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第百四話 人の中の真実は数多、事実は一つ

また遅れてしまいました。すいません。次回は9月20日くらいに投稿する予定です。ごめんなさい。


 数分後、エイリークとその家族は食堂に戻って席に座っていた。


 ベックとコレットも新しく用意された椅子に座っている。


 配置的な説明をするとエイリークとマルグリットの対面にベックとコレットとレミーとアインが座っているという状況だった。


 速人と雪近とディーは食堂に入ってからはサンドイッチが乗っていた大皿とシチューの鍋と皿を片付けていた。

 現在は台所に戻り、皿洗いや追加で料理を作っている最中だった。

 ベックとコレットが手伝いを申し出てきたが、速人は断固としてこれを断る。

 

 やや落胆しながら食堂に戻ったベックとコレットは再び、自分たちの席に座る。

 ベックはどこか落ち着かない様子で部屋の中を見回し、コレットはエイリークのシャツにボタンをつけ直していた。

 裁縫道具を持ち歩いている習慣からして、コレットはベテラン主婦の鑑のような存在だった。

 

 一方、エイリークはマルグリットに怪我をした部分に消毒液などを塗ってもらっていた。

 ニヤニヤと笑いながら治療を受けているエイリークの姿を見たレミーは毎度の事ながらと思いつつもため息を漏らしていた。


 「つーかさ、父さんの事はどうでもいいけど。速人たちは今までどこに行っていたんだよ。アイツが留守のせいで私たちはこんな酷い目にあったんだし。教えてもらっても問題ないよね」


 レミーはキッチンにいるはずの速人にも聞こえるような大きな声で言った。

 レミーは大広間でコレットから応急処置を受けた後、部屋に戻って着替えを済ませていた。

 頬に貼られた湿布と腕に巻かれた包帯が受けたダメージの大きさを物語っていた。

 無論、普段から戦闘訓練を受けているレミーだからこそこの程度の負傷で済んだのである。

 普通の子供アインは、怪我の程度はレミーほどでは無かったがグッタリしてテーブルに突っ伏したままになっている。

 ちなみにアインが食堂に残っている理由はまだほとんど何も食べていないからである。

 この辺は、今現在テーブルクロスを布巾で拭いているディーがさっき聞き出した話だった。

 

 ディーが食堂の掃除、台所では雪近が皿洗い、速人を料理を作っている。


 速人は額の汗を拭きながらせわしなくフライパンを動かしていた。


 「ああ、私が答えよう。速人たちは、詳しく知っているわけではないがお買い物をしていたそうだ。さっき車にこんな大きな肉を乗せていたんで一緒に押してきたんだ。なあ、コリー?」


 コレットはニッコリを笑いながら頷き、ボタンをつける仕事を順調にこなしている。

 レミーは反射的にまだエイリークの治療に手間取っているマルグリットと見比べてしまった。

 ベックは町の入り口まで速人たちを捜しに行った事や車の荷台に乗せてあった羊肉について話した。

 話題の中に肉という単語が登場した為に、それまでおとなしくしていたエイリークとマルグリットが一気に興味を示す。


 「それはいけねえな、ハニー。子供が大きな肉なんてよ。おおよそ許されることじゃねえよ。じゅるじゅる…」


 「そうだね、ダーリン。子供のうちからそんな大きな肉なんか食べていたら立派な大人にはなれないよ。アタシらで食べて…じゃなくて味見してやろうよ。…ぐひひひひっ」


 エイリークとマルグリットは涎を拭いながら立ち上がろうとする。


 ギイ…ッ、…カラカラカラ。


 その時、テーブルワゴンと一緒に速人と雪近が食堂に入ってきた。

 テーブルワゴンの台の上には料理が盛られた皿が乗っている。

 普段はこの手の皿には蓋をしているはずだが即興で作った料理なので省略していた。

 というか疲労の度合いが過ぎてそこまで気が回らなかったのが正しい心境だろう。

 

 速人は軽い眩暈を覚えながらも雪近とディーに皿の配膳を任せる。

 

