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第七十六話 町内攻防戦

次回は6月20日に投稿する予定です。


 速人たちは本来の目的を果たす為にウィナーズゲートの町の大通りを歩いている。

 防衛軍のテント近くを歩いた時などは兵士に町に入る理由を聞かれたが集落から買い物に来たと伝えるとすぐに通行を許可された。

 兵士たちからすれば、小間使いが主人の命令を受けて買い物にやって来た程度と考えていたのだろう。

 その際に一番厄介だったのはエリオットとセオドアの正体をどうやって隠すかということだった。


 速人はすぐ後ろをついてくる二人組の姿を見る。

 頭巾で毛髪や頭を隠し、口元はマフラーを巻くことで正体を隠している不審者が二人いた。セオドアとエリオットだった。


 「誰と誰とは言わないが、正直に言うとそろそろ足を引っ張るのは止めて欲しいなあ。はあ…」


 速人は二人にもしっかりと聞こえるように嫌味を言った。

 嫌味を言われた当人たちはぎこちない笑顔を浮かべているが一向に離れて行く気配は無かった。

 速人が闇市に向かうと言い出すと、自分たちも用事があるから同行すると言い出したのだ。


 (個人的には全力で置いて行きたいが、雪近とディーに引き止められる形で結局ついてくることになったんだよな)


 速人は隣でカッツと話し込んでいる雪近とディーの様子を見守っていた。

 どうやら速人が目を離しているうちにすっかり仲良くなっていたらしい。


 「ところで速人。さっきの防衛軍がここまで出張って来た理由なんだが、もう一つ理由があるみたいなことを言ってなかったか?」


 セオドアは距離を離されたので、小走りでついて来ていた。

 エリオットも走りながら親友たち(※エリオットの中では速人は既に親友として登録されている)を追いかけてくる。


 速人は眉間にしわを寄せながら答えてやることにした。


 「そっちの話ね。防衛軍が町の入り口で足止めを食らっている理由ってのがデボラ商会と隊商キャラバンの抗争がいきなり始まってデボラ商会が壊滅したって話だよ」


 セオドアは喉の奥にゴクリと唾を飲み込んだ。

 デボラ商会も一応隊商キャラバンという体裁を保っているが組織自体の戦闘力に関しては並以下である。

 事実セオドアの目から見ても先の戦いで、速人によって一方的に虐殺された男たちも正規の戦闘訓練を受けた人間には見えなかった。

 速人の規格外の凶暴さはこの際無視をするとしても、下手をすれば一国の一軍に匹敵する戦闘能力を持つ隊商キャラバンに正面からケンカをふっかけるなど正気の沙汰ではない。


 「なるほど。そいつはひでえ話だな。コルキスのおっさんがわざわざ下まで降りて来るわけだ」


 セオドアは大通りのさらに向こう側にある宿場や食堂が並んでいる中通りを見ていた。

 デボラ商会の息がかかった店の入り口には商品や棚などの残骸が見るも無残に転がっている。

 建物が放火され、煙が上がっている場所も何軒かあった。。


 「しかし、そうなると妙だな。速人、さっきの人たちにデボラ商会が無くなったことを教えてあげた方が良かったんじゃないか?」


 一方、エリオットはセオドアとは逆に抗争の跡を見ないようにしている。

 エリオット自身は高い戦闘能力を持っているが荒事は苦手な性格らしい。

 

 速人は脅し半分でぶっきらぼうに答えてやった。


 「エリオットさん。その逆だよ、逆。もしもデボラ商会に与した人間が町の近くを歩いていたら隊商キャラバンの連中に攫われちまうって。ところでそいつら”鋼の猟犬スティールハウンド”っていう隊商キャラバンなんだけど知ってる?」


 エリオットとセオドアは”鋼の猟犬スティールハウンド”という名前に心当たりがあったらしく少し考えた後に自分たちが知る範疇で”鋼の猟犬スティールハウンド”について教えてくれた。


 「ああ、知ってるぜ。去年の秋にエリオと俺で仕事を手伝ったことがある連中だ。だが解せねえな。あそこの頭目のポルカは話のわかるヤツでこんな無茶をするような人間じゃないはずだ」


 「ああ。僕もそう思うよ。ポルカは近くの町からお医者様を呼んで、町の人たちを無料で診断してもらっているくらいだからね。見た目はかなり怖いけど」


 二人は全く心当たりがないといった様子で互いの顔を見合わせる。


 (ギャングみたいな連中が慈善事業ね。まあナインスリーブス(ここ)では珍しい事なんだろうな)


