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第百十六話 傷痕

次回は11月15日くらいに投稿します。いきなり雪が降って少しだけ大変になってしまいました。すいません。

 ウェインの話によると昨日、速人よりも先に第十六都市の内部に到着したドルマはトラッドの案内でレナードに接見することが出来たらしい。

 ドルマはレナードに帝国側の事情を打ち明けた後、協力を要請しレナードは独自の判断でドルマからの協力と情報提供を受ける形となった。

 都市防衛軍の幹部であるレナードにはそれくらいの権限が与えられていた。

 議会や帝国中枢の思惑が絡めば時間がかかるのだろうが現時点では手を尽くしたといっても良い段階だった。

 

 速人とダグザはウェインの説明を聞きながら頭を縦に振っていた。

 しかし、他の面子はドルマやエイリークを含めて何を話しているのか理解していない様子だった。


 「まあ、そういう話らしいぞ。エイリーク、詳しい事は俺よりウェインに聞いてくれ」


 ドルマは速人の用意した温かいお茶を飲んでいた。

 昨日まで口元に生えていたヒゲは既に剃っていた。

 速人の視線に気がついたドルマは口元を軽く撫でて剃り残しがないか確かめている。

 ドルマは外見からして堅物の軍人という風情の男だったが風貌を整えることには疎い性格なのかもしれない。

 速人は腰に下げた道具袋から手鏡を取り出し、ドルマに貸してやった。


 「おい、ヘタレの三白眼。俺様にもう少しだけ分かり易く説明しろ。その気に食わない前髪を全部引っこ抜いてから殴るぜ?」


 とエイリークは殴ってから言った。


 ウェインは涙目になりながら何度も肯いている。どうやら二人の関係は、ダグザとソリトン、その他の面子たちを見ながら、昔から変わらないものらしい。

 

 「ぬんっ‼」


 「ぐほぉッ⁉」

 

 速人はドルマにお茶のお代わりを渡した後、エイリークの鳩尾にボディーアッパーを入れた。


 「速人、ありがとよ。それで、ええと…。帝国とレッド同盟と自由都市、三つの勢力の領地が重なっている部分があるよな。最近その場所で頻繁に強盗紛いの事をしているから俺たちが片っ端から逮捕しているんだが、キリ無え。そういうわけでお前らに強力を要請しようと思って直属の上司の許可無しに二人でやって来たんだんだ」

 

 エイリークからの追撃を恐れたウェインが礼を言ってきた。

 速人は礼など要らぬとばかりに大きな頭を縦に振る。

 

 「我々”高原の羊たち”は一向に構わない。すぐにでも協力しよう。だがウェイン。君とドルマが抜けても大丈夫なのか?」

 

 とダグザがエイリークに代わって答えた。

 エイリークは今、下腹部を押さえながら屈んだままでいる。

 悶絶しているエイリークと交代して、ダグザが応対することになった。


 ウェインは深呼吸してから幼少期の忌まわしい記憶(※エイリークに虐められた)と共に額の汗を拭った。


 「実はそっちもよろしかねえな。ぶっちゃけ、今の上司は昔のような糞小役人じゃないが想定外のトラブルに対応できるほど優秀じゃねえのよ。盗賊連中の買収に応じるような事は無いだろうが、同情して懐柔されちまう可能性は無きにしも非ずというわけだ」


 「城主殿は育ちが良すぎるのだ。その辺で勘弁してやれ、ウェイン」


 会話の最中、ウェインとドルマは国境付近にある小さな城で二人の帰りを待つ善良さだけが取り柄の城主の顔を思い出していた。

 帝国内において戦争の前後に起こった謀反が原因で人材が一新されたのは自称木っ端役人であるドルマとウェインにとって好ましい出来事だったが決まったことしかできないマニュアル人間を連れて来られたのは想外だった。

 それでも彼には正義漢があり、職務に忠実だというのだからドルマたちも文句は言えないのだろう。

 

 ドルマは肩を落として盛大にため息を吐いた。


 「今の城主殿はナル太公家の息がかかった人間ではないだけマシだ。ナル家の人間のせいでドワーフという種族そのものが他の種族に対して差別思想を持っていると思われているくらいだからな、全くもってけしからん。と愚痴はこのくらいにして…恩に着るよ、ダグ。お前たちもそのエイリークが議員に立候補する話で忙しいのだろう?重ね重ね悪いことをしたと思っている」


 ドルマは頭を下げた。

 第十六都市の市議会の議員ともなれば、周囲の国では最重要人物として扱われる。

 エイリークは大戦の英雄であり、前議長ダールトンとも親しい間柄である為に”高原の羊たち”のメンバーも今まで通りの関係というわけにはいかないだろう。

 彼らがどういった少年時代を過ごしてきたかを知る人間の一人として、ドルマは複雑な心境で見守るしかなかった。


 「あー…。あのさ、ドルマ。その議員になる話なんだけど実はキャンセルしちゃって…」


 エイリークは口の端を歪めながら事情を説明した。

 そして、話を最後まで聞いたドルマとウェインは大笑いしていた。

 もっとも側にいるダグザが額に血管を浮かべ怒りを堪えている姿を見てからはすぐに中断してしまったが。

 