 雪近は二枚の大きい皿をテーブルの中心に置いた。


 ディーはエイリークたちの前に小さな皿を置いて行った。


 速人はワゴンを雪近の置いた大皿の近くまで動かして鍋に入った料理をおたまを使って丁寧に装った。

 すぐに二枚の皿の上にはエビ(?)のクリーム煮らしき食べ物と香酢ソースを垂らした一口サイズの何かのフリッターが綺麗に盛られた。

 最後にクリーム煮には黄色の柑橘の皮を削ったものをトッピングして、もう一方のフリッターの上には細かく千切った香草を振りかけた。

 

 柑橘の甘さを含んだ新鮮な香りと、香草の芳醇な香りが食べる側の食欲を刺激する。


 興奮したエイリークとマルグリットは皿の前でナイフとフォークをカチカチと叩き合わせていた。

 両親のあられもない姿を見たレミーとアインの顔に暗鬱な影が差す。


 ガンッ‼ガンッ‼


 早速ベックからエイリークとマルグリットに愛の鉄拳制裁が入った。


 速人は大皿の上に乗った二種類の料理をベック、コレットから順に小さな皿に装った。

 人数分に分けてから料理の形を崩さぬように皿の中心に乗せて、さらにソースをかける。

 大皿から小皿に分けられても美しさを損なわない速人の盛り付けの腕前に、ベックとコレットは驚いていた。


 仕事中の速人に、レミーが不機嫌そうな声で尋ねた。


 「お前さ、今日はどこに行ってたんだよ。昨日メシの時に市場には肉は無かったって言ってなかったっけ?」


 レミーはかなり鋭角的なトゲトゲとした目つきで速人を睨んでいる。

 最近は出会った頃のどこかとなくイラついた態度で接する事は少なくなってきたが、今日に限っては特に不愉快そうな顔をしていた。


 (そうか、レミー。お腹が空いているんだな)


 速人は場違いな優しい顔でレミーに向かって微笑を見せる。

 結果レミーの速人に対する好感度がさらに低くなったことは言うまでもない。


 「今日は市場でアルフォンスさんたちの手伝いに行った後、雪近とディーを連れて大通りの門まで行ったんだよ。あそこはたまに露店が出ていることが掘り出し物がないかなってね」


 嘘は言っていない。


 一見にして筋の通った話だが、レミーは直感で実際速人を捜しに行ったベックとコレットは即座に違和感を覚える。

 

 速人は涼しい顔をしながら何かのクリーム煮の乗った皿と何かのフリッターが三個くらい乗った皿ををベックたちの目の前に置いていった。

 慣れていないベックとコレットは反射的に速人に向かって頭を下げる。

 ペコリと速人も頭を下げる。


 速人はワゴンの一番上の台に乗っているティーポットから人数分のカップにお茶を注いでいた。


 「うっそくせえよ‼本当の事、言え‼またアイン殴るぞ、豚野郎が‼」


 速人の返事を聞いたレミーは目を尖らせて怒りを露わにする。


 そこで姉の乱暴な発言を聞いたアインはビクッと震えていた。


 ベックとコレットが二人がかりでレミーを説得してくれたのでどうにかその場は治まったが、これがもしもエイリークの家族だけならば部屋の中を逃げ回る事になっていただろう。

 速人は人数分のお茶を配る傍らで、ベックとコレットに頭を下げた。


 レミーは速人から強引にティーカップを奪い取り、すぐに飲んでしまった。

 高い温度にしたつもりは無かったのだが、あまりの熱さにレミーは顔を白黒させていた。

 弱音を一つも吐かないところがレミーの性分なのだろう。


 「おいおい、レミー。この豚野郎が嘘しか言わないことは今に始まったことじゃねえだろ?だからよ今度、コイツが便所に入った時に全員で扉を押さえて出られなくしてやろうぜ。それで謝るまで絶対に出してやんねえんだ‼ゲハハハッ‼どうだ、参ったかコラ‼」