 同時に速人は喧騒の中に怒号や悲鳴が混じっていることに気がついていた。

 ”鋼の猟犬スティールハウンド”という隊商キャラバンの実力のほどは知らないがレッド同盟に所属する軍事国家ノクターン公国から武器を持ち出してくる手腕からしてタダでやられてやるような連中とも思えない。

 おそらくは速人たちがこうして暢気に町の中を歩いている間にも最後の抵抗をしているのだろう。


 速人はエリオットとセオドアに気を引き締めるように忠告することにした。


 「じゃあ、そいつを怒らせるようなことをやったんだろうな。デボラ商会ってのが。巻き込まれるのは嫌だからさっさと買い物の方を済ませちまおうぜ?」


 速人は二人のおっさんとなるべく目を合わせないようにしながらすかすかと大通りと中通りの交叉する場所を目指して歩いて行った。

 ウィナーズゲートの町は出入り口を結ぶ大通りと両替商たちが出入りする交易所、”外”では数少ない診療所が並んでいる中通りによって十字に区画分けされていた。

 大通りの出入り口には防衛軍が稀に天幕テントを建てて派出所を構える場合がある。

 

 速人が当初の目的地として目指す場所”闇市”は交易所の付近に存在する空き地に作られた難民たちの為の市場である。

 闇市で扱われる品物の質は第十六都市の大市場ん比べて粗悪なものばかりだが、オモテでは滅多に流通していない品物が取引されることもある。

 先日、ドレスデ商会の豚姉妹によって大市場の牛一頭を買い占められた速人は藁にもすがる思いでここまでやってきたのだ。


 (今さらチンピラ同士の抗争なんぞに構っていられるか。俺は肉が手に入れば後はどうだっていい…)


 速人は後ろで何か言っている糞虫エリオットたちどもの声になど耳を傾けず、さらに前に進む。

 

 そして、次の瞬間に通りの向こうから現れた人影と衝突した。

 

 速人の目の前には同世代の子供を脇に抱えた男たちが立っていた。

 ぶつかってきた男はもう片方の手に持っていた小剣で斬りかかる。

 速人は腰にさしていたヌンチャクに手をかけ一文字に振り抜いた。

 毎日フライパンを振ることで鍛えられた速人の本気の一撃は小剣の刃が届くよりも先に男の小指ごと吹き飛ばし、悲鳴が上がった直後に男の身体を駆け上がり延髄に肘を落とした。


 ビキッ。


 男の首のつけ根から枯れた小枝を踏んだような音が漏れる。

 速人は崩れ落ちる男の頭を踏み台にしてもう一人の男に飛び掛かった。

 かくして毎日自堕落の化身のようなエイリークに代わって水汲みをしている速人が本気で飛び足刀蹴りを放てば人間の顔面を破裂させることなど容易な作業であることが実証された。

 横面と頬の肉を削られた男が仰け反りながら地面に倒れる。

 

