第八十五話 彼方から使者
いつもよりも少し話が長くなりすぎてしまいました。
次回は7月19日に投稿します!次回からはプロローグ以来、新しい機神鎧が登場してのバトルとなります! クソみたいな私のイラストもそのうち後悔するのでお待ちください!
速人はマルコの背中を撫でながら肉屋の店主キリーと女性店員のエマ(※おそらくキリーとエマは夫婦)の方を見る。エマは速人とトマソンたちの会話を聞いてる時にショックを受けて酷く落ち込んでいる様子だった。
キリーは打ちひしがれたエマの頭を愛おしむように撫でている。
(…これでこの二人が夫婦じゃ無かったらすごいセクハラだな)
やがて速人に見られていることに気がついたキリーが視線を合わせる。
速人は仕事を終わらせる為にこれからマルコを解体する話を切り出した。
念の為にトマソンたちの様子を見たが、今はマルコに手を噛まれたことでショックを受けているジョッシュを心配した祖父トマソンと姉クリスが近くに行っている。
彼らの問題に関しては、速人の出番などもう無いだろう。
「キリーさん。お店の中を借りたいんだけど、いいかな?」
速人は店の裏手の扉を指さす。
キリーは何も言わずに首を縦に振る。
そして裏口の扉を開いて中に入るよう促す。
速人はマルコの首輪についた綱を引いて、裏口から入って行った。
やがて速人たちが店内に入ってしまった後、それまで落ち込んでいた巨漢ポルカがのろのろとその後をついて行く。
ポルカの娘シスは止めたが、ポルカには何か思うところがあるらしく困った顔をしているシスに「悪い」と一言告げると店内に入ってしまったのだ。
「あの馬鹿親父。生きた動物を捌くところなんか見たこともないクセに」
シスはポニーテールを揺らしながら、少し怒ったような口調で独り言ちている。
雪近とディーは急に元気が無くなってしまったポルカの様子が気になっていたのでシスにその事を聞いてみることにした。
話は前後するが雪近はポルカが兄貴分として慕うオーク街で一番の人気レストラン「アフタヌーン」のオーナーを通じてポルカの家族と面識があった。
このオーナーという人物が実は雪近や速人と同じ世界から来た人間である。
ちなみに登場するのはもう少し先の話だ。
「シスお嬢さん。ポルカの旦那はさっきから調子悪そうですけど、大丈夫ですかね?」
シスは速人たちの後について行ったポルカの後ろ姿を見届けた後に雪近たちの方をふり返ってから答える。
シスは両親から雪近はドレスデ商会の若旦那の大事な客人と紹介されていたので敬意を払いながら接してきたつもりだが、雪近の物腰の低い態度に今一つ納得がいかなかった。
しかし、雪近の側からすれば普段のシスは今のように裾の長いコートにしたに革鎧といった衣装ではなく名家の令嬢に相応しいドレスを着ている姿の方が印象が強いので田舎の百姓とどっこいどっこいの生活をしていた雪近に卑屈な態度を取るなという方が無理な注文だったのだ。
「なに心配することはないだろう。何かあったらすぐに悲鳴をあげながら逃げてくるさ」
シスは大したことがあるわけではないと言ったが鼻息を荒くしながら腕を組んで店の入り口を見ている。 実際は穏やかならざる心境なのだろう。
身の危険を感じた雪近とディーも興味本位で肉を解体する場面を見るような胆力を持ち合わせていなかったのでシスの隣で速人とポルカの帰りを待つことにした。
そして、しばらくすると目を腫らしたポルカが返ってきたとかと思えばゲロを吐きながら大泣きするという最悪な場面に三人は立ち会うことになった。
尚、シスはポルカに自分で出した汚物の処理をさせた後にきつい説教をする(※その際には雪近とディーが手伝った)。
すっかり落ち込んでゲロ臭くなってしまったポルカは一定の距離を取りつつエリオットとセオドアとカッツに慰めの言葉をかけられていた。
エマはバケツに集めたポルカのゲロなどを店の生ゴミを処分する場所に持って行く。
シスは父が「この度はとんだ迷惑を…」とエマに対して何度も頭を下げていたが、エマは苦笑しながら受け流した。
こうして知らずのうちに男女のという生物の溝は深まっていくのである。
速人は店内に入るとマルコの背中を優しく撫でた。
マルコは警戒して後退りしたがすぐに落ち着きを取り戻す。
