第七十八話 その名も 「新しい空」
次回は6月26日に「投」&「稿」するぜ。絶対読んでくれよな!!
巨漢ポルカは口元に手を当てながら、商売敵だったデボラ商会のデレクの姿を見下ろす。
デレクとポルカの間には特に親しいつき合いは無かったが、デレクが続いて身内を失ったともなればポルカとて多少の同情はしようというものである。
ポルカは何気なしに速人の姿に視線を移す。
見た目はどうということのないイノシシの子供だった。
「じゃあアレか、テオの兄弟。俺っちの部下がさっき片付けた死体はコイツがやっちまったってワケか」
ポルカは人差し指で速人の頭を突いた。セオドアはすぐにポルカを速人から引き離し、耳元で囁く。
「ポルカの旦那。悪いことは言わないからあまりコイツに関わらないでくれよ。理由はよくわからないが今は機嫌が悪いみたいなんだ」
心臓を射抜くが如き視線を受け、セオドアはポルカの側から離れる。
速人は間を空けず、デレクとの戦いの後に回収した細身の長剣とナックルガード付きの短刀をデレクの目の前に出した。
二つの武器はデボラ商会が他国の武器を勝手に使用していた貴重な証拠品である。
エリオットとセオドアは遠巻きに二人の様子を見ている。
その一方で事態をまだよく飲み込めていないポルカは物珍しそうに見物していた。
「おい、デレク・デボラ。これはお前がさっき使っていた武器だが、ノクターン公国軍で支給されている”氷の細剣”と”風の短刀”だよな。お前みたいなチンピラ風情が何でこんな厄介な武器を持っているんだ。さっさと説明しろ」
魔術杖と武器の特長を兼備した魔法武器は、この時代のナインスリーブスでは主に国家直属の軍組織が管理していた。
エイリークが使っている魔術が付与された片刃の長刀も戦時中に防衛軍から与えられたものである(※但しエイリークが自分用にカスタマイズしたもので原形は留めていない)。
ゆえに間違ってもこの二つの武器は民間の運送業から派生して誕生した経歴を持つデボラ商会が扱えるような代物ではない。
デレクは息を飲み、ポルカは目を丸くして速人の話を聞いていた。
その一方でセオドアは速人の了承を得てから”氷の細剣”を受け取り、刀身を鞘から半分だけ引き抜いて紋章を確認しいた。
(刃には水鳥、鞘には空飛ぶ魚…。あまり考えたくは無いがノクターン製の武器と考えて間違いないだろうな。だが解せねえ。こいつら何でこんな危ない橋を渡ってまで金を稼がなければならなかったんだ?)
セオドアに限らず、従軍経験があるものならば武器の密輸に関わればどれほどの重い罪に問われるかは知っている。
最悪、処刑は免れない。
だがデボラ商会は悪い評判を聞くことはあっても経営が悪化しているという話は聞いたことが無い。
(デボラ商会の連中がここまで焦って商売をする必要があるのか?)
セオドアとエリオットは緊張しながら速人の詰問を見守った。
「確かに俺と幹部たちが所持していたのは本物だが、市場に流しているのは不出来な贋物だ…」
デレクはかなり疲れた様子で、今はエリオットとセオドアの手にある武器を見る。
あれらの品々は武器として使用することよりも何かの不手際で捕まった時に仲間と部外者を見分ける為に用意されたものだった。
少なくともデレクたちにノクターン公国の武器を持ってきた連絡員の男はそう言っていた。
汚れた灰色の頭巾を被っていたので正体は知れぬままである。
男はやたらと低い物腰で話かけてくる相手だったので警戒してはいなかったが、今よくよく考えるとそこが曲者たる由縁だったのかもしれない。
また男はいつかの酒の席での中でデレクと同郷の七枝王国出身であることを匂わせていたのでついうっかりと気を許してしまったのだ。
そうでなければあのようなデレクらにとって都合の良すぎる取引に応じるわけがない。デレクは奥歯を力強く噛んだ。
「そうか。じゃあここ最近、第十六都市に入って来る荷馬車を襲っていたのはお前らなんだな?」
速人はわざと縄から手を放した。
デレクはその事に気がつきながらも表には出さない。
憔悴しきったフリをしながら、頭を縦に振った。
そして、突然速人の方に向かって体当たりを食らわせようとする。
先ほどの速人との戦いでは相手に奇襲を許してしまったが故に負けてしまったが、正味力くらべともなれば負ける道理は無い。
これがデレク・デボラさんの本日二回目の死亡フラグとなった。
がんっ!!
