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第百六話 エイリーク VS ベック ~ 魂の三連戦 ~

次回は9月28日に更新する予定です。遅れてすいません。次こそは間に合わせてみせます。


 食事が終わった後に、エイリークは夜道をベックと一緒に歩いていた。

 目的地はベックの家である。

 ベックとコレットはソリトンの家に住んでいたわけだが、長男シグルズの誕生を機会に家をソリトンとケイティに譲り所有する小さな畑の近くに家を建てそこに住むことになった経緯があった。

 ソリトン一家は何かとベックとコレットに同居を望んできたがアメリアとシグルズに不自由無い生活をさせてやりたかったベックたちは離れて暮らすことを望んだ。

 ソリトンの家はそれほど小さくは無かったが合わせて六人の人間が暮らせば狭く感じてしまうほどの間取りだったのだ。

 ちなみにエイリークたちはソリトン一家の事情をお構いなしで何度も別荘代わりに泊まりに来ていた。

 ベックの娘ケイティはあまり良い顔をしていなかったが長年のつき合いのせいか特に文句を言う事は無かったという。


 「まさかエイルの家に泊まる機会が来るとはな。いやあ、長生きはしてみるもんだ。はっはっは」


 ベックはエイリークの家で夕食をごちそうになったことを思い出しながら、愉快そうに笑った。

 実際エイリークの両親が無くなってからは、エイリークの家を尋ねるよりもベックの家に招待する機会の方が多かった。

 エイリークの両親が健在だった頃は一家の生存を確かめる為に食べ物を持って週に数回は訪ねなければならなかったこともあったくらいだ。

 エイリークの父マールティネスと母アグネスは子供よりもずっといい加減な性格の持ち主だったのである。

 そしてベックの一族の恩人であるエイリークの祖父ダルダンチェスはマールティネスを遥かに越えていた。

 シグルズやアインあたりに文句を言われそうだが、統計的に見ればエイリークの一族は健全化しているといっても過言ではない。

 自身のひもじすぎる過去を思い出してしまったせいかエイリークはひきつった笑顔を見せている。


 「まあ、あの頃は次の日の朝日が拝めることが幸福だったからなー。俺様がこうして真っ当な大人に育ったのは主に俺様の努力のお陰だな」


 エイリークは口を大きく開いてガハハッと豪快に笑った。

 冗談を言った風が微塵にも無いあたりがエイリークの器量の大きさというものだろう。

 ベックはジト目になりながらため息を息を吐いた。

 そして、三十年くらい前にエイリークの父親マールティネスと一緒に町の寄り合いの帰りに同じような話をしていたことを思い出す。

 マールティネスは睡眠中の妻アグネスを背負い、ベックはエイリークをおんぶしていた。


 「…そういうところは祖父母、両親譲りだな。マールも同じような事を言っていたぞ」


 ベックは昔を思い出しながら感慨深げに笑った。


 (マール、アグネス。お前たちの息子は本当に立派な男に育ったよ)