 速人はダグザにミント系の葉っぱで淹れたハーブティーを勧めて、落ち着いてもらうことにした。


 ダグザは湯気の立ったお茶をがぶ飲みしている。


 「実におエイリークらしい決断だな。逆に納得してしまったぞ。なあ、ウェイン?」


 「そうっすね。ダグ兄さんには悪いけど、やっぱ俺にもエイリークが市議会議員だなんて想像できねえや」


 ずいっ。


 ダグザは突然空になったマグカップを無言で速人に渡した。

 速人はすぐに同じくらいの温度のハーブティーを用意する。

 ダグザは額に浮き出た血管をピクピクと動かしながら熱いお茶を一気飲みした。

 実はエイリークの議員立候補を止める為の書類や”高原の羊たち”の代表に再就任する為の書類を用立てたのはダグザだった。

 レクサの話では、その為に三日ぐらい徹夜したらしい。


 「昔の話は一度止めておいて、今後我々がどうやって連携を取って行動するかについて話し合おう」


 ダグザは咳払いをするとエイリーク側の事情について語り始める。

 その中には英雄エイリークを危険視する勢力が存在する事、今現在のダグザの実家の事情についての話等があった。


 (第十六都市の主流派であるギガント巨人族は戦争を終結に導いたエイリークさんの台頭を恐れて”高原の羊たち”に無理難題をふっかけて、ダグザさんの実家はダグザんのお爺さんが当主の座を正式にダールさんに譲った後に表に出て来なくなってしまったんだな。なるほど。思った以上に厄介な話だな)


 ディーやテレジアたちヨトゥン巨人族とは異なる起源を持つ眷属種ジェネシスギガント巨人族はナインスリーブスにおける有力勢力の一つだった。彼らが先の戦役で大活躍をしたエイリークを妬んでいる話も知っている。


 今後動く上では常にエイリークの台頭を危険視するギガント巨人族の妨害も考えねばなるまい。


 速人はダグザの話を聞きながら既知の情報と混ぜ合わせて独自の解釈をする。

 

 ウェインとドルマも黙ってダグザの話を聞いていた。


 「まさかスウェンが引退していたとは知らなかった。帝国にこの話が流れれば、ナル家の連中はさぞ喜ぶことだろうな」


 先の戦争で自治都市の同士の連携が崩れかけた時に一早く立ち直ることが出来たのは他でもないダグザの祖父スウェンスの力によるものだった。

 当時ナル家は幾つかの自治都市と火炎巨神同盟との戦いにおいて協力という形で内政干渉を考えていただけに苦汁を飲まされたことだろう。

 他国の不幸もあくまで自分たちの利益に引き込もうとするナル家のやり方にドルマは若い頃から反感を覚えていた。

 現ナル家の当主アドダイは清濁を飲む器量を持った男であり、平和の名を借りて侵略まがいの事を平気でやってのける。

 帝国の貴族はアドダイの興した新しい軍需産業(※主に兵器を専門に製造する工場が集中した工業都市の建造。ナインスリーブスは大半がギルド制なので利益を得ている。詳しくは高校生向けの産業革命の参考書を呼んでくれ)や維持費が非常に安くて済む常備軍制度によって懐柔されていてかつての五太公と帝国貴族は対等たらんとする気骨を失っていた。

 もしも本気で彼らに抵抗するならばルギオン家との協力は必要となる。


 「そうっすね。ナル家の当主も代替わりしましたけど今でもスウェンさんや大エヴァンスの威光を恐れているみたいですし」


 ウェインは苦笑しながら、帝国軍人として気軽に口にすべきではない相手であるダグザの曾祖父エヴァンスの名前を口にする。

 まさにエヴァンスが第十六都市の中枢に存在する人造世界樹の再起動に成功した人物だった。

 他にも自治都市の歴史中で”中興の祖”とも呼ばれている。

 しかしエイリークが生まれた頃では既に亡くなっており、スウェンスとダールからは「とにかく声の大きな爺さんだった」ということしか聞いていなかった。

 

 ちなみにウェインとドルマは軍学校の教科書で最重要危険人物としてエヴァンスの名前を覚えさせられたのだった。


 「やれやれ帝国内部では曾祖父や祖父の名前は未だ健在か。しかし祖父の引退の話がおおやけになっていないとは意外だな」


 やや呆れながらも、少し嬉しそうにダグザは語った。

 この状態になると話が長くなるのでエイリークはウェインとドルマに話題を変えるように目でサインを送った。

 ウェインとドルマは顎に手を当て、目を瞑るというポーズを取っている間に首を縦に振っていた。


 「そのうちお前を帝国の新たな皇帝として持ち上げる連中が現れるかもしれんぞ、ダグ?」


 しかし、ドルマは早くも話題のチョイスに失敗している。


 エイリークたちは完全に人選を誤った事を痛感していた。


 そんな中、速人がエイリークの側によって右で手刀の形を作って見せた。


 (ダグザさん、一回眠らせとく?)


