねえよ‼」


 速人は寝る前に必ずエイリークの財布の中身をチェックしている。

 毎日、エイリークが小さな買い物する時に困らないように小銭を足してやっていた。

 この前エイリークが小遣いの前借りをしたのは一昨日の出来事だ。


 「おい、速人。大人はな、子供と違って何かと金が必要になるんだよ。お前ダグやダールから毎月生活費貰ってンだろ?ケチケチしねえで全額出せや、コラ‼」


 速人はエイリークの足首を両手で捉えた。

 腕の長さは短いが、岩のように重量感のある筋肉がついていた。

 エイリークは身体を捻って速人の拘束から必死に逃れようとしたが出来なかった。


 (最初に敵の脚を封じてから、腕と胴体と頭を順に破壊する。単純シンプルだが堅実だ)


 ベックは固唾を飲みながらエイリークの肉体が破壊される様子を見守っていた。

 速人への恐怖か積年の恨みの為か、エイリークを助ける者は誰一人としていなかった。


 数分後、手足の骨を外されてブラブラになったエイリークが地面に転がされていた。

 一方、速人は中身の少なくなったエイリークの財布にQP硬貨を足している。


 エイリークは仰向けに倒れながら口の端を歪めた。


 こうしてエイリークの性格は生涯を通じて矯正されること無く、真っ直ぐなままに変わることは無かったという伝説を残した。


 一方、ソリトンは床に横たわっているエイリークの怪我の具合を確かめていた。


 エイリークは生まれつき強力な再生能力を持っているので放っておいても問題は無いのだが後で八つ当たりをされるのは必至だった。


 ソリトンはエイリークに手足の関節を曲げたり、伸ばしたりしては痛みが無いかと聞いていた。

 ウェインが機会を見計らってソリトンとエイリークのところにやってきた。

 ドルマもチーズが乗っかったクラッカーを食べながら遅れてやって来る。

 ウェインはしっかりと朝食を済ませてきたが、ドルマは昨日トラッドという騎士に案内された防衛軍の所有する豪勢な宿泊施設のベッドが合わなかったらしく出発時間ギリギリまで眠っていたことが原因らしい。

 

 ウェインはエイリークが脱力状態であることを確認してから話を始めた。


 「ソル。実はエイリークの家で集会みたいな事をやるのは、俺たちも速人から聞いていたんだがよ。本気か?」


 ウェインは子供の頃に何度かエイリークの家に泊った経験があった。

 後にも先にも当時のエイリークの家ほど酷い場所は無かったと記憶している。


 ソリトンは少し考えた後、エイリークの家の現状について語った。


 「エイリークの家はこの間、速人が改装してくれたので立派なお屋敷になっている。この前、ダグとハンスと一緒に行って俺も驚いたよ」


 ソリトンは改装されたエイリークの屋敷で、ダグザとハンスと一緒に風呂に入った時の事を思い出しながら嬉しそうに話した。

 しかし、ウェインとドルマにはジャングルの中のお化け屋敷のようなエイリークの家しか思い浮かばなかった。

 二人はそろって首を傾げるばかりである。


 やがてトレイの上にティーポットと人数分のカップを乗せた速人が事務所の簡易キッチンから戻って来た。


 エイリークが気絶してから速人は既に”高原の羊たち”のメンバーとお客様にお茶とお菓子を配って歩いていたのだ。


 「なあ、エイリークさん。ドルマさんとウェインさんも昔の仲間なら今晩のパーティーに招待したらどうだ?」


 速人はドルマに湯気の立つお茶を渡した。

 ドルマはニッコリと笑いながらティーカップに口をつける。

 どうやらクラッカーを急いで食べたせいで喉を詰まらせかけていたらしい。


 (しかし、笑った顔にも妙な迫力があるな)