 ベックは心の中で死んでしまった二人の親友に語りかける。

 あの頃のエイリークはベックが手を引かなければ自分一人で歩くことも出来ないような頼りない小さな子供だった。

 しかし、今ベックの隣にいる成長したエイリークは数多くの人々を先導する英雄に相応しい風貌を持つ男となった。

 こうして隣を歩いていることが誇らしいとさえ思うほどに。


 逆にエイリークは両親の話題に出されて微妙な表情をしていた。


 エイリークの父マールティネスの根拠のない自信に振り回され、母やマルグリット共々死にかけた経験は一度や二度で済まされない。

 さらに今でも父親の事を尊敬はしているが人格的には反面教師扱いをしていた。


 ある意味、エイリークにとっての理想の父親像は目の前にいるベックやダグザの祖父スウェンスであった。


 「ベック。俺って自分ではそんなに無茶苦茶なことをしているつもりはねえんだけど。やっぱ俺の父ちゃんみたいになってきているのか…?」


 エイリークは泣きそうな顔でベックに尋ねる。

 少なくともエイリークは家に子供たちを置いて夫婦で一か月ほど姿を消したことは無かった。

 両親が急な思いつきで旅行に出かけたせいで家に閉じ込められたエイリークたちはネズミを捕まえて食べる羽目になったのだ。

 エイリークの表情から何を思い出しているかを察したベックは即答出来ずに硬直してしまった。

 そして誤魔化すように大笑いしながらエイリークの肩をバンバンと叩く。


 「そういえばお前の家、立派になったじゃないか。俺の家の戸締まりを確認した後でマールとアグネスのところによって行こう。どうせまだ報告していないんだろう?」


 とベックは冗談のつもりで言ったわけだが、実際エイリークは両親への報告と墓参りそのものを忘れていた。

 

 「あ、やべッ‼墓参りとか全然行ってねえや…」

 

 その後、二人は微妙な空気を漂わせながらベックの家まで歩いて行った。


 二人はベックの家に辿り着いた後、家に置いてあった酒を数本持ち出すと町はずれにある戦死者の共同墓地に向かった。

 第十六都市有数の名家出身であるマールティネスとアグネスは実家の所有する専用の墓地に入ることを生前から望んではおらず、死後は一市民として戦没者たちの入る共同墓地に埋葬された。

 当然のようにエイリークの親戚たちは抗議してきたがダグザの父ダールが「当人の意向を優先する」とおしきってしまった。

 そのせいでエイリークは親戚一同から一方的に縁切りされてしまうわけだが、代わりにマルグリットやベックたちはいつでもマールティネスとアグネスの墓参りをすることが出来るようになった。

 元々、眷属種ジェネシスとしてのプライドだけが高い親戚たちとの付き合いが悪かったエイリークとしては痛くも痒くもない話だったがベックたちはずいぶんと気にしていたことを覚えている。


 (そういえばマギーやソルも自分たちのせいで俺が親戚に嫌われたんじゃないかって気にしてたっけな…)


 エイリークは昔の思い出に浸りつつ苦笑し、獅子のように立てた金色の髪をボリボリと掻いた。

 多くの大切なものを失いはしたが、それでも何かを守り生き延びることは出来た。

 しかしあの日姿を消して以来エリオットとセオドアの姿を見た者はいない。


 「ハア…。なあ、ベック。今の俺の姿を見たエリオとテオは何て言うんだろうな…。やっぱ昔もカッコ良かったけど、今はもっとイケてるな…かな?」


 盛大に息を吐いた後、真面目な顔でエイリークは尋ねる。


 沈黙。


 ベックはマールティネスとアグネスの為に用意した小さな酒瓶を二つ、エイリークに押しつけた。


 「そうだな。私からは何とも言えんが、とりあえず三十過ぎているんだから髪をもう少し切ったらどうなんだ?いい加減、鬱陶しいぞ」


 ベックは冷めた目つきでエイリークの腰の当りまで伸ばしている長髪を見ている。

 二十代半ばくらいまでは黙っているつもりだが、エイリークも子供が生まれて十年は経過しているので文句を言ってやろうと考えていたのだ。

 エイリークは少し考えた後、ベックから受け取った酒瓶のその場で蓋を開けてラッパ飲みを始める。

 

 質問の意図が理解できていないという様子だった。


 ベックは肩を震わせながらシャツを脱ぎ捨て、エイリークに渾身のヘッドロックをかける。

 三十分後、ベックは気絶したエイリークを引きずりながらマールティネスたちの墓の前で近況報告をした後にエイリークの家に戻った。

 大体の事情を察したコレットはエイリークに風呂まで案内して、その間にマルグリットたちに着替えを用意させていた。

 

