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第百十二話 動き出す悪意。

次回は10月25日に投稿する予定です。遅れてばっかですいません。


 「待たれよ、リホウテン殿。ナナフシの軽率な行動は万死に値するが、この速人という豚猿のような姿をした悪鬼の力は侮れないものがある」


 リホウテンはマウント状態からナナフシの顔面に向かって鉄槌と呼ばれる拳の形を作り、何度も振り下ろしていた。


 漫画ホーリーランドでいうところの「カトー対リュウ」状態である。


 リホウテンはナナフシを除く他の神仙たちとは違って義憤、哀惜といった人間らしい感情が残っていた。

 しかし今の彼は力に溺れケンカ屋に身を堕としたはぐれ総合格闘家リュウのようにまた同じような理由で戦う場を求めてケンカ屋となったはぐれ総合格闘家テツから伝授された総合格闘技の技術を実践することに執心するかのように鉄槌で臼の中にある熱々のお餅よろしくナナフシの顔面を叩いている。


 ホーリーランドの展開ならばこの後、間も無くナナフシはチキンウィングフェイスロックで肩を脱臼させられてしまうだろう。

 しかし、この話は「黄金のリーサルウェポン」であって「ホーリーランド」ではないので正義の空手家「ショウゴ君」は登場しない。不穏な空気を感じ取ったウワハミ(※立場的にはカミシロ・ユウの親友「シンちゃん」)が重い腰を上げて後輩に助け船を出した。


 「…。ならば代わりに貴様が殴られるのか、ウワハミよ?」


 ギギギ…。錆びついた回転シャフトのような音を出しながら、ゆっくりとリホウテンはウワハミを見た。


 (何という迫力…。よもや私の下着がずぶ濡れになってはいないだろうな)


 ウワハミは思わず着物の帯下の事を気にしてしまった。


 神仙の術も万能ではなく、衣類の洗濯などは自分でやらなければならない。

 この場合は手間よりも自尊心の問題だったが。

 

 ウワハミは気力を振り絞って三歩下がったところで踏み止まることに成功する。


 「そういうことではなく。形あるものはいずれ形を失い、混沌へと還るのは不変の法則であり我々が今考えなければならないことは”過去に起こった出来事”ではなく”この先待ち受ける未来”ではないかと…。いい加減、怖いから感情オモテに出して‼」


 ウワハミの話を聞いてからリホウテンの手が止まった。


 相変わらずナナフシの上に乗ったままだったが、ウワハミの方を向いてせっせと衣服の襟を正している。

 リホウテンは殴っている途中でやや乱れてしまった冠や髪型を整えると、端正なつくりの小さな口を開いた。


 「勘違いをするな、ウワハミ。私は何もこの馬鹿が功名心を刺激されて勝手に出奔した挙句、機神鎧を破壊されて帰って来たことを怒っているわけではないぞ。戦いである以上は不測の事態に見舞われることもまた必定。孫武の巻物にも同じような事が書いてあるからな。私が怒っているのは、この馬鹿が私の軍略に関する教えを軽んじたからだ。常日頃から私はこの唐変木に独力には限界があり、鈍刀なまくらではどれほど切れ味が鋭くてもやがて折れるとな」


 「あ、ががが…。もうしわけありません、道兄…」


 リホウテンは口調こそ普段の冷静さを取り戻していたが、身体は相変わらずナナフシに馬乗り状態で首を絞めていた。

 何しろ機神鎧を一機、組み上げることに費やす時間は並大抵ではない。

 天地の気を集めて、希少な材料に宿らせる為に費やす年月は数十年。

 さらに神気を宿した材料を加工して人の形を為すには数十年。

 異邦の神の魂を宿す器となる鎧を作るともなれば、百年近い時間を使わされる。

 故にリホウテンの努力の結晶を未熟な感情の昂りからの軽率な判断で一瞬にして台無しにしたナナフシを許す理由など三千世界のどこにもあるはずがない。


 しかしそれでもリホウテンを怒らせた理由は教えを軽んじたことにあった。


 「ナナフシ。お前は確かに強い。もしも個の武を競うようなことになれば、私とて容易に勝つことは出来ないだろう。だが覚えておけ。実際に戦うとなれば幾千幾度斬り結ぶことになったとしても私には及ばない。なぜならば己の実力を過信する者は、鈍刀のように必ず折れてしまうからだ」

 

 がすっ‼

 

 リホウテンは膝蹴りをナナフシに入れた後、離れた。

 ナナフシは寝転がったまま鳩尾のあたりを押さえながら何度も肯いている。

 反省しているのか、呻いているのかは本人にしかわからない。


 二人の頭上にある岩の上でリョウメンシが立ち上がり、説教を始めた。


 「左様だ、ナナフシ。己の限界を知らぬ者は、己の過ちを認めぬ。鈍刀は刃こぼれしようが、鞘が無くなろうが気にしなくなる。鞘も、刃も、柄を失ったものを果たして剣と呼ぶものか。人を顧みぬ力は無敵ではない。無謀というのだ。然るにお前を破った小僧の手並みは見事だな。少なくとも己に何が出来て、何が出来ぬかを理解している」


