第九十五話 主役交代か⁉ジジイ無双‼
次回は8月20日に投稿します。重ね重ね遅れてすいません。反省しています。
ゴンッ‼
トマソンは機神鎧の掌から地面に向かって突き抜けそうなほど重い一撃を放った。
杖から伝わってくる感触は鉄塊よりも膨張した液体を打つという例えの方がより分かり易い。
即ち機神鎧の装甲とは加減次第で金属よりも固く、液体のように変化に何でも受け流してしまう材質だったのだ。
かくしてトマソンの打撃は機神鎧ヴァーユの手の装甲に存在する”核”を揺るがし、錬金術によって作られた強化金属の結合を解いてしまった。
機神鎧ヴァーユの右手首から先を砕かれたナナフシは驚愕のあまり絶句し、トマソンも実際に打った杖の先を見ながら目の前で起こった出来事を受け入れられず硬直している。
その間、速人は包帯を巻き直して簡単な応急処置を終えていた。速人は呆気に取られているトマソンの腕を掴んで一緒に下がるように促した。
「いやあ、すごいな。速人君、まさか私もここまで効果が出るとは思わなかったよ。ははは…」
トマソン本人が一番驚いていたようだ。
かつてトマソンはこの技を父親から習った時に「竜の鱗、魔神の盾を貫く」と聞かされたものだが今の今まで大袈裟な例えだと思っていた。
トマソンの一族に伝わる武術「メルメダ流」とは大昔ダナンの帝国の五太公の一人、”剛牙竜”アレクサンドルに仕えたメルメダという騎士が戦場で振るった技だと言われている。
メルメダは女性の騎士で、数々の武功から戦闘騎士侯という特別な階位を受けたという伝説を残している。
しかし、メルメダには直系の子孫がおらず、アレクサンドル以降はオーク族から五太公は出ていないのでアレクサンドルの子孫たちは廃れまくっているという現実があった。
トマソンの家も数多く存在するアレクサンドルの傍流の一つだった。
トマソンと速人はナナフシの左側に陣取り、次の攻撃の機を探る。
二人は背中を合わせながら互いから見て死角となる箇所を補うように武器を構えた。
「トマソンさん、しっかりと頼りにさせてもらうからな‼」
速人はトマソンを横目で見る。
ナナフシは四本の義肢を鞭のように振り回しながら攻撃を繰り出す。
速人は肩から腰へ、腰から背中へとヌンチャクを振って猛り狂う毒蛇の如き義肢を撃ち落とした。
連撃に対処しながらも先ほど破壊されたナナフシの右手に変化が無いことを確認する。
(今のナナフシに自己再生能力は無い。ならば遠慮なく捌かせてもらうか‼)
速人は「ふん‼」と荒い鼻息を一つ吐いた後に丹田に意識を集中して、最後の余力を引き出す。
そして、頭上から真っ直ぐに襲いかかってくる鉤爪を腕ごと叩き折った。
「やるな、速人君。若いのにずいぶんと鍛えているようだ。どれ、私も頑張ってみるか」
トマソンは両手で杖を掲げ、振り下ろした。
普段は機神鎧の直垂の下に隠されている義肢がガラス細工のように粉々に砕かれる。
そして速人と二人同時に武器を振り上げ、残った義肢を破壊した。
その光景を見たトマソンの孫娘クリスは表情を曇らせる。
「ナニアレ…。ちょっとスゴイ気持ち悪いんですけど…」
他人である速人と自分の祖父が意気投合していることへの嫉妬もあるのだろうが、孫と祖父くらいの年齢差がある二人が舞踏のように飛んだり跳ねたりしながら息ピッタリで戦っている姿を見たクリスは吐き気を堪える為に口をおさえている。
…確かにトマソンの方がやたらと生き生きとしすぎていて気持ち悪い光景だった。
速人が鉤爪による攻撃を落とし、トマソンが本体に攻撃を入れる。
次の瞬間には二人は位置を入れ替えてトマソンがナナフシの拳を防ぎ、速人が放たれた矢のように飛び掛かりナナフシの横面を張り飛ばした。
「おのれッ‼かくなる上はッ‼」
ナナフシはもう一度ヘッドバルカン(仮)を使おうと機神鎧の首を引く。
この武器の正式な名前は”風塵龍鱗剣”というのだが、使用する時には一度頭部を定位置に固定しなければならない。
そして、戦いの中で不自然な動きを見せるナナフシの姿を見逃す速人では無かった。
速人は全身に気を張り巡らせその場に踏み止まって、嵐のようにヌンチャクを連続して振り回す。
ヌンチャクの軌道が壁となり、半球形のドームを形成する。
ドガガガガガガッッ‼
機神鎧ヴァーユの兜の飾りから撃ち込まれた数百発ほどの矢という矢を速人はヌンチャクによって一気に撃ち落とした。
「ククク…、聖闘○には一度見た技は通用しない…と言わなかったか⁉」
全ての攻撃を防いだ後に速人はニヤリと笑って見せる。
背中にはイメージ画として、何故か蟹座の黄金聖闘士○スマスクがドヤ顔で笑っていた(※地面には紫○がボコられて倒れている)。