次いで速人は首や腰の筋をゆっくりと延ばすようにマッサージをしてマルコの警戒心そのもの解していく。
年齢のせいかマルコの瞳は半開きとなり、夢見心地になっていた。
速人は微笑みながらマルコの頭全体を包むようにタオルかける。
そしてマルコの頭がやや下に向いたところで、左右の手で頭部を抱え込むように押さえ込んだ後容赦なく頸椎を捻じ切る。
その際、マルコの身体からはゴキリともボキッとも音はしなかった。
半分寝ている状態に近いので痛みを感じる瞬間も無かっただろう。速
人はマルコの意識が戻る前に頭頂部に針を刺して脳の活動を停止させる。
近くで一部始終を見ていたキリーが驚いた様子で速人に話しかける。
「驚いたな。こんな方法があったなんて知らなかったよ。俺はてっきり魔術でも使うのかと思っていたよ」
しゃりしゃり…。
キリーの話を聞きながら速人はマルコの首のまわりの毛を剃っていた。
普通のやり方と同じでせっけんをつけてから店内に置いてあった厚い刃のついたカミソリで首の頸動脈が通っている部分を露出させている。
(このサイズの獣を解体するのは初めてだが、やり方自体は大型の魚とそれほど変わらない。血抜きをして、すじに切れ目を入れていくだけだ)
速人はマルコの身体を持ち上げて台の上に乗せると、備品の鉈を使って首に切れ目を向ける。
ふしゅう、と音を立てながら暗褐色の血が台の下にある桶に向かって流れ出す。
速人は穏やかな表情であの世に旅立つマルコの前途が安らかなものになることを祈りながら解体作業を続けた。
尚、血抜きをしているあたりでポルカは尻もちをついて店から脱出している。
ポルカにもその覚悟はあったのだが、やはり速人がマルコを助けてくれるのではないかと心のどこかで考えていたらしい。
その後、速人は様々な道具を使って肉と骨と皮を巧みに分けていく。
一時間も経過した頃には羊一頭分の大きな肉塊が宙づりになっていた。
速人は胴から掻き出した内臓をバケツに入れている。
マルコの内臓は傷んでこそいなかったが高齢の為に食べることは出来なくなってしまったいたのだ。
一方、キリーは頭骨や背骨や毛皮を集めている。
キリーはそれらを縄を使ってひとまとめにしながら残りものにの処遇について速人に意見を求める。
「なあ、速人君。この羊の骨や皮は俺が処分してもいいかい?」
速人は縄でひとくくりにされた残骸を指さしながら言った。
キリーは羊の頭骨の頭蓋が切られていることに注目している。
速人の手元には布で巻かれた楕円形の物体が置いてある。
キリーは頭から邪念を追い出し、すぐ何も考えないことにした。
「別にいいけど。でも骨で出汁を取るなら脂を落とした方がいいぜ。一回、茹でて脂を落としてから冷やして固めた後にナイフでそぎ落とすのがベターな選択だな」
速人は自信満々に答える。
キリーは引きつった笑顔で首を縦に振った。
速人は背脂系の出汁の話を、キリーは犠牲になった羊を弔ってやりたいという気持ちで話を進めていたのだ。
案外、互いの温度差を認識することが戦争の原因や平和への道筋のヒントが隠されているのかもしれない。
そして、今回はキリーが大人としての責務を果たすことになった。
「いや、そうじゃなくて。この羊、名前はマルコだったか。普段はやっていないんだが、こいつを家族の為に自分から犠牲になった生き物として弔ってやりたくてね。さっき少しだけトマソンさんとウチのカミさんと君が話しているところを見てしまってね。あの光景をどうしても忘れたくなくてこんな事を思いついてしまったんだが、どうかな?」
キリーは厚手の作業用ズボンの裾から見える左足についた傷を意識しながら速人に頭を下げた。
速人もあえて指摘するような真似はしなかったが、キリーの傷は刀傷の類であり自分でやったものであることには違いない。
速人はキリーの顔を見ながら、今朝市場に行った時にアルフォンスがしてくれた昔話を思い出す。
アルフォンスの弟ケニーが死んでしまったことを苦に思い、第十六都市を出て行ってしまったアルフォンスにとってはラッキー同様実の弟の存在がいたということを。
戦時中、義勇兵として参加していたその人物は訓練中に足に怪我を負い代わりにアルフォンスの弟ケニーが偵察隊に参加したらしい。
実はラッキーからも同じような話を聞いたことがある。
ラッキーやアルフォンスの話を総合するとケニーの死の原因は自分のせいであると思い込み自分で自分の足を傷つけてしまったラッキーとアルフォンス曰く「大馬鹿野郎」とはキリーのことだったのだ。
尚、その人物は自分で喉を突く前にアルフォンスらに取り押さえられたらしい。
「まあ、キリーさんがそうしたいなら俺は別に構わないさ。ところでここのストーブの近くにあるスペースを使ってもいいかな?」
速人は季節柄、今は使われていないストーブの近くにある広い空間を指でさした。
幸いにして暖炉も近くにあるので換気には申し分ない。
キリーは速人の意図することがわからぬまま頭を縦に振る。
速人はすぐに店内にあった薪を並べて焚き火の準備をした。
そこまでくるとキリーも速人のやろうとしていることを理解し、風の魔術を使って空気の流れを整える。 要するに換気が重要な作業だったのだ。
その後、速人とキリーは言葉を交わすことも無く作業に没頭した。
やがて出来上がった巨大な黒い肉塊を前に二人はニッコリと笑いながら、ハイタッチを決める。
「まさか半生の燻製とは恐れ入ったよ。これは店で燻製肉を作って売るってのもアリかな」
速人は布で出来上がった燻製肉をグルグル巻きにしていた。
肉そのものに汗をかかせたくはなかったので本来ならばある程度、温度が下がってから巻くつもりだったがそろそろ帰る準備をしなければエイリーク一家の夕飯の支度に間に合わなくなってしまう。
一応、遅れてしまった時にはレミーやアインに作り置きのシチューやサンドイッチの食べ方を教えているが浅ましい肉食獣夫婦が子供たちの言うことに従うとは思えない。
速人にはエイリーク一家が全滅する前に帰宅しなければならない使命があったのだ。
「その場合は燻製用のチップと香辛料の種類を増やしておいた方がいいかな。基本的には燻製肉は保存食だけど香りのレパートリーがあれば食べる時の楽しみも増えるから人気が出るよ」
「食べる時の楽しみねえ。羨ましいや。俺が若い時はそんな事を考えたことは無かったよ。干し肉を食べる時はこう何と言うかすっかり乾燥して固くなったヤツを火であぶって食べるんだけど、これがまた不味くてさ。シチューに入れても煮込んでも…、おいしくなかったな」
キリーはその時なぜか親友のケニーと一緒に仲間たちの食事を用意していた時のことを思い出していた。 毎日生き残ることだけで精一杯で、食事に楽しみを見出すことなど許されなかった時代だ。
平和になればこんな不味い干し肉ではなく、安くて美味いブロードウェイ商店の生肉をみんなに腹いっぱい食べさせてやるんだ。
そう夢を語った瞬間もあった。
不意にキリーは速人と目を合わせずに下を向きながらポツポツと自身の過去について語り始める。
「速人君はもう気がついていると思うけど、実は俺第十六都市に住んでいたんだ。戦争の時に友達が俺の身代わりみたいになって死なせてしまって、それからウィナーズゲートまで逃げてきた。俺のカミさんは良く出来た女で第十六都市を出るって言ったら何も言わずについて来てくれた。我ながらつくづく情けない男だと思うよ、俺は」
気がつくと速人はジト目でキリーの方を見ていた。
速人はハッキリと聞こえるようにため息をつく。
「…。マルコの一件が原因で踏ん切りがついたので、アルフォンスさんやラッキーさんに謝りに行く気になったとか?」
結局、速人に伏せておこうと思ったことも含めて先に全部言われてしまう。
キリーは恥ずかしさのあまり耳まで赤くなっていた。
速人は見た目からしてキリーの息子よりもずっと年下である。
もう年長者の面子もへったくれもない。
キリーは頭を下げたまま「その通りです」と短く答えた。
速人は何も言わずに調理台の上に置いてあった肉片を布に包み、外へ出てしまった。
店の中に取り残されてしまったキリーは自分の家であるにも関わらず急に心細くなり速人の後ろを追いかける。
キリーはその時、幼い頃ケニーと一緒にアルフォンスと彼の父親のことを競って追いかけていたことを思い出していた。
速人が再び、店の外に出ると地面に正座させられているポルカがシスに説教を受けている光景が目に入ってきた。
シスは目を尖らせて、腰に手を当てながら人差し指をポルカに突きつけている。
(ああ、なるほど。あんな感じで家では奥さんに怒られているのか)
それまで青い顔をしながら愛娘シスから説教を受けていたポルカだったが、店内から出て来た速人の姿を見つけるなり立ち膝の状態で速人の背後まで移動してくる。
結果としてシスの説教に速人まで巻き込まれることになった。
「速人、聞いてくれよ!シスのヤツがさ、俺っちは普段からだらしないって怒るんだよ。父ちゃんにそんなことを言ったらダメだって言ってやってくれ」
ポルカはシスに対する不満を速人にぶちまける。
今、天を衝くような巨漢が屈みながら速人の背後に隠れていた。
速人は他の面子の反応が気になって、周囲の様子を窺う。
全員、微妙な表情をしていた。
特にセオドアとエリオットなどは露骨に顔を背けている。
ポルカとのつき合いが長いだけ声をかけにくい状況なのだろう。
案外、シスと同じくらいの年齢の子供がいるから同情しているのかもしれない。
一方、シスは背中から湯気が立っているのではないかと思われるほど憤っていた。
「じゃ。そういうことで」と告げた後に速人はポルカの側を素早く離れてジョッシュのところに向かった。
ジョッシュがこの場に残っていたことは勿怪の幸いであり、返さなければならないものがあったからだ。 速人は背中越しに助けを請うポルカの悲鳴を危機ながら、着物の懐から大きな青い首輪を取り出した。
カラン、コロン。取り出した際に首輪についていた鈴の音が鳴る。
それはマルコの首にかけられていた彼の遺品であった。
ジョッシュは聞きなれた鈴の音を聞いた途端、速人の姿を見る。
同時に親友のマルコが既にこの世からいなくなってしまったことを理解した。
速人はジョッシュの前にまでやって来ると鈴のついた首輪を差し出す。
ジョッシュは何も言わずに青い首輪を受け取り、これはマルコのそものだと思って抱き締めた。
次に速人はトマソンに代金の入った袋を渡した。
トマソンは代金を受け取った後、両目を閉じて頭を下げる。
クリスは弟や祖父にどう声をかけたものか困惑している。
そして三人の中でます最初に口を開いたのは幼いジョッシュだった。
「速人お兄ちゃん。僕、決めたよ。僕は大人になったら立派な羊飼いになる。お父さんや叔父さんたちはご先祖様のような”せんとうきしこう”になれって言ってくれているけど、僕は羊飼いになってマルコの子供たちを立派な羊に育てる。今日みたいに他のみんなに内緒でこっそりと売りに来るんじゃなくて、これがうちの農場で育てた動物ですって胸を張れるようになってみせる。それが僕がマルコにしてやれることだと思ったから」
ジョッシュは涙を流しながらも懸命に意地を張って見せた。
速人は微笑みながら、ジョッシュの頭を優しく撫でてやった。
「ジョッシュ。お前は俺が思うよりもずっと強い心を持っているようだな。流石はトマソンさんの孫だ。俺も心から応援している。立派な羊飼いになれよ」
そう言って速人はジョッシュの茶色のおかっぱ頭を撫でる。
ジョッシュは嗚咽を漏らしながらも決して泣くまいと歯を食いしばる。
地面にいくつもの涙の跡を残しながら、ジョッシュは最後まで泣くことは無かった。
次に速人の近くまでやって来たトマソンは速人に向かって無言で右手を差し出す。
トマソンの大きな手は農民のそれとは違う幼い頃から武技の手ほどきを受けた歴戦の勇士であることを物語っている。
ジョッシュの話にあった通りにトマソンが過去に”戦闘騎士侯”という地位に就いていたという話も真実なのだろう。
そんな速人の熱い視線に気がついたトマソンは恥ずかしそうに笑ってしまう。
なぜならばトマソンの家が戦闘騎士侯の地位にあったのはもう何代も前の話だった。
「速人君。君のおかげで今日は色々なことを勉強したよ。いつまでも子供だと思っていたジョッシュやクリスも自分の考え方を持って成長している。私は自分の身に降りかかった不幸にばかり気を取られていて大切なものを見失ってしまっていたようだ。今日の出来事は、家に帰った時にでも息子夫婦と妻に相談するつもりだ」
トマソンは頭を下げながら己の身勝手な思い込みを反省していた。
今にして思えば成人して家庭を持ったはずの息子のことも一人の人間として信用していなかったのかもしれない。
同様に、妻もトマソンの判断に必ず従うと思い違いもしていたのだろう。
もしも今日、家を出る前に家族に相談していれば別の結果が待っていたかもしれない。