 速人はティーカップにウェインの分のお茶を注いだ。

 しかし速人がウェインのところにお茶を出す前に横から手が伸びてきて奪われてしまう。


 右手の主は、復活したエイリークだった。


 「駄目だ。それだと俺様が食う肉の量が減る。お前らはさっさと帝国に帰って仕事をして来い」


 エイリークはズーズーと音を立てながらお茶を飲んだ。

 やがてお茶の中に甘味が無いことに気がつくと「砂糖二つ」と言ってティーカップを指さす。

 速人は言われた通りにシュガーポットから砂糖を二杯入れる。

 エイリークは速人からカップを取り上げると一気に飲み干してしまった。

 速人は苦笑しながら再びティーカップにお茶を注いだ。


 (どっちが年上なんだよ…)


 ソリトンとウェインは突っ込む事を堪えていた。


 「まあ、俺たちはそれでも構わないんだがな。何だったかな…、そうアレだ。エイリーク、そのパーティーにはエリオットたちは招待しているのか?」


 ドルマは小鳥が水を飲む時のように少しずつお茶を飲んでいた。

 後でウェインに聞いた話だが、ドルマは大層な猫舌らしい。

 だが速人が驚いたのはドルマが無骨な外見に反して猫舌だった事では無い。

 ドルマの口からエリオットの名前が出てしまった事である。

 エリオットとセオドアの事はいずれエイリークに話すつもりだったが、今は事情が込み入っている為に敢えて伏せておいたのだ。

 その時、速人の顔から表情の一切が失われていた。

 事態の重さに気がついた慌てて速人の近くまでやって来て耳打ちした。


 (すまん、速人。うちの隊長もエリオと同じで空気とか読めない体質なんだ…)


 (了…、解…)


 速人は目を虚ろにしながらゆっくりと首を縦に振った。


 「エリオ?おい、ドルマ。何でエリオの名前が出てくるんだよ。大体さ、エリオとは都市まちに出て行ったきり会ってねえよ」


 エイリークは怪訝な表情でドルマを見ている。


 今から十数年前エイリークの父マールティネスを殺害したアストライオスは息子エリオットの手によって殺された。

 エリオットとセオドアはアストライオスの生首を持って防衛軍の本拠地に戻り、自らの意志で牢屋に入って処刑されることを希望した。

 しかし彼らの事情を知るスウェンスとダールトンが周囲を説得して処刑を免れることになった。

 二人が釈放される当日、エイリークと仲間たちはエリオットとセオドアを迎えに行ったが会う事は出来なかった。


 二人は夜明けが来るとすぐに第十六都市から出て行ってしまった、とエイリークは司法局の人間から聞かされた。


 それから今までエイリークたちは各地のコネクションを利用して二人の行方を捜したが結局見つけることは出来なかったのだ。


 一月前、速人と偶然遭遇した時もレッド同盟にいる友人たちにエリオットとセオドアの事を訪ねたという話だった。


 「実は、ウィナーズゲートの町をうろついている時にエリオットとセオドアの姿を見たような気がしたんだ。あれ?…会話もしたかな。詳しい話はウェインに聞いてくれ」


 ドルマは「すまない」と小さな声でウェインに謝った。


 エイリークはウェインをギロリと睨んだ。

 ウェインは小便を漏らす一歩手前になりながら必死に説明をした。

 

 当然のように速人はダグザとハンスによって拘束されている。


 エイリークとマルグリットは忘れていた話だが、ダグザは速人がウィナーズゲートの町でドルマとウェインと会ったことを覚えているのだ。

 威圧感を放つエイリークを前にしてウェインは蛇に睨まれた蛙のような顔になっていた。

 その後ろから大股でマルグリットがやって来た。


 「チッ‼」


 速人は周囲に聞こえるような舌打ちをした。


 「ああ。エリオとテオとは話したけど、じっくり話し込んだわけじゃないぜ。ほんのちょっと挨拶した程度だ。まさかその時はお前らと離れて生活してるなんて知らなかったわけだし。おっと。マギー、エイリーク、グーは駄目だぜ。俺はこれでも帝国軍人だ。外交問題になっちゃうからな。詳しい話は俺よりも速人に聞いてくれよ。へへっ…ふぐぅッ‼」


