プロローグ 11 水色のキツネと緑色のオレ。お稲荷さんと揚げ玉、両方入れてもうまいんじゃないかと思う。
21日くらいに投稿できるように前向きに努力します。
レミーたちと別れた後に速人がキャンプ地に辿り着くと入り口では両腕を組んだエイリークが待っていた。
「これは無視だな」と即座に判断した速人は桶と壺を地面に置くと「おはようございます」と軽く挨拶を済ませる。
しかし、エイリークはせっかくの美男台無しなどや顔でにやけたままだった。
レミーに何かを言われて説教でもするつもりなのか。
中身のない大人の説教など聞く必要はないな。速人は心の中で耳栓をする。
「おはよう、速人君。君はずいぶん力持ちのようだが、世の中は広い。上には上がいるってもんだ。俺が何を言いたいかもうわかるだろう?水を多少運んできたくらいで俺より力持ちなんじゃないか、という考えは捨てるべきだと思うんだがね。俺ならお前の百倍は水を持ってこられるよ。何ならここで勝負するかい?」
エイリークはこめかみに血管を浮かべながら薄ら笑いを浮かべていた。
別にレミーは関係なかった。
「ふうううう」
速人は盛大なため息を漏らした。
クズはどこまでもクズだな。
速人はとりあえず頭を下げると水が入った容器を持って調理場まで歩いて行った。
半ギレ状態になっていたエイリークは走って追いかけてきた。
「ヘイヘイヘイ!逃げるのかよ、臆病者?悔しくはないのかよ、腰抜け?アーユー、ケンタッキーフライドチキン?仕返しに、ここに一発入れてもいいんだぜ?」
レミーの怒りの原因はこのクズ親にあるのかもしれない。
桶から水を共用貯水槽に流し込みながら速人はそんなことを考えていた。
だが当のエイリークはいろいろなポーズを決めて挑発してくるが年下の悪ふざけだと思って無視することにした。
「朝から元気だな、エイリークさん。もっと別にすることがあるんじゃないか?」
速人はジト目でエイリークを睨んでいた。
レミーの不機嫌の原因は父親にあることを察していたのだ。
なぜ、無関係な俺が巻き込まれなければならんという気にもなるというものだ。
エイリークは逆立ちしながら「べろべろバー」のポーズを決めている。
「おっ、ようやくやる気になったか?いいぜ、坊や。この中で一番水汲みが美味いのが誰かを教えてやろうじゃないか!!??」 ← ややマジ気味
エイリークは人差し指を突きつけてきた。
「ところで水汲みに行く時にさっきレミーたちを会ったんだけど、何か言っていたか?」
エイリークは呆気に取られたような表情になった。
そして、朝の出来事を思い出そうとしている。同時に速人もまたレミーとアインに関する一連の出来事について考えていた。
二人が速人のことを良く思っていないということは昨日の時点で気がついていた。
速人としては険悪な仲にならないように注意してきたはずだった。
案の定二人は速人と水汲み場で接触するわけだが予想通りにトラブルが発生してしまった。
宿営地から水汲み場まではほぼ一直線である。内向的な性格のアインはともかく勘の良いレミーならば戻っていても良いはずだ。
否。ここで考え直す。先ほど速人と遭遇したのは偶然であって、レミーたちは最初から別の場所に行くつもりだったのか。もしもそうだとすればそれはかなり危険なことだ。
「うちのカミさんは起きてないし、レミーたちもテントで寝てるんじゃないか?」
エイリークは真剣な表情で思いつく限りのことを語った。
目の前の速人の様子もまた真剣なものになっていることに気がついている。エイリークよりも先に考えがまとまった速人が口を開いた。
「エイリークさん。出来ることならテントまで戻って確認してきてくれないか。実はさっき水汲み場に行く途中に気がついたことなんだが、この近くに水キツネの群れがいる可能性が高いんだ。子供たちだけでは危険だ」
水キツネという言葉を聞いた時にアイリークの表情が変わった。
「わかった」と短く告げると自分のテントに向かって走って行った。
水キツネとは川や湖の近くを住処とする魔物である。キツネという名前がついているが大型爬虫類の仲間であると以前に聞かされていた。
個体の戦闘力は高く、集団で行動することが多い為に熟練の戦士でも警戒が必要な相手だ。
背中には火に強い体毛を生やし、毛足は堅いウロコに覆われている。目があまりよくないという短所があるが、耳はかなりいい。
普通の大人でもかなり苦戦する魔物なのだから、子供たちだけでは抵抗する間もなく食い殺されてしまうだろう。
エイリークたちを待たずに探しに行くべきか、と速人が考えだ矢先に慌てた様子のエイリークが仲間を連れて戻って来た。
