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第六十七話 真紅のヴォーパルウェポン

次回は五月二十四日に更新します。

 

 「はあ…。俺はいつになったら肉屋に行けるんだよ…」

 

 速人はまた盛大なため息をついた。

 見るからにガラの悪そうな男たちが二十人くらいの人間を相手に通せんぼをしている。

 おそらくは町に来たばかりの難民たちを相手に「袋の中身を見せろ」、「通行料を寄越せ」と言っているのだろう。


 (よってたかって俺の邪魔ばっかしやがって。全員、苦しめながら殺してやろうか…)


 やがて強引に引き止められている人々の中から一人の男が悪漢たちの前に現れる。

 速人は是を好機とばかりに気配を断って悪漢たちに接近する。


 (ただでさえも苛立っている時に余計なことをしてくれたのだ。念には念を入れて報いてやらねばなるまい)


 「ウィナーズゲートの町への通行料は一人につき30QPだ。払えないなら町には入れられねえ。後、荷物も全部置いていけ。こっちはデボラ商会の命令で動いているんだ。逆らう奴は問答無用で憲兵隊に突き出す。違法移民のお前らには困った話だよなあ!?」


 男の話に出てきた違法移民という言葉を聞いた途端に人々は俯いてしまう。

 今日ここに集まっているのは第十六都市の市議会から移住の申請許可証が出ることを待っている人々ばかりだ。

 第十六都市に来た時に大枚を叩いて購入した仮の滞在許可証など、とうの昔に失効している。

 もしも彼らの言う通りにダナン帝国の憲兵隊に引き渡されることになれば一族共々故郷に連れ戻されるだろう。

 最悪処刑される可能性も否定できない。

 ダナン帝国は従属する者には寛容な態度で臨むが、反抗する者は容赦無く処罰することで知られている。 

 だが男は己の後ろ暗い過去を思い出して一度は立ち止まりつつも、各々の境遇に打ちのめされて何も言えなくなってしまった人々の為に怯える人々を嘲笑う悪漢たちの前に姿を現した。


 「待ってください。今の我々にはそんな大金は払えません。それに荷物を渡せだなんて無茶苦茶だ。お金は後日支払いますから今日は見逃してもらえませんか?」


 男は必死の思いで悪漢たちに頭を下げる。

 図体のでかい男は壮年の男の前に出てくるなり顔をぶん殴った。

 自分よりも弱そうな相手を見つけると後先のことを考えずに手を出すタイプなのだろう。

 仲間たちも「また始まった」かと鬱陶しそうに見ている。


 「何が後で金は払うだ!ふざけやがって!お前らは黙って俺たちに金を貢いでいればいいんだよ!」


 大柄な男は殴られて前かがみになった壮年の男の襟首を掴む。

 そして左腕を引いてさらにもう一発顔面を殴ろうとした。

 壮年の男は両目を閉じて一刻も早く最悪の時間が過ぎ去っていくことを願う。

 しかし、いつまで経ってもその時が訪れることはなかった。

 

 やがて男は何が起こっているのか確かめる為に目を開く。

 

 目の前にいた巨漢の顔が、時計でいうところの昼の十二時から夕方の六時半みたいな状態になっていた。


 目は黒目が消え失せて白目だけになり、口からは真っ赤な泡をだばだばと流している。

 悪漢は両膝を落としてそのまま前のめりに倒れてしまった。


 「…。安心めされよ。峰打ちでござる」


 「どこがだッッ!!」


 雪近が定番のツッコミを入れてくれる。

 速人は片目を閉じながらニヤリと笑う。

 しかし、生来の生命力の強さゆえか巨漢は何とかこの場から離れようと手足を動かしている。

 

 (次は黒毛和牛にでも生まれ変わってくるんだよ)

 

 速人は巨漢の首の後ろを踵で蹴り潰してやった。

 ぐふうっ、とゲップのような悲鳴が上がる。

 その後、男の身体は何度か痙攣した後に動かなくなった。


 セオドアとカッツは目を塞いで惨劇の場をなるべく見ないようにしている。


 悪漢たちは、その場で倒れたまま動かなくなった仲間を助ける為に集まってきた。

 悪漢たちのリーダーと思しき男が「向こうから人質を連れて来い」と仲間の一人に命じる。

 リーダーから命令を受けた上半身が裸の男はまず一番小柄な速人に目をつける。←死亡フラグ

 

