プロローグ 10 新しい朝が来たのかもしれないけど、必ずしも良いものだとは限らない。そして今回もヌンチャクの出番は無しだ。
次は8月18日くらいに投稿するぜ!
もしも出来なかったら目でピーナツを噛んで、耳からスパゲティを食べてやるぜ!
決して晴れることの無い闇を纏う雲。
仮に内部に侵入しようとすれば半永久的に暗がりのがりの中を彷徨うことになる魔術によって作られた障壁の一部だった。
暗雲の下には城の跡があった。太古の昔、この世界がナインスリーブスと呼ばれるようになった時代よりも前の時代の遺物である。
闇の中を幻影の雷が閃き、城門に掲げられたある王家の紋章を浮かび上がらせる。
そこには朽ちた果てた城門には八枚の世界樹の葉と花冠を戴く龍の紋章が刻まれていた。
それは世界に最後から二番目に現れた黒い神樹から現れた竜花王を示す紋章である。
竜花王と竜人たちにまつわる出来事の大半はあまたの大戦の原因となった為に歴史から抹消されてしまい、今のナインスリーブスからは失われて久しいものであった。
屋根を失った宮殿。建物の壁、柱、床は荒れ放題で内部を探索することさえ難しいだろう。廊下の脇に並ぶ足だけになった彫像が栄華の名残を教える。そんな廃墟の中にわずかな光が灯る場所があった。
地下に続く隠し階段を下りてようやくたどり着くことの出来るその場所は竜人と呼ばれる種族の魔導士たちが魔術を研究していた場所である。
そこでは、今の世界では禁忌とされる類の術が研究されていた。
人影が暗がりの中、薬液の入った浴槽のところまで歩いて行く。
全身が痛む。
本当の身体が健在なら、こんなことをする必要は無かったのだ。
痛みを堪えて、片足だけで進んだ。
憎しみに満ちた視線で足首から先が無くなった右足を見る。
「クソッ!俺の足をこんな風にしやがって!」
思うままに悪態をつく。
”霊薬がいずれ失った部分を元通りにしてくれる。”
そんな風にぬかしやがったあの男のことを思い出した。人影は軋む身体の痛みを堪えて、浴槽に身を沈めた。背中と腹、残骸と化した右腕に霊薬がしみ込む。まるで溶かされているような心境だった。
全てが薄らいで見える。霊薬の本領かどうかはわからない。
しばらくすると意識が保持出来なくなっている。だから、夢の中で受けた屈辱を思い出して忘れないことにした。
自分をこんな身体にした実の妹のことを。
ようやく手にした機神鎧アレスから自分を引き離した男のことを。
そして、棒きれの玩具でさんざん自分を愚弄した醜い獣のことを。
かつてエイブラムという名前で呼ばれていた男は実の妹ローザへの地獄の業火のような憎悪を抱きながら眠りについてゆくのであった。
速人の朝は早い。
いつ眠っているのか、というくらいの時間に目が覚めてしまう。出来る男とはそういうものだ、と速人はニヤリと笑った。
速人は眠ったままのディート雪近の様子を確認すると鍛錬をする為に外へ出て行った。
外に出ると速人はまず最初にエイリークたちの姿をさがしていた。
鍛錬のためとはいえ、敷地を勝手に出て行けばトラブルが生じる可能性があるわからだ。
しかし、テントの外には誰もいなかった。流石に出入り口には誰かいるのではないかと思っていたのだが誰もいなかった。
不用意に近づけば緊急警報のようなものが作動する魔法の仕掛けがあるかもしれない。速人は出入り口に向かって石を投げこんだり、忍び足で接近してみたりしたのだが何も無かった。
思い切って一足飛びで出入り口を抜けてみたがやはり何も起こらなかった。
家族でキャンプに来ているんじゃねえんだぞ!と速人はツッコミを入れずにはいられない心境となっていた。
速人はエイリークたちの想定外の不用心さに落胆しながらトレーニングメニューを消化する為に森の奥に歩いて行った。
このまま逃げてもいいのだが、俺にはエイリークたちに朝食を食べさせる使命が残っている。
