第百十一話 やっぱりナナフシが悪い。
次回は10月20日に投稿できればいいなあ、と思います。
突然だが、六洞帯主のメンバーを紹介しよう‼
神秘の国天竺からやって来た脳筋武闘派仙人、七節星‼
今は身体がアジのひらき状態になっている‼
続いてナナフシの師匠にして先が尖った武器を作ることに命を賭ける神武将の子孫という仙人、李宝典。
現在は絶賛、頭をパックリ割られていますけど元気です。
おっとグロ度合なら俺も負けていねえぜ‼と胸と腹をズタズタに引き裂かれて倒れているのは六洞帯主で一番の学者肌(※但し、技術と知識は他の人の方が上)水夾京。
彼は普段から血の気の薄い顔をしていますが、今はガチで真っ青になっています。
おっと、ナナフシに向かって中指を立てる。
最後に控えるは我らがリーダー、黄永主。
彼は今何と自分で自分の心臓を切れ目からくっつけて存命しています‼…と冗談はここまでにしておいて、それは酷い有様だった。
大惨劇の原因は六洞帯主の主格たる黄永主が監視の旅から戻った両面獅に姿を消したナナフシの行方について尋ねられたことが原因とされる。
リョウメンシは百年に一度、樹泉山から下界に降りて肉体だけになって今も尚ナインスリーブスを彷徨い続ける黒嵐王を監視している。
コウヨウシュが主格として選ばれた最大の理由はリョウメンシの代役に過ぎない。
「さて…。無事に私の首が繋がったわけだが、皆は大丈夫かな?」
コウヨウシュはどっしりと下ろした尻の位置を周囲を変えながら周囲を見渡した。
リホウテンは近くにあった池に潰れた首をつけて洗っている。
頭部を一から修復するよりも血で汚れた部分を洗い流してからの方が早いと考えたからだろう。
今、ぐしゃぐしゃになった目玉を神経ごと引っこ抜いていた。
(不死身の肉体を持ったとしても楽では無いな)
コウヨウシュは頭蓋が凹んだ部分に手を当てながら回復の術を施し、元の形に戻しながらそんな事を考えていた。
かくして四者が食い千切られた喉と胸、骨折した部分を治すのに数十分の時間を費やすことになる。
この場合は労力よりも時間の方が各々の負担となった。
ナナフシも今回ばかりは流石に反省したらしく項垂れたまま沈黙を守っている。
リョウメンシは岩盤を駆け上がり、全員を見下ろせる定位置に移動した。
主を守ろうとして破壊された人形たちはスイキョウキョウの術によって木偶人形に戻されて、彼の工房に移された。
仙人のスイキョウキョウに人並みの執着は無いが、やはり研究対象をそう何度も破壊されては合点が行かないのだろう。
残骸を片付け終えたスイキョウキョウはリョウメンシに愚痴を漏らす。
「道兄の考えは否定しないが、手段には大いに意を唱えたいところだ。知っての通り私は仙具の開発は得意だが身体を動かすことや術の開発は苦手なのだ。こうやって肉体の破損された箇所を治している時間も惜しいというのに…」
スイキョウキョウは耳と頬を失った顔面の右半分に手を当てながら負の感情が籠った視線をリョウメンシにぶつける。
リョウメンシは唸り声をあげるとスイキョウキョウの顔をゆっくりと舐める。
獣の顔につけられた仮面には口がついていない。
顔の近くに現れた口だけがベロベロとスイキョウキョウの顔を舐めているのだ。
唾液でベトベトになってしまったが、すぐにスイキョウキョウはいつも通りの不景気な顔に戻ってしまった。
「それは悪かったな、スイキョウキョウ。念入りに治してやったぞ。もう痛みはあるまい。これで修行や研究を続けられるだろう」
リョウメンシは空中に出現させた口に、今度は自分の首を舐めさせていた。
口調や態度には反省の色は無く、スイキョウキョウは衣服の襟を正すと近くにあった大きな石に背中を向けてしまった。
そこにナナフシが上半身だけで這って来る。
(厄介な…。コイツを見ていると一番出来の悪い子供”山と山の間を流れる川”を思い出す…)
リョウメンシはナナフシを睨むと後ろで放置されている下半身を咥えて上半身のところまで引っ張ってきた。
そこに着替えを終えたウワハミが現われてナナフシの身体を切れ目通りに合わせた。
リョウメンシが切断面というか傷口を舐めると一瞬で塞がる。
完治したナナフシが喜んで早速飛び跳ねると、リョウメンシは戒めとばかりに前脚で叩いてやった。