 (やはり許さん、糞餓鬼めが。必ず外界に赴いて復讐してくれるわ‼)


 結果としてナナフシはリホウテンとリョウメンシにダブルで説教を食らうことになった。

 速人への恨みゲージのストックが一本余計に増えてしまったことは言うまでもない。


 コウヨウシュはナナフシの肩に手を落とし、後の事は任せるようそれとなく伝えた。


 ナナフシは承服しかねるという顔つきだったがすぐに首を縦に振った。

 

 コウヨウシュは高位の仙人であり、この中では数少ないリョウメンシに意見できる存在である。

 だがそれ以上にコウヨウシュが自分の意志で事を起こそうとする姿勢に興味を覚えたという方が正しい。

 ナナフシとコウヨウシュの交流は数万年くらいになるが、いつも気だるげにしている優男が何かの理屈抜きで動く姿を見るのは初めての出来事だった。


 コウヨウシュは先端が紅葉色に染まった白い髪に指を通しながら鬱陶しそうに払った。


 「リョウメンシ道兄。これから我々はどうすればいい?私とて、かの宝珠の行方は気になる。御身が取り戻してくれるというならば心強いのだが」


 リョウメンシは色合いの異なる三対の瞳でコウヨウシュを睨んだ。


 コウヨウシュがリョウメンシが外に出て行く事態を望むことなど絶対にない。

 むしろ逆であり、この話に関しては手出し無用という意味なのだろう。

 コウヨウシュはスイキョウキョウとは違って権謀術数を好む性格ではない。


 リョウメンシはコウヨウシュの真意を問うつもりで返答した。


 「下手な芝居は止めろ、コウヨウシュよ。私が外界に出て、()()をすることなど貴様らも本意ではあるまい。今まで通りだ、お前の好きにするがいい。だが一つだけ忠告しておく。不破速人なる小僧にはこれ以上、関わるな。二百年も待てば死んでいるだろう。宝珠は気脈を辿れば容易に手に入れることが出来る」


 伝えるべきことは伝えたとばかりにリョウメンシは踵を返して、樹泉山の頂上を目指そうとする。


 黒き獣の王の背中をリホウテンが呼び止めた。

 彼の上には矢をつがえた弓のような姿になったナナフシの姿があった。


 プロレスの関節技ボウ・アンド・アローは仙界にも伝わっていたのだ。


 「弱気だな、リョウメンシ道兄。あの小僧がそれほどまでに恐ろしいのか?」


 リホウテンの露骨すぎる挑発に、コウヨウシュたちの顔から血の気がさっと引いた。

 それでもリホウテンは己の考えを曲げようとはしなかった。

 今の発言を聞く限りではリョウメンシや黒嵐王にとって、自分たちはいつまでも荷物あつかいをされているような気持ちになってしまったのである。

 少なくともコウヨウシュ、リホウテン、スイキョウキョウは”新しい空”の目的を果たす為に粉骨砕身に尽力したはずである。どれほどの恩を受けた相手だろうと許される発言ではない。


 「否定はせぬ。これは獣の勘というものだ、リホウテンよ。あの小僧、おそらくは天数というものを持っておらぬ者なのだろう。つまり我ら神仙にとっての天敵ということになる。まあ老いぼれの勘というやつだ。気にかける程度で構わんぞ」


 リョウメンシの去り際の一言が気に障ったのか、リホウテンが激昂をする。

 リホウテンは運命、宿星といった言葉を毛嫌いしていることをリョウメンシは失念していたのだ。


 「天数だと⁉道兄ほどの神仙がそのような妄言をほざくのか⁉」


 「言葉に気をつけろよ、未熟者。シンコウヒョウやツウテンキョウシュがごとき大仙ならばともかく、お前ごとき小僧が天数などと話にもならぬわ。まずは己の分際を知れ」


 リホウテンはナナフシを放り投げて、立ち上がった。地面に転がされたナナフシは白目になっていた。


 そしてリホウテンは着物の袖から二本の戈を取り出して、刃先をリョウメンシに向ける。

 次の瞬間にはリョウメンシの瞳が輝き、毛先には炎と冷気が生じていた。


 「まあ、待て。リホウテン。リョウメンシ殿も本意ではない。そうですな?」


 下手をすればこの星をも滅ぼしかねない神仙同士の一触即発の状態に、コウヨウシュが割って入る。

 ため息交じりにまず炎と冷気を纏う黒い獅子に飛び掛かろうとしているリホウテンの方を引き離した。

 

