第七十五話 アキューズド!!ズズンッ!!(わかる人にしかわからないネタ)
次回は6月17日に、裁くのは俺のスタンドだ!!だぜ!!
さてナインスリーブスの住人と我々が現実世界と読んでいる場所の住人とでは一体、どのような相違点があるのか。まずそれについて説明しなければならないだろう。
仮に現実世界の人間は独立した個別の生命体であると定義するならば、ナインスリーブスで生まれた人間は存在の根源を世界樹としている存在である。
要するに世界樹の根っこの根っこの一つになった果実が人間という姿形となっているのだ。
しかし、全てが一本の世界樹から派生したわけではなく九柱(※ナインスリーブスでは世界樹を数える時に柱と表記する場合もある)のうち七柱のいずれかを親または祖先に持つ。
独立した生命と系統樹から分かたれた生命のどちらかが優れているか、という問題は一先ず放っておいて世界樹を起源とする人間は血縁の関係の有無に関係無く何らかの繋がりがあるという話だ。
それを逆手にとった魔術こそが「血(判状)の儀式」なのだ。
速人は獣皮紙をエリオットに手渡した。
エリオットは突き返そうとしたが、速人は指と手首を強く握ってそれを許さない。
速人の使う体術の本質は効率よく相手の行動を抑制することにある。
普段のエリオットならばともかく今の自分の行動に後ろめたさを感じている状況ならば容易に押さえ込むこよが出来たのだ。
「まあ聞けよ、お兄さん。この世界に来て日が浅い俺(※2年くらい)だが、”血判状の儀式”をして”血の盟約”を結ばされた側と術を使役した者がどういう目で見られるかぐらいはわかってんだ。だけど、これってtチャンスじゃねえか?軍の人間だって奴隷以下の価値しか持たない連中をしょっ引こうなんて思いやしないぜ?くくっ」
エリオットは反論しようとしたが、速人の言葉の意味を察して言葉を喉奥に飲み込んでしまった。
儀式を受けた者は新しく世界樹の系統樹に取り込まれ、あらゆる決定権を”盟主”に奪われてしまうのだ。 しかも術者と下手に引き離せば術を受けた者は死んでしまうこともある。
法の裁きにかけようのない存在に成り下がればあえて捕らえられないという理屈が成り立つ。
しかし、術を使役した者もまた同様でギリギリの合法なので逮捕されることはなくとも今後異端者として見られるのは間違いないだろう。
(今の僕が何を恐れるというんだ。親友を裏切り、実の父親を殺した上に幼い頃から僕の友人でいてくれたテオまで巻き込んで…)
己に誇るべき物など何一つない、そう悟った時にエリオットの覚悟は決まった。
「つまり彼らを助けたいなら最後まで面倒を見ろ、というわけか」
冷静さを取り戻したエリオットは速人の拘束を難無く外した。
その横顔には微塵の後ろめたさも感じられない。
速人はエリオットの本性に触れたような気がしてニヤリと笑う。
一方セオドアは相変わらず危なっかしい親友の姿を心配そうに見つめていた。
「その通り。例えこいつらが捕まるような事になったとしても血の儀式を解除できるような魔術師が軍の関係者にいるとは思えない。適当に話を聞いて解放するぐらいのことしかできない。何せ血判状の儀式を受けた者は禁忌を侵すと即死ってこともあるからな」
速人は性格の悪そうな笑顔を向ける。
エリオットはそこで少し考え込んでしまったが代わりにセオドアが返答する。
「名案かもしれないが連中をどこに匿うつもりだ。言っておくがサンライズヒル(ウチ)にはそんな余裕は無いぞ」
「そのまさかだよ、セオドアさん。ほとぼりが冷めるまではサンライズヒルの町でおとなしくしていてもらおう。宿賃の代わりに畑仕事でも手伝ってもらってさ」