 エイリークが風呂から上がって今に戻るとベックとコレットが椅子に座って待っていた。


 マルグリットと子供たちはコレットの淹れてくれたお茶を飲みながら談笑をしている。

 話の内容といえばレミーとアインの学校生活といった日常的なものだ。


 エイリークは家族が座っている方のソファを見たが、スペース的に空きが無かったのでベックたちのところに腰を下ろした。


 「ベック、コレット。座るぜ。ここ俺の家だし、問題無いよな?」


 ベックはエイリークを睨んだ。

 彼はまだ先ほどのお供え用に渡した酒を勝手に飲み始めたエイリークの事を赦してはいない。

 あの後、エイリークはかなり抵抗したのでベックも相応のダメージを受けていたのだ。

 結果、エイリークは気を失うまでベックのスリーパーホールドをかけられていたわけだが今はケロリとしている。

 取っ組み合いの末にシャツを破られたベックは家に戻ってからはコレットに怒られていたのだ。

 ベックは反省した様子を見せないエイリークにまず墓場で渡した酒をラッパ飲みし始めたことから説教を始めた。

 話の内容をかいつまんで言えば「お前の父親も、祖父も同じことをして他の人間に怒られていた」というものである。

 

 話を聞いていたエイリーク本人よりも子供たちの方が肩身が狭くなるような気持ちになっていた。

 

 エイリーク本人はドカンとソファに腰を下ろした後、ベックの飲みかけのお茶を一気に飲み干していた。

 

 コレットはすぐに二人の分をお茶を用意していた。


 エイリークは出されたお茶をゴクゴクと飲み干す。

 ベックとコレットにとっては昔からの事なので何も言わない。

 代わりにレミーとアインが「何言ってるんだ、あのおっさん」という目つきで父親の横柄な態度を非難している。

 マルグリットは食欲優先で速人の用意してくれたクラッカーの上にイチゴジャムとナッツが乗っているお菓子を頬張っていた。


 「ところでマギー、豚野郎はやとはどこに行ったんだ?俺様は夜食を欲しているというのによ。俺様が餓死したらどうするんだ」


 ”そんだけ食っちゃ寝していれば絶対にしねえよ‼”


 レミーとアインは呆れた顔で、ソファの上でふんぞり返って座っている自分たちの父親の姿を見ていた。

 マルグリットは答える前に皿の上のクラッカーを全て口の中に入れてしまった。

 そして、よく噛んでから飲み込んだ。

 麗しの美女も台無しといった姿だったが、エイリークはうっとりとした表情でマルグリットの姿を見ている。

 エイリークはマルグリットと出会った時から彼女が豪快に食べる姿に一目惚れをしていた。


 「速人はね、今日は休むってキチカたちと部屋に戻って言ったよ。用事があるならベルを使ってすぐに呼んでくれとも言っていたさね。あ、夜食を頼むならアタシも頼んじゃおうかな?」


 ”母ちゃん、どんだけ食うんだよ‼”


 レミーとアインとベックとコレットはマルグリットの人格を否定するような目つきでじっと見つめている。

 マルグリットは周囲の視線などお構いなしにお茶を飲んでいた。

 まさに似たもの夫婦だった。

 そんな中、エイリークは突然ソファから立ち上がりレミーたちのところに大股でやって来る。


 「最近の豚野郎アイツは口ばっかで行動が遅れてンだよ。そうだ。アイン、レミー、場所をチェンジだ。父ちゃんが母ちゃんの横に座る。お前らは萎びた爺さんと婆さんの隣に座りなさい」


 エイリークは人差し指でビッとベックたちの方をさした。


 これから夫婦でイチャイチャするから移動しろ、という意味である。


 世間からは英雄として知られる男のあまりに理不尽で横柄な発言を聞いた直後、普段から温厚な人柄で知られるベックの額に青筋が浮き上がる。

 

 ベックは椅子から立ち上がってヒンズースクワットをした後、全身の筋肉を極限まで膨張させた。

 

 この時のベックは全身ムキムキのチャールズ・ブロンソンのような姿となっていた。

 

 ベックはエイリークの首を後ろから掴むと持ち上げてから豪快にボディスラムを決める。

 止めのヒップドロップでエイリークはまた気を失ってしまった。


 ベックはコレットから修繕したシャツを受け取り、ボタンを留める。

 そして席に座り、お茶を飲んでいた。エイリークが身体をフラフラさせながらレミーたちを強引に移動させた。

 