「おい!うちの子供だけじゃなくて、そのよその子もいなくなっていた!水キツネの話は本当なのか?俺らも何回かこの辺りに来たことはあるんだが見かけたことはないぞ」
「昨日、食事を用意している時に何匹か見かけたんだ。そいつらはぶっ殺したんだが、かっ捌いた感じではオスばっかだったからまだいると思う。オスを連れているメスはでかいし、大食いだからすぐにでも探しに行こうぜ」
速人自身、開拓村に住んでいた頃に水キツネと戦ったことは何度かあった。
肉は爬虫類独特の臭みが強く、肉質は固い。ステーキや煮物にしたが誰も喜んでくれなかったことを覚えている。
そしてエイリークたちは速人の言葉に戦慄を覚えていた。
要するに「水キツネ、食っていたのかよ!?」という話だ。
「よし。じゃあみんなで子供たちを探しに行こう」
「エイリークさん、待ってくれ。水キツネたちがここを襲いに来る可能性がある。捜索と防衛の二手に分けた方がいい」
エイリークは「みんなで行く」と言ったが足を痛めているダグザや気絶したままのディー、レミーたちに同行しなかった子供たちを連れて行くことは出来ない。他に何人かトラブルで不自由を強いられている者たちもいる。
もしも水キツネの群れが身動きの出来ない者たちばかりのキャンプ地を襲撃すれば多数の負傷者が出ることは間違いないだろう。
最悪、死人が出る可能性だってある。
「ソル。俺らはここに残るから、お前は何人かと速人を連れて子供らを探しに行ってくれないか?」
ソリトンはすぐに頭を縦に振る。そして、速人の方を見た。
醜い。口の裂けたモグラの怪物にしか見えない。
しかし、一刻一秒を争う事態だ。好き嫌いを言っている場合ではない。
ソリトンは再び、エイリークを見た。
「わかった。だが本当に速人を連れて行っても大丈夫か。はっきり言って全体的に醜悪だが子供には違いないぞ」
「俺も正直こいつの食料が人間じゃないとは言い切れないが、凶暴性と殺傷能力は認めたくは無いが認めざるを得ない。水キツネの話にしたって考え方も化け物同士共通するものがあるかもしれない。足を引っ張るような真似はしないだろう。なあ?」
次の瞬間、エイリークの視界を速人の脚の裏が覆い尽くしていた。それは見事な飛び足刀蹴りだった。
どすん、と鈍い音と共にエイリークの意識は闇の中に沈んで行った。
速人はさらに鳩尾に向かって膝を落とした。
「げうっ!?」エイリークは短い悲鳴を上げた後に口から泡を吹いていた。
”大丈夫、俺なら逃げ切れる!”
踵を返し、一刻も早く逃げようとするソリトンは足払いを食らって転倒した。
予想外の速度だった。
あんな短い脚でどうやって目にも止まらぬ速さで動いているんだ。
地面に転がったソリトンは魔獣の脚に注目する。
そうか。水切り石のように地面を蹴って走っているのか。
”道理で早いわけだ。”(←いい笑顔)
「ばっ!びっ!!ぶっっ!!!」
ソリトンは顔、胸、腹を順に踏んづけられながら己の敗北を理解する。
ソリトンには幼い頃から思ったままのことを口にしてしまう悪癖があった。何度かトラブルになったこともある。
しかし、まさかこのような形で手痛いしっぺ返しを受けることになるとは思ってもいなかった。
「時にご両人。俺への侮辱に対する数秒内に謝罪がない場合は、貴様らの金玉をクラッシュするつもりだがどうするかね?」
朦朧とする意識の中、エイリークは死神の姿を垣間見る。
救援に来るはずの仲間はソリトンと自分からかなり離れた位置をキープしている。
そして、死神の両手にはでかい石があった。
あれで俺の男性としてのシンボルを奪うつもりか、エイリークは覚悟を決めた。
「速人。俺が全方位、というか全面的に悪かったぜ。これからは気をつけるから石を落とさないでください」
ぺっ!!
速人はエイリークに向かって唾を吐いた。
今度はソリトンの方に向かってでっかい石を振り上げる。
無論、狙うは精巣の詰まっているソリトンの陰嚢だ。ここさえ潰しておけばソリトンの意志を受け継ぐ者は現れない。
「速人。知り合ったばかりの俺たちだが、今俺は何というかこう前世からの繋がりさえ感じている。もしもその大きな石を俺の股間に落としたら、俺の男としての人生は終焉を迎えて俺の小さな家庭はお母さんが二人いることになってしまうだろう。この先俺は道端の石ころになった気持ちで生きるので勘弁してください。ごめんなさい」
暴力に屈したのではない。より効率よく生きる方法を選んだのだ。
少しばかり誇らしい気持ちになりながらソリトンは命乞いをした。
ズダンッッ!!!
速人はソリトンの頭の近くを思い切り踏みつけて「今起こった奇跡に感謝しろ」と吐き捨てるように言った。