第九十六話 改題 燃えるおじいさん‼
また遅れちまったよ。ごめんね。
次回は8月23日くらいに更新するね。
機神鎧の胴を覆う装甲、鎧でいうところの腹甲には古の戦神を模した意匠が施されている。
(あそこに機神鎧の動力源となる宝玉が隠されている)
速人の本能が敵の鼓動の源を突き止めていた。
ナナフシは生身であれば冷や汗をかきながら戦慄する。
果たして何を間違ったか。
今ナナフシは神にも等しき力を持った存在とは思えぬような思考の袋小路へと追いやられていた。
血気に逸る速人の腕をトマソンが掴む。
「速人君、どうせなら確実に敵の息の根を止めよう。私としてもここまで食い下がる相手と戦ったのは初めてだ。後二、三の奥の手は持っていてもおかしくはあるまい」
速人は頭を下げて、トマソンの自信に満ちた言葉に同意する。
ナナフシの浮き沈みの激しい分かり易い性格はともかく実力は本物である。
本気の本気、即ち周囲一帯を巻き込んだ自爆といった行動に出る前に倒しておく必要がある。
速人は手元の黒いヌンチャクの状態を確認して問題が無いことを確認してからもう一度、頷いた。
黒いヌンチャクは”魔王の樫”と呼ばれる特別頑丈な素材で作られた武器だが耐久力に限界はある。
いざという時に壊れてしまっては元も子もないからだった。
「俺もトマソンさんの意見に同感だ。もう少し武器と装甲を剥いでから確実に倒した方がいいだろう」
速人は機神鎧ヴァーユの腹を見ながらそう言った。
仮に速人がナナフシの立場だとすれば他の部位の倍以上に強力な装甲を有しているだろう。
機神鎧ヴァーユも胴まで敵の攻撃が及ばぬように腰を落とした状態で立っていた。
残った腕は胴を庇い、八本の義肢は攻撃といった具合だ。
先ほどから全体的な動きにキレというものがない。
(封印術を解除すれば機神鎧の傷を癒し、彼奴等を一網打尽にすることも容易い。だがそれは同時に我が仙具”雷霆護光剣”の喪失を意味する。数千年もの我が労苦が羽虫の悪足掻きで水泡に帰す。これほどの屈辱があってなるものか…ッッ‼)
ナナフシは屈辱の選択を強いられて奥歯を噛み締める。
他にも今の時点で逃走という手段もあったが、手土産も無しに本拠地まで戻ればナナフシの信用も地に落ちてしまうだろう。
組織の末席を抜け出し、他の同志に先んじたいという欲望もあったが何よりも”新しい空”という組織のある意味宿願である虎王宝珠を前にして逃げるという選択肢は選ぶことが出来なかったのだ。
「機神鎧ヴァーユの真価を見せてやろう…」
ドンッ‼ドドンッ‼ドンッ‼
ナナフシの言葉の後、機神鎧ヴァーユの残った左腕と両脚の接合部から爆音の後に煙が立ち昇る。
機神鎧は手足を全て失った上体になってしまったが、肩や太腿のつけ根から風を巻き起こして浮いたままになっていた。
(まさか封印術を解除したのか?)
速人は咄嗟にトマソンの方を見たが、老戦士は目を伏せて首を横に振る。封印術が解かれたかと思ったのは同じらしい。
速人とトマソンはすぐに武器を構えてナナフシの攻撃に備える。
機神鎧は緑色の光を放つ旋風の力で上昇する。
ナナフシは機神鎧の中から忌々し気に速人とトマソンの姿を睨みつけていた。
「本来、我が機神鎧にとって空を飛ぶということは手足を動かすのと同じ事。故に封印術の制限を受けることは無い。代わりに飾りの手足を失ってしまうことになるがな….この代償は高くついたぞ、下郎ども‼」
地面が、大量の土砂が風によって持ち上げられる。
ナナフシの抱く怒りの激しさに呼応しているかのようにも見えた。
次々と地面の一部分が持ち上がって穴だらけになってしまった。
「速人君、空に小さな天体というか月のようなものが出来上がっているのだが、これは一体どういうことなんだ…?」
トマソンは思わず空中に浮かぶ物体を指さす。
地上から風の力によって引き上げられた土砂の群はある一点に向かって集められ、巨大な球体が生まれつつあった。
(…アレを俺たちのところに落とすつもりか。流石にあの距離ではヌンチャクが届かないな。さて、どうしたものか)
