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第九十四話 「よう。待たせたな…」(※次回、正体が明かされます)

次回は8月16日に更新します。


 戦いとは理不尽なものである。

 

 勝者は敗者を一切、顧みない。

 また敗者には一片の言いわけも許されない。

 故に失うことを恐れるならば、傷つくことを恐れるならば戦ってはいけない。

 あらゆる屈辱を、辛苦を受け入れて座して死を待つしかない。

 

 もしも戦う道を選んだならば覚悟しなければならない。

 

 あらゆる理不尽な出来事を受け入れる覚悟を、いつしか悲しみと苦しみと痛みを骨の髄まで味わい尽くし後悔の果てに死を迎える日が来ることを覚悟しなければならないのだ。


 これは戦士の宿命である。


 「いつかお前にもその日が来る。己の死を迎え入れる日が」

 

 それは遠い昔に誰かに聞かされた言葉だった。

 

 そして、速人はふと気がつく。

 背中から伝わる熱い痛みを、わき腹を抜ける棘のついた尾の存在を。

 速人の生はまだ終わってはいない。

 速人の本能がナナフシの放った斬撃を皮一枚のところで回避して、背後から受けたはずの尾の刺突は横腹を掠っただけに留まったのである。


 (それでも重傷だがな…。だけどまだ俺は生きている)


 「速人。まず手をつけて立ち上がれ。そこからだ」


 もう会うことのないはずの祖父の声が聞こえた。

 速人のいた世界はもう存在しない。

 かなり昔に、黄金の雨が降って解けてしまった。

 世界が存在した記憶さえも無くなってしまった。

 結局のところ速人に戦う理由など無い。

 生まれ変わっては死に、またどこかでそれを繰り返しているに過ぎない。

 だが、速人は指先に力を込める。


 (血まみれでヌルヌルしていて最悪だ。そうだな。ナナフシを殺したら、さっさと水で洗おう)


 だが、今日を生きる意味はある。

 理由はある。

 戦うことも、生きることも自分で決めた。

 臍に力を集めて筋肉を収縮させる。

 正気を保つことが難しくなりそうな苦痛が全身を襲った。


 「…ッッ‼」


 闘志は絶えず。

 士気は衰えず。

 不破速人はまだ生きている。


 左の肩から一周して右の肩へと黒いヌンチャクを振り回す。

 彼は生きている限り、戦い、殺す。

 

 音を発せず、呼気を整える。

 数多の傷を受けて昂る心臓と血流を鎮めて止血を完了する。


 速人の復活する様を見たナナフシは刮目し、凍りついたかのように動けなくなっていた。


 「意外に優しいな、ナナフシ。俺が動けるようになるまで待っていてくれたのか?」


 速人は破顔しながら腰を深く落として、間合いを計った。


 (ナナフシよ、礼を言うぞ。血の気が失せて前よりもハッキリとお前を感じることが出来るようになった。今のお前は図体ばかりが大きくなった”がらんどう”だ)


 ナナフシは鋭利な刃物のように尖った指先を持つ腕を構える。

 そしてこれまでの鬱憤を晴らすように吠えた。


 「その出血量では長くは立っておられまいッ‼潔く死ねッ‼」


 速人は前に向かって進みながら、ナナフシを嘲笑った。

 機神鎧ヴァーユは猛威を備えた四本の腕を解き放った。

 羅刹のように、鬼神のように。

 突けば槍、振るえば刀。

 近き者には獣の牙のように、遠き者には矢のように速人を狙って襲いかかる。

 しかし速人はそれらの攻撃をヌンチャクで一つ残さず封殺する。

 決して歩みを止めずに、機神鎧ヴァーユの心臓を目指して突き進んだ。


 一方、ポルカは負傷した足を引きずりながらもトマソンの作った急ごしらえの隠れ家に到着する。

 背中にはセオドアを、エリオットには肩を貸しながらの帰還である。

 トマソンが魔術で周囲の土を掘って作った穴の中に戻るなりポルカはセオドアを地面に寝かしつけた。 

 

 セオドアは例のナナフシの術の影響を受けたせいか苦悶の表情で意識を失ったままである。

 エリオットは消耗しきっていて、どうにか意識を保っているという様子で避難所に来てからは壁に寄りかかったまま目を閉じて休んでいる。

 ポルカは自分の首の左側を触りながら、避難所の中で比較的大丈夫そうなトマソンとディーの姿を見る。

 ディーは意識を失ってしまった雪近の手を握りながら何度も名前を呼んでいた。


 (この兄ちゃんは俺っちのことを怖がっているから今話かけても逆効果だな。残るはトマのおっさんか…)


 ポルカは速人を連れ戻す為にシスの様子を見守って欲しいとトマソンに頼むつもりだった。

 のしのしとポルカはトマソンの方に歩いて行く。


 「おう。トマのおっさん。俺っちは速人の坊主を助けに行くからウチの娘を…」


 トマソンは目を閉じたまま首を横に振る。

 ポルカはトマソンに反対されることは最初から考えていた為に苦笑してしまう。

 トマソンほどの年齢となれば今すぐにでも尽きようとしている速人の命よりも自分の命を大切にしろと割り切ることも出来るのだろうが、ポルカには到底出来そうもない考え方だった。


