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7-Don't think.Feeeeeeel!!―

唐突

とうとつ【唐突】

( 形動 ) [文] ナリ 

前ぶれもなくだしぬけに物事を行なって不自然であるさま。不意。突然。

霊峰の麓、そのドゥールという町についてから数日が経過していた。ローサの母の治療後、食事の相伴に預かった際に霊峰の情報を集めた銀二だが、その情報から過酷な登山になると判明しその準備と路銀集めのため滞在してクエストをこなしていたのだ。


タバコ(この世界でもちゃんとあってよかったと胸を撫で下ろした)の紫煙を煙らせ、森の中を歩く銀二はその懐から一枚の紙を取り出す。


『ホーンラビットの討伐及び素材の回収』


本日受けたクエストの受注用紙である。魔物の代表格といえばