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第百十話 六洞帯主、見参。でもそのうち四人は死にかけてます。

すいません。今回も遅れまくりました。次回こそは10月16日に投稿したいと思います。


 樹泉山(じゅせんざん)と呼ばれる場所が存在する。

 中天を衝くほどの高さを誇る大樹が立つ見た者には幻想的な印象を与える土地である。

 ナインスリーブスの創造に関わる秘境の一つと白髪中背の老人ウワハミは先人から教わっていた。

 一本の大樹だけが存在する土地などそもそも不自然の極みである。

 かの樹泉山もまた神仙と呼ばれる存在が作り出した場所にすぎない。

 

 神仙とは所謂”神如き力を持った仙人”という意味ではなく”神妙の域に達した力をふるう仙人”という意味である。

 

 老人の姿をした神仙の一人ウワハミは神と仙人という存在は対極の位置にあると考えていた。

 緑色や紫色の苔に覆われた絡み合う大樹の根から勇壮に滴り落ちる清水を眺めながらそう感じている。

 ウワハミは肩にかけた魚篭の紐を外して地面の上に置いた。

 先ほどから魚篭の中から後輩がうるさく何かを言っていたのだが故意に無視をしてきたのだ。

 そのいつも何かと小うるさいウワハミの後輩の名はナナフシという男だ。

 速人と死闘を演じた強敵であり、ウワハミの仲間でもある。

 ウワハミは魚篭の蓋を開いて、魚のような姿をした白い人魂を泉に向かって解き放った。


 ちゃぽんっ、と音を立てながら人魂は泉の中に潜り込む。


 何かと手のかかる後輩から解放されたことを悟り、ウワハミは溜め込んだ息を吐いた。


 今にして思えばウワハミが樹泉山を離れたのはいつ以来のことだろうか。

 ここ千年は大樹を巡り揺蕩う泉水の流れだけを見つめていただけのような気さえしていた。

 永遠に近い寿命というものを持ってしまうと誰でもそうなってしまうのだろう。

 

 (だが半殺しにされたのは生まれて初めての事だろう。人界はいつの間にか物騒なところになってしまったようだ)

 

 速人にマウントパンチを食らって血を吐いた場面を思い出し、両肩を抱いてブルブルと震えた。

 

 ウワハミが知る限りでは少なくともコウヨウシュ、リホウテン、リョウメンシといった先輩格の神仙たちは皆そうだった。

 同輩の人界に度々姿を現すスイキョウキョウという男だけは違ってまだ人の心を持っていると言えよう。

 果たして神仙が人の心を持っていて幸福かどうかはさておいて。


 ウワハミが珍しく自らの有り様に思索を巡らせていると泉の水面に蓮の花が生じていた。

 樹泉山において蓮の花が生まれるということは輪廻転生が為ったということを意味する。

 即ち肉体を失ったナナフシが蓮の花に生まれ変わって新しい肉体と魂を得た瞬間でもあった。


 (まあ、これもまた永遠には程遠い姿形だがな)


 ウワハミは蓮の蕾が開く姿を眺めていた。

 ナタタイシもこのような姿で転生を果たしたのか、と。


 「天下無双‼抜山蓋世‼ナナフシ、復活‼道兄、感謝するぞ‼」


 蓮の花の中心にはガッツポーズを決めた筋骨逞しいドヤ顔の偉丈夫の姿があった。

 これでナナフシが服を着ていなければ釣竿を投げていたところである。


 それは全てを台無しにするような第一声だった。

 流石のウワハミもズッコケてしまう。


 「ナナフシ。私は他人ひとに恩を売るような真似は好まぬが、それでも今のお前には感謝の言葉の一つくらいはもらいたいところだな」


 ウワハミは立ち上がりながらジト目でナナフシを睨んでいた。

 当のナナフシは全身の関節を万遍なく稼働させて新しい肉体の具合を確かめていた。

 ウワハミの言う通りに、彼ら神仙の扱う転生術もまた完全には程遠い。

 ナナフシは肉体が元通りになっていることに確認すると満面の笑みを浮かべながらウワハミに礼を言った。

 他の仲間が相手ではもっとキツイ説教があってから転生の儀式が行われていたことは間違いない。

 年少者のナナフシにここまで甘いのは”六洞帯主”と呼ばれる神仙たちの中でもウワハミくらいのものだ。


 「無論、道兄には感謝しているぞ。あの悪鬼の如き小僧のところに単身で乗り込んで満身創痍になりながら我を助けTくれたのだからな。フム、実に調子がいい。今すぐにでもリターンマッチに行けそうだな…」


 と、そこまで調子づいてからナナフシは静止した。

 出会ってから一万年ほどのつき合いがある先輩格の仙人の顔が見たこともないくらい歪んでいるからだ。

 戦技くらべならばナナフシに分があるが、呪殺の類となればウワハミには遥かに及ばない。

 仙人としての”格”はむしろ丹を拵えたり、術を編みだしたりすることにあるのだ。

 ウワハミは恨みたっぷりにブツブツと文句を言い始める。


 「そもそも、お前がデレクとやらの頭の中身を覗いている最中に出奔した時から諸兄は童子きさまの悪癖に気がついておったわい。いいか、ナナフシよ。お前の希有なる眼は使えば必ず占術に星となって現れるという欠点があることを忘れるなよ。我々を出し抜きたければまず天賦の才に頼ることを止めるのだな」


 言うや否やウワハミは背を向けた。

 

 ナナフシの持つ三界を見通す神通眼には占術を使うと容易に発見されてしまうという欠陥があった。

 大魚が泳げば、川面が波立つという理屈である。


 ナナフシは眉間にしわを寄せながらすぐに反論した。


 「それは誤解だ、ウワハミ道兄。我は常に我らの為を思って動いている。この心に偽りは無い。かの小悪鬼(※速人のこと)が我らの道を邪魔する小石と危ぶんだからこそ排除しようと思い至ったのであり…」

 

 ウワハミは釣竿を取り出して、ナナフシに先端を向ける。

 完全にブチ切れた目つきになっていた。

 

 「その意見は私への挑戦とみなすぞ」

 

 「なんでもありません…」

 

 ウワハミの目つきがさらに険しいものに変わっていた為にナナフシは再びフリーズした。

 ナナフシの軽挙は今に始まったことではないが、今回だけは穏便に済ませることは出来ない。

 いつ何時も、万事に関心を持たない盟主コウヨウシュとて速人の持つ”宝珠”の存在に気がつけば重い腰を上げるというもの。

 ウワハミの本音を言えば黒嵐王の復活は好ましくない。

 逆に永遠に眠っていて欲しいくらいだった。

 ナインスリーブスが誕生してかなりの月日が経過していたが今となっては黒嵐王の存在は世界そのものを滅ぼしかねないほどに巨大すぎるものとなっていたのだ。


 (いや黒嵐王は今の世界の存在を赦しはしないだろう…)


 若いナナフシは黒嵐王と直接面識がない。

 かの魔神の如き神仙には人界の理屈など通じないのだ。


 「ナナフシよ。お前の突飛な行動は今に始まったことではないが、今回ばかりは雑念が過ぎるというもの。盟主殿やお前の師匠にしっかりと怒られて来い。リョウメンシ殿が御山から戻られた後では厄介な事になってしまうぞ」


