第八十九話 戦う理由
次回は七月三十一日に投稿するでごわす。あ、違った。投稿するよ。
~ 前回までのあらすじ ~
窮地に立たされた速人の前に仲間が助けに来た。
大人たちの平均年齢がやや高め(※30オーバー)なのが気になるがそこは気力でカバーだ。
遅れてやって来たトマソンさん(※最高齢の60歳)はかなり疲れ気味だけど多分大丈夫。
さあ、反撃の始まりだ!!
「俺たちの友情パワーの底力を見せてやるぜ!!」
立ち塞がる謎の男ナナフシと機神鎧”緑麒麟”。
ナナフシは着物の袖を捲り上げ、緑麒麟は黄色い目を光らせてガンガンと拳を打ちつけている。
どちらもやる気満々だ。
「小童どもが!!返り討ちにしてくれるわ!!」
今、人々の愛と勇気が試される。と、こういう話ではないということだけは言っておこう。
速人は雪近とディーを視線だけで殺せそうなほどに睨みつけている。
「おい。雑魚ども!手前ら、俺の話をちゃんと聞いていたか?」
そして、リアル世界リアライゼイション(意味不明)。
わざわざ全員を連れて来た雪近とディーは速人に一発ずつ拳骨をもらっていた。
その間、ナナフシと緑麒麟は律義にも静観してくれている。
(これは好都合。我が従僕、緑麒麟を動かしている宝珠の力はまだ完全ではないのだ)
ナナフシはギャーギャー言いながら仲違いをしている速人たちを見ながらほくそ笑む。
緑麒麟の動力源となっている宝珠・緑神龍はかの機神鎧の主であるナナフシが作り上げたものではない。
まだ登場してはいないが、彼の同志の一人が長い年月をかけて精製した魔法の道具である。
緑神龍と名付けられた宝珠が本来の能力を発揮したならば、ナナフシ自身がわずかな魔力を送り込むことで無限に近い魔力を半永久的に生み出すことができる魔法の道具なのだが今の半ば封印された状態のナナフシではそのわずかな魔力さえ残ってはいなかったのだ。
今の緑麒麟といえば、機神鎧の内部に残った予備の魔力でかろうじて動いているにすぎない状況だった。
故にナナフシが本来の力を取り戻し、いまだ果たされぬ大願を成就する為にはどうしても速人の持つ虎王宝珠が必要だったのである。
(他の道士たちに先んじて黒嵐王を復活させることが出来れば、我は格別の待遇を受けることになるだろう。妙技の一つや二つ、授けてくれるやもしれぬ)
盟主、黒嵐王はナナフシたち”新しい空”のどの幹部よりも古くから存在する、ナインスリーブスという世界の創造に関わった者の一人である。
世界の深奥に近い者から知識を授かる愉悦を思うその度にナナフシは指の間から血が滲み出るほど拳を握りしめた。
「速人。あそこで血が出るくらい拳を握っている人は君の知り合いなのか?」
エリオットは風に靡く金髪の三つ編みおさげを軽く押さえながら速人に尋ねる。
彼の言う様にナナフシは地面に血を落としながら口を半開きにして笑っていた。
正直なところ”危ないおじさん”にしか見えない。
速人は目をつぶりながら首を左右に振りながら答える。
「いや、全然知らないヤツだよ。さっきから俺をしつこく追いかけてくる変態さんだ。けどな、アイツは間違いなくデボラ商会の連中を影から操っていた連中だと思うぞ。なんかそんな風に言ってたし」
エリオットとセオドアは訝しげな視線を再度ナナフシに向ける。
その間にもナナフシは一人で指を折って何かを数えたり、時には緑麒麟を相手に何かを話かけていた。
漫画、アニメ、プラモにばかり囲まれた生活を送っているとこんな感じで独り言の多い人間になってしまうのでみんなは気をつけよう(※筆者の体験談)。
「おい、速人。デボラ商会の関係者って簡単に言ってくれるけどよ。連中、元は同盟の退役した軍人が集まった根っからの武闘派だぜ。奴さん、ナナフシだっけか?ガタイはしっかりしてるみてえだが、デボラ商会の連中があの手の頭でっかちとは上手くやっていけるとは思えねえんだがよ」
遅れてやってきた巨漢ポルカがナナフシの奇態を見ながら速人に尋ねる。
ポルカは敵対していたとはいえデボラ商会という組織と構成員についてはこの場にいる誰よりも詳しいので、貴重な意見となるだろう。
だが速人はデボラ商会の幹部や会長のデレク・デボラが同盟のノクターン王国製の武器を持っていたことから、ある結論に達していた。
それは同盟、自治都市群、帝国を自由に出入りすることが出来る内通者の存在だった。
勿論、それはどこか浮世離れしているナナフシの仕業ではない。
別の誰かである。
つまり、その内通者と思しき人物が謎の組織”新しい空”とデボラ商会の仲介役となっている可能性があった。
速人は自身の怪我と周囲の気配に注意しながらポルカの質問に答えることにする。
今でこそ我慢はしているが、ナナフシから受けた掌底のダメージは身体の内部に残っているのだ。
「ああ。その辺はポルカさんの考えが正しいと思う。ナナフシたち”新しい空”はデボラ商会のスポンサー役だろう。だとすれば必ず仲介役をやっているヤツがいる。そいつを何とかしなければ第十六都市や周辺の町への被害は止まらないだろう。一番いいのは、ナナフシを捕らえて情報を吐かせる方法なんだが現時点の戦力では難しい。というか無理だ」
ポルカは首を捻らせながら速人の話を聞いている。
ポルカは白地に青い線の入った羽織の下はサラシにズボンという昔の侠客のような衣装なので、一見して頭脳労働は苦手の印象を受けるが意外と冷静に人の話を聞ける落ち着いた性格だった。
この世界においては貴重な人材である。
「仲介役ねえ。…デボラ商会の連中のつき合いともなれば同盟の人間だろうけどよ、エルフ族至上主義のレッド同盟がわけのわからない連中と組みたがるかね。昔、デレクと話をする機会があったんだがその時も出自がどうとかとうるさくてかなわんかったぜ。何せ俺っちは犬妖精族出身だからよ」
ポルカは当時のことを思い出してか不快そうな顔をしている。
速人も、以前世話になっていたエルフの代官スタンロッドに仕えていた食い人鬼族の衛士兄弟(※衛士は世襲制のボディーガード。スタンの実家からついてきたらしい)からエルフ族の他の妖精種と呼ばれる下位種族への蔑視傾向については聞かされていた。
彼らもまた主人であるスタンロッド以外のエルフ族からは人間以下の家畜のような扱いを受け、忌み嫌われていたと聞いている。
速人は何度か頭を振りながらポルカの話を聞き入っていた。
気がつくと、話し込んでいる速人たちを見ながら含み笑い漏らすナナフシの姿があることに気がつく。目の端に涙の跡があったことはこの際見なかったことにしようと速人は考えた。
「我が目を離している間にずいぶんと仲間を集めたようだが、所詮は雑魚は雑魚、大河の奥底に棲む鯰には及ばぬのだ‼」
右の拳を振り上げて、ナナフシは叫んだ。
その背後では緑麒麟が背中の甲殻に覆われた羽と薄く透明な翅を広げて速人たちを威嚇する。
「おい、速人。今さらのような気もするが、あのエイリークとダグが合体して二倍になったみたいな芸風のおっさんも大概だが後ろにいるデカイ甲冑みたいのは何だ。悪い予感しかしねえぞ」
セオドアは緑麒麟の方に向かって指をさす。
「自前の機神鎧って言ってたぜ?名前は緑麒麟だ」
そう言われてセオドアはもう一度、緑麒麟の姿を見る。
鎧姿の戦士は一見巨大な像のように見えるが、その実は生物の存在感を持っている。
そしてそれはトマソンの連れていた鋼鉄の使い魔とも違った気配を持っていた。
しかし、同時に少年時代に友人だったダグザの言葉が思い出される。
「機神鎧って、あの機神鎧かよ…。かなり昔の話になるが、帝国でも実用化されてないってダグが自慢気に語ってたような気がするぜ?」
「残念ながら、我が従僕”緑麒麟”はドワーフどもの作る複製品の機神鎧ではない。数千年もの間、月光を浴びた岩と霊山の麓にある神気を含んだ水から作り出された”稀星の神”が宿る真の機神鎧だ」
ナナフシは隣に立つ緑麒麟を撫でながら、得意気に語る。