セオドアは言葉に詰まる。
速人の読み通り、今のサンライズヒルの町には圧倒的に労働力が不足しているのだ。
洪水と厳冬が原因で町を離れた者も少なくはない。
おそらくテレジアの家族やドワーフたちの移住者ったいを加えても空き家や空き地を埋めるにはまだたりないだろう。
速人はセオドアの背中を強く叩いて男たちの近くまで歩いて行った。
「おい、ゴミクズども。聞いての通りだ。これからお前らに血判状の儀式を受けてもらう。死にたくなければ俺様の言う通りにするんだな。げはははっ!」
速人はヌンチャクを振り回しながらゲスっぽく笑った。
身長差的に倍以上はありそうな男たちはデボラ商会の傭兵たちが先ほどどのような末路を迎えたのかを思い出し、後ずさる。
速人は大袈裟に地面を踏みつけて男たちをさらに威圧した。
やがて男たちの中で一番腕っぷしの強そうな大男が右手を上げながら前に出る。
「待ってくれ。血判状の儀式なんて、今じゃ同盟や帝国の末端でもやってねえだろ。確かに俺たちはレッド同盟の糞みたいな荒野の開拓地から逃げてきたさ。借金のカタに連れていかれたと思えばとんでもねえ畑も駄目、家畜もまともn育たねえ最悪の場所だった。代官が留守の間に命からがらで逃げてきたんだ。そこは否定しねえよ。けどだからって…」
速人は男が喋っている途中にアゴの下を掴んだ。
そして男の巨体を片手で軽々と待ち上げる。
男はこの時、自分の股間のあたりが生暖かくなっていることを認識していた。
「なあ、お兄ちゃん。俺はお前らのこれからを説明しているのであって、お前の話を聞いてやろうってわけじゃないんだよ。俺は聖職者じゃねえんだ。少し黙ってな」
そう言って速人は男を地面に下ろした。
男は内股のまま座り込んでしまう。
程無くしてアレの臭いというかコンソメスープ系の異臭が男の方から漂い始めていた。
セオドアとエリオットは思わず男から目を背けてしまう。
一歩間違えれば自分たちが男のようになっていたかもしれないのだ。
だが、男はそのような醜態を晒しても速人に追い縋る。
「頼む、後生だ。全員を見逃せとは言わない。俺が儀式を受ける。だからこいつらの事は見逃してくれ!」
男はしゃがんだまま速人のズボンの裾を掴む。
距離を縮めたせか異臭がきつくなっている。
近くにいたディーと雪近は鼻をつまんでいた。
男の連れたちや難民たちも距離を置いている。
「お兄ちゃん。名前は?」
速人は男の顔を見る。
以前速人がレッド同盟の開拓村で暮らしていた頃にエルフの代官のスタンロッドの護衛としてついて来たオーガー族の人間(※ナインスリーブスではオーガーが文明人。速人のような人間は類人猿に近い存在として区分される)から謀反人の末裔やその従者の一族が連行される荒野についていくつか教えてもらった経緯がある。
彼らが流浪の果てにデボラ商会のような犯罪組織もどきに力を貸すところまでは理解しよう。
だが大義名分さえ通れば何をしても良いというほどこの世は甘くはない。
人は種を存続させる為に法を作ったのだ。
この時速人は法を乱すような真似をすれば謝罪だけでは決して許されないということを理解させる必要がるとも考えていた。
「イーサンだ」
イーサンは速人の顔を見る。
両生類のカエルを直立させたような少年が目の前に立っていた。
とてもではないがイーサンの理屈が通用しそうな相手には見えない。
(ああ。こいつを見ていると昔カエルを小枝で突いて安孫栄太子供の頃の記憶を思い出しちまう…。馬鹿!俺の馬鹿!何であんなことしたんだよ!あの時のカエルが俺を破滅させようと生まれ変わってきたんだ!)