 速人はヌンチャクを使って木琴を叩く要領で男たちの頭部を潰した。


 「なあ、エリオ。結局俺たちはどっちを止めれば良かったんだろうな…」


 遅れてかけつけたセオドアは親友の顔を見る。

 エリオットは道の真ん中で倒れている死体を見ないようにしながら答えた。


 「そうだな。今回の失敗を、次回に生かせばいいってことにしよう…」


 速人は死体の上着の裾で血の汚れを落とした後、何事も無かったように歩き出した。


 一方、速人によって救われた姉弟らしき少女は少年を死体のある場所から遠ざけている。


 セオドアとエリオットは壁役となって幼い姉弟の側から死体が見えないように立っていた。

 少女の方は大人たちの心遣いに感謝してすぐに頭を下げる。

 やがてかなり引き離された場所にいたディーと雪近とカッツたちが合流することになった。


 「災難だったな、お嬢さん。今日一日は、この辺りは物騒だから早く家に帰った方がいい」


 セオドアに肘で突かれてエリオットが少女に家に帰るように勧める。

 切りそろえた金色の前髪が風と共に流れ、金色のまつ毛に覆われた灰がかったアイスブルーの瞳がキラリと輝く。

 さながら物語に登場する白馬の王子のような容姿をしたエリオットの姿に少女は頬を赤らめる。

 少年もまた「お兄ちゃん。オベイロン様みたい」と称賛の声を贈る。


 (俺たちには無理な芸当だな…)とカッツとセオドアは何度も頷いていた。


 「すいません。帰りたいのは山々なんですけど、まだおじいちゃんが向こうに…」


 少女は大通りと中通りの交叉路に向かって指をさす。

 察するにデボラ商会の残党と”鋼の猟犬スティールハウンド)”の抗争が起こった場所なのだろう。

 セオドアはさてどうしたものかと頭を悩ませる。

 その時、ディーが少年と少女に向かって指を刺して驚きの声を上げた。


 「ああっ!君ってもしかしてトマソンさんの荷車に乗っていた女の子?どうしてここにいるのさ!?」


 少女はディーに向かって冷めた視線を向ける。

 ディーの顔立ちも悪くはないのだが締まりというか精悍さに欠けるところがある。

 ”ゆるふわ”と言えば聞こえが良いのかもしれないが普段は気の抜けた間抜け面をしていることが多いのだ。


 「貴方はあの時の覗き魔…」


 少女は荷車の中身を見られたことを思い出してさらに不快そうな顔をしていた。


 ディーを威嚇するように睨んだ後、すぐに弟の方を見る。


 「お姉ちゃん!恐かったよ!」


 弟の方は誘拐されかけた時の恐怖が残っている為に姉に抱きついたまま離れなかった。

 姉の方も弟の恐怖心を少しでも和らげようと小さな頭や背中を撫でている。

 やがて泣きじゃくる少年の様子が少し落ち着いたところでエリオットがどういう経緯で事件に巻き込まれたかを聞く為に声をかけた。


 「ところで君たちはトマソンさんの家族ということでいいのかな」


 少年は涙を拭いながらエリオットの方を見た。

 どうやら二人は荷車の中で待機していた為にエリオットたちと共にウィナーズゲートの町に来たことを知らないらしい。


 「お兄さん、おじいちゃんのお友達なの?」


 「いや。先ほど知り合って親しくさせてはもらったが、友人というほどではない。ああ、それと自己紹介が遅れたな。私はエリオットだ。よろしく」


 エリオットは親しみを込めて微笑ながら、少年に手を出す。

 なぜかこの時、エリオットは少年の姿に過去の自分の姿を見出していた。


 「僕はゴドフリート・ミル…」と言いかけたところで姉の方が口を押えながら弟を連れ戻した。


 セオドアはこの時、少年のゴドフリートという名前から彼らが大陸東部から流れて来た人間であることを察していた。

 少女は少年の口を塞ぎながら大慌てで二人分の事項紹介をする。


 「わっ!私はクリスでこの子はジョッシュです!おじいちゃんが急に荷車を引いてどこかに行こうとしているのでついて来てしまいましたっ!」


 クリスという少女がエリオットたちを相手に自己紹介をしている間にジョッシュ(仮)は姉のもとから逃げ出した。


 「おじさん!お祖父ちゃんとマルコが大変なんだ!助けてよ!」


 ジョッシュはセオドアの手を引っ張って中通りに向かって連れ出そうとする。

 当のセオドアはエリオットの呼称が”お兄さん”であり自分が”おじさん”と呼ばれたことに対してひどくショックを受けていた。

 カッツは心の底からセオドアに同情していた。


 「あははっ!大丈夫さ、ジョッシュ君。お兄さんたちはとっても強いんだ。すぐにでもトマソンさんのところに助けに行ってあげるよ!」


 セオドアは顔を引きつらせながら笑っている。

 彼の年齢は33歳だったが、まだ”おじさん”とは呼ばれたくない年頃だった。

 エリオットはセオドアに向かって無言で頭を縦に振り、事件が起こっているであろう中通りに向かって走り出した。


 「カッツ。すまないがクリスとジョッシュの様子を見ていてくれ。私はテオと速人と一緒にトマソンさんのところに行ってくる!」


 エリオットとほぼ同時にセオドアも中通りに向かって走り出した。

 カッツとディーと雪近は二人の背を見送りながら手を振っている。

 クリスはジョッシュを引き寄せた後にカッツたちに向かって頭を下げていた。

 カッツは年長者らしく落ち着いた様子で人通りの多い場所にクリスたちを誘導する。

 雪近とディーは不器用なりに姉弟に世間話をしながら交易所までの道のりを案内していた。


 一方、速人は…。


 「今日の俺は機嫌が悪い」


 ぶんっ!


 速人はヌンチャクを取り出した瞬間に、やたらやたらと派手な上着を着た男の武器を叩き落とした。

 交叉路まであと少しという場所で横の通りから現れ、斬りかかってきた謎の暴漢である。

 容赦する必要は無い。

 硬質な音を立てながら男の手から細身の長剣が転がり落ちた。


 (あれは水鳥の意匠。なるほど、そういうことか)


 速人はヌンチャクを振り回し、自分の肩に引っ掛ける。

 剣の持ち主である男は殺意と憎悪に満ちた視線を速人に向けた。

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