ナナフシの身体が元通りになるとリホウテンとスイキョウキョウが真っ先に説教をしに向かって行った。
リョウメンシは集団私刑めいた光景を意に介することなく、合議時の定位置である滝の上にある大きな石のある場所まで登った。
そして四足を規則正しく折り畳み、王者のように先人の高弟たちを睥睨する。
コウヨウシュは陽光を遮るが如くリョウメンシの厳めしい眼光を手で覆い隠した。
「ナナフシ、ウワハミ。今日の出来事を最初から最後まで包み隠さず、話せ」
リョウメンシの仮面には六つの瞳がついている。
上中下と三対に分かれた青と赤の眼光がナナフシを捉えていた。
リホウテンとスイキョウキョウも沈黙を守ったままだ。
彼らとてナナフシの言葉を信じていないわけではないが内容が内容だけに受け入れがたいというのが実情がある。
何せ単純な戦闘力、機神鎧の扱いだけならナナフシはリホウテン、リョウメンシに次ぐ実力者なのだ。
「はっはっは。何を言い出すかと思えば、リョウメンシ道兄よ。我は先ほど全てを語ったではないか。なあ、ウワハミ道兄?」
ナナフシの乾いた笑い声が庭園に響く。
しばしの沈黙の後にナナフシは濃ゆい笑顔を浮かべながらウワハミに同意を求めた。
チッ。
ウワハミは舌打ちで拒絶の返事をした。
善意で後輩を助けに行ったばかりに、敵(※速人)に捕まり暴行を受けることになったのだ。
「リョウメンシ、このままでは埒が明かん。いっそ道弟の目に聞いてみてはどうだ?」
それまで奥に引っ込んで静観していたリホウテンが二者の間に入ってくる。
橙色の着物姿の偉丈夫は首を何度か捻りながら、くっつき具合を確かめていた。
まだ傷の痛みが癒えていないせいか普段から厳しい顔つきの険がさらに増しているような気さえする。
リホウテンは右手から槍を一本、取り出して鋭利な先端をナナフシに向けた。
その視線は槍の先端よりも鋭い。
「神通眼に過去を幻視させるか。悪くない、趣向だな。ナナフシ、お前の師の許可が出たぞ。報復の機会とやら得る為に、足掻いてみるがいい」
リョウメンシは両手の上に顔を置いて伏せをする。
黒い獣の王は今までの箱座りよりも警戒していない様子だったが、いつでも飛び掛かってきそうな圧力があった。
ナナフシは周囲を見回すが、盟主コウヨウシュさえ「さっさと言われた通りにしろ」という極めて冷たい態度をとっている。
ナナフシは肩を落として、己の神通眼から近くを流れる滝に向かって映写機の如く光を当てる。
五柱の神仙たちは流水に映し出されたナナフシの奮闘ぶりを真剣な表情で見入っていた。
映像が始まってすぐに機神鎧ヴァーユが登場して動力源である宝珠”緑神龍”がヌンチャクで破壊される場面になった時、リホウテンはナナフシの首に四の字固めをスイキョウキョウは足を四の字に固めていた。
コウヨウシュとウワハミはナナフシの短慮さに呆れ果て、ため息をついている。
リョウメンシは目を閉じて何かを考えている様子だった。
「まさか機神鎧まで持ち出していたとはね。リホウテン、スイキョウキョウ、そろそろ解放してあげたらどうかね?」
コウヨウシュは形の良い顎に手を当てながら機神鎧ヴァーユと速人たちが戦う場面を見ていた。
ナインスリーブスが誕生してからかなりの時間が経過しているが機神鎧を倒すほどの力を持った人間が現れることまでは予想し得なかった。
とりわけコウヨウシュたちが気にかけたのは金色の髪をした二人の男たち、エリオットとセオドアの姿だった。コウヨウシュは前髪をいじりながら呟く。
「これはリュカオン族か。…しかも”妖精王の贈り物”持ちとはねえ。ふむふむ。実に興味深い」
コウヨウシュの言葉に釣られてスイキョウキョウがエリオットたちの姿を見た。
腕や手に浮き出た印章や、服装、髪型などを注視していた。
六洞帯主の中でも特に外界と交流を持つスイキョウキョウはナインスリーブスにおける社会と文明の情報をよく研究していた。
「この出で立ちはアポロニア・リュカオンか…」
スイキョウキョウはそこまで呟いて言葉を止める。
アポロニア・リュカオンとはリョウメンシに縁のあるリュカオン族だったことを思い出したのだ。
