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第九十七話 闇に蠢くもの…、と言いつつ色々台無し

次回は8月26日に更新する予定です。


 男はずっと覗いていた。

 そもそも覗き見が趣味ということもあったが、今回に限っては上役から命じられた仕事でもあった。


 「というわけでしてね、盟主殿。ハイ、道弟はガッツリ負けたわけでして」


 男は額から汗をタラリと流している。

 通信している向こう側の人物即ち男の上司の動向が気になって仕方なかった。

 彼の上役は基本笑顔だが、本当の意味で笑っているところなど見たことがない。

 そもそも喜びという感情が備わっているのかさえも怪しいものだった。

 案外、向こうでは独断で先走ったナナフシ同様に結果を出さなかった”男”の処遇を考えている可能性もある。


 秘密結社”新しい空”の暫定リーダー、コウヨウシュとはそういう人物だった。


 「ウワハミ。君はどうしたい?」


 ウワハミ、と男は自分の名前を呼ばれてビクッと身体を震わせる。

 ”コウヨウシュはこちらの隠し事に気がついている”

 その時に限って首すじを伝う嫌な汗がやたらと気になっていた。

 下手を打てば、コウヨウシュたちはすぐにでもこの場所にやって来る気配さえある。


 (普段は腰が重い奴の方が、動き出すと厄介なものだ)


 ウワハミは興味本意で偵察役を買って出た自分自身とナナフシの軽率さを呪った。


 「しばらくは謹慎でしょうかね。そうだ、別に使命を与えて終わるまでおとなしくしてもらうってのはどうでしょうか?」

 

 無言、一瞬の空白。


 ウワハミと呼ばれた男ともう一方の人物の間に空隙が生じる。

 悲しい話になってしまうが二人は同志であって仲間ではない。

 今は利害が一致しているだけであって本来は水と油の関係であることを窺わせる瞬間でもあった。


 (象の目に留まった蟻の心境とはこんなものか)


 ウワハミは緊張の額から汗を流す。

 組織の頂点に立つ男コウヨウシュとウワハミの実力差はあらゆる面において天と地ほどの差があった。

 彼と争うなど毛頭考えたこともない。

 唯一、救いがあるとすれば世間というものへの関心が薄いということくらいのものだろうか。

 ウワハミは一瞬の間、コウヨウシュの圧力感に耐えていた。


 「ふむふむ。それも悪くないな。一考の余地アリだよ。それではナナフシの回収は任せたよ、ウワハミ」


 意外にも返ってきたのはとても”くだけた”というか思わず気が緩んでしまいそうな優しい言葉だった。

 相手がコウヨウシュでなければの話だが。


 (嵐は去ったか…)


 ウワハミは卑屈な笑い浮かべながら返答する。


 「ど、どうもです」


 水面に映るウワハミの姿を見ながら男は、コウヨウシュは踵を返す。

 奥の座に引っ込んで再び瞑想を続けるつもりだった。

 そこは洞窟の中に設けられた寺社の内部のような場所だった。


 「コウヨウシュ道兄。ウワハミは偽りを申しているぞ。放っておいても良いのか?」


 ダンッ‼


 男は手に持った槍の石突で、実に不快そうに床を突いた。

 その時に出てしまった音の大きさにコウヨウシュは思わず細く形の整った眉を歪ませる。


 「構わないさ、リホウテン。ウワハミは賢い男だ。必ず強く正しい者の側につく。間違っても我々に楯突くようなことはあるまい」と満足げに語る盟主コウヨウシュに、リホウテンは訝しげな視線を送る。


 (コウヨウシュは人とは異なる理に基づいて事を為そうとする。その一方で、人に近い考えを持つウワハミという男がいる。間違っても利害が一致することなどあってたまるか)


 リホウテンは切れ長の目をさらに細めながらコウヨウシュに背を向ける。盟主とはつき合いの長い間柄だったが、良くない結果は知れているというのにそれを放置するコウヨウシュの悪癖をリホウテンは嫌っていた。

 自慢の槍から手を放し、腕だけ姿を現した使い魔に回収させる。


 かくしていつものように同志の不快を誘ってしまったことに気まずさを覚え苦笑するコウヨウシュとため息を吐くリホウテンが残るばかりだった。


 「さて。さっさと仕事を終わらせて帰りますか、…っと」


 どさっ。


 ウワハミは何も無いところから竹魚篭を出してからその場にしゃがみ込んだ。

 そしてウワハミは釣り竿を放って先に針のついていない糸を垂らす。

 糸は目の前に放り出されただけのはずなのに、ポチャンと水に入り込む音を立てている。


 (さて偉大な先人になった気分で待ってみるとするか…)