 エイリークはゲス顔で笑った後に湯気の立っているティーカップの中身を一気飲みした。


 この時エイリークは以前速人に自分(※エイリークのこと)にお茶を出す時には思い切り熱いものを出せと言っておいたことを完全に忘れていた。


 結果どうなったかなど今さら言うまでもない。


 「んぐッ⁉…ゲハァァッッ⁉」


 速人はテーブルの上にぶち撒けられたお茶を雑巾で拭いていた。

 雑巾が一定量、水分を吸収した後に水の入ったバケツの中で洗う。


 エイリークは少し離れた場所でマルグリットに慰められながら水を飲んでいた。


 料理がどうなったかと言えば、エイリークがお茶を吐き出す前にコレットが機転を利かせて別の場所に移動させていたので最悪の事態を免れた。


 その後、落ち着いたところでエイリークはベックとコレットから厳しく説教をされていた。


 そして、一同は姿勢を正した後に食事をすることになった。


 アインはベックとコレットの間で食べることになり、今は蜂蜜を塗った食パンを食べている。


 エイリークとマルグリットはエビ(仮)のクリーム煮にかぶりついていた。

 だがレミーは見慣れない食材を前に少し戸惑っている様子だった。

 神妙な面持ちでエビ(仮)をフォークで突いている。


 「なあ、速人。この皿の上に乗っているエビっぽい動物、私今まで全然見たことが無いんだけど一体何なんだ?」


 「ああ。これはスプレッドワームといって…」


 レミーは何度か口に運ぼうとするがその度に頭のどこかで「食べるな。危険」とブレーキがかかっているような気がしていた。


 実際、速人がキリーの店で購入した得体の知らない虫の仲間だが食べて害のないことは体験済みである。


 レミーも、ここ一か月くらいで速人の料理の技量は知っていたので食べられないものをテーブルに並べないことくらいは理解しているつもりだった。


 その時、レミーの不安な態度に気がついたマルグリットが食材についてあっけらかんと説明してくれた。


 「レミー、そういえばアンタはコレを食べたこと無かったよね。これは”泥食い虫”っていう名前で昔は雨上がりに川に浮かんでいたもんさね。よくエイルたちと一緒に取りに行ったんだよ」


 マルグリットはフォークで肉をプスリと刺してから口の中に運んだ。

 そして、よく噛んでから喉の奥に流し込む。

 マルグリットの記憶の中にある泥臭くて、とにかく固い歯ごたえのものとはまるで違ったものだった。

 新鮮なエビの身を茹でたような感触と、芳醇な香草とクリームのこってりとした風味が口の中いっぱいに広がる。

 

 レミーもマルグリットに言われて都市の外で見かけた泥食い虫の姿を思い出した。

 外見は黄色の身体に黒いぶちの入った芋虫である。

 その時はまさか食べる日が来るとは思っていなかったが…、とレミーが悩んでいると皿を空にしたマルグリットが微笑みながらレミーを見ていたのですぐに食べ始める。


 (おいしいのはわかっていたことだけど、材料がなあ…)


 レミーは少しがっかりしながらスプレッドワームのクリーム煮の味を楽しんだ。


 一方、エイリークは文句を言いつつもガツガツと食べている。


 「うえ…ッ。何か懐かしい味がするかと思ったらアレを食ってたのかよ。つうか最近は市場で見かけたこと無えぞ、コレ」


 「そうだな。私も最近はスプレッドワームはご無沙汰だったよ。昔は市場に行けば必ず見かけたものだが…。どこにでもいるから値段はついていなかったよな」


 ベックは十数年前の市場の姿を思い出しながら感慨深げに語る。

 スプレッドワームはたまに川魚を食べることがあったので、よく魚屋に並んでいたことがあったのだ。

 特に殻がついている上に肉は固く、泥臭かったのでタダで配られていたことをベックは覚えていた。

 

 ベックは子供の頃、市場で川魚を買った後に強引に店主から押しつけられた経験があった。

 大量のスプレッドワームを家に持ち帰ってベックは怒られたが、家族が多かったので結局は全て食べることになったのだ。

 ベックが大人になってコレットと家庭を築き、一人娘のケイティを授かってからもスプレッドワームを食べる機会は多かった。

 あの頃は食べ物が無かったので無理をしてでも食べていたが、速人が作ったスプレッドワームのクリーム煮は同じ材料を使って作ったものかと疑ってしまうほど美味なものだった。


 そしてベックはアインに自分の皿に乗っている分を切り分けながら与えている。

 アインは喜んでクリーム煮をもらっていた。

 