イーサンは見当違いな恐怖で身を震わせていた。
「ほう、イーサンか。いい名前だな。イーサン、よく覚えておきな。ここでは俺様が法律だ。例えば俺が明日からウシのウンコを主食にしろと言えば、お前らはウシが用を足すまで納屋でスタンバっていなければならないんだよ。それとも俺のヌンチャクで可愛がって欲しいのか?ああんッ!?」
ばたり。イーサンは白目になったまま倒れてしまった。
その後、速人は男たちを集めてエリオットとセオドアの立ち合いの元に年少者から順に獣皮紙にナイフで人差し指を軽く切ってから捺印させた。
前述のナインスリーブスと現実世界の人間の違いについての話になるが、ナインスリーブスの住人は基本的に自身の起源となる世界樹の加護を受けている為に様々な恩恵を受けている。
神々の奇跡の再現である魔力の行使や、基礎的な身体能力が高いことは随時世界樹からバックアップを受けていることに起因するのだ。
しかし、このように新しい加護を受ける契約を結んでしまった場合はその後の人生で影響を受けることになってしまう。
さらに魔術の世界においては血液は魂や皮膚や髪の毛と同等の千代衣強制力を持った触媒なのだ。
男たちは列を作りながらある者はうつむいたまま、またある者はめそめそと泣きながら儀式に参加させられた。
イーサンと名乗った男は一番最後に捺印させられる。
その後、エリオットが腕と手首にリュカオン族の印章を浮かび上がらせながら「誓約」と「強制使役」の魔術をかける。
程無くして紙の表面には共通語で契約内容について書かれた文章が浮かび上がる。
かくして十数人分の血判を押された獣皮紙は、互いの利害が一致する限りは干渉しないという誓約に基づく血と魂の等価交換が行われたことを証明する唯一無二の文書となった。
速人は獣皮紙を丸めると紙を購入する時にトマソンからもらった筒の中に入れて、そのままセオドアに手渡す。
「俺たちはこれからどうすればいいんだ?」
イーサンは地面に座り込んだまま、速人の方を見た。
今は町はずれの屋根の無い廃屋を隠れ家にしながら暮らしている家族のことだけを心配していた。
(この怪物はおそらく俺たちに家族がいることを知ったらその時は生贄として寄越せとか言ってくるに違いない)
「こっちの用事が済んだらサンライズヒルの町に行ってしばらくはおとなしくしてもらう。多分、畑仕事を手伝ってもらうことになるから覚悟しておけ。跡、問題を起こしたら俺がお前ら全員を殺しに行くからな」
「畑仕事を回してくれるというのなら嬉しい話だが、生憎俺たちにはサンライズヒルには知り合いがいないし、紹介状だって持っていないぜ?」
イーサンの話を聞いたエリオットとセオドアは呆けたような顔つきになっている。
「なあ、エリオ。ウチの町に入るのに、紹介状って必要なのか?」
「マティス先生から、そういう話は聞いたことはないな」
(なるほど。デボラ商会はよその町の悪口を流してゴロツキを集めていたのか)
速人はイーサンにサンライズヒルの町には空き家と洪水が原因で半ば荒れ地になっている畑が多数あることを伝えた。
「但し、食料の方は余裕があるとは言い難い。夏になるくらいまでは切り詰めた生活になると思うが命があるだけマシだろ?」
「待ってくれ!そういう話なら大歓迎だ!都合が良いのは承知の上だが、ウィナーズゲートの町の近くに俺たちの家族がいる。そいつらも一緒に連れて行ってもいいか!?食べ物も少しだけだが持っているし、皆働き者の良いヤツばかりなんだ!」
イーサンの瞳に希望の光が灯る。
働けさえすれば、畑さえあれば生活を取り戻せる。
今まで自分にそう言い聞かせて当てのない旅を続けてきたのだ。
今は、目の前にいる怪物の子供のような姿をした怪物の子供の言葉を信じるほかは無かった。
イーサンの仲間たちも次々と賛成の声を上げる。
「じゃあ、用事が終わるまでにこの場所に全員連れて来い。最後に言っておくが俺は裏切り者を生かしておかない性格だ。裏切れば、一族郎党全員殺す。くれぐれも恩を仇で返すような真似をするなよ」
と言うや否や、イーサンは涙を流しながら速人を力いっぱい抱き締める。
ぶちゅぶちゅぶちゅ!