 そう言ってからウワハミは両肩に寒気を感じてしまう。


 リョウメンシ、彼ら六洞帯主の中では最古の存在であり黒嵐王の戦友とも言うべき存在である。

 さらに人間から発生はっしょうした神仙では無く、はるか太古の神話の時代から生きる神獣由来の存在であるが故に意思疎通というか理屈で説得をすることが難しい部分もある。


 例えるなら獅子が仲間うちで行う”しつけ”を直接人間にやるとどうなるか。そういう話になってくる。


 唯我独尊のナナフシも事情を察して黙りこくる。


 二人は無言のまま、コウヨウシュが合議を行う場所として決めた”天地の頸木”に向かった。

 天地の頸木は樹泉山を流れる小川が集まる場所で、貯水池と外界に繋がる大河の入り口となっていた。

 間違っても木石のような感性しか持ち得ないコウヨウシュが作った土地ではない。

 黒嵐王が気まぐれに作った場所である、とウワハミは先輩格の神仙リホウテンから聞き及んでいた。

 人為的に周囲の自然と一体化した事物を作り得るという離れ業を容易にやってのけることからも黒嵐王と他の神仙たちでは格が違っていた。

 ウワハミとナナフシは足元を流れる小川に入らぬように注意しながら岩山を目指した。

 荘厳な滝の前に置かれた大岩の上に座る優雅な着物姿の男を見つける。


 彼こそが”新しい空”の盟主コウヨウシュだった。


 コウヨウシュは眼下に見える後輩二人に向かって手を振っている。

 ナナフシとウワハミは普段とは違ったコウヨウシュの振る舞いに違和感を覚えながら岩を登った。

 筋骨逞しい若い男の姿をしたナナフシはともかく、どことなく頼りない初老の男の姿をしたウワハミが汗一つ出さずに空を飛ぶように岩の上を登ってみせる様子は神仙たる由縁というものだろう。

 やがて二人は敷物の上に座る銀髪の男、コウヨウシュの姿を見つける。

 側には武人然とした堂々たる威容を持つ美丈夫と、落ち着いた雰囲気の陰のある痩せた男がいた。


 「やあ、遅かったね。ナナフシ、ウワハミ。少しばかり待たせてもらったよ。そちらの用意が整い次第、話を聞こうかな」


 コウヨウシュは細長い指で盃を取り、中を満たす液体を飲み干した。


 (中身が酒であればご相伴に預かりたいところだが、盟主殿に限ってそれはないな。おそらくは水のような何かだろう)


 コウヨウシュは喉を潤した後、盃を川に向かって投げた。

 盃は音も無く川に落ちてそのまま流れと一体化する。


 コウヨウシュは優雅に微笑んだ。


 一方、残る二人は何も言ってくる様子は見せない。

 

 いつも通り武人リホウテンは沈黙を守り、学者肌のスイキョウキョウは思索に耽っている。

 神仙ともなると多少の珍事で動じることは無い。

 むしろこの場にコウヨウシュ、リホウテン、スイキョウキョウが居合わせているのが稀な出来事だった。


 「我がデレク・デボラに附けておいた小鬼から得た情報によれば、黒嵐王の遺した仙具の一つ虎王宝珠の所在がわかったので取りに行ったという次第だ。途中、猿と豚を掛け合わせたような不細工な餓鬼(※速人の事)に妨害され手に入れる事は出来なかったが」


 チッ。


 滝を背に、腰を下ろしているコウヨウシュの後ろから露骨な蔑みの念が込められた舌打ちの音が周囲に響いた。

 ナナフシは聞き覚えのある音を耳にすると反射的に身構えてしまう。

 音の主はナナフシにとって師匠筋にあたる神仙リホウテンによるものだからである。

 実際、ナナフシの仙人らしからぬ人間臭さの原因はリホウテンの影響が大きい。


 「ふむ。ナナフシ、君ほどの男を敗走させる実力者が下界にいたとは世の中というものはまだまだ広いな。さて、どうしたものか」


 コウヨウシュは気だるそうに姿勢を正すと、別の盃を出した。

 そしてどこから取り出した銚子を取って液体を盃に注いでいる。

 コウヨウシュは前髪をはらりと除けてナナフシの顔を見つめた。

 我執の薄い男には珍しく話の続きを聞きたがっている様子にも見える。


 「賢明なる道兄よ、是非とも我に仙具奪回の機会を戴きたい。このナナフシの名にかけて必ずや宝珠を手に入れ、必ずや虎王宝珠を持ち帰ることをお約束しようではないか‼」


 ナナフシは興奮した様子でやや芝居がかった動作を交えながらコウヨウシュの前で宣言をする。

 おそらくは自分が期待されているとでも勘違いをしているのだろう。

 ウワハミは喜劇のような一幕を観ながら息を吐いた。


 その時、コウヨウシュの近くを流れる小川に映る手の形が実体のそれと違うことに気がついた。

 ウワハミは首を傾げながらコウヨウシュの指が示す先を凝視する。

 川の流れを辿り、その先には行き止まりの岩盤があった。


 (待て待て。なぜ川の流れがあそこで止まっている?コウヨウシュ殿は冗談を言うような御方ではあるまい)