時折パラパラと空から土が零れてその度に速人は目元を手で覆う。
この時点でも速人はヌンチャクで事態を打開できるものと考えていた。
「まあ、あの大きさの球を空の上から落とされたら避けようがないな」
速人とトマソンに限っては全力疾走すればこの場から逃げ出すことも可能だろうが、封印術の影響を受けて身動きが出来なくなっているエリオットたちは憐れ土砂に圧し潰されてしまうだろう。
トマソンは細い顎に手を当てながら、空に浮いている機神鎧ヴァーユと土砂の塊を見ながら何かを推し量っている。
「ふむ。あの程度の大きさならば間に合うかもしれないな。速人君、少しの間で構わないから邪魔が入らないように時間を稼いでくれないか?」
「わかった‼」
トマソンは杖を回して先端で地面を突いた。
速人はヌンチャクを脇に収めて構えを取る。
ナナフシは機神鎧ヴァーユの目を通して地上の様子を見る。
万策尽きたはずの敵は最後の悪足掻きをしようと何かを目論んでいる、その姿が目に映っていた。
「この期に及んで往生際の悪い。おとなしく諦めて死の運命を受け入れろ。それが天命というものだ、地虫どもが‼」
ナナフシは機神鎧の胴だけを残し、上半身だけで降下する。
速人はトマソンの前に立って是に相対した。
一人と一機、互いに機たるべき決着の瞬間を意識しながら最後の攻防が始まる。
最初にナナフシは機神鎧の口を開いて空気の弾丸を飛ばす。
速人は黒いヌンチャクを振り回して音を頼りに不可視の弾を次々と撃ち落としていった。
やがてナナフシは内臓されている弾丸全てを撃ち尽くした後、速人に向かって飛びかかってくる。
機神鎧の胸甲が内側から裂けて先端が尖った十数本の義肢が速人の四方を取り囲んだ。
(槍衾というヤツか。フン、俺の死に場所には相応しい)
速人はヌンチャクを構え、目の前の胸骨が変形して出来上がった槍に全身を貫かれて果てる己の死に様を想像しながら鼻で笑った。
人は己の死に近づくほどに、真の己の強さに気がつかされるものだ。
「今、俺は猛烈に生きているぜ‼行くぞ、これが最後の”炎の種馬”だ‼」
速人は決死の覚悟を決めた後に、ヌンチャクを両手に構える。
側面から迫る義肢を弾き飛ばす。
胴を貫こうとする義肢を叩く。
返すヌンチャクで嵐の如き斬撃を、刺突を撃ち落として行った。
時には切り裂かれ、突かれて血を流しながらも速人は背後に控えているトマソンを守った。
(痛みを忘れろ。疲れを感じるな。たとえ死しても約束を果たせ。それが背中を預けるということだ)
速人は全身を己の血で赤く染めながらヌンチャクで敵の攻撃を防ぎ続けた。
やがて永遠に続くと思われた義肢の攻撃が止まった。
速人の必死の抵抗によって攻撃可能な義肢が無くなってしまったのだ。
ナナフシは義肢の群れを一度、引き戻して体勢を立て直そうとする。
戦場から離脱しようとするナナフシの姿を見ながら速人は笑った。
そして、地面に倒れ…、倒れようとする速人の身体をトマソンが支える。
「速人君、ずいぶんと待たせてしまったようだな」
その時、速人はトマソンの手からかつてないほどの力強さを感じていた。
それは長きに渡る修練を経て手に入れた真の武術。
トマソンという男の人生の軌跡そのものなのだろう。
「ああ、待ったよ。最後はカッコ良く決めてくれよ、トマソンさん」
速人はため息を吐いた後、トマソンの手から離れる。
(今の俺に出来ることは全部やった。もう思い残すことは無い。後は任せたぞ、トマソンさん…)
そして速人はいつもとは違った頼りない足取りでトマソンから少し離れた場所にまで移動した。
速人はボロボロになりながらも背筋を伸ばし、両腕を組む。
今の速人はトマソンという男に己の命運の全てを託したのだ。
トマソンは目を見開き、杖の先端をナナフシに向けた。
(ナナフシよ、それほどの力を持ちながら何故に他者を顧みぬ。所詮一人の力など、この広大な世の中では何の役にも立たないのだぞ?)