そして、その場にいた敵味方が全員「うん。聞いていない」というツッコミを心の中で入れてしまう。
次いでヘッドバルカン(仮)の掃射を防いだのも束の間、続いて義肢が速人に襲いかかる。
速人がヌンチャクに手をかけるよりも早くトマソンが飛び出して義肢を全て打ち払った。
完膚なきまでに破壊されたはず義肢は何らかの力によって組み上げられて元の姿に戻っていた。
機神鎧の胴体、頭部に受けた傷跡も同様に小さくなっている。
おそらくは自己修復機能の類なのだろうが、ナナフシは今の状況にかなり納得が行かないらしく速人とトマソンへの憎しみを募らせるばかりである。
※速人の自己再生不可能という予想は外れました。
「ナナフシよ。お前の使う封印術とやらは、私にも理屈はわからんが魔力の伝達を遮断して全ての術を封じるものではあるまい。ある一定以上の階位の魔術を術式ごと封じる術なのだろう。それを証拠にお前の大きな体は動いている。普通に考えれば、それほどの大きなものを動かす為には魔力を使わなければならないからな」
そう言ってトマソンは杖の先をナナフシに突きつける。
隣にいる速人は腕を組んで鼻で笑っていた。
そして”十歳の不細工な子供と六十歳のやたらと元気な老人が背中合わせて粋がっている”姿を見た老人の孫娘は両手で顔を隠しながら寝転がって背を向ける。
クリスの友人となったばかりのシスにはかける言葉さえ無かった。
「なるほど。エリオ、このキッツイ現象はナナフシのせいか。”妖精王の贈り物”持ちには辛いはずだよな…。酔いとダブルパンチで頭痛えよ…」
エリオットは相変わらず疲れ果てた様子だったが、セオドアの話を聞いた途端に眉間にしわを寄せる。
”妖精王の贈り物”とは文字通り実在するか定かではないが”妖精王”と呼ばれている存在が使っていたと思われる最高位の魔術を代行者として行使する特殊能力である。
当然、ナナフシの秘術”四象封印封雷陣”においては最優先で封印される対象に為ってしまったのだ。
結果としてエリオットは全身に普段よりも重い関節痛、セオドアは頭に片頭痛を抱えることになった。
時を同じくして”妖精王の贈り物”持ちである雪近も頭痛に悩まされている。
シスとクリスとポルカも封印の対象となる階位の魔術を使っていた為に頭痛や関節痛のせいで動けなくなっていた。
「…。何て迷惑な魔術なんだ。だから僕は魔術なんて嫌いなんだよ…。昔から魔術に関わって良かったことなんて一度も無いんだ…」
エリオットは特に痛みのひどい首筋に手を当てながら少年時代の頃を思い出していた。
エイリークとマルグリットが覚えたての”発火”魔術に失敗してエリオットの髪先を焼いてしまったのだ。
当時二人は謝罪した記憶があるが、次の日にはソリトンとダグザにも同じようなことをしていた気がする。
(あの謝罪は何だったんだ、エイリーク。僕とお前たちの友情は偽りだったのか…?)と余計な事を考えている間にさらに強烈な痛みがギシギシ、ミシミシと音を立てながら迫る。
エリオットは口を大きく開いたまま悶絶していた。
「クリスよお。すげえな、お前のお祖父さん。何でこんな状況であんなに動けるんだ?」
その頃ポルカは横たわりながら包帯を傷口に巻いていた。
エリオットとセオドアを連れて戻った後、今度は自分の怪我の治療をしている。
隊商”鋼の猟犬”を率いるだけあって体力、精神面において並ならぬ底力を発揮していた。
放っておけばポルカは準備が整い次第、速人とトマソンに加勢に行くつもりだろう。
「多分私はお祖父ちゃんがウチの家に伝わる”メルメダ流”っていう武術の基本を実行しているからだと思います。精神と肉体に自己暗示みたいな魔術を使って時間をかけながらゆっくりと強化する方法だから、敵の封印術には引っかからないっていう理屈じゃないかと。本当かどうかはわかりませんけど、私のお父さんは”自己暗示は自分で解くしかないから、魔術を封じる魔術を使われた時にも有効だ”みたいなことを言っていましたし」
クリスの話の途中で、シスとポルカが血相を変えて話に食いついてきた。
「何ッ⁉メルメダ流だと⁉」
「おいおいおい‼すっげえじゃねえか‼俺っちにもそれは出来るのかい⁉」
父娘が二人同時にクリスの肩を掴んで揺さぶってくる。
どちらも結構な力の持ち主なのでクリスは目を回してしまった。
ちなみにクリスの異常に最初に気がついたのはポルカの方で、シスは失神寸前になるまで揺さぶっていた。
気が急いているとはいえやり過ぎてしまったポルカとシスはクリスの前で正座して頭を下げている。