速人は苦笑しながら股を開き、腱を伸ばして柔軟体操を始める。太陽はまだ完全に昇りきってはいなかった。
約一時間後、軽い訓練を終えたキャンプ地に戻った。
まだ誰も起きている様子が無かったので炊事場まで歩いて行った。
桶や壺の中を覗いて水の蓄えの有無を確認する。ギリギリ足りない。一気に情けない気分になった速人は空の容器を持って飲料水を確保するために昨晩ダグザから教えてもらった場所に歩いて行った。
背後から小さな足音が自分を追ってきていることに気がついてはいたが呼び止めるような真似はしなかった。
獣道を通って小さな滝がある天然の貯水池に辿り着く。
尾行を続ける相手を意図して引き離すつもりはなかったのだが速人の方が歩くスピードが勝っていたようだ。
次第に後方から荒い呼吸音が聞こえるようになってていた。
速人は立ち止まり相手の姿を確認する。
慣れない早起きと追跡行動で体力を消耗しきってしまったエイリークの子供の一人がふらふらと歩いていた。
速人は苦笑しながら子供の方に歩いて行った。
「アイン君。俺に用事かい?」
子供は自分の名前を呼ばれてびっくりしていた。
それもそのはず昨日は速人の方から正式な紹介をされたのは覚えているが、アイン少年の方は最後まではっきり言えたかどうか怪しいものだったからだ。
「あの、僕の名前をどうして知っているの?」
「アイン君のお父さんとお母さんがアインと呼んでいたのを覚えていたからね。俺は速人。これからみんなの飲み水を汲みに行くつもりなんだが一緒に行くかい?」
アインは怯えた様子で速人を見るばかりだった。
まあ、アインは外見からして内向的な性格の持ち主に違いないだろうし相手が新人ならば肯けるというものだ。
実は速人も開拓村にいた頃は新人の野盗と戦ったことがある。お世辞にも強いとは言えない敵だったがやたらと攻撃的だったことを覚えている。
「アイン、ドレイと話なんかするな」
背丈ほどありそうな草を分けて頭にバンダナを巻いた子供が現れた。
アインは小さな悲鳴を上げた後に、その子供の後ろに隠れてしまった。
子供は意志の強そうな瞳で速人を睨みつける。
夕食でマルグリットたちと一緒に食事をしていた子供の一人だ。
たしかレミーという名前だったことを覚えている。
レミーは腰に手を当て、速人の前に立ちふさがった。
「おい。ドレイ、お前今までどこに行っていたんだ。さては逃げようとしていたのか?」
レミーは罪を咎めるような目つきで速人に詰め寄る。
アインはレミーの怒りの矛先が自分に向けられることを恐れて、さらに後退してしまった。
レミーの怒りの原因は速人がレミーよりもエイリークに構われていることだろう。
要するに嫉妬というものだ。
速人としてはこの場でレミーと揉めて人間関係をギクシャクさせるつもりはなかったので、頭を下げるにいいだけ下げて退散するつもりだった。
「私は何か食べるものがないか、と外に出ていただけです。これ、この通り。レミー様、どうか信じてください」
速人はその場で座り込んでレミーに謝った。
適当に頭を下げて済ませる気などなかったし、誠心誠意を込めて謝罪したつもりだった。
しかし、速人が容易に頭を下げたことがさらにレミーの怒らせてしまったのである。
子供とは難しいものだ、と速人は思った。
「いい加減なことを言うな、ドレイのくせに!お前がやったことは後で全部父さんに言いつけてやるからな!」
レミーは言うだけ言ってから速人の方を見ようともせずにアインを連れてキャンプ地の方に戻って行った。
レミーの怒りの原因は一向にわからなかったが、おそらくは速人の態度に何かの問題があったのだろう。昨日までは攻撃的はなかったのだ。
速人は肩をすくめると容器に水面に沈めるのであった。
そして桶を頭の上に乗せて、大きめの壺の入り口を掴んでキャンプ地まで歩いて帰った。