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第七十四話 戻らぬ時間 過去

次回は六月の十四日に投稿するでゴンス。


 ドルマは速人の露骨すぎる舌打ちを聞いて委縮していた。


 速人は「これ以上面倒事に巻き込むと全身脱毛することになるぞ」という意志を込めてドルマを睨みつける。

 結果、ドルマは突発的な出来事で驚いた子猫のようにウェインの背後に隠れてしまった。

 ドルマの身長が180センチ、ウェインが175センチくらいであることを明記しておこう。

 要するにでかくてごっついおっさんが鍛えたおっさんの背後に引っ込んでしまったのだ。


 「速人殿。私からも一つ、お尋ねしてもよろしいですか?」


 書類を受け取ったトラッドを伴ってコルキスが現れる。

 こうしてドルマの前にウェイン、コルキス、トラッドという肉の壁が出来上がった。

 やっとのことで速人のプレッシャーから解放されたドルマは胸に手を当て、深呼吸をしている。

 ドルマの情けない姿を見た速人の顔色はほんの少しだけ赤くなっていた。


 怒りの赤である。

 速人の規格外の大きな頭からは湯気が立っていた。


 速人はドルマたちを連れてきたことを快く引き受けてもらった手前、コルキスの質問に答えないわけにはいかなかったので肯定の意味で頭を縦に振る。


 「実は昔私の下で学んでいたエリオットとセオドアという男の姿を、先ほど外で見かけたのですがご存じありませんか?」


 コルキスの口からエリオットとセオドアの名前が出て来た瞬間にトラッドが現れた。

 手には蓋をしていない書簡を持っている。

 中に入っている薄茶の革紙がコルキスがレナード宛てに用意した書類だろう。


 「エリオ兄とテオ兄がここに来ているのか!?」


 トラッドは取り乱した様子で速人の前まで一気に走って来た。

 ゴミ二匹(※エリオットとセオドアのこと)が馬鹿エイリークの仲間であることから、目の前の無能ヘタレ男(※トラッド)にとっても知人であることは予想していたがあまりの距離の近さに速人は「脇汗と加齢臭が…」と漏らしてしまった。


 トラッドに大ダメージ!!


 トラッドは体臭を自己チェックしている!!

 

 一方コルキスも迂闊に二人の名前を出してしまったことを反省しながら手の平やシャツの胸のあたりの匂いを嗅いで嫌なにおいがしないかすんすんと確かめていた。


 「コルキス様とトラッド様には悪いと思いますが、その御二人に関するお話はダグザさんとエイリークさんから名前と古い友人であることぐらいしか教わっていません。例え俺が市中ですれ違うことがあっても当人であるかどうかはわからないでしょう」


 速人は口調こそ丁寧なものであったが、しれっとした顔で嘘をついていた。


 ただエイリークとダグザがエリオットたちのことを「古い友人」と速人に紹介したくだりを聞いた時にトラッドの目から涙がどっと溢れていたのを見た時だけは良心が痛んだ。


 トラッドは何も言わずに涙を拭きながら部屋を出て行った。


 去り行く際にはコルキスに「挨拶はどうした」と文句を言われていたが、気にせずにそのまま外套を取りに控室に向かう。


 「速人殿。もしもエリオットとセオドアに会うようなことがあれば、その時は是非一度コルキスのもとを訪ねろ、と言っておいてください。エイリークの父マルティネスの身に降りかかった不幸に関して言えば彼らには何の落ち度も無く、むしろ我々周囲の大人があまりにも無神経であったことがその後に起こった悲劇の原因だったのです…」


 コルキスが最後まで言葉を発する前に、速人は右手を出して場を制した。


 (どこまで他人に迷惑をかければ気が済むんだよ)と内心、呆れつつもコルキスに伝えるべき言葉を伝える。


 「コルキス様。お言葉ですが、エリオットさんとセオドアさんはもう大人です。ある程度時間が経過すれば、自分たちで考えて行動するはずだ」


 速人の話を聞いた後、コルキスは俯きながら黙ってしまった。

 コルキスのセオドアたちを心配する気持ちはわからないわけではなかったが、世話を焼いてやれば意地を張って距離を置いてしまう可能性がある。

 