 (場合によっては…頼むぜ)


 エイリークは両腕を組んで首をゆっくりと縦に振った。

 こうしてまた二人の間に後ろ暗い取引が成立した。


 「実に気分の悪い話だな。帝国の皇帝は常にドヴェルクの血筋から生まれてきたというのに。角小人レプラコーン族の皇帝など聞いたこともない。貴方にしては性質たちの悪い冗談だぞ、ドルマ」


 ダグザは皮肉っぽい笑みを浮かべながら自分にはそんな心配は必要ないと語った。

 傍から見るとダグザの様子が何となく嬉しそうに見えるのは気のせいだろう。

 ドルマにダグザを止める事は出来ないと確信したエイリークたちはドルマを引っ込めた後に速人とウェインを代役として立てた。


 「ダグ兄さん、俺たちはこのまま砦の方に戻るつもりなんだが気をつけることはあるか?」


 ダグザが何かを言い出す前に、速人が一昨日大市場で”新しい空”の工作員と思われる人物を捕獲した事件について話した。


 「スパイみたいなヤツがいるかもしれないから、何か重要な話をする時は信用している人間以外には打ち明けない方がいいかもな。実はこの前、大市場にスパイが紛れ込んでいて大変だったんだよ」


 話を聞いた直後、ドルマはウェーブのかかった黒髪を掻いた後に腕を組んでしまった。

 何かを言い出すような様子は無かったが、明らかに怒りを覚えているようにも見えた。

 それを証拠にウェインはドルマとの間に距離を置いている。

 ドルマは何かを思いついたようにアルフォンスとシャーリーを見ていた。


 「アル、シャーリー。速人の話では市場にスパイが現れたという話だが、皆は大丈夫だったか?」


 ドルマの顔はいつの間にか厳つい表情に変わっていた。

 それこそ”処刑人”というあだ名がふさわしい男の風貌となっている。


 アルフォンスは都合の悪そうな顔をしたまま黙っていた。

 何も言わない亭主に変わって、シャーリーがドルマの質問に答える。


 「ウチの親父とアルフォンスが怪我をさせられたね。犯人は、そこの速人が捕まえてくれたみたいだけど。他のみんなは無事さ」


 ドルマは息を飲んでシャーリーの話を聞いていた。

 巌のような表情がさらに険しいものになっていた。

 補佐役のウェインも舌打ちをして不快を露わにしている。


 この二人にとってアルフォンスとアルフォンスの父親は命の恩人だった。

 アルフォンスはドルマとウェインの義理堅い性格を知っていたので話を切り出せなかったのだ。

 大市場で起こった事件は”高原の羊たち”のメンバーたちも全員が知っていたわけではなかったので次第に動揺が広がって行った。


 「そうか…。話をしてくれてありがとう、シャーリー。相手は非戦闘員もお構いなしに襲ってくるような輩か…、下手に動く事は出来ないな。速人、アルたちを助けてくれてありがとう。礼を言うよ」


 ドルマは速人に深々と頭を下げる。次いでウェインも速人に頭を下げてきた。


 「隊長。これは、すぐにでも砦に戻った方がいいかもしれませんね。こういう連中は行動が早い。もう既に砦の内部に侵入されているかもしれませんよ」


 普段は見た目に反して性急な気質のドルマを抑えるのがウェインの補佐役としての仕事だったが、恩人が命の危険に晒されたとあっては立場が逆転していた。

 ドルマもすぐにそうすべきだと思っていたが、エイリークたちのところに立ち寄ったもう一つの目的を思い出して歯切れの悪い返事を出してしまう。


 「ううむ。そうしたいのは山々だが、第十六都市を出発する前にせめてスウェンとメリッサに挨拶をしておきたいんだが…。忙しいところをすまないが、エイリーク、ダグ。つき合ってくれないか?」


 ドルマの話を聞いた直後にエイリークは言葉を詰まらせ、ダグザは視線を伏せてしまった。

 長くエイリークたちと距離を置いていたドルマとウェインはダグザの祖母メリッサが亡くなり、その事が原因でスウェンスが自分の工房の外に出て来なくなってしまったことを知らなかったのだ。


 速人は別れ際のエリオットとセオドアの過ぎし日を懐かしむ笑顔を思い出し、ため息をついた。

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