第百十五話 帝国軍人ドルマとウェイン、半年ぶりに登場する。
次回は11月10日に投稿する予定です。遅れてばかりですいません。
「こういう顔と身長だけの優男は駄目だな。俺みたいに実力とか、人望とか、実績が備わっていないとな。なあ、ハニー?」
「そうさね、ダーリン。やっぱり男は強くなくちゃ」
早速エイリークが出来上がったポルカ(仮)の似顔絵に文句をつけてきた。
(そう言われてみると鼻を小さく描きすぎたかもしれないな。目も大きいかもしれない)
速人は少女漫画の主人公の幼なじみのような顔になってしまったポルカの似顔絵を確認する。
「こんなヤツ、見掛け倒しさね。ソルみたいに私のパンチ一発で寝ちまうよ」
マルグリット基準ではポルカは貧弱な坊やということらしい。
ソリトンやダグザたちはエイリークとマルグリットに対して何か言いたそうな顔をしていたが結局は黙っていた。
一度、話が止まったところからダグザと速人の会話が続く。
「しかし、おかしな話だな。ウィナーズゲートの町で問題が起こったならばコルキスから私に連絡があるはずだが…。レクサ、君は義父上から何か聞いているか?」
ダグザの質問に大してレクサは首を横に振って「何も聞いていない」と伝えた。
ダグザの妻レクサことアレクサンドリアは第十六都市の防衛軍の幹部レナードの娘である。
レクサはダグザと結婚してからは実家にはほとんど帰らず父親と兄弟たちを家に招くことは無かった。
ダグザの話に出てきた老騎士コルキスはレナードの先輩軍人であり、現役を退いてからは防衛軍の相談役として都市の外周警備に参加している。
「そこはダグザさんに気を使ったんじゃないかな。今のダグザさんとレクサさんはアダンの事で精一杯だろうからさ。気になるなら本人に直接聞いてきたらどう?」
速人は子供らしくお気楽に振る舞った。
コルキスや帝国の騎士ドルマに出会った話をすれば、ウィナーズゲートの町とは反対側から都市の入り口に来たことがバレてしまう可能性がある。
ダグザは色々と詰めの甘い男だが、察しの良い男だ。
下手に隙を見せればエリオットやセオドアの事に気がついてしまう可能性も否定できない。
案の定、コルキスとレナードの名前を聞いた途端に周囲から不安の声が上がってきた。
隊商”高原の羊たち”のメンバーの多くはコルキスやレナードに訓練されて大人になった者が多かった。
「おいおい。今さらコルの話とか勘弁してくれよ。こんな年齢になって怒鳴られたりしたらたまらねえや」
如何にも怒られていそうな人間の代表であるエイリークは盛大なため息と一緒に愚痴を吐いた。
またコルキスと同じく角小人族の出身であるダグザとレクサもあまり良い顔をしてはいなかった。
その後”高原の羊たち”のメンバーたちもガヤガヤと思い出話に花を咲かせる。
(逃げるなら今だな…)
速人は周囲を見ながら何とか逃げ出せないかと考えていたが、絶妙なタイミングで頭を鷲掴みにされる。
直後身体を持ち上げられたかと思うと、そのまま地面に押しつけられた。
事実上のバスター行為だった。
「おい。シャーリー。いくら何でもやりすぎだろ。ていうか…俺の前だってのに、よその男(※速人の事)に近寄り過ぎじゃないか?」
頭上から速人の怪我を心配するアルフォンスの声が聞こえてきた。
速人の真上では頭頂部にアイアンクローをかましているシャーリーの姿があった。
シャーリーは如何にも面倒なという顔つきで数十年連れ添った夫の顔を見た。
シャーリーのそれはガンつけだけで羆相手でも心肺停止状態に持ち込めそうなくらいの威力を秘めているはずだったが、アルフォンスはうっとりとした表情で妻の顔を見ていた。
シャーリーはだらしない夫の顔を見て「はあ」と溜息をついた。
ケニーとアンソニーは居心地の悪そうな顔で二人の姿を見ていた。
「ハン。そんな事、私の知ったことかい。速人、ウチの旦那が約束通りに牛を一頭持ってきたよ。金は用意してあるんだろうね?」
速人はうつ伏せの状態のままさらに身体を床にめり込ませていた。
しかし、小器用に腰に下げた道具袋に手を伸ばして中からQP硬貨を取り出している。