 速人は自分を捕まえようと接近してきた男の股間に前蹴りを入れられる。

 男は蹴られた箇所を抑えながら立ち止まる。

 足元にはいくつもの赤い斑点が出来ていた。

 男は急所を潰されたのではない。

 服の上から恥骨を断たれたのだ。

 悲鳴をあげて助けを求めることさえ拒絶してしまうような激痛が男を苛む。

 そして男は仲間に速人の危険性について伝えるようとしたところを、ヌンチャクで頭部を文字通り破壊された。

 普段の速人ならば相手が人間の場合は加減して殴る為にこうなることはない。

 速人はヌンチャクを脇から方へと流れるように振り回した。

 単なるジャグリングではない。

 棍の勢いを殺しつつ、いつでも相手に対処できるようにしているのだ。

 割れた頭から血があふれ出し、中身がドロドロとぶちまけられる。


 (味噌というよりホルモンだな。どっちかと言うとマルチョウ)

 

 もはや戦争経験者のエリオットでさえ受け入れられないような地獄絵図が目の前で繰り広げられていた。

 

 「エリオ。石鹸を買ってきてくれ。お湯のお風呂が使えるなら、石鹸があった方がいいからな!」

 

 勇ましくも美しい、エリオットの妻ジェナ。

 

 (そうだ。ジェナと子供たちがいるから僕は生きていられる…)

 

 エリオットは咄嗟に妻から頼まれた買い物の品のことを思い出し、見事に現実逃避する。


 「ざけんな、チビ!!」


 粋がった男の一人が片刃の小刀を鞘から引き抜く。


 (素人め。いちいち喚かなければケンカも出来ないのか)


 速人の瞳が残忍さを帯びて輝いた。

 次の瞬間、男の右手の小指の爪が弾け飛ぶ。

 男が悲鳴をあげるその前に、速人のヌンチャクは号と唸りを上げて膝と脛を砕く。

 わざわざ速人の間合いまで入って来てくれたのだから手厚く歓迎してやらなければなるまい。

 速人は身体を宙に浮かせ、回転しながら男の顔半分を吹き飛ばした。


 剥がれた部分がボロキレのように地面に叩きつけれる。

 程無くして赤き命の痕跡が、剥落した顔面の一部を中心に広がっていった。


 ざんっ。


 速人はまたもや地面を踏みつける。

 生来の潔癖症である速人は汚い物など目に入れたくはないのだ。


 「やれやれ。靴(※速人が履いているのは草履)が汚れてしまったな。クリーニング代は全額払ってもらうから覚悟しておけ」


 速人は草履の裏にくっついたやや粘り気の強い汚れを地面にこすって落とした。

 この時、悪漢たちの速人への対応は二つに分かれる。

 義侠心に衝き動かされ復讐を完遂せんとする者、生存本能に従ってこの場を逃れて速人に関わらない決心を固めた者だった。

 しかし、速人にとってはどちらも生かすに価しない人種だった。

 速人はヌンチャクを脇に挟んで相手の背後に回る。

 予め敵の退路を断って焦ったところをなぶり殺しにする為だ。

 一対多数の戦いにおいて常に考えておくとは退路の確保である。

 速人に襲いかかろうと目論む者たちは多数の有利にのぼせ上って、好都合にも速人との距離をさらに詰めた。

 

 武器の間合いで勝っている者がその有利を捨てることがどれほどの危険を含むかは先ほど犠牲になった仲間の一人が身をもって証明してくれたというのに。


 速人はヌンチャクを肩から腰の下に向かって振ることで既に攻撃準備を整えている。

 そこを悪漢たちの一人が小僧を懲らしめようと無防備に掴みかかろうとした。

 速人は後方へ走りながらヌンチャクの回転力を高める。

 悪漢が両手を上げて掴みかかった時に異変が生じた。

 速人がすぐ近くまで飛んだ直後に、男の臭覚が一瞬で消失してしまったのだ。

 男は鼻先に焼けた鉄串を押しつけられたような痛みを覚える。

 何のことはない。速人のヌンチャクの一撃が男の鼻を削いでしまったのだ。

 男は辛くもその事実を受け入れ笑い、そして泣き叫んだ。


 (醜い…)


 速人は武士の情けと言わんばかりに、いつの間にか男の懐から奪った別の短刀を傷口に差し込んだ。

 そして時計回りに捻り、内側で刃先を折る。

 人体の急所たる鼻下を引き裂かれ、男は間も無く絶命した。


 「次の自殺志願者はどいつだ。一人ずつ丁寧に殺してやるから、さっさとかかってこい」


 そう言って速人は存在価値が虫けら以下の人間に向かってヌンチャクを上から振り下ろし、頭蓋と叩き割った。

 速人の家事で鍛えられた膂力をもってすれば頭蓋を守る皿などは陶器のそれと変わりはしない。


 「よくもやってくれたな。糞餓鬼ッ!!」


 少し遅れて悪漢たちの群れの中で一番強いと思われる男が錆びた斧を片手に持って現れた。

 速人は勿体ぶって現れた男を一瞥すると失笑する。

 男は地面を蹴って土くれを飛ばしてきた。

 速人は正面から土をかぶり一瞬、視界を奪われてしまう。

 男は速人の腹部に的を絞ってつま先蹴りを放った。

 相手が腹くずれになったところで斧で速人の頭をかち割るという単純ながらも合理的な戦術である。


 ざざんっ!!