 「それには及ばないよ、ポルカ君。速人君は私が助けに行こう。見たところ今この場でまともに動けるのは私だけなのではないか?」


 トマソンは自分で作った穴の中を見渡す。

 ポルカとトマソン以外の全員が横になるか屈んで休んでいる状態だった。

 ポルカも足に傷を受け、血色も悪く万全の状態とは言い難い。


 だがこの場に置いてなぜかトマソンだけは普段と変わった様子は無かった。

 それどころかトマソンは自信たっぷりといった様子で微笑んでいる。

 

 ポルカはトマソンに押し切られるような形で道を譲り、壁に背を預けながら屈みこんでしまった。


 「おっさん。俺っちは頭が良くないからわからねえがアンタにはこのわけのわかんねえ状況のカラクリがわかっちまったってことでいいんだな?」


 ポルカはどすんと腰を下ろした後にトマソンを見上げる。


 「ああ。その通りだ。完全とは行かないまでも五割くらいは、この封印術とでもいうのか魔術の性質を理解することが出来た。まだ勝てるかどうかはわからんが活路くらいは切り開いて見せよう」


 トマソンは杖で地面を叩いてから踵を返した。

 ポルカはトマソンに頭を下げた後に改めて壁に身を預ける。

 もしもの時はトマソンの次に命を賭けるのは自分自身だと覚悟していたからだった。


 ポルカはようやく起き上がれるようになったシスの姿を見た後に意識を失ってしまった。


 「この糞親父。相変わらず肝心な時にはクソの役にも立たないな。クリス、トマソン殿は止めなくてもいいのか。こう言ってはなんだが、かなり旗色の悪い戦況だぞ?」


 シスは額に溜まった汗を拭いながら傍らで同じようにバテているクリスに尋ねた。

 先ほど敵が武器を召喚したり、何かに変化させたりといった妙な術を見てから身体から魔力が一気に抜けてしまったのだ。

 トマソンはポルカとの会話の中で封印がどうのとか言っていたが、そんな魔術が存在することは少なくともシスには心当りが無かった。


 クリスは息も絶え絶えといった様子でシスの質問に答える。


 「わかんない。けどうちのお祖父ちゃん、あの年齢で無鉄砲なのよね。けど武術の腕前は、この前私に武術を教えてくれている私のお父さんが自分より強いって言ってたから…」


 クリスは杖を持って戦場に駆けてゆく祖父の背中を見上げる。

 

 「ぐあッ⁉」

 

 そして、トマソンはいつの間にか地面に出来ていた窪みに足を引っ掛けて転んでしまった。

 シスとクリスは同時にジト目のまま沈黙する。

 やがて立ち上がったトマソンはゆったりとした外套の裾を持ち上げて再び走り出した。


 「ねえ、シス。もしうちのお祖父ちゃんが何も出来ないままズッコケて死んでも私の友達になってくれる…?」


 クリスは力無く笑うとシスに向かって手を出した。

 シスはククッと含み笑いを漏らしながらクリスの手を握る。

 二人とも極度の脱力状態であり締まりのないへなへなとした握手になってしまったが、心の距離が近付いた瞬間でもあった。

 

 シスは地面で大きなイビキをかきながら寝ているポルカを見ながらクリスの申し出に答える。


 「大丈夫だ。私の父親も口先だけのデカブツだ。クリスが恥じることは何も無い」


 友達になったばかりの少女たちは笑い合う。


 ディーと雪近は二人の様子を見守りながらも、ディーの故郷で待っているお互いの想い人(※ディーは婚約者。雪近はディーの姉)がそうではないことを祈らずにはいられなかった。


 斬撃、刺突、薙ぎ払い。

 間を置いての巨大な鋼の尾による地中からの刺突、さらに横薙ぎの変化が加わる。

 

 それが消耗か、作戦によるものかは今の速人にはわからない。

 

 ナナフシの攻撃手段は時を追う毎に単純なものに変わっている。


 そして、速人の体力の限界も底の底に近づいていた。

 今の速人は気力だけで身体を動かしているにすぎない。

 速人は目の前でヌンチャクを振り回し、機神鎧ヴァーユの肘当てから生えている鉤爪のついた腕が繰り出す攻撃を次々と叩き落とした。


 (パターン的にはそろそろだな)


 速人は一度ヌンチャクの動きを止めてから気配を探る。

 そして左から大きな音と風が動く気配を察知する。

 その正体は機神鎧ヴァーユの巨大な拳による一撃だった。


 (時間差でワン・ツーか。芸が無いな、ナナフシ)


 速人は直進することで一度目の攻撃をやり過ごし、さらに走った後に地面を蹴って二度目の拳を悠々と回避する。


 ナナフシは力を失った眼球を血走らせながら尾と義肢を呼び戻した。

 言葉にならない獣じみた叫びと共に残った腰の義肢を振り回す。

 

 巨大な刃が切り裂く。

 そこに獲物の姿は無い。

 

