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プロローグ 14 雨があがっても地は固まらない。

 次は30日くらいに投稿したい。だけど打岩をやりすぎて手が痛い。こんな時には自分で作った手羽先のから揚げの黒酢煮を食べるに限る。というわけで明日のふじわら家の夕食は「手羽先のお酢煮」になります。よろしく。

 子供たちが避難場所として選んだ岩はけっこうな大きさだったが、窪みがたくさんあったので容易に頂上まで登ることが出来た。

 多分水キツネたちがここまで来ることが出来なかったのは水かきのついた手のせいだろう。

 速人が周囲を見渡すと案の定、シグルズたちがしゃがんで縮こまっていた。どうやら速人が来たことにも気がついていない様子である。


 「シグルズ君。助けに来たぞ」


 「わわっ!」


 いきなり自分の名前を呼ばれてシグルズは速人の顔を何度も見ている。

 まだ幼いがソリトンやアメリアと共通する特徴の容貌だった。

 生意気そうな美少年といった面立ちなのだが、残念なことに涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている。

 今のシグルズくらいの少年というものは非常に繊細な心の持ち主が多い。

 ここは一つ、年長者として正しい道( = ヌンチャク道 )に進めるように導かねばなるまい。

 まずは笑顔だ。

 水キツネに脅かされて傷ついてしまった少年の心を癒す為に必要なものは笑顔しかない。

 速人はシグルズの警戒心を解く為に、ニッコリと笑いながら近づいた。


 「ひいっ!気持ち悪いっ!お前の顔は大きすぎるんだよ!」


 人が優しくしてやりゃあつけあがりやがって。


 速人は奥歯を強く噛み締めた。

 しかし、相手が速人であることに安心した為かシグルズの声には元気が戻っていた。


 「シグルズ君。下にいる水キツネはみんな俺が追い払った(皆殺しにした)から、もう大丈夫だよ」


 シグルズはハンカチで涙や鼻水を拭いながら、速人に尋ねた。

 他の子供たちはまだうずくまったままである。


 「俺のお父さんや姉ちゃんはどうしたんだよ!何で一緒じゃないんだよ!」


 「ここに入ってくる時に使った穴の大きさが、大人が出入りするには小さすぎて通り抜けることが出来ないんだ。今、ロープか縄梯子を使って上に上がれるように準備しているから俺と一緒に帰ろう」