鈍い音と共にデレクの意識がブラックアウトする。
このまま気を失ってしまえば幾何か楽だったのだろうが、耳を掴まれた後に頭突きを食らったのでデレクの気絶はおあずけとなってしまった。
「このド腐れ外道が…。コイツだけは八つ裂きにしてもまだ足り無えな。つうか俺っちもいるの忘れてねえか、ええッ!!??」
そうデレクの前には天を衝くような巨漢ポルカが立っていたのである。
ポルカ自身は例の強盗の話を聞いてから顔を真っ赤にして怒っていたのだ。
顔を怒り一色に染め上げ、肩を震わせるポルカを前にデレクは戦慄する。
ずんっ!!
デレクがいつもの調子で何かを言い返そうとした瞬間、ポルカの前蹴りがアゴに入った。
少し前に速人に暴行を受けている場所なので余計に出血する。
デレクは血まみれになりながら砕かれたアゴに押さえながら嗚咽を漏らしていた。
しかし、それでもポルカの怒りは収まらずさらにもう一度拳骨を振り下ろそうとしたところで速人の静止が入る。
情が移ったからではない。
ポルカがこの場でデレクを撲殺しても良かったのだが、肝心の情報を吐かせていないからである。
「ポルカさん。少し待ってくれよな。まだコイツに聞きたいことがあるからさ。おい、デレク・デボラ。これが俺からの最後の質問だから答えろ。お前らに命令したのはだこの誰だ?」
依頼人の正体を明かすように言われたデレクは咄嗟に速人から目を逸らした。
あらかじめ予想された反応である。
速人はデレクの前髪を掴んで額の皮を剥がしかねない勢いで後ろに引っ張った。
デレクの前髪の生え際あたりから時間が経過するにつれてぶちぶちと不吉な男が聞こえてくる。
しかし、速人の剛力はそこに止まらず確実にデレクの顔の皮を剥がしにかかっていた。
「あああ…ッッ!!後生だッ!!堪忍してくれ。アイツらのことは俺も良く知らないんだ…。俺がレッド同盟で傭兵をやっていた頃の知り合いのまた知り合いみたいな連中で…、最初のうちは帝国と同盟の関係にヒビを入れれば金儲けになるって言うから。ぎゃああああああああッッ!!」
速人はデレクの額の前髪をねじ切った。
そして汚物とばかりに血に濡れた前髪の残骸を地面に投げ捨てる。荒事に慣れているはずのポルカも思わず目をそらしてしまうような光景だった。
今度は頭頂部の髪を束にしてしっかりと掴む。
「お前の大活躍のおかげでこうして俺はここまでピクニックに来ることになったんだが、まあそれはいい。お前らに命令した連中の名前をさっさと吐いちまえ。友情や連帯意識の美徳は認めてもいいが、お前の頭が寂しくなるのは自業自得というものだぞ。それでどうしても名前を秘密にしておきたいお仲間というのはウィッグを専門に作っている業者か何かか?ああん!?」
そう言いながら速人はデレクの髪をさらに捻じる。
バチバチバチッ。
速人は前回以上に強い力を込めてデレクの髪の毛を引っ張り続けた。
ついに頭皮の方から悲鳴が聞こえてきた瞬間にデレクは敗北を悟り、依頼人のより正確には集団の名前を告げる。
「俺たちに依頼してきたのは”新しい空”という団体だ。…傭兵業の互助組織だと聞いている。そして、直接連絡を取ってきたのはオーサーという名前の男だ。本人は同盟のどこかの警備隊にいると言っていたが本当かどうかはわからない…」
速人はもう一度最後にデレクの目を見る。
人を見ているのではない。
それは人間が本当に苦しんでいるのかを確かめている、この世ならざる場所からやってきた何か別の生き物の眼だった。
その瞬間、デレクは速人の瞳の奥に潜む氷よりも冷たい何かに気がつき失禁してしまった。
それきりデレクは何も言わなくなってしまった。
「セオドアさん、エリオットさん。”新しい空”という名前に心当たりはあるか?」
速人はデレクの身体をさらにもう一度、縄で縛る。
前回のは身体拘束の為であり、今回は自害することを防ぐ為にだった。
(こいつ一体、何本のロープを持ち歩いているんだよ)という突っ込みを我慢しながらセオドアは例の組織の名前について考えていた。
大戦後に同盟、自治都市、帝国の不満分子が反抗勢力を立ち上げたという話は噂としてセオドアの耳にも入ってくる。
しかし、いずれの組織も頭でっかち尻つぼみというか組織自体が脆弱な為に大きな事件を起こす前に取り潰されて終わりになることが多い。
セオドアとしても帝国軍にはドルマ、自治都市にはレナードという優秀な軍人がいる為だと考えている。
さらにドルマの持ち込んだ情報も加えれば自治都市、帝国、同盟の管理する公道に出没する盗賊たちを影から操るような組織が存在するともなれば背景には国家レベルの陰謀が動いている可能性もある。