そしてイーサンと仲間たちは走って自分たちの家族が待つ場所に向かって走って行った。
速人が両腕を組んでイーサンたちの後ろ姿を見守っていると、カッツとトマソンと難民たちがすぐ近くまでやって来ていた。
「おい、速人。さっきあいつらに土地を貸してやるみたいな話をしていたようだけど、俺たちの話はどうなるんだ?」
カッツは心中穏やかならぬといった表情で速人に質問をぶつけてくる。
速人はそんなことかと呆れ気味に答えた。
「あのさ、カッツさん。いくらドワーフが農作業得意だからってあそこを全部耕すのは無理だと思うよ?」
速人は木の枝を使って地面にサンライズヒルの町の近くの地図を描いた。
そして今現在町の人間が使っている部分とそうではない部分を区分けする。
カッツは速人の説明を受け、サンライズヒルの町が所有する耕作地帯の広さに驚いていた。
それまでマティス町長が所有する畑の空き地になっている場所を使わせてもらえるばかりのものだと思っていたらしい。
カッツを押しのけて難民の一人が速人に畑と空き家について尋ねてきた。
「なあ、坊や。俺たちもサンライズヒルの町に行ってもいいかい?絶対真面目に働くからさ!頼むよ」
「念の為に言っておくが、畑と住む場所くらいしか世話できないぜ。それでもいいならさっさと家族を連れて来いよ」
難民たちの間から歓喜の声をあげる。
速人は見知らぬおっさんたちに次から次へとハグされた。
ぶちゅぶちゅぶちゅぶちゅっ!
速人は異世界ナインスリーブスの事が嫌いになっていた。
難民たちは競うようにして自分たちの家族が待つ町はずれの集落に戻って行った。残ったのはトマソンくらいのものだった。
「トマソンさんも来るかい?」
トマソンは無言で首を横に振る。
「行きたいのは山々だが、私のところは少々大所帯でね。今回は見送らせてもらうよ」
トマソンは軽く会釈をしながら、巨大な野牛の姿をした使い魔に荷車を引かせて町の方に向かった。
速人はトマソンの後ろ姿を見守った後でセオドアたちのところまで歩いて行く。
辿り着いた先ではセオドアが落ち着かない様子で速人を待っていた。
「こういう話をするのは不本意なんだけどよ。仮にあいつらがサンライズヒルの町で生活するとして、その間の食料はどうするつもりなんだ?蔵の中を全部開けたって絶対に足りなくなるぜ?」
速人はリュックの底に入れておいた革袋を取り出した。
ずしん、と相応の重量をかんじさせる音が鳴り響く。
セオドアの目は驚きのあまり点に変わっている。
エリオットは取り合えず「わかっていたよ。僕にはお見通しさ」という感じの顔をしていた。
「安心しろ。ここに50万QPある。これを使って買えるだけ食料を買っておけ」
速人は自信満々な様子で首をくいっと動かす。
心配なら自分の目で確かめろ、という意味である。
セオドアは額から汗を流しながら懸命に革袋の中身を確認した。
そしてセオドアはQP硬貨を数え終えた時に以前から胸のうちにある疑問について問い質すことにした。
「おい、速人。念の為に聞いておくが、この大金の出所を教えてくれないか?」
今のセオドアには追剥ぎ、強盗、誘拐、殺人といった危険な言葉しか思い浮かべることが出来ない。
「教えてもいいが、一生後悔することになるぞ?」
速人は片目だけを閉じながら答えた。
速人を除くその場にいた誰もがちょっとだけイラッとしていた。
「今さら構わねえよ」
速人は一瞬、間を空けた後に力強く答えた。
「この金はダールさんが、エイリークさんが出たばかりの給料をその日のうちに使い切ってしまった時の為に、俺に預けておいてくれたお金だ」
さんっ! セオドアは地面に両手と両膝をついた。
ずんっ! エリオットはその場でうずくまって動かなくなってしまった。
「「うちの馬鹿がすいませんでしたっ!!」」
二人は同時に速人に向かって謝っていた。