 エイリークの左ストレートがウェインの顔面に、マルグリットの右のボディが肝臓に入っていた。


 ウェインは涙をハラハラと流しながら地に伏した。


 ポキぺキポキ × 2 。


 エイリークとマルグリットが指の骨を鳴らしながら速人にゆっくりと接近した。

 二人の顔は少なくとも笑ってはいなかった。


 「…さて、と。速人よ、今度こそ全部話してもらおうか」


 速人は誰か味方になってくれないものかと周囲を見渡した。


 …誰もいなかった。


 その場にいた誰もが知らない間に混入した異物を見るような目つきで見ている。

 ウェインは「どうして俺ばかりこんな目に…」と呟きながら地面に横たわっている。

 頼みの綱のドルマはといえば、速人と目が合った途端に背中を向けてお茶を飲んでいた。


 (糞の役にも立たない奴らだな、帝国軍人ってのは。だがエリオットとセオドアがどこで暮らしているかはもうしばらく黙っておいてやるか)


 速人は覚悟を決めてエイリークたちにエリオットとセオドアの話をすることにした。


 「…。最初に言っておくけど、俺はエリオットさんとセオドアさんの事はベックさんから聞いていたけど二人の顔までは知らなかったからな。場所が場所だけに、お互いの素性について踏み込むような話はしなかった。俺たちが親しくしていたように見えたのは、エイリークさんの家でお世話になっているって話をしてからだ。子供だけで行動すると危ないからつき合ってやる、みたいな感じで行動を共にしたんだよ。それ以上の事は知らない」


 話を最後まで聞いてから、ダグザが皮肉っぽく笑った。

 ややつり上がった目を大きく開いて速人の姿を見つめている。

 それは速人の事を絶対に信用していない人間の目つきだった。


 「なるほど。一応、話の筋は通っているな。しかし、相手が相手だけに油断は出来ないな」


 そこにドルマが割り込んで来る。

 しかも事細かく覚えている上に、勘の良い質問まで挟んでくる始末だった。

 つまるところドルマはどこまでもタイミング最悪な親父だったのだ。


 「速人、エリオットってのは金髪の三つ編みを二つぶら下げたお兄さんの事だぞ。無駄にキラキラしている方。セオドアってのは隣にいたこげ茶の長髪を馬鹿みたいに逆立てた挙動不審が服を着て歩いているような感じのお兄さんだ。お前、何か親しそうに水道がどうとかと話をしていただろう」


 水道の話とは、おそらくサンライズヒルの町にある浄水器を修理したことについて会話していた時の事だろう。

 ドルマは切れ者と呼ばれているだけあって、やたらと察しが良い男だった。


 浄水器の話は少なくとも今するべき話ではない。

 帝国から逃げてきたカッツ、ハイデル、イーサンらの生活を脅かす可能性がある。


 ダグザの突き刺さるような視線が痛かった。


 「ああ。冬場に洪水が起きたせいで水道が使えなくなった、みたいな話をしていたんだよ。それなら川の水を使えばいいって話したら川の水は汚いから飲めないって言ってたよ。別に特別親しく話したわけじゃないって」


 厳密に言うと、速人は嘘を言っていない。

 ただ会話の全容を話していないだけだった。


 「じゃあ今度はアタシね。速人、エリオとテオは今どこで生活してるとかそういう話はしなかったの?」


 「おう‼ビシっと頼むぜ‼」


 エイリークとマルグリットが同時に接近してきた。

 二人とも美男と美女なので、流石の速人も緊張してしまう。


 「残念ながらそういう話はしなかったよ。俺もエイリークさんの家でお世話になる前の話はしたくなかったから、会話がそっち方面の内容にならないように気をつけていたし…」


 その後、速人は”高原の羊たち”のメンバーから質問攻めを受けることになった。

 皆エリオットとセオドアの事を心配しているらしく、彼らの健康に関する質問は多かったような気がする。

 ほぼメンバー全員からの質問を受け答えした後、速人は深いため息をついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