 この世に拗ねたおっさんほど厄介な生き物はいないのだ。


 落胆しているコルキスを一人置き去りにして、速人はドルマたちを連れてもう一度エリオットたちのいる場所まで移動する。

 その道中、速人とドルマたちの間が会話することは無かった。

 一行が、戦時中に防衛軍が使っていた倉庫の廃墟が立ち並ぶ場所まで戻って来ると雪近、ディー、カッツといった顔ぶれが皆を代表して速人たちを待っていた。

 奥には目立たないようにして難民たちの代表格のトマとエリオットとセオドアの姿もあった。

 エリオットとセオドアはコルキスについて何か聞き出そうと視線を送ってきたが、速人は明後日の方角を見て是を文字通り無視する。

 今まともに話し合えば流血沙汰になることは間違いないことだろう。

 速人に無視をされて途方に暮れているエリオットたちの前にドルマが歩いて行った。

 遅れてウェインも現れる。


 「エリオット、セオドア。速人とお前たちのおかげで都市の中に正面から入れることになった。とりあえず礼を言っておくぞ」


 ドルマは破顔しながら二人の肩を叩く。

 しかしエリオットは速人に露骨に無視をされたことが余程答えたのか、目を伏せたままだった。

 親友の代わりにセオドアがドルマに返事をする。


 「気にするなよ、ドルマ。困った時はお互い様だ。俺たち基本何もしてないけど。ところでコルのおっさん、俺たちのことを何か言っていたか?」


 ドルマの知らぬ間に、セオドアのすぐ近くまでエリオットが来ていた。

 餌を欲する仔犬のような顔でドルマを見つめている。

 ドルマはかつてないほどのプレッシャーを感じていた。


 「コルキス殿か?ああ。実は…」


 くいくい。ドルマが二の句を告げようとした時にウェインが難しい顔をしながら肩を引っ張っていた。

 ドルマの視線の先には人体の代表的な急所である人中、九尾、金的を当てるシャドーボクシングを繰り返している速人の姿があった。


 (あの背格好からして…、相手は俺か…)


 そのままドルマは喉の奥に言葉を引っ込めてしまった。


 「そういわけでお前らもしばらくぶりだったけど、これでお別れだ。まあ機会があったらまた会おうや」


 ウェインはドルマを引きずりながら防衛軍のテントに向かって歩いて行った。

 エリオットとセオドアはコルキスが自分たちを何と言っていたか知ることが出来ずにガッカリした様子だったが、二人の後ろ姿が見えなくなるまで手を振っていた。

 一方、速人が雪近とディーのところにまでやって来るとカッツとトマソンを先頭に難民たちが次々と集まって来る。


 (暇な時間を見つけて荷造りくらいしておけよ…)


 皆を代表してカッツが防衛軍やエリオットの古い友人(※セオドアがそのように説明していたらしい)について、どうなったかを聞いてくる。速人は半ば呆れながらカッツの話を聞いていた。


 「速人。さっきの軍人さんみたいな人はどうなったんだ?見るからに悪人面だったけど、まさか防衛軍に捕まっちまったのか?」


 「いや違うよ。他の都市まちから防衛軍に連絡を届けに来てくれた軍人みたいだったな。今物騒だからおっかない顔をした兵隊さんじゃないと危険な仕事は務まらないってことだろ?」


 速人のそれらしい嘘を聞いてカッツは安堵の息を漏らす。

 逆に速人の方がカッツのことが心配になってきた。続いて難民たちを代表してトマソンが防衛軍が町の近くに居座っていることについて説明を求める。


 「速人君。防衛軍の人たちは一体どういう理由でここにいるんだい?」


 トマソンの背後に難民たちは不安そのものといった様子で、速人を見ていた。

 推測するまでもないが、トマソンを含めて彼らの大半は同盟か帝国のどこかから逃げてきた農民であることは間違いないだろう。

 補足すればデボラ商会の雇ったゴロツキたちも似たような境遇だ。

 速人の知る限りでは第十六都市は他の自治都市に比べて、彼らのような難民の取り締まりがかなり緩いことには違いないがそれでもやはり招かれざる客であることは違いなかった。

 要するに彼らは防衛軍にここで捕まって自分の故郷に連れ戻されることに恐怖しているのである。


 「まあ、いい話と悪い話が半々ってことになるんだけどさ。防衛軍が駐留している理由は最近頻発している野盗を討伐しに来たってのが主な理由らしいんだ。それで犯人はもう防衛軍の方でもとっくにわかっているみたいでさ」


 そう言って速人は難民たちのさらに奥にいる犯人たちに雇われた男たちを睨みつけた。

 防衛軍によってデボラ商会の悪事が暴かれることになれば未遂とはいえ協力した者たちは相応の罰を受けることになる。

 正しく「知らなかったでは済まされない」世界の出来事である。

 今ここで捕縛されることになれば家族を巻き込むことは確実、男たちは己らの軽率な選択に心の奥底から後悔していた。


 「俺個人としてはこいつらが防衛軍に捕まって絞首刑にされても全然問題無いんだけどさ(※ここで全員の顔が真っ青になる)、さっき一応助けてやるみたいなことを言ったから条件付きで見逃してやろうかと思ってるんだけど。どうかな?」