結局トマソンは妻を医者に診せる費用を稼ぐためにマルコを切り捨て、ジョッシュやクリスに嫌われることを恐れて一人でウィナーズゲートの町に来たのだ。
「そんなお礼なんて別にいいよ。俺は羊の肉が欲しかっただけだし。こうしてお金も払ったわけだからトマソンさんは胸を張って家に帰るべきさ」
速人はトマソンの右手を取った。
トマソンは優しそうな笑顔を浮かべながら、速人の手を握り返す。
クリスはそんな二人の姿を見ながら、祖父と速人の仲が良くなったことに嫉妬して背中を向けている。
ジョッシュは速人に両手を出して、今度は自分と握手をしようとせがんでくる。
速人は微笑ながらジョッシュの小さな手を握り、ジョッシュもまた握り返してきた。
「ところでジョッシュ。さっきマルコを捌いている時にお肉が余ったんだけど持っていくか?」
速人は布に包まった羊肉が入った籠をジョッシュに見せた。
ジョッシュは籠の中に入った白い布に包まった肉を見た後、それを受け取る。
「うん。持って行くよ。このお肉で僕、お母さんにシチューを作ってもらうんだ。僕のお母さん、お料理が上手だからきっとおいしいシチューが作ってもらうんだ。それでね、お祖母ちゃんにもシチューを食べてもらって早く元気になってもらうよ」
ジョッシュはニッコリと笑いながら両手で籠を持っている。
クリスとトマソンはわなわなと震えながら二人の話を聞いていた。
(マルコの肉を我々に食べろと!?)
(ウチのお母さん、はっきり言って料理下手だし!!…ていうか私も食べるの!?)
色々な意味でショックを受けているクリスとトマソンの姿を周囲の他の人間たちは気の毒そうに眺めている。
そんな中、キリーの妻であるエマがジョッシュの前に現れた。
「ジョッシュ君。お姉さん、あんまり頭が良くないから言いたいことが上手く伝わらないかもしれないけれどジョッシュ君とトマソンさんとクリスちゃんは何も悪いことをしてはいないよ。そのお金で病院に行くなり、お薬を買うなりしてお祖母ちゃんが元気になったらきっと羊ちゃんも喜ぶってもんさ。お姉さんのお友達みたいに死んじゃったらさ、本当に何もないからね。謝ることだって出来はしないのさ」
(お姉さんって誰だよ!?)
ギロリ!!
キリーは思わず口走りそうになったが、長年連れ添った妻が飢えた虎のような目つきをしていることに気がついて口を閉じてしまう。
キリーの背後から現れたセオドアとエリオットがエマに再会の挨拶をすることで惨劇を回避することができた。
ジョッシュは手を取って、祖母の無事を願ってくれるエマの心遣いに感謝した。
エマは少し照れた様子でジョッシュとセオドアとエリオットに笑いかける。少し離れた場所でキリーは若い男に囲まれていい気になっている妻の姿を面白くなそうな顔で見ていた。
「エマさん。キリーさん。セオドアさん。エリオットさん。シスさん。ポルカさん。マルコが作ってくれたお金はお祖母ちゃんと村の人の為に大事に使います。これからいっぱい大変なことがあると思うけど、その度に僕はマルコとみなさんの事を思い出して頑張ります。今日は本当にありがとうございました」
ジョッシュと一緒にクリスとトマソンが頭を下げる。
ジョッシュは大人たちに揉みくちゃにされながら激励の言葉をかけてもらっていた。
クリスはトマソンと一緒に荷車に戻り、後片付けを手伝っている。
今日出会った皆の別れの時が近づきつつあった。
そんな時、雪近とディーは速人と一緒に羊肉を運ぶための荷車を捜していた。
トマソンのように荷運び用の使い魔を持っているわけではないので三人で協力して引いて行く予定だったのだ。
速人は夕焼けに染まりつつある空の様子を仰ぎ見る。
何かしらの予感があったのだ。最
初、茜色に染まる空に小さな黒い”点”が生じている。
黒い点はやがてそれを中心に渦巻いて、大きな”穴”となった。
速人は雪近とディーを後ろに下がらさせて、それと向かい合う。
穴の中から現れたのは建物の屋根ほどの身長を持つ緑色の鎧を着た戦士と黄色いローブ姿の男だった。
男は戦士と共に空の上から速人たちに向かって声をかける。
「お前が”不破速人”か。我が名はナナフシ、お前に用があってここに来た」
ナナフシと名乗った男は腰に手を当て速人たちの姿を睥睨する。
「面白い。機神鎧か…」速人は凄絶な笑みを浮かべながらナナフシと戦士の姿を見つめていた。