 リホウテンは育ての親同然のリョウメンシを衆目の前で侮辱した事を後悔して武器を引っ込める。


 そして、憤怒の劇場に顔を歪ませるリホウテンを見たリョウメンシは己の言動の軽率さを顧みて炎と冷気を収めてしまった。


 「そうだな、言い過ぎた。おそらくはお前たちの方が正しいのだろう。我らの為すべき使命は”揺蕩うが如く平穏”だったな。コウヨウシュ、リホウテン、スイキョウキョウ、ウワハミ、ナナフシ。私はしばらくの間、留守にする。もしも私の力が必要ならばダナンの墓まで来い」


 リョウメンシは樹泉山の頂上まで登ったところで姿を消してしまった。

 最後まで幼子を心配する親のような瞳でリホウテンを見ていたのかもしれない。


 リホウテンは袖の下に腕を引っ込めて、その場に座り込んでしまった。


 やがて隠れていたスイキョウキョウとウワハミはいそいそと会議の場まで戻って来た。


 ナナフシは白目を剥いたまま気絶している。


 「コウヨウシュ道兄、私からの意見だがデレク・デボラが使い物にならなくなった以上は別の駒を用意する必要がある。門の入り口で待たせてあるオーサー・サージェントにそう伝えよう」


 デレクは速人から拷問を受けた後、ろくに治療を受けずに術を使って情報を引き出した(※ナナフシがやった)為に廃人になってしまっていた。


 ウワハミが作った小鬼は宿主の監視をしつつ、力を余分につける効力を持っていたが解呪せずに引き剥がせば人格と記憶を食べてしまうという欠点を持っていた。

 さらに小鬼は宿主を離れては長く生きられない性質を持っている。

 ウワハミは反対したがせっかちなナナフシの独断で強引に小鬼を引き剥がしてしまったのだ。


 ウワハミは一度だけの使いきりの使い魔といえどそれなりに愛情を注いでいたので先の事件を苦々しく思っている。


 仕返しとして、気絶しているナナフシの口の中に苦いだけの気つけ薬を塗り込んでおいた。


 「そうだな。貴兄の言葉を尊重しよう。宝珠奪還は…」


 リホウテンがすくっと立ち上がった。


 コウヨウシュたちとはあくまで目を合わせない。

 内心にはいまだ穏やかならざるものが燃え続けているのだろう。


 「私がやる。いや、コウヨウシュよ。私にやらせろ。我が機神鎧を滅ぼし、馬鹿弟子を退けた餓鬼には興味がある」


 コウヨウシュはスイキョウキョウとウワハミの顔を順に見た。

 二人は青い顔をしながらすぐに首を横に振った。

 怒れるリホウテンを止めるなど厄介事以外の何ものでもない。


 リホウテンはスイキョウキョウの左肩をいきなり掴んで樹泉山の入り口にある門まで連れて行った。

 

 スイキョウキョウは泣き叫んで助けを求めたが、コウヨウシュとウワハミはナナフシの救護を口実に売られて行く子牛を見送るようにスイキョウキョウの悲痛な訴えを無視した。


 二柱の神仙はこの時初めてナナフシの存在に感謝したという。


 しばらくして意識を取り戻したナナフシは理由もわからずにコウヨウシュとウワハミからひたすら感謝された。


 「痛いッ‼リホウテン殿ぉぉぉ、超痛いッ‼私の肩が取れる‼初代ガンダムの白くて四角いのじゃないんだ

から…。ソコくっついてから時間が経ってないから、あんまり痛く無くないから‼」


 朱塗りの門の大前の前では革鎧を着たエルフの中年男性が立っていた。


 男は驚いた様子でリホウテンに引っ張られているスイキョウキョウの姿を見ている。

 エルフの男、オーサー・サージェントは新しい空がナインスリーブスにおける目と耳の役割を果たす工作員の一人であり六洞帯主の一柱スイキョウキョウに見出された者である。


 「あの、御二方。私はどうすればよいのでしょうか?」


 オーサーはいつものように卑屈な笑顔で、リホウテンとスイキョウキョウを迎えた。

 すぐにでも直接の雇用主であるスイキョウキョウを助けるべきなのだろうが、体育会系の部活の先輩ような圧倒的なオーラを放つリホウテンの行いに口を挟むことは死を意味することだけは何となく察することが出来た。

 普段からスイキョウキョウにはリホウテン本来の気性は荒々しいという説明を受けていたことも災いしている。


 リホウテンは鬼神のような気勢でオーサーに話かける。

 

 リホウテン自身は竹を割ったような性格であるがゆえに、見るからに曲者であるオーサーの事を嫌っていた。


 「オーサーよ、用済みになったデレクの身体は第十六都市の警備隊に引き渡せ。時間稼ぎくらいにはなるだろう。他に、デレクの代用品が必要になったので適当な荒くれものに相応の地位と財貨を与えて警備隊の仕事を増やしてやれ。今後は、例の英雄エイリークに休む暇が与えられないにくらいに働かせろ。場合によっては町の一つや二つを焼き払ってもかまわん」


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