 セオドアが男たちの代理として速人の前に立つ。

 セオドアは卑屈な笑顔を浮かべながら更なる譲歩を迫った。


 「速人。生憎だがそれは条件次第によるぜ。大体、今ここでこいつ等を解放してもデボラ商会の連中に捕まるだけだろうが!」


 セオドアは勢い良く人差し指を速人の鼻先に向ける。

 しかし、速人は鼻息一つでセオドアの指を押し返した。


 「ええー!?でもなー…、防衛軍に引き渡して名ばかりの裁判を受けて絞首刑とデボラ商会に捕まって拷問を受けて死んだ後は山に捨てられるのって実際どっちがハッピーエンドなんだろうね?」


 速人は自分の首の前で親指をしぃっと引く仕草を見せる。


 「ひああああああッ!!」


 セオドアと男たちは身体を寄せ合って泣き叫んだ。(※本日二回目)


 「速人。この際だから僕も言わせてもらうが、そこまで言うからには解決策くらいは用意しているんだろうな?」


 エリオットが後ろで三つ編みっぽく縛った金髪を揺らしながら颯爽と登場する。


 (まだ生きていたか…。原始人のヒモめ)


 速人は蔑むような視線をエリオットに向ける。

 これに対してエリオットはいつもの爽やかな笑顔では無く、キリリと引き締まった真顔で応えた。


 バリバリバリバリバリッ!!

 

 エリオットと速人の視線が火花を散らす!!


 「まあね。どこかのエアインチョコみたいな脳みそをしたおっさんと違ってね、俺は解決策ってものを用意してから動くのさ。…。あ、いいところに良い物があった」


 速人はトマソンの近くまで歩いて行って、リュックの入り口から出ている筒のようなものを指さす。

 筒の中には獣皮で作られたと思われる紙が何枚か丸めて収めてあった。

 トマソンはこれを商人に買ってもらうつもりだったのだろう。


 「トマソンさん、丁度良かった。その筒の中身を一枚だけ譲ってもらえないかな?」


 「それは別に構わないが、これは私が親戚の仕事を見様見真似して作った紙だよ?とてもじゃないがお金を受け取れるような代物じゃない。タタで持って行ってくれ」


 速人は獣皮紙を受け取った後に、懐から財布の中から10QPを出して手渡した。

 トマソンは狐に化かされたような顔で手の中にあるQP硬貨を見ている。

 ”外”で生活する人間にとってはQP硬貨を目にすることは滅多に無いことであり、またナインスリーブスにおける最劣等種族である新人ニューマンの子供が持っているはずのないはずの貴重品だった。

 トマソンはすぐに貰った金を速人に返そうとするが、すぐに右手を払って断られた。


 「トマソンさん。残念だけどお金は返して要らないよ。この紙は今絶対に必要なものだからね。もしも、どうしても必要ないって言うならその辺に投げちゃえばいいじゃないか?」


 トマソンは本心は承服しかねるといった面持ちで引き下がる。

 次に速人はエリオットとセオドアを呼び出した。

 エリオットは速人の一方的な取引に納得が行かないらしく多少不愉快そうな顔をしていた。

 その一方でセオドアの方は速人がまだ金を持っていることに驚いている。

 年上のトマソンを一蹴した手腕を見るからに、少なくとも金銭の使い方はセオドアよりも上であることは認めなければならないだろう。


 「さて、報酬の方は後で出すつもりだけどさ。「誓約」と「強制使役」の魔術を使える人っている?」


 エリオットはそれまで組んでいた両腕を解いて、右手を上げる。

 しかし、速人の思惑にいち早く気がついたセオドアは驚愕の表情に変わっていた。


 「おい待て、エリオ。これはやべえって!」


 セオドアはエリオットの腕を下げようと躍起になる。

 しかし、エリオットは腕にしがみついてきたセオドアを容易に引き剥がしてしまった。


 「だから何がだよ?」


 その時のエリオットの顔つきは普段よりも子供っぽく、また口調も普段セオドアと一緒にいる時のものに戻っていた。


 「おい、速人。これはあいつらに血判状の儀式をする為に用意したものだろうが!違うか?」


 セオドアの口から「血判状の儀式」という言葉が聞こえた時、その場にいた人間たちの表情が凍てついてしまう。

 そんな中で速人は丸められた獣皮紙を引き延ばし、何も書かれていないことを確認する。


 無地の獣皮紙は、ナインスリーブスに生まれた人間の運命を支配する魔術の儀式には必須の存在だったのだ。

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