かの種族の始まりである神獣リュカオンの一柱とはリョウメンシのことであり、中でもアポロニア・リュカオンの開祖であるアポロニアとは女王エイラとエツィオ大王の子供である。
そして、エツィオ大王とは他ならぬリョウメンシの子供だった。
「スイキョウキョウ、私の事ならば気にする必要は無い。勝手に出て行った息子の末裔のことなど知ったことではないからな。しかし、あれを追放した時に神獣としての力は全て取り上げている。大した力は伝えられていないはずだ。ましてここにいるナナフシと対等に戦えるほどの力があるとは思えぬ」
リョウメンシは相変わらず目を閉じながら伏せの姿勢を取っていた。
場面は何度か切り替わり、今度は杖を手にしたオーク族の戦士トマソンが登場する。トマソンは杖を槍のように構えて突きを繰り出していた。
「ほう。これはお前の技によく似ているな、リホウテンよ」
リョウメンシに指摘されてリホウテンはトマソンの姿を見る。
映像に現れた老戦士トマソンの使った”一の突き”はたしかに見覚えのある動きだった。
リホウテンがナインスリーブスに来てから弟子にしたのは後にも先にもオライオという若者だけである。
そして、オライオにはメルメダという名前の娘がいるということを当人から聞かされた記憶があった。
「おそらくは私が以前に面倒を見たオライオという男の子孫だろう。動きとクセに見覚えがある」
リホウテンはリョウメンシの問いに苦笑しながら答えた。
オライオが自分の下で修業していた頃に何度も直せと言っていた癖が子孫の代になってまで残っていたのである。
(あの頑固な性根は誰に似たのやら)
その時、ナナフシはトマソンの持っていた特別な武器の事を思い出した。
首に極まったリホウテンの脚を外そうと必死に抵抗する。
「道兄たちよ、トマソンという男の武器を見ろ。あれはダナンが持ち出した世界樹の枝から作られた杖だ。天下無双の機神鎧ヴァーユといえども、弱点を杖で突かれては敗退したとしても仕方あるまいて‼」
コウヨウシュとウワハミはトマソンの持つ古めかしい杖を凝視する。
たしかにナナフシの言うように世界樹から作られた杖だった。
リョウメンシは反射的に視線を背けた。
樹泉山から物を持ち出すのは基本的に禁じられていることであり、ダナンが持ち出した幾つかの宝や仙具はリョウメンシが意図して見逃した事だったからだ。
「もしそうだとしてもやはり負ける道理は無いぞ、ナナフシ。敗北の理由はお前の慢心によるものだ。おとなしく我らに首と足の骨を折られるがいい‼」
リホウテンとスイキョウキョウはニッコリと笑いながら、渾身の力を込めでナナフシの首と脚に四の字固めを仕掛けた。
パキイッ‼
その時ナナフシの身体から乾燥した木の枝が折れたような音が聞こえた。
「ぎゃああああああああ‼」
ナナフシは首と足をあらぬ方向に曲げられた状態で放置された。
その間にも戦いの映像は続いていた。
速人がヌンチャクを片手に持って振り回し、空を飛んでいる場面が空中に映し出されていた。
五柱の神仙たちは様々な思惑から、唖然とした表情でヘリコプターのように空中を移動する速人の姿を見ていた。
速人はヌンチャクで一方的に機神鎧を攻撃し、最後には翡翠色の宝珠を破壊する。
スイキョウキョウは笑いながら倒れているナナフシのところまで走って行き、エルボードロップを決めた。
「ぐえっ‼」とナナフシは悲鳴をあげる。
今の戦いはよく考えれば逃走する機会は何度もあったのだ。
宝珠を錬成する為に千年近い時間を費やしたスイキョウキョウの苦労を考えれば当然の処遇といえよう。
「ナナフシ。まさかとは思うが、お前はこれに負けたのか?」
リホウテンは上空に投影されている速人の姿を見た。
速人の身長は、腰のあたりまでしかない子供の姿だった。
速人はR-TYPEの三面のボスを破壊するように機神鎧ヴァーユを破壊していた。
リホウテンは拳の内側から血が滲み出るほどに硬く握っている。
「そうだ。コイツだ、リホウテン師兄。この邪鬼が、奇跡的な確率で我に仇を為したのだ。外見こそ猿と豚を混ぜ合わせた低俗極まる醜悪な姿だが、邪悪にして凶暴な本性を持っている。次は盤石の最強の機神鎧”金蛟皇”で挑み然るべき完全勝利を…ぐはあッ‼」
「先に反省しろ‼この阿呆がッッ‼」
この時、リホウテンは生まれて初めて自分の弟子を本気で殴った。