 義肢は自分から籠手を排除して、爪を闇雲に振り回した。


 機神鎧ヴァーユの引っ搔きが地面を捲れ上がらせて土埃の波が生まれる。

 速人は土まみれになることを厭うて後退した。

 今の消耗しきった状態で目を失うことは死を意味するからである。

 その間にもナナフシは機神鎧ヴァーユの肉体を四足獣の姿に戻し、後方へと距離を置いた。


 「なぜ死なぬ?心折れぬ?立ち上がる?…ただの人間が神仙の我に勝てるとでも思っているのか⁉」


 ナナフシは四本の義肢と合わせての六本の腕を広げて速人を威嚇する。


 速人は口の中に溜まった血を吐き出した後にヌンチャクを構えながら、手を招きした。

 体力は底を尽き死に近づくほどに、速人の五感は研ぎ澄まされる。


 「納得の行かない勝利を千回、続けたところで得る物など何一つ無いぜ。ガキの俺でも知ってるよ。必要なのは努力と友情と正義。そしてオマケに勝利が付いてくるんだ」


 話している途中で速人の背中の傷口が開き、血が流れた。

 程無くして地面に赤い水たまりが出来上がる。


 (俺よ、まだ死ぬな。俺に死は許されていない。ジョッシュとマルコの絆を思い出せ…。決して分かち難い絆を断ち切った非情の罪を忘れるな…。俺を殺すのは”正しい心を持った者”でなければならない)


 ナナフシは機神鎧の肉体を反転させて尻尾で地面を薙ぎ払った。

 速人は大地を蹴って飛翔し、是を回避する。

 ナナフシが追撃に入る前に速人は地面に着地して、ヌンチャクを振り回しながら走り出す。

 四本の義肢の連撃を、巨拳の連打を掻い潜って再びナナフシの前に立った。

 

 「⁉」

 

 しかし、次の瞬間に速人は転倒する。

 左の太腿が矢で射抜かれて裂けていた。

 速人は苦痛に表情を歪めながら左脚のケガの様子を一瞥した後に機神鎧の方を見る。

 機神鎧ヴァーユの兜を飾る緑色のタテガミを持つ龍の瞳から石弓と思しき兵器の姿があった。


 「しまった‼アニメオタクの俺としたことが‼初代ガン○ムの時代から人型ロボットの頭にバルカンがついているのは常識だったのに‼」


 速人は傷口を庇いながら起き上がる。

 この場合は、肉体よりも精神が受けたダメージの方が大きかった。


 速人は膝をつきながらも逃げようとする。


 「頭のバルカンとは、何のことかよくわからんがこれで形勢は一気に我の方に傾いた。今度こそお前を殺してやるぞ‼」


 ナナフシは機神鎧ヴァーユの視線を逃げ惑う速人に合わせる。

 そして、ヴァーユの兜についた龍の眼と鼻の穴から数十発もの矢を撃ち込んだ。

 速人は敵に背を向け、這いつくばりながら一歩分でも多く距離を稼ごうとする。

 立ち止まれば蜂の巣にされて敗死することは免れないだろう。

 恥も外聞も無かった。


 その時、速人の背後に一人の男が現われ矢の雨を阻む壁となった。


 「メルメダ流槍術、一の突き」


 男は杖の先を矢に向け、低い位置に構える。

 その瞬間に男は、今は亡き男の師である父親の言葉を思い出していた。


 「トマ。常に背中を意識しろ。騎士とは背後に在る者を守る為に存在する。我らは人に非ず、一枚の盾で良い」


 トマソンは口元をわずか歪め、かぶりを振った。


 槍一条、月光の如し。


 トマソンは針の穴を通すような精緻さを備えた光速の突きで一本ずつ矢を落とす。

 その時、記憶の中に残る師の言葉が脳裏に木霊する。


 「お前の如き不器用者が要領良くとか、他者を出し抜こうなどと夢にも思うな。一つ一つを丁寧に仕上げて行け」


 そして、トマソンは全ての矢を撃ち落とす。


 「遅れて悪かったな、速人君。こんな老人が加勢に現れたとしても迷惑かもしれんが、せめてお互いの命が尽きる前にマルコの恩返しくらいはさせてくれ」


 そう言ってトマソンは杖の先を再びナナフシに向ける。

 速人は左の太腿に布を巻いて応急処置を終えていた。


 「やれやれ。トマソンさん。さっきお金は払ったんだから、その話はもういいだろ?」


 速人は心のうちを見透かされたような気がして、赤面しながら怪我の具合を確かめている。

 ナナフシは手負いの速人に止めを刺す為に機神鎧ヴァーユの巨大な拳を撃つ。

 しかし、ナナフシの次の行動を読んでいたトマソンは鼻先で笑った後、これを杖で弾き飛ばす。


 結果、地面に叩きつけられた機神鎧ヴァーユの手甲に亀裂が生じていた。


 「手ぬるいな、ナナフシとやら。腐っても猪頭人オーク族の戦騎侯の末裔。舐めてもらっては困るぞ?」


 トマソンは杖の一撃で、機神鎧ヴァーユの右手を打ち砕いた。

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