「シスには誤解させてしまって悪いと思うけど、私の家に伝わるメルメダ流がアレクサンドル牙竜公に仕えた人物と同一人物かどうかはわからないわ。次にポルカさんの自分にも使えないかという質問だけど、技術自体は簡単な仕組みだからすぐにでも使えるけどすぐには無理よ。…うえッ、話したらもっと気持ち悪くなってきた」
シスが顔を青くしているクリスの背後に回り背中をさすっている。
ポルカは娘と同じ年齢の少女を苦しめてしまったことに責任を感じてか土下座をして謝っていた。
外見は粗野な印象を受けるポルカだが細かい事にも気が回る性格なのかもしれない。
「そうか。私はてっきりクリスがメルメダ様の子孫かと思って期待してしまったのだ。勝手に勘違いをしてすまなかった…」
シスはクリスに頭を下げる。
ポルカも少し離れた場所からクリスに向かって頭を下げていた。
「クリス、俺っちも勘違いして飛んだ迷惑をかけちまったな。この通りだ。勘弁してくれ」
「ポルカさんも、シスもそこまで謝らなくていいから。多分メルメダ流の技が効くっていうことはお祖父ちゃんが勝っちゃうから。そういうことで後はよろしく…」
クリスは今度こそ本当に失神してしまった。
「クリスーッ‼」とポルカとシスの父娘は同時に大声でクリスの名前を呼びながら、二人がかりで身体を揺さぶる。
クリスがすぐに起き上がってジト目で「止めて」と言った後に再び、眠ってしまった。
場面は変わって速人とトマソンのコンビとナナフシの戦場に戻る。
ナナフシの義肢は破壊する度、自己修復を繰り返して攻撃を再開する。
少年と老人は攻めきれずかといって守りを捨てるわけにもいかない、といった一進一退の攻防を演じる羽目となっていた。
今の段階では、トマソンの体力も続きそうだが流石に無限というわけではない。
(さっきナナフシが本体から切り離した部品は消してしまった。つまり機神鎧の部品は本体から一度離れてしまえば再生は不可能ということにならないか?)
速人は困窮しつつある現状を打破する為に一計を案じる。
「トマソンさん。ナナフシの装甲を一つ一つ、引き剥がして行くぞ。多分、あの触手みたいに壊してもすぐに復活するからな。丸裸にしてからぶっちめる‼」
トマソンは不敵な笑みを浮かべ、すぐに応じる。
手に持った杖を頭上でぐるりと回して見せた。
「丸裸にした相手を叩くか。あまり騎士的な戦いではないが、他に良い案があるというわけでも無し。その妙案、乗ったぞ‼」
二人の悪巧みを聞いていたのか、ナナフシは義肢の数を八本に増やして攻撃を仕掛けてきた。
攻撃に加わる義肢の数をランダムで増やして速人とトマソンの連携を妨害する思惑である。
されど歴戦の勇士トマソンはナナフシの姑息な策を一瞬で見破り、自身は壁となって大蛇のように襲いかかる義肢を次々と粉砕した。
そしてナナフシの意識がトマソンに向けられている隙を狙って速人がまんまと射程の内側に入り込む。
速人は機神鎧の頭部を駆け上がり、連弩が仕込まれた飾りをヌンチャクで破壊した。
「武器破壊は基本だよな‼ナナフシッ‼」
芸術作品と呼んでも過言ではない機神鎧ヴァーユの兜の飾りを思うままに砕き、潰す。
龍の頭部から生えている角を折る。
両の眼を潰して節穴に変えてやる。
馬のように長く美しい鼻梁は徹底的に引き裂く。
タテガミの奥に隠した箱型の連弩も叩きまくってグチャグチャにしてやった。
「こンの無礼者がァァァッッ‼この機神鎧ヴァーユはァァッ‼リホウテン道兄より譲り受けた至高の神器ッッ‼」
ナナフシの言葉が終わる前に速人は機神鎧ヴァーユの顔面にヌンチャクを打ち込む。
そしてトドメとばかりに回し蹴りを入れた。
長い白髭を蓄えた武人の面の眉間にヒビが入り、口元から上あたりから仮面が崩れ次々と剥落していった。
「そんな大事な物なら、家のガレージにでもしまっておけ。…以上」
次いで八本の義肢を全て払い落としたトマソンが機神鎧の身体を駆け上がってくる。
そして、トマソンは機神鎧の喉を足場にすると眼下にある鎧の胸元に向かって杖の先を向けて構えた。
「戦場で受けた傷は男の勲章。帰って同志とやらに自慢するがいい。メルメダ流の初歩にして奥義を受けよ‼一の突きッ‼」
トマソンは駆け降りながら機神鎧の装甲部分に向かって何度も刺突を撃つ、薙ぎ払う。
速人もまたトマソンの後ろに付き従い、ナナフシの反撃を封じ込めて彼を助けた。
それから一分もしない後に機神鎧ヴァーユの胸と腰の装甲部分の大半が噴煙を上げながら無くなっていた。
残る部分は胴を守る鎧の部分。
速人とトマソンは互いの武器を構え、ナナフシと相対する。