「いや、心当りはねえわ。ていうかな、関わり合いたくねえよ。そういうのはもうこりごりだ」
セオドアは自身の過去を思い出しながら、後半投げやりに言う。
セオドアの父も、エリオットの父も国家間の陰謀に巻き込まれて結果として故郷を裏切り命を落としたのだ。
速人はセオドアの顔色から大体の事情を察して、それ以上は問い詰めるようなことはしなかった。
エリオットはセオドアと同じく過去にあった出来事を思い出し、すっかり黙り込んでしまった。
一応、速人は組織の名前について聞いてみたが首を横に振って「力にならなくてすまない」と言った後に再び黙り込んでしまう。
おそらくは二人は次の戦乱の影のようなものを感じて落胆してしまったのだろう。
(おっさんって超めんどくせえ…)
速人は大きなため息をついた。
「ポルカさん。デレクの身柄をアンタに任せてもいいのかな?」
速人は縄で縛られて蓑虫のような姿になってしまったデレクを、ポルカの前に突き出した。
当のデレクは陸に上がった魚のような精気に欠けた目をしている。
ポルカは剃り残しの多い顎を撫でながら苦笑する。
「まあ、俺っちのところで軍に突き出すつもりだったから問題は無えが…。賞金はウチが多めにもらっちまうぜ?」
「賞金は要らないよ。もし俺に取り分があるなら、ウィナーズゲートの町に住んでいる人にあげてくれ。これじゃあ明日から仕事をするのも難儀だろうから」
速人は周囲の街並みを見ながら、ウィナーズゲートの住人たちを憐れむように言った。
それを聞いたポルカは「そいつに違いねえ」と大笑いしながら速人の賛成する。
ポルカは通りの向こうに待たせてある自分の部下たちを呼びつけ、防衛軍の天幕までデレクと生き残ったデレクの部下たちを連行するように指示する。
やがてポルカと入れ替わるようにして神妙な顔をした雪近と相変わらすどこかネジが一本抜けたような顔をしたディーが現れた。
その近くには大きな野牛の姿をした使い魔を荷車を連れたトマソンとその家族と思わる子供が二人、そしてサンライズヒルから大きな荷物を担いできたカッツの姿があった。
トマソンの連れている少女はなぜか速人を睨んでいるような気がしたが、それは新たな恋の始まりであることを察した速人は恋愛フラグの管理の為に一方的に無視をすることにした。
ちなみに後で速人はこの事が原因で殴られる。
「速人君、どうやらまた君に助けられてしまったようだな。改めて礼を言わせてもらうよ」
トマソンは深々と頭を下げた。隣にいたトマソンの孫か玄孫と思われる少年が「ありがとう!ブウブウさん!」と行ってから勢い良く頭を下げる。
少女の方は怒っていますと言わんばかりに腰に手を当てながら背中を向けてしまった。
トマソンは少女にも何か礼を言うように注意するが、少女はさっさと荷車の中に戻ってしまう。
トマソンは苦笑しながら別れを告げる為に速人のところまで戻ってきた。
「速人君。二度も助けてもらって、本当に感謝の言葉も無いよ。もしも私のせいで孫たちの命まで失われることになったらきっと私は今生きていなかっただろう。まだ死ぬわけには行かないというのに…」
トマソンの目元から涙がこぼれ落ちる。
うっかりと流してしまった涙を拭いながら頭を何度も下げながら、使い魔に荷車を引かせて通りの向こうに行ってしまった。
(おそらくは何か後ろめたい事情があってここに来たんだろうな…)
速人は両腕を組んでトマソンの後ろ姿を見守る。
デボラ商会と鋼の猟犬の武力衝突はデレクが拘束されたことにより決着がついたので、町は落ち着きを取り戻しつつあった。
それまで引っ込められていた店の商品も徐々に棚に戻されている。ウィナーズゲートの町のそれは”闇市”というだけあって案外この手の争いごとには慣れているのかもしれない。
速人は地面に落ちているリンゴを果物屋に戻しながら、名刺代わりに定価で汚れたリンゴを三つ買っていた。
果物屋の店主は速人の心配りに気を良くして、リンゴを一つおまけしてくれた。
やがて果物屋の手伝いを終えた速人はリンゴを持ってセオドアたちのところに戻る。
速人は戻って来るなり、リンゴをセオドアに手渡した。
セオドアはやや驚いた様子で、「これをどうしろと?」と速人を見ている。
「ジャムにするなり、焼きりんごにするなりして食えって意味だよ。言っとくがセオドアさんの子供たち用って意味だからな」
速人はやや皮肉が入った言い方をした。
このまま何も言わずに渡せば、食べてしまう可能性が十分にあるからだ。
セオドアも所詮は大人の皮をかぶった子供の身内の一人にすぎない。
セオドアは速人の口調から大体の事情を察して、苦笑しながらリンゴを受け取った。