 「そうなの?」


 父親と姉は助けに来ないのではない、来られないのだ。

 自分たちが来る時に使った穴のことを思い出したシグルズも納得したらしい。


 涙目のまま頭を縦に振る。

 ようやく助けが来たことに安心した為か、シグルズは再びぶわっと泣き出しそうな顔になっていた。

 同世代ながらあまりにも可愛い顔になっていたので、思わず速人も吹き出しそうになってしまった。

 そんな速人の生暖かい視線に気がついたシグルズは「バカにするな」と言わんばかりに不機嫌になってしまった。


 「何だよ!ドレイのくせにご主人様を笑うな!お前なんか大嫌いだっ!」


 助けた結果として自分とシグルズたちの立場の違いを再確認させられることになったが、シグルズたちの無事を確認して速人は安堵をする。


 今はよくぞ生きてくれていたという気分で胸がいっぱいだった。


 だが、安心するのはまだ早かった。

 さっと見た感じでもいなくなっている面子が何人かは確実にいる。

 シグルズも万全とはいえないまでも回復しているので、そろそろレミーやアインの行方について聞くことも可能だろう。


 「シグルズ君。ところで今レミーの姿が見えないんだけれど、どうしたんだい?」


 レミーの名前を聞いた途端にシグルズの様子が変わった。

 その場で凍りついてしまったかのように何も答えない。


 「レミーは水キツネの群れをやっつけて来るから俺たちに穴のところまで戻ってろって。途中でアインが足をくじいてシエラが残るって言ったから置いてきた」


 何も言えなくなってしまったシグルズに代わって他の子供が教えてくれた。

 速人の目の前が真っ暗になる。

 心の中の王大人ワンターレンが「死亡確認!」と宣言したような気がした。

 膝を折って倒れてしまいたい気分だったが、何とか耐える。ヌンチャクの前で情けない姿は見せられない。

 運動神経の良さそうなレミーでも水キツネの群れが相手では逃げ切れるかどうかはわからない。

 気の弱いアインやシエラという少女が水キツネに襲われれば間違いなく大怪我をしてしまうだろう。

 一瞬で大量の汗を流したような気がした。

 さすがのヌンチャクに愛された少年、速人をもってしても気が遠くなってしまうような最悪のケース。


 速人の中にいる幻影の相方スカリーが耳元でそっと囁いた。


 「貴男は疲れているのよ、速人モルダー


 案外そうかもしれない。


 速人は一度、冷静になって考える。

 水キツネと大食らいは地上での活動は不得意なので岩の上まで登ってくることはない。

 レミーは運動神経が良いので水キツネの群れに対してもある程度は対処が可能である。

 だが、アインともう一人は逃げるのが精一杯である。

 救出活動に優先順位をつけるのは不本意だが、ここはアインたちを優先しよう。


 弱気が命取りになりかねない状況だ。

 速人は頭を何回か振って、ネガティブな考えを頭の中から王出そうとする。

 今、為すべきことはシグたちには岩の上で待っていてもらうことにしてアインとシエラの救出を優先する。これしかない。


 「シグルズ君!」


 「……」


 仲間を置いて逃げてきた後悔の念と水キツネの群れに対する恐怖の念に縛られてシグルズは硬直したままだった。

 速人はシグルズの肩を掴んで大きく揺さぶった。

 ショックで正気に戻されたシグルズだったが、後ろめたさから目の前の速人から目を逸らしてしまった。

 

 だがここで逃がすつもりは無い。

 速人はもう一度、力強くシグルズの肩を掴んだ。


 「ッ!?……痛えよ、ドレイ。放せよ…」


 「シグルズ君。俺はアインとシエラ、レミーを助けに行ってくる。だから君はここでみんなと一緒に待っていて欲しい。出来るよな?」


 最後の部分だけはドスの利いた声で脅かした。

 子供だから、という理屈で逃がさない為だった。

 すっかり弱気になってしまったシグルズは速人と目を合わさないようにして小さな声で「わかったよ」と言った。

 速人は舌打ちをする。そして今度は肩に指が食い込むほどの力を入れて掴んでやった。


 「痛たたたたッ!やめろよ何だって言うんだよ!」


 シグルズが文句を言った後に速人の顔が間近まで迫っていた。


 「いいか、シグルズ君。いやご主人様。これだけは言っておくがな、アインもシエラもレミーも死んでしまったらもう二度と会えないんだからな。それくらいはわかるよな。わかれよ?」


 シグルズはレミー、アイン、シエラと過ごした時のことを思い出す。

 皆、笑っていた。それがもう二度と会えないなんて考えたもなかった。

 目から大粒の涙がボロボロと流れ落ちる。


 「わかったよ。お願いだからレミーたちを助けてよ。もう二度と会えないなんて嫌だよ」


 そして、そのまま泣き崩れてしまった。

 周りにいた何人かの子供たちがシグルズに駆け寄る。


 やり過ぎたか、と反省した速人は息を吐いて自分の心を落ち着かせる。


 「ああ。無事にレミーたちを連れてここに帰って来る。だからみんなと一緒にここで待っていてくれ。ところでアインたちとはどこではぐれてしまったんだ?」


 シグルズが下流の方に向かって指をさした。

 さらに下流ともなれば陸地よりも川の面積の方が広くなっている。

 なるべく魔獣”大食らい”との遭遇は避けたかったがそうも言ってはいられなくなった。

 やはり強者との戦いはヌンチャク使いには避けられぬものということだろう。


 「センキュー!ここで吉報を待っていてくれ!シーユー!」


 速人は岩から飛び降りてアインたちのいるであろう方角に向かった。

 シグルズたちは唖然とした表情で速人の後姿を見ていた。

 へさきまで近づいてシグルズは真下を見た。

 ウルフリンクスである自分たちでも落ちたら絶対に怪我をするほどの高さだった。


 「あのドレイ、わけわかんねえよ。シーユーとか、センキューとか何語だよ」


 期待と呆れが半々の愚痴をこぼす。

 シグルズはハンカチで涙と鼻水を拭いてから、速人の言いつけ通りに待っていることにした。

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