腕だけでQP硬貨をシャーリーに渡した。
シャーリーは目を細めながらQP硬貨の数を確認し、自分のエプロンのポケットに入れた。
「母ちゃん、ちょっと待てよ‼それ、今朝親父が祖父ちゃんと市場のみんなのお礼にタダでやるって言ってたヤツじゃない…ブッ‼」
ケニーが止めに入った瞬間に後ろ蹴りで壁まで飛ばされた。
シャーリーは表情を変えずに飛行中に死んでしまっだトンボのようになってしまった次男を見ながら言った。
騒動に気がついたダグザがハンスたちに言伝して担架を用意していた。
ケニーは蠢くだけの虫の息になっていた。
「ケニー、よくお聞き。それはそれ、これはこれってね。今回は宿六がボウズと勝手に約束しただけさ。仮にもウチの店を使って牛を捌いたんだ。料金はいただくよ。文句があるなら(※左腕に力こぶを作る)母ちゃんと戦ってみるかい?」
ケニーは既に意識を失っていた。
耳からダクダクと血を流している。
ダグザが非難めいた視線を送っていたが「大丈夫。その程度では死にはしないさ」と全く興味が無さそうに返事をしていた。
「そうだぞ、ケニー。お母さんのシャーリーの言う通りだ。うんうん」
ケニーは父親の無責任な言葉を聞きながら、朦朧とした意識の中己の存在意義を問うた。
死んで英雄となった叔父の名を与えられたはずの自分は最初からいなくても良かった存在ではないのか。ケニーの意識はゆっくりと暗黒の海に沈んでいった。
ダグザは目を薄らと開けたままになっているケニーに「意識をしっかりと保て‼」と必死で説得していた。
「これほどの牛を用意していただけるなら、いくら払っても問題はありませんよ。マダム、アルフォンスさん。今回はどうもありがとうございました」
アイアンクローバスターを食らって重傷だったはずの速人は、いつの間にか牛一頭分の肉を満足そうに見ていた。
牛の肩の一部分だけ皮が残され、そこにはブロードウェイ精肉店の焼き印があった。
(これが本物のプロの仕事か。やれやれ、昨日はマルコに悪いことをしてしまったな)
速人は心の中で老騎士トマソンの孫ジョッシュが家族同様に大切にしていた羊マルコに己の技術の拙さを詫びた。
自分の仕事など、アルフォンスの熟練の職人による卓越した技術を用いた仕事の前では正しく児戯に等しい。
室内灯を照り返し光沢を放つ赤身と白身のコントラストなど芸術作品と呼んでも過言ではないだろう。
速人は名騎手が愛馬の背を撫でるように肉の塊の触り心地を楽しんでいた。
「なあ、マギー。あれ、どう思う?」
「普通に気持ち悪いよね」
エイリークたちは速人の姿を驚愕の表情で事の成り行きを見守っていた。
「エイリーク。何だって今日はみんなで集まっているんだい?」
シャーリーは速人からベーグルサンドを受け取り、かぶりついていた。
本来は弁当用に持ってきた物だが、このままシャーリーを放置すれば間違い無くトニーとケニーとアルフォンスに被害が出てしまうだろう。
そして速人の予想通りにシャーリーは朝食を抜いて”高原の羊たち”の事務所を訪れていたのだ。
夫につき合って朝早くから食肉加工の作業を手伝っていたらしい。
さらにアルフォンスが食べていないという理由で朝から何も口にしていないという話だった。
シャーリーは豪快な武将のような外見をしているが中身はしっかりとした良妻賢母の見本のような女性だった。
エイリークもまた速人からベーグルサンドを受け取って食べていた。
まだ切ってしまった口内や顔の傷口に触るらしく、咀嚼する度に表情を歪ませていた。
「おい。今さら言うのも何だが、俺はサーモンよりも肉の方が好きなんだよ。後クリームチーズも要らねえ。酸っぱいの嫌いなんだよ、もぐもぐ…。おかわり頼むぜ。シャーリー、実は今日の晩に俺の家で焼肉パーティーやるんだよ。それで最終的な打ち合わせと、速人が昨日ウィナーズゲートの町で隊商同士のドンパチに出くわしたって話だからみんなに注意しとけってそういう話をする為に集合かけたんだ」
速人は半分に切ったベーグルにローストビーフとレタスを挟んでエイリークに渡した。
エイリークはベーグルサンドからレタスだけを取り出して、ソリトンに渡してから食べていた。