 そこまで考えてウワハミは自分が微睡みの中にある事に気がついた。

 次の瞬間には、目を閉じてからもう一人の自分に軽く頬をつねらせて幻術を解いた。

 好々爺の姿をした仙人の目の前に広がるものは死屍累々、コウヨウシュたちの傷ついた姿と彼らを守るはずの人形の残骸のみ。


 「ナナフシッ‼そこから離れろッ‼」


 赤と青、左右異なる色合いの瞳がウワハミとナナフシの姿を映していた。


 (逃げようが、抗おうが同じ事だ)


 それまで牙で喉を引き裂かれずっと倒れたままであったコウヨウシュは後輩たちの狼狽ぶりを憐れんでいた。

 気道に溜まった血を吐き出そうとするが、上から圧し掛かる視線がそうすることを許さない。


 コウヨウシュは己の隣で後頭部から股の下まで断たれているリホウテンの身を案じていた。


 「敵かッ‼早速、汚名を雪ぐ機会に恵まれたようだなッ‼」


 ナナフシは懐から飛剣を取り出して意気揚々と身構える。

 総本山に侵入者があり、それを撃退するとなれば先人たちの信頼を取り戻せると考えたが故の行動である。

 この時点で行動が裏目に出るとは考えもしない。

 ナナフシは自慢の神通眼を輝かせ、敵の姿を捜そうとした。

 影はのそり動き、世界の全てを見通す目を掻い潜った。

 

 ナナフシはその事にさえ気がつかない。


 「違うわッ‼これはもっと厄介な…怒れる味方だッ‼」


 ウワハミは反射的にナナフシを一喝する。


 ぞわっ、とそんな感じの音だった。

 静かな、それでいて重厚に響く獣が大地に降り立った時の音。


 ナナフシは音と存在に気がついた直後に左肩から腰まで一気に切り離されていた。

 否、食いちぎられていた。


 ナナフシを両断した巨影は地面で足掻くナナフシの頭部を踏み潰し、五柱の神仙たちを睥睨する。

 

 憤怒だけが、その場を支配していた。


 「機会か。機会と言ったな、小僧。もしも次というものがあるならば、お前に与えられた機会とやらを存分に試すがいい。私も止めはせぬ。だがしかし、今からお前は私から制裁を受けなければならぬ」


 獣の口から舌が伸びて、ナナフシの残骸を舐め尽くす。

 踏み砕かれた頭部はすぐに元通りになった。

 そして、首だけになってしまったナナフシは意識と言葉を瞬時に取り戻して黒い獣に許しを請うた。

 しかし、青と赤の瞳には憎悪の情さえ浮かばない。


 「御許しを…ッ‼何卒、御赦しを…ッ‼リョウメンシ、師兄…ッ‼浅慮非才の未熟者にどうか慈悲を…ッ‼」


 リョウメンシと呼ばれた巨獣は再度、ナナフシの頭部を踏み潰した。

 大樽に詰めた葡萄の実を踏んで、果実の汁を滲ませるが如くじわじわと圧力をかける。

 ナナフシは声をあげる”機会”さえ与えられず無限の苦痛を味わうことになった。


 「リョウメンシ道兄。その、そろそろ我々の傷を癒してもいいか。私もガラではないのはわかっているが、今回ばかりは骨身に沁みた。今の今までしたことはないが、反省というものをしてみる気になった」


 コウヨウシュは手でボロ布のように引き裂かれた喉元を寄せながら、ナナフシの頭蓋に踏み潰すリョウメンシに声をかける。

 他の面子、リホウテンとスイキョウキョウも首を縦に振ってリョウメンシの答えを待っている。

 残されたウワハミに至っては腰を抜かして股間を濡らしている始末だった。


 リョウメンシは黒い鬣を乱雑に振って不快感を現した。


 「いいか。二度目は無いぞ、小僧共。次にこのような不始末が続いた時には塵芥になるまで燃やした後に凍らせてやるからそのつもりでいろ」


 黒い鬣の下には獣の顔ではなく、人の顔を模った黒い仮面がついていた。

 炎と氷の二色の瞳が煌々と輝く。

 彼こそが人面の黒獅子、神仙・両面獅リョウメンシである。

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