 エイリークは獲物を狙う鷹のような目で二人の様子を窺っていた。


 「あら、そういえばベック。何年か前に川の水が汚くなったから町の中でスプレッドワームを獲ることは禁じられたはずじゃなかったかしら?」


 コレットの話を聞いたベックはすぐに頷く。

 終戦後、人工増加に伴い第十六都市の水質浄化機能に異常が生じて都市の内部を流れる川の水が一時的に飲めなくなってしまったという事件があったのだ。

 当時は都市議会の決定により、浄化装置が修復されたことで問題は解決したのだが川の中に生息する一部の生物を食べることは出来なくなってしまったのだ。

 代わりに都市の外にある”パートナーズ”と呼ばれる町や村で獲れた魚を食べる機会が生まれた。

 レミーたちの世代くらいともなると、むしろ”パートナーズ”から送られてきた魚や獣を食している人間の方が多いくらいである。

 融合種リンクス種族の活躍の場を得る為に、”パートナーズ”のけん引役として働いているベックとしては少しだけ誇らしい気分になれたこともまた事実である。


 ベックは皿に残った小ぶりなスプレッドワームの切り身をフォークで刺してから口に運んだ。

 本来ならばもう一つだけ大きな切り身を残していたのだがエイリークに譲ってあげたのである。

 誰もが知る英雄エイリークも、ベックの目から見れば鼻たれの頃から何も変わっていない。


 調子に乗ったエイリークがレミーの皿に手を出そうとしていたので、速人とベックはエイリークにツープラトンの雪崩式ブレーンバスターをかけた。


 「なあ、ベック。それって何かおかしくはないか?町の中で獲れなくなったスプレッドワームを、速人コイツはどうやって買ってきたんだよ」


 レミーは皿の上にあったスプレッドワームのクリーム煮を食べてしまった後で、ベックに尋ねる。

 ベックは頭を捻って考えてみたが思い当たることは何も無かった。

 仕方ないのでベックは、素知らぬ顔でテーブルの上を片付けている速人に聞いてみることにした。


 「それは…。どういう事なんだ、速人。お前は、スプレッドワームはどこで手に入れたんだ?」


 速人は布巾がけをしながら、テーブルの上の使わなくなった食器をワゴンの上に乗せていた。

 そして、作業を一時的に中断した後でわざとらしい微笑みを浮かべながら答える。


 「大市場の手伝いをしていた時に、「店先には並べられないものだから持って行ってくれ」ってアルフォンスさんから貰ったんだよ」


 あまりの胡散臭さに一同は絶句してしまう。


 バタンッ‼


 その時、大きな人影が食堂の扉を勢い良く開けた。

 ついさっきに大広間でベックと速人のブレーンバスターを食らってダウンしたはずのエイリークだった。

 エイリークは入って来るなり速人の嘘を糾弾した。


 「嘘つくんじゃねえよ、豚野郎が‼アルはともかくシャーリーは虫の仲間が大嫌いなんだ‼例え天地がひっくり返ってもアルの店にスプレッドワームが並ぶことはねえな‼はい、論破‼証明完了だッ‼」


 シャーリーの虫嫌いは、彼女をよく知るベックとコレットとマルグリットにはお馴染みの話題だった。

 原因はシャーリーが昔暮らしていた場所ではスプレッドワームを食べる習慣が無かったということだが、さらにそこから推論を発展させるとラッキーや他の大市場を出入りしている昔なじみたちもスプレッドワームを苦手としていたことが思い出された。


 この時、早くも速人の額に嫌な汗が浮かんでいた。


 「ですから私はアルフォンスさんからもらったと言ったではありませんか。皆には内緒でスプレッドワームを仕入れたことを、シャーリーさんに見つかったら怒られるから黙っていてくれとたのまれたんですよ。エイシーク探偵」


 速人は顔中を汗だらけにしながら答えた。

 腰のところで両手を揉みしだき、視線はあちこちを彷徨っている。

 これで疑うなという方が無理な様子だった。


 「アルがスプレッドワームを仕入れたって話がそもそも嘘だってんだよ、豚野郎ッ‼手前は生簀に入ったスプレッドワームしか知らねえからだろうがな、あれはかっ捌いてからしばらくすると便所みたいな臭いになるんだよ‼そんなものをあのアルが店先に並べるかってんだ‼ハイ、論破‼」


 その後、エイリークの追求は続いた。

 その度に姑息な嘘をついて言い逃れをしようとした速人は返答を窮し、ついに白状するのであった。


 「ごめんなさい、刑事さん。俺、スプレッドワームを町の外で買ったんです‼」

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