敗北と挫折、臆病者の汚名。
トマソンはそれら全てを引き受けて生きてきた己の半生を今だけは誇らしいとさえ思っていた。
「ナナフシよ、これからお前を滅ぼすのは私でも速人君でもない。お前自身の傲慢な心だ。受けよ、これが”メルメダ流”七の突き…」
槍に見立てた杖の先端に力を集める。
すでにトマソンが幾度となく繰り返してきた行程だった。
本来メルメダ流において技と呼べるものは少ない。
トマソンが師匠である父親から教わった技も”一の突き”だけであった。
その後に続く技術体系はトマソンが他の武術との交流の中、一人で作り上げたものである。
中でも”七の突き”はトマソンの父親からは直接”禁じ手”として指定されるほどの威力を誇る技だった。
「狂戦士の矛”暴君”…ッッ‼」
トマソンはまず構え、狙いをナナフシの背中に絞る。
そして時間をかけて集積した力の全てをゆっくりと解放した。
速人は驚愕の表情でトマソンの姿に釘付けになっていた。
(馬鹿なッ‼所作の存在しない突きだと⁉)
トマソンは両足で大地を踏みしめ、太陽を射落とすが如く杖を握っている。
だが、速人にはトマソンがいつ槍を構え、天に向かって突き上げたかを見ることが出来なかった。
断じて、見逃したのではない。
トマソンが構えから攻勢に転じる気配そのものを感じ取ることができなかったのである。
「これが、無拍子…。トマソンさん、アンタやっぱり最高だ‼」
同じ頃、ナナフシは気になって背後を見下ろした。
ナナフシの武運というものが、結果として彼の身を助けることになったのである。
最初に上半身だけとなった機神鎧の背中に何かが触れた感触だけは覚えている。
その直後、何かが弾けた。
背中に触れた一点から破壊エネルギーが煌々と輝く太陽のように膨れ上がり、機神鎧の内と外を瞬く間に覆い尽くして跡形も無く吹き飛ばしたのである。
この時、武運によって生かされたナナフシは精神の奥底に宿る文字通り”最後の力”を使って、自身の意識を未だ健在である機神鎧の胴の方に移した。
そして、機神鎧の上半身を滅ぼした破壊の波動は上空で作られている巨大な球体に衝突して諸共粉々に打ち砕く。
トマソンは空を見上げながら想定外の威力にドン引きしていた。
「まさかこ、ここまでの威力とはな…。使うべきではなかったのかもしれん…痛ッ‼」
その時、トマソンの腰を激しい痛みが襲う。
最近、特に激しい運動をした後に幾度となく覚えのある激痛の正体はギックリ腰だった。
トマソンは奥義”七の突き”を放った体勢のまま硬直してしまった。
(マズイ‼この状態で尿意を催した時には最悪お漏らしをする恐れもある‼速人君、ヘルプッッ‼)
トマソンは”九死に一生を得る”思いで若き相棒の姿を捜した。
しかし、速人は空中の巨大物体Xが爆散した直後に機神鎧ヴァーユの腹部だけが地面に降りてきたことを見逃さなかった。
全身の痛みを堪えながら、機神鎧の胴が降り立った場所まで駆け出す。
そして速人が機神鎧ヴァーユの腹甲の前に立った時に、ナナフシの声が頭の中に聞こえてきた。
「待て、不破速人。今の我は胴だけの存在だ。まさか無抵抗の存在に狼藉を働くような真似はすまいな…」
速人は無言で黒いヌンチャクを構える。
すでに魔力が失われ、胴だけの存在となっても機神鎧の頑健さが失われたわけではない(※属性 非情)。
速人の額に浮かび上がった血管がピクピクとのたうっていた。
ナナフシは何とか逃げようと胴だけを動かそうとするが僅かに進む程度に終わる。
非常に諦めの悪い男だった。
「悪いが今の俺には手加減をする余裕は無い。アンド、お前だけは何があっても許してやる気にはならん。見せてやる、これがヌンチャク奥義…」
速人は懐から四本目の、最後のヌンチャクを取り出した。
二本のヌンチャクを左右の手に取り、交互に振り回す。
そして両腕の筋肉を膨張させながら二本のヌンチャクを持ったまま天高く飛び上がる。
標的は胴だけになった機神鎧ヴァーユ‼
今、速人の全身は振り下ろされる鋼の鉄槌となるッ‼
「よかとん…ハンマァァァーッッ‼」
ガツンッ‼
一度目の打撃で胴の飾りと装甲が吹き飛んだ。
ドガガガガッ‼
続く左右の四連打で胴の内側に収められた仙具”緑神龍”が粉々に打ち砕かれた‼
だがしかし、速人の怒りはまだ収まらない。
その後、両手に持ったヌンチャクで機神鎧の胴が原形を止めないほどの破壊活動を続けた。
速人の鬼気迫る形相には、相方のトマソンでさえ声をかけることを躊躇ったほどだったという…。