(偏食家のクソ中年め。次にやったら傷口にハバネロソースを塗り込んでやる…ッ‼)
速人は親の仇を見るような目でエイリークを見つめていた。
「嫌な話だねえ。速人、悪いことは言わないからウィナーズゲートの町になんか行っちゃ駄目だよ。あそこは今でも人買いや人攫いが徘徊しているんだよ。私もおかわり。サーモンのヤツでいいからね。後チーズは分量多めで」
速人はベーグルサンドを分解してサーモンとクリームチーズの量を増やしてからシャーリーに渡した。
アルフォンスはシャーリーの隣でベーグルの野菜サンドを食べていた。
バンズと具材を飲み込んだ後、速人に説教を始めた。
「あんまりこういう話はしたくねえんだがよ。速人、お前が生まれてくるずいぶん前にウィナーズゲートの町じゃ人買い共が集まって大っぴらに競り市とかをやっていたんだ。戦争の時に帝国のドワーフどもに殺されたんだけどよ、今もいないとは限らねえ。お前がエイリークの為に張り切って肉を捜しに行くっていう心意気は買うがよ。絶対に行かない方がいいぜ。いいか、約束だからな?」
そう言ってアルフォンスは速人の頭の上に何度か手を乗せる。
速人は神妙な顔つきで聞いていた。
(やはりこの二人はお見通しだったか。俺も詰めが甘いな)
ダグザが速人に向かって手を出してきた。
速人はすぐに温かいハーブティーとベーグルを渡した。
ダグザはそういう意味で手を出したわけではなかったが、小腹が空いていたのでベーグルのクリームチーズが塗ってある部分にかぶりついた。
「アル。貴方に頼み事なんだが、コルのところに行ってウィナーズゲートの町で起こった事件について聞いてくれないか?その私やエイリークが行けば色々と角が立ってしまうだろうから」
前半はいつも通りの冷静な態度だったが、後半は気後れしている為に声が小さくなっていた。
アルフォンスは戦時中に義勇兵として食料を管理する仕事をしていた経験があるので、現役だったの頃のコルキスやレナードと交流があった。
コルキスの厳しい性格を知っていたアルフォンスはニヤリと笑ってからダグザに頷いた。
「そういう事かよ。なら俺に任せとけってんだ。あの怒鳴り爺なら、例え相手がダグでも容赦無いからな。それはそうとドルマの野郎はどうしたんだろうな。こういう時は真っ先にお前らのところを訪ねてくるんじゃないかのか?」
(…⁇)
アルフォンスの口から意外な人物の名前が出てきたので、速人は思わずギョッとした顔になってしまった。
速人の知る限りウィナーズゲートの町の入り口で知り合った帝国軍人のドルマ(※ともう一人)はマルグリットやソリトンたちの親の仇だったはずだ。
速人はマルグリットたちの顔を見たが、これといって特に変わった様子は無かった。
そうこうしている間に速人の側にエイリークがやって来て肩を軽く叩いた。
「速人。お前、もしかしてドルマの事でそんな顔をしてるのか?まあ他人のお前が心配する気持ちはわかるが俺たちとドルマは別にケンカしてるってわけじゃないんだ。気を使わせて悪かったな」
エイリークの声にはいつもの鷹揚さの無い。それはどこか寂しさと懐かしさを感じさせる声色だった。
「そうだよ、速人。うちのダーリンの言う通りさね。私やソルの親を殺したドルマにはむしろ感謝しているところさ。あんな連中、親だって思いたくないし」
速人もマルグリットたちの親の話は聞いていた。
第十六都市の周辺で略奪を殺戮を繰り返し、帝国の辺境警備隊に目をつけられた挙句に皆殺しにされてしまったらしい。
彼らの子供であるマルグリットたちが生き残ることが出来たのはエイリークの父マールティネスの尽力によるものらしい。
「マギー、そういう言い方は止めなさい。絶対に速人が誤解している」
その時、入り口の扉が開いた。
すぐに男二人の言い争う声が聞こえてくる。
「ウェイン、日を改めよう。今日は何か話し合いをしているみたいだ…」
「隊長ッ‼アンタ、いい加減にしろよ‼今日それ何回目だッ‼」
扉の外にはあくまで屋内に入ろうとしない噂の人物ドルマを引っ張っている副官ウェインの二人の姿があった。