 一日に二度までもボロボロになった父親を憐れに思ったレミーとアインはおとなしくベックたちが腰を下ろしているソファに向かった。


 傷心のエイリークはマルグリットに膝枕をしてもらっていた。


 エイリークは腹ごなしに皿の上に手を伸ばすが既に何も乗ってはいなかった。

 

 「???」

 

 反射的にマルグリットの顔を見たが露骨に視線を外される。

 

 「!」

 

 因果応報、エイリークは寂しそうに笑っていた。

 

 「というわけでベック、これからみんなで豚野郎が隠れている豚小屋に行ってメシを作らせようぜ。毎日多忙な俺様は腹が減った。このまま朝を迎えたら餓死してるかもな」


 ベックはお茶を飲んでからエイリークを睨んだ。

 コレットも表情を曇らせている。

 目的はどうあれベックとコレットの前では勤労少年として速人は日夜、役立っているのだ。

 さらに速人はエイリークの家の家計にも多く貢献しているという羞恥の事実もあった。

 

 しかし人としての器はアルティメット・ミニマム・サイズなエイリークは速人が特別視されていると思い込み、さらなる憎悪を募らせるのであった。


 「エイリーク。お前な、速人君はお前ら一家の為に町中歩き回って毎日働いているんだ。夜中くらい休ませてやったらどうだ」


 「ベックの言う通りよ、エイリーク。速人は朝から暗くなるまで市場や畑でお手伝いをしているんだからゆっくり休ませてあげなさい」


 プッツーン‼


 幼い頃から何かと世話になっている二人から怒られたエイリークは膝の上に頭を乗せたまま駄々っ子のように暴れ始めた。


 マルグリットは普段通りにエイリークの頭を撫でていたが、父親のあまりに情けない姿を見てレミーとアインは居たたまれない気持ちになっていた。


 「よし、決めた‼今すぐ豚小屋に押しかけて大声で怒ってやる‼何かテンション上がってきた‼あいつらの休憩時間を絶対に邪魔してやるぜ‼そうと決まれば善は急げだ‼行くぜ、ハニー‼」


 エイリークは突然立ち上がるとマルグリットの手を引いて庭に出て行ってしまった。


 中庭に続く引き戸はベックに怒られることを警戒してか、ゆっくりと音を立てないようにして閉じる。


 ベックはソファから身を乗り出してエイリークの姿を捜した。


 「なあ。コレット、レミー、アイン。アレはついて行った方がいいのかな?」


 レミーは少し怒ったような口調で即答する。

 今にして思えばバカ親父のワガママな性格の原因は実の両親よりもダダ甘いベックやダールにあるような気がしていた。


 「放っておけよ、ベック。あそこで世話を焼いてやっても調子に乗るだけだぜ。どうせまた速人に泣かされて帰ってくるだけだって」


 「レミー。ベックは一人になったエイリークが心細さのあまり自棄を起こして泣いてしまうのではないかと心配しているのよ?」


 コレットは眠気のせいでウトウトしているアインの頭を撫でている。

 

 コレットとベックにはエイリークとマルグリットが子供時代と変わらないように見えているのかもしれないが、レミーとアインにとっては人生の手本とすべき両親である。


 こんなひどい現実を見せつけられて怒るなという方が無理からぬ出来事だった。


 「ウチの父さんは何歳の子供なんだよ‼」


 レミーは「うがあああッ‼」と天井に向かって吠えると半分寝ている状態のアインを連れて外に出て行ってしまった。


 レミーを怒らせてしまったことにより、さらに混乱してしまったベックとコレットはソファから立ち上がり後を追いかけて行った。

 レミーがドスドスと乱暴に地面を踏みつけながら速人たちが暮らしている小屋に向かうと入り口の前にはエイリークとマルグリットが立っていた。


 二人は一番背の高い木の下で隠れているつもりなのだろうが、エイリークとマルグリットは普段から派手な衣服を着ているので外からは丸見えの状態だった。

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