プロローグ 9 長かった一日の終わり。
短いです。
「雪近。戻ったぞ」
速人は小鍋を持ってテントの中に入った。
テントの中央ではディーが眠っている。見つけた時は乱れていた呼吸も安定している。この様子なら明日の朝には目を覚ますだろう。ディーの側では欠伸を噛み殺しながら雪近が座っていた。
「おうよ」
雪近は速人の姿を確認すると安心したような表情になる。
エイリークたちには世話になってばかりいるが所詮は別の世界の住人だ。同郷の人間の方が気が楽になるらしい。速人は雪近の視線が鍋に向けられていることに気がついた。
「残り物だが食うか?」
鍋の中身は和風の味つけの菜っ葉と川魚の煮物だった。本当はご飯があればおじやにするつもりだったのだ。
「おうよ!」
雪近は元気よく返してきた。速人はやれやれと小鍋を下敷きの上において、自作の箸を手渡した。
雪近は箸を取り上げると早速、鍋の中身を食べ始めた。
ちなみに雪近の年齢は二十代前半で、速人の年齢はいいとこ十代に入ったばかりである。速人は弟に夜食を与えているような気分になっていた。
「速人。このぶっかけ飯と箸にしてもお前って最高だな。これからは兄貴って呼んでもいいか?」
「駄目だな。俺は自分より身長の高い弟を持つ予定はない。俺の弟になりたければ背を低くしてくるといい」
その後、雪近は食べるだけ食べて寝てしまった。
速人は雪近とディーの寝顔を見ながら今後のことを考える。
当面の目標はヌンチャクを極めて、赤い機神鎧アレスを倒すこと。復讐というものは速人の主義に反するものだが死んだスタンたちのことを考えると肚の収まりというものがよろしくない。そして、速人に圧倒的な実力差を見せつけたままいなくなってしまった褐色の肌の男のことも今だに心残りである。
次に考えたことは今日から新しく出会った者たちのことだった。おそらくは同じ世界からナインスリーブスに連れてこられた宗雪近。アレスを無理矢理に操縦させられていたディー。雪近の保護者的な立場であるエイリークたちと彼らの所属するキャラバン”高原の羊たち”。完全な味方と考えるには些か早計な気もする。だがしかし。手元にある焼け焦げてボロボロになってしまった愛用のヌンチャクを修理する為には落ち着く場所が必要なことも確かなことである。
速人はヌンチャクの残骸を布に包むと道具袋の中に仕舞い込んだ。
何にせよ、今は休息が必要だ。速人はゆっくりと目を閉じてわずかな眠りにつくことにした。
心を落ち着かせてから、ゆっくりと目を閉じる。今日だけで、全てが白紙に戻ってしまったような気がした。身体の中に残っている痛みと共に焼け焦げた村の跡を思い出させた。別離も悲哀も無い。だから涙は流さない。そしてここで泣くことが何の解決にもならない、ということを知っているからだ。
言うまでもなく、アイツは生きている。赤い機神鎧とディーを操っていた者はどこかで生きている。
歯を食い縛り、拳を握りしめる。忘れない。決して忘れることはない。必ず、殺す。
「おい、聞こえてんぞ。さっきから必ず殺す、とか物騒だな」
隣から雪近の声が聞こえてきた。声に出ていたか、と背を向ける。
「これは年長者としての忠告だがな、復讐は何も生まないぞ」
ありきたりの言葉に一気に気分が悪くなった。しかし、正論だけに何も言い返すことができない。明日は思い切り苦いものでも食わせてやろうか。黙っているつもりだったが、何故か今日に限って言い返してしまった。
「復讐しなければ先に進めない。それじゃあ生きていないのと同じだ。今もこうしているだけで仇が生き延びていることを感じている。だから殺す。仇を殺して明日を取り戻す。俺の一族は代々そうやって命を繋ぎ止めてきた」
「!?ディーを操っていたヤツ。まだ生きているのかよ!!」
流石の雪近も不快そうな声になっていた。精神を乗っ取られていたディーの意識はまだ回復していない。 テントに入った時にダグザが「このまま意識が戻らない可能性がある」と言っていたからでもあった。
「俺を止めるつもりなら、これ以上何も話すつもりはない。さっさと寝てしまえ」
「おい。最後にもう一言だけ言わせてもらうがな。その、上手くは言えないが嫌なんだよ。日本にいた頃
に世話になっていた兄貴分の男がお前みたいなことを言っていてある日突然帰ってこなくなっちまったことがあったからよ」
「普通の話だな。復讐を成し遂げたなら、次は復讐される側になる。お前を巻き込みたくなかったんだろうよ」
「クソッ!わかったよ!!もうこの話はしねえよ!!おやすみなさい」
「ああ。心配してくれてありがとう。おやすみなさい」
俺はそう言ってからさらに雪近とディーから離れた場所に移動する。止めた手前、雪近もそれ以上は何も言わなかった。その日はあまり良く眠れなかったことだけは覚えている。
出来れば二日おきくらいに更新していきたいと思います。