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第百三話 家に帰ると…。

すいません。トラブル続きでかなり時間がかかってしまいました。

次回は9月16日に更新する予定です。

本当にすいません。  


 エイリークの家の物資搬入口に該当する通用門に荷車を向けた時に、ベックが声をかけてきた。

 彼の隣にいるベックの妻コレットも心配そうな顔で速人とエイリークの屋敷を交互に見ている。

 考えてもみればベックはまだ改装したエイリークの家に招待したことが無い。

 ベック夫妻は戦火に燃ゆる荒城が如きエイリークの家しか想像できないのだろう。

 速人の肩を叩いたベックの手が少しだけ震えていたような気もする。


 「速人君。ここはひょっとして、よそのお家じゃないのかね?最近は忙しくてエイリークの家を尋ねることは少なくなってしまったけど、私が最後に見た家の形とは別物だよ」


 「速人君。おばさんも小さい頃からエイリークの家のことは知っているけど…。敷地以外に共通点は無いわよ」


 ベックとコレットは互いに身を寄せながら、変わり果てたエイリークの家を見ては怯えている。


 (ここまで駄目な信頼関係が成立しているとは、エイリーク一族侮りがたし…ッ‼)


 速人はベックたちの反応に注意しながらエイリークの家がつい最近になってから改装されたことを説明する。


 「大丈夫だよ!ベックさん!コレットさん!エイリークさんの家は、俺がエイリークさんとダグザさんに頼まれて集めた(※虚偽部分)材料を使って改装しただけなんだからさ‼毎日、”高原の羊”のみんなと一緒に俺も頑張ったんだぜ‼」


 速人はいかにもお調子者の子供といった様子で、右腕に力こぶを作りながら笑った。

 その後には改装工事で自分がいかに活躍したかを自慢気に語っていた。

 

 子供一人ではとても出来そうにないホラ話を聞いたベックとコレットは速人を怒らず逆に「そうかそうか。速人君は偉いな。ウチの孫たちにも見習わせなければ」と頭を撫でる始末だった。


 速人の作為的な子供らしさを見た雪近とディーは何かを吐くような仕草をしながら、目線を合わせないようにしていた。


 ”エイリークがダグザに説教されて家の改装をすることになった”という結論で正気を取り戻したベック夫妻は荷車を押す手伝いに戻っていた。


 ガラゴロ、ガラゴロ…。ベックたちが加わってから速人は労働の負担が減っている事に気がついた。

 雪近とディーは雑魚なりに全力を出しているが、実際は助けになっていないことは承知している。

 それは速人も承知の上だ。

 この場合はむしろ外見的に村のおじさんA(ベック)村のおばさんB(コレット)の二人が力に秀でた存在であるということなのだろう。

 この二人の娘であるケイティは両親が熊人ベアリンクスの出身だと言っていたような気がする。

 以前ダグザは「融合種リンクスは魔術の才能に乏しい代わりに祖霊の力をそのまま引き継いでいることだ」と語っていた。

 生来の能力が力仕事に向いている為か二人は嫌な顔をせずに手伝ってくれている。

 速人は静かな尊敬の眼差しを向けながら、この後ベックとコレットの夫婦にどんなお礼をしようかと考えていた。

 

 その時、屋敷の方から悲鳴が聞こえてきた。

 

 レミーの声だった。

 

 「ぎゃああああああああああ‼」


 普段は透明感のある中世的な声の持ち主であるレミーが悲痛な叫び声をあげている。

 速人たちは荷車を搬入口の前に停止させると急いで勝手口から母屋の中に駆け込む。

 ベックは急に走ろうとして膝を痛めてしまったらしくコレットに支えながら「私の事はいいから先に行ってくれ」と言っている。

 速人は「ベックさんこそ無理をしないでくれ」と返事をすると雪近とディーを連れて悲鳴の発生源と思われる一階の大広間を目指した。


 (まさか‼”新しい空(クリアリースカイ)”の連中がもう動き出したのか⁉)


 速人の脳裏にナナフシたちがエイリークの家族を人質に取って速人から秘蔵のヌンチャクの設計図を奪取するという最悪の事態が浮かんだ。

 