偉そうに講釈を垂れてはいるが緑麒麟を作ったのはナナフシではない。
「いや。俺に言われても違いがわからねえんだけど…」
セオドアの後ろでナナフシの話を聞いていたトマソンが思わず声をあげる。
トマソンは昔、帝国の五太公と呼ばれる大貴族の一人に仕えていたが猪頭人族は機神鎧のような兵器に対して否定的だった為にほとんど接する機会は無かった。
しかし、トマソンの父は修行の時にふと機神鎧の由来について語ったことを思い出したのだ。
その話とはナインスリーブスのどこかにある霊峰の岩と精霊の住む湖の水を使って機神鎧が作られるというものだった。
しかし、トマソンの記憶が確かならば機神鎧の作り手たちはやはり遥か昔にこの世界を去ったという言い伝えだけが残されているはずだった。
「似たような話を私の親父から聞いたことがあるよ…。古の昔、ダナン皇帝が健在だった頃にハイエルフたちは火と大地の巨神ゴブニュから盗み出した秘技を用いてフォモール巨人族の肉体から機神鎧を作った話を。だが、ナナフシさんの話が本当ならば彼は世界樹から生まれた”世界樹の精霊”ということになるのではないか?」
”樹は、瞬く間に世界の全てを覆い尽くした。世界の恥を隠すように。結局、最後に残ったのは世界を守った者たちの意志を受け継ぐ者たちだけだった”
ゾクリ。
トマソンの話の中にあった”世界樹の精霊”という言葉を切った瞬間にナナフシは封印していた過去を垣間見る。
ナナフシたちは選ばれたのではない。
力が足りないがゆえに、真に残るべき者たちの代わりにこの地に残されたのだ。
そして、ナナフシは己らに託された使命を思い出す。
「…。どうやら長話がすぎてしまったようだな。そろそろ刻限だ、まとめて狩るか」
ナナフシは右手の内側に飛剣を出現させる。
飛剣はナナフシの掌の上で回転を続けていた。
速人とエリオットとセオドアはナナフシの様子が変わったことに気がつき、各々の武器を構える。
やや遅れてポルカが背中の大刀を抜いてトマソンの前に立った。
トマソンの後ろには雪近とディーとクリスとシスの姿がある。
トマソンはポルカの背後で杖を構えながらナナフシよりも緑麒麟の動静を気にしている。
文字通り殿を務めてくれいたのだ。
「エリオットさん、セオドアさん。言っておくがアイツはかなり強い。十分に距離を取りながら戦うようにしてくれ」
速人は黒いヌンチャクを振り回しながら右から左に持ち替える。
ナナフシが飛剣を投げようものならすぐに対応するつもりだった。
そして、飛剣は速人にとっての死角であるクリスとシスの頭上から刃を回転させながら飛んでくる。
あまりに突然の出来事である為にトマソンやポルカは駆けつけようとするが遅れしまう。
シスはクリスを屈ませ我が身を盾にして飛剣の的になろうとした。
「シッ‼」
エリオットの声が聞こえるよりも早くに彼の手から石飛礫が投げられた。
否、投擲する動作そのものが早過ぎてそう見えてしまったのだ。
次の瞬間エリオットの手を放れた飛礫は星のように流れ、シスとクリスの頭上にあった飛剣を塵一つ残さずに打ち砕いた。
(あれは…、妖精王の贈り物か。そういえばエイリークさんの親戚って言ってたっけな)
エリオットの技の冴えに速人は思わす息を飲む。
そして音もなくセオドアはエリオットの投げた飛礫が落ちている場所まで移動してこれを回収した。
「クリス、何をしている。さっさと行くぞ」
「う、うん…」
クリスはエリオットの姿を見守っていた。
二人の行動の意図を察したシスは軽く会釈をするとクリスを連れてトマソンとポルカのところまで移動する。
「俺たちのコンビもまだまだ行けそうだな。なあ、エリオ?」
セオドアはエリオットに向かって飛礫を投げる。
エリオットは右手で飛礫を掴むと、首の関節を回した。
「どうかな。最近は肩が重くて…」
エリオットとセオドアは同時に苦笑する。
速人は皆の無事な姿を見届けながら新しい飛剣を構えるナナフシに向かってヌンチャクを振り下ろした。