 ウワハミは両目を閉じて、目的のものが引っかかる瞬間を待つことにした。


 その頃、速人は背中にトマソンを背負いながらポルカたちのもとに移動していた。

 その理由とは、トマソンが必殺技を使用した代償としてギックリ腰で動けなくなってしまった為である。

 トマソンは孫であるジョッシュ、クリスらとそう変わらない年齢の少年の背中に背負われているという自身の境遇に落ち込んでしいすっかり自信を失っていた。

 今や先ほどの威勢や活躍はどこを吹く風かといった様子である。


 「すまない。速人君、こんな情けないお爺さんの世話をさせてしまって本当にもうしわけない。私のことは張り切り過ぎの出しゃばりジジイと蔑んでも構わないぞ…。はあ」


 そう言ってトマソンは大きく息を吐き出した。

 このまま腐られても厄介なので速人は何とか落ち着いてもらおうと慰めの言葉をかけることにした。


 「まあ今回の戦いはトマソンさんの助力無しでは勝てなかったことは事実だし、腰の痛みだって名誉の負傷だと思えば安いもんじゃないかな?」


 何かの足しになるかと思って声をかけたのも束の間、反対に弱気な老人のような答えが返ってきた。

 戦いの最中に比べると声もずいぶん小さくなっているような気がする。

 これには流石の速人も苦笑せざるを得ない。


 「この前も頑張って畑を耕している時に似たようなことがあってね…。その時に息子とカミさんに怒られたんだよ。そろそろ年齢を考えてくれ、と。最近では少し動いただけで身体のどこかが故障するような気がしてきて…。ああ面目ない…」


 そして、速人はトマソンの身体を背負い直して歩みを早める。

 確かに体力の限界も近かったが、このままではクリスたちのところに到着する前に十歳は余分に年を取ってしまう可能性があったからである。


 速人は前を見ながら黙々と歩いているうちに、地面に座り込んで釣りをしている老人の姿を見つける。

 現時点ではその時点ではどこの誰かを知る術も無かったが、ナナフシの仲間であるウワハミの姿だった。


 「トマソンさん。ちょっと待っていてくれないかな。人がいる」


 速人は背中で夢見心地になっているトマソンに声をかける。

 トマソンは少し驚いた様子で速人の背中から降りた。

 いつの間にか眠っていたことを恥じているのか顔を赤くしていた。


 「なるほど、確かに人がいるな。しかし一体こんなところで釣り竿を出して何をしているんだ?周りには川も池もないというのに…」


 速人は懐から黒いヌンチャクを取り出して、音を出さないように注意しながら接近する。

 トマソンは何やら物騒な予感がしたので一声かけようとしたが、先に速人が振り帰り人差し指を立て「物音を立てるな」という仕草をする。

 速人のいつもと違った恐い顔に委縮してしまったトマソンは無言で首を縦に振った。

 そして、両手に先ほどの戦いで大活躍した杖を構えながら二人の姿を見守った。


 速人は足元に落ちていた子供の手くらいの大きさ石を拾い、ウワハミの後頭部に向かって投げる。

 すわ何事かとウワハミが振り向きざまに石を躱すと、側面に回り込んでいた速人が飛びかかってねじ伏せた。

 地面に押さえ込まれた時にウワハミの首がかなり危険な角度まで曲げられていた。

 

 トマソンは腰の痛みも忘れて速人の強襲を受けたウワハミのところまで走って行った。


 「あががががッ‼タイムタイムッ‼私は近接戦は専門外だよッ‼」


 「とっておきの馬乗りバルカンパンチだッ‼オラオラオラオラオラオラァァァーーーーッ‼」


 「暴力反対…、うぎゃあああああああーーーーッ‼‼」


 速人は寝転がりながらウワハミの首にヌンチャクを繋ぐ紐を巻きつけると容赦なく顔を殴った。

 ウワハミは口ひげを真っ赤に染めながら悲鳴を上げる。

 さらに身体をよじって逃げようとするウワハミの腹や股間にひざ蹴りを叩きこんだ。

 それからウワハミはトマソンが止めに入るまでの数十秒間、速人から一方的な暴行を受け続けた。

 今は速人の持っていた縄で蓑虫のように縛られて、地面に転がされている。

 速人はウワハミの要望を完全に無視しながらズルズルと引きずって皆のもとに戻って行った。


 そして、エリオットたちは顔をボコボコに殴られた挙句引きずられたことでさらに酷い姿になってしまったウワハミの姿を見て絶句する。

 

 まず最初にある程度回復したクリスが速人の頭を引っ叩いた。


 「アンタ一般人襲ってどうするつもりよ‼まだ戦い足りないっていうの⁉」


 クリスは速人の石頭を叩いた自分の右手を摩っている。

 速人は気合の入った石頭だったので、叩いた側の手もじんじんと痛むのである。

 この時クリスは次に速人を殴る時には道具を使うことを考えていた。

 

 速人は黙々とウワハミから押収した釣竿や竹魚篭を調べている。

 これらの竹細工自体はエルフの開拓村で暮らしていた頃に何度か見たことがあったが、加工した時の技術や意匠などはかつて元の世界で暮らしていた時に見た日本のものと似通っている。

 

 速人はまず何よりも、この初老の男が糸の先に糸のついていない釣り竿を持っていたことが気になっていた。


 「なあ、速人よう。俺っちからの提案なんだが、せめてこの爺さんの縄くらいは解いてやろうぜ?さっきから動きが鈍くなってきたというか…、とにかく手遅れになる前に放してやろうぜ」


 速人は地面に横たわるウワハミの顔を睨みつけた。

 顔は赤と黒のマーブル模様でぐしゃぐしゃの泣き顔になってしまったがまだ余力は残っていそうな顔をしている。


 「おい。こっちのでかいのがお前の尻穴を掘らせろってさっきからうるせえんだ。名前から言ってみな‼」


 ウワハミは自分の倍くらいの背丈があるポルカの姿を見た後に涙を流しながら即答した。


 速人の後ろで話を聞いていたポルカはショックを受けて顔面蒼白になっている。


 「じじじ自分はッ‼ウワハミというものです‼お願いですから性欲のはけ口とかにはしないでくださいッ‼」

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