 ※ イメージ

 

 頭に角を生やしたナナフシがドヤ顔で「フハハハハッ‼この娘とヌンチャクの設計図を交換してもらおうか‼」と言っている。


 (よりによってエイリークさんたちを人質にするとは‼でも今の時点ではレミーにはそんなに思い入れは無いから人質としての価値はゼロに等しいぜ‼)と思い切り失礼な事を考えていた。


 だが、事態は速人が考えるよりも遥かに酷であり最悪を越えた極悪の様相を呈していたなどとこの時誰が考えていただろうか‼エイリークの家の中央階段を擁する大広間ではエイリークの娘レミーが実の父親にボストンクラブをかけられていた。

 否、ここは現実世界ではないので逆エビ固めというべきか。


 「おいおい、レミー。さっきまでの勢いはどうした?ああん⁉俺のガキともあろうものがちょっと情けないんじゃないのか‼」


 バンダナの大男は美少女レミーの両足を持って後ろの方に向かって体重をかける。

 金髪の少女レミーは床を何度もタップしているが、男はニヤニヤ笑いながら首を横に振っている。

 階段の上から父娘の戦いを観戦するレミーの母マルグリットはハムサンドイッチから器用にハムだけを抜いていた。


 「アンタも馬鹿だね、レミー。母ちゃんたちは何もハムサンド全部を寄越せって言ったわけじゃないんだよ?具材のハムとレタスをトレードしよって言っただけじゃないか。それをレスリングで決着をつけようだなんてねえ」


 言ってねえ‼レミーは青い瞳を血走らせながら訴えていた。


 だが、その間にもレミーは両脚はしゃちほこのように曲げられている。

 レミーは自分の降伏が受け入れられないこと悟ると今度はエイリークの逆エビ固めから逃れようと必死に抵抗を繰り返した。


 しかし、悲しいかなレミーの身体能力ではエイリークを引き剥がすには至らなかった。


 レミーがどれほど力を込めて足掻こうともエイリークは背中に腰を落としたまま、両脚を後ろに引っ張っている。

 この大広間にやってきて数十秒間の出来事でレミーのどんな相手にも物怖じしない斜に構えた性格がどうやって生まれたかを速人と雪近とディーは即座に理解することになる。


 エイリークの挑発はさらに続いた。


 「いいか、レミー。あの子豚(※速人の事)に何を吹き込まれたかは知らねえが基本我が家では強いヤツの言う事がルールだ。これからは、父ちゃんがハムが食べたいと言ったらすぐに自分のハムを父ちゃんの皿に置くこと。造反は許さねえ‼でも優しい俺は葉っぱ(※ロメインレタス的なもの。この地方では生で食べられる数少ない野菜。正式な名称はフレッシュリーフ)とかニンジンの茹でたヤツをいっぱい食わせてやるからよ‼ゲハハハッ‼」


 レミーは全力で抵抗するが大人の男(※父親)が相手とあっては分が悪い。

 親子喧嘩が始まってから身体能力が向上する魔術を使っているが何度挑もうが悉く惨敗していた。


 (実の子供たちにここまでやる両親とはどういうものなのだろうか?)


 朦朧とする意識の中でレミーは親子の在り方について考えるようになっていた(※現実逃避)。

 

 この時速人はレミーが肉体と精神が限界を迎えようとしていることに気がつき、重い腰を上げようとする。

 しかし、それよりも早くレミーを助け出さんと戦いの場へ飛び込む男がいた。

 

 男は愛の為に痛めた膝の事も忘れて全力で走る。

 何かを守る為に、過ちを正す為に。

 男は不器用でそれ以外の方法を知らなかったので、そうやって生きてきた。

 男の名はベック、戦争で両親を失った幼いエイリークの親代わりとなって彼を支え続けた人間の一人である。


 今、彼は愛の為に立ち上がったのだ。


 「ベック‼スクランブルシューティングスターキック‼」


 次の瞬間にいい歳こいたおじさん(ベック)のダッシュから低空飛行のドロップキックが、いい歳したおじさん(エイリーク)の横面に炸裂した。


 (膝が痛い。多分しばらくは走るのは無理だろう)

 