 男にとっては例え相手が女、子供、老人、怪我人、病人だろうが知ったことではない。

 邪魔者皆こうやって殺してきた。

 だが、男がどれほど殺しに慣れてきても後味の悪さだけは変わらなかった。

 故に死体は見ないようにしてきた。

 後始末も全て手下に任せることにしている。

 今まではそれで良かったのだ。

 

 鳩尾に当てて敵の息を止める。

 息を止めた相手に間髪入れずに目つぶしを食らわせる。

 そして二、三回くらい切った後に脳天を割る。

 

 反撃を封じ、機先を制し、果ては命を奪う。


 (やはり武道など紛いものに過ぎぬ)


 速人は心の底から強かに笑う。


 ヌンチャクを振り回すことの意味とは攻撃の勢いを止めないことであり、もう一つは飛礫や矢を防ぐことにある。

 一応、相手も土の魔法などを使って泥の目つぶしがより効果的に当たる工夫ぐらいはしていたようだ。

 自分の笑い声と相手の迂闊さがぶつかり合って、はらわたが煮えくり返る。

 

 足を使って土を弾けばどうなるのか。

 

 速人はしゃがんで土の塊を回避していた。

 

 さらにわざと下腹をがら空きにしてボディーブローを誘う。

 男はここぞとばかりに大ぶりのボディーアッパーを放った。

 速人は腹筋を固めてその時を待つ。

 獲物が好んで獣の口の中に入って来る瞬間をただ待っていた。

 やがて男の拳が速人の腹部に直撃し、見事に絡めとられた。


 「ぬうッ!!抜けんッ!!」


 男の拳は前かがみになった速人の腹部で完全に止まっていた。

 ヌンチャクの棍と棍を繋ぐ紐が男の拳に絡まっていたのだ。

 この紐、速人が念入りに結い上げた中に金属製の芯を通した麻の紐である。

 さらに何本か結った後にロウで固めてあるので鋼糸の如き強靭さを備えていた。


 「まるで女子の手だな。これなら軟弱な雪近の方がまだ見込みがあるというものだ」


 速人は巻きつけた紐を引っ張ってヌンチャクを回収した。

 話を聞いていた雪近が悔しそうに何かを言っていたが無視をすることにした。

 そして速人はヌンチャクの紐をタオルで拭いた後、懐に戻す。


 しかしこの時、当の相手は自分の身の上に何が起こったのかさえ理解できないまま速人を見ている。


 仕方ないので速人は地面に落ちているキャッチャーミット的なものを、呆然と立ち尽くしている元の持ち主のところに蹴って返してやることにした。


 「!?!?!?…ぐぎゃああああああッ!!」


 ようやく現状に気がついた男の銅鑼を鳴らしたような悲鳴を聞いて、速人は今日になって何十回目かのため息を溢した。


 (こいつ等弱い弱いと思ってはいたが、ここまで弱かったか)


 速人は悪漢たちの背丈がエイリークと同じくらいだったので気たるべきエイリークとの決戦を想定して戦っていたのである。


 男は目の前に転がっている自分の手を回収しようとする。


 (…敵の目の前で頭を垂れるのは死ぬ時だけだ)


 速人は男が頭を下げた瞬間を狙って飛び上がり、是を粉砕した。

 後頭部を砕かれた男はそのまま前にずんと倒れる。

 次の瞬間、速人は遠くから自分に向けられる殺意に気がつく。

 悪漢の一人が無謀にもクロスボウを出して、速人に向かって矢を向けていた。

 その胸中に渦巻くのは怒りか悲しみか。

 悪漢は絶叫しながらクロスボウの引き金に手をかける。


 「よくも、ヒューロンをッ!!この化け物がぁッ!!」


 (叫ぶ暇があれば距離を置いた方が利口だったな)


 男は手斧使いの名前を叫びながらクロスボウを撃ち続ける。

 

 その間、速人は肉の盾を使って確実に距離を縮める。

 盾にされた悪漢たちは次々と急所を貫かれて絶命する。

 クロスボウの矢には毒が塗られており、さらに矢除けの加護と防護の加護を封じる魔術までも施されていたのだ。

 男は仲間たちからの静止の声も聞かずにクロスボウを撃った。

 既に悪漢たちの半数はこの男の手によって絶命している。

 それでも男はちっぽけなプライドに固執して残りの矢が尽きるまで撃ち続けた。


 カチカチカチッ…。


 とうとう予備の矢も尽きてしまった。


 男の顔から精気が失われる。


 「次に生まれてきた時はガトリング砲でも持ってくるんだな」


 そして、最後に全く予期せぬ方向から飛び掛かってきた速人のヌンチャクによって額を砕かれてしまった。

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