 ズサササササッ‼

 

 ベックはエイリークをドロップキックで吹っ飛ばした後にスライディングの状態で着地する。

 そして蹴りの勢いが止んだところで両手をついて立ち上がった。

 

 うつ伏せになって倒れたままのレミーのもとにはベックの妻コレットと速人の姿があった。


 両親のツープラトン攻撃を受け続けボロボロになっていたレミーは、コレットには「コリー、ありがとう」と感謝の言葉を贈り、速人たちには「お前ら、絶対に入ってくるタイミングを計っていただろ…」とかすれ声で憎まれ口を叩いていた。


 ベックも右膝の痛みを堪えながらレミーのところにやって来た。


 「レミー、大丈夫か?」


 ベックはまだ自力で起き上がることの出来ないレミーを心配そうに見ている。

 コレットはレミーの脛や膝を摩っていた。


 「ベック…。助けに来るの、遅い…」


 レミーはコレットに「もう大丈夫だから」と礼を言った後に立ち上がった。

 しかし、両脚を地につけたところで二、三歩くらいフラついてしまう。

 エイリークの逆エビ固めのダメージが残っているらしい。


 一方でエイリークとマルグリットは地獄の亡者のような顔をしてレミーとアインから奪取したハムにかぶりついていた。

 ゲスな笑顔を浮かべながら子供から取り上げた控えめに言っても美形の中年夫婦の姿を見た速人は世の理不尽さを噛み締める。

 

 そうこれからも世界に生まれてくる子供たちは親を選ぶことができない。


 「ガツガツガツ…。久々に食らったぜ、ベックシューティングスターキック‼だがなあ‼俺だって伊達にトシ食ってわけじゃねえんだよ‼蹴りを受けた瞬間に自分から後方へ飛んでダメージは分散させてもらったぜ‼」


 ビリビリビリッ‼


 エイリークは大きく前を開いた状態のシャツを強引に引き裂いた。

 そして得意の大胸筋を誇示するポージングを決める。

 

 パンパンパンッ‼

 

 その際に前を止めていたボタンが飛び散った。


 (はあ…、キレる度に上着やぶくのマジでやめてくんねえかな…)


 前日にシャツのボタンをつけ直したばかりの速人はため息をこぼした。


 「面白い…。エイリークよ、お前がどこまで強くなったか見せてもらおうか」


 ベックもサスペンダーを外してシャツを破こうとする。

 しかし、隣にいたコレットに耳を引っ張られて中断させられてしまう。

 ベックはコレットに謝罪した後に紳士らしくボタンを上から一個ずつ外し、シャツを脱いだ。

 コレットはベックのシャツを受け取った後に丁寧に畳んでいる。

 

 この時点でベックとコレット、エイリークとマルグリットの夫婦の人間力の差は一目瞭然だった。


 ベックの上半身は下腹のあたりが少しだけ弛んでいたが、それ以外は現役のファイターを名乗っても遜色は無いほど鍛えられた肉体だった。

 ベックの娘ケイティの話によれば義勇軍を率いてエイリークの父マールティネスと共に戦っていたこともあるらしい。

 何よりも背中や胸の刀傷が歴戦の勇士であることを物語っていた。


 コレットとマルグリットは頬を赤く染めながら互いのパートナーの姿を嬉しそうに眺めている。

 逆にレミーは出来るだけ上半身を開けた二人の男たちを見ないように後ろを向いていた。


 速人はベックとエイリークの間に入って審判役となった。


 「ファイッ‼」


 速人の号令を合図にベックとエイリークは互いのプライドを賭けた戦いを始めた。

 

 ベックが殴れば、エイリークがやり返す。

 

 ディフェンスを捨てた真っ向からのぶつかり合いはプロレスのようだった。

 

 頭突き合戦‼ヘッドロックをバックドロップで返す‼

 そして相討ちラリアットッ‼


 …昭和のプロレスだった‼


 エイリークは自慢の金髪を振り乱しながら掴んだベックの顔面を膝に向かって叩きつけるッ‼


 ベックはエイリークの首に太い右腕を引っ掛けてネックブリーカードロップ‼


 両雄譲らず、一度はマットに沈んだ二人の男たちは口から血を吐きながら立ち上がった‼


 速人は呼吸を荒くしているベックに駆け寄る。

 今のベックは体力の限界を迎えているようにしか見えなかった。


 「ベックさん、まだ続けるのか⁉」


 ベックは速人の身体を押しのける。

 そしてベックは速人に命知らずのタフガイみたい顔つきでニヤリと笑ってみせた。


 「当然、試合続行だ。エイリークよ、俺の心臓はまだ止まっちゃいないぜ?」


 ベックが試合続行を宣言するとエイリークは口の中に溜まった血を一気に吐き出した。


 (後で掃除をするのは俺なんだがな…)


 速人は洗面器とタオルと水の入ったコップを持ってエイリークの側に行った。

 エイリークの顔はベックのパンチを食らって腫れ上がっていた。

 速人はエイリークの顔をさっとタオルで拭いた後にコップを差し出した。

 エイリークはコップを受け取り、口の中に水を含んでから洗面器に向かって吐き出した。

 その後、速人は半ば形式的にエイリークに試合を続けるかどうかを尋ねる。


 「エイリーク、…行けるか?」

 

 「エ〇ド〇アーン‼…じゃなくて、マギー、愛してるぜぇぇぇッ‼」

 

 エイリークは腰まで伸ばした自慢の長髪をひとまとめにする。

 そして一度、トレードマークのバンダナを外した後に前髪を後ろに向かって流してから締め直した。


 (エイリークさんはとことんやる気だ‼なんて大人げない大人なんだ…‼むしろ尊敬する‼)


 速人は驚愕と尊敬の視線でエイリークを見ていた。


 エイリークは自分の頬を手で叩いた後、速人に向かって試合続行の意志があることを伝えた。


 「おいおい、速人。俺を誰だと思ってンだ。俺は英雄エイリーク様だぜ⁉あんな老人ジジイに負けるわけがねえだろ‼さあベック、試合再開と洒落込もうぜ‼」


 そう言うや否やエイリークは右腕を上げながらベック目がけて突っ込んだ‼


 ベックもまた右腕を上げてエイリークを待ち構える‼


 こうして必殺のラリアット合戦が始まった‼


 エイリークとベックは合計三回くらい互いの首にラリアットを当てた後、同時にダウンした。


 速人は倒れたまま動かなくなった二人の側に走って行った。

 エイリークとベックは白目を剥いて気絶していた。

 速人は頭の腕でバツの字を作り、ダブルノックダウンを宣言する。

 

 エイリークにはマルグリットが、ベックにはコレットが向かった。エイリークはマルグリットに抱き起こされながらベックの姿を見た。


 ベックはコレットの助けを借りて立ち上がっていた。


 「ベック…。負けたぜ、やっぱアンタは最高だよ」


 エイリークは惜しげもなく右手を出した。

 エイリークの顔面は腫れ上がり、涙と鼻血を出している状態だった。

 エイリークの姿を見たコレットとマルグリットとレミーは必死に笑いを堪えている。

 アインと雪近とディーはエイリークからの報復を恐れて視界に入らぬよう背を向けていた。


 (戦いの果てに和解する二人の男たち…。ううっ…泣けるぜ)


 そんな中、速人だけが感動の涙を浮かべながら二人の姿を見守っていた。


 がしっ。


 ベックはエイリークの大きな手を取る。

 ベックがいつも思い浮かべるエイリークは少年時代の姿だったが、今こうして握っているのは紛れもなく大人の大きな手だった。


 「エイリーク、これだけは言っておくぞ。いい加減、自分の子供から食事を取り上げるのは止めなさい。お前は自分のお父さんやお母さんにされたことをレミーやアインにまでするつもりか」


 二人の間に沈黙の瞬間が流れる。


 英雄と呼ばれた男エイリークの父マールティネスと母アグネスもまた子供からご飯を取り上げる悪い親だったのだ。

 しかも腹を空かせたエイリークに食事を与えていたのはエイリークの両親の友人であるベックとコレットだった。


 そして、あまり聞きたくもない過去の出来事を聞かされたレミーとアインはかつてないほどの空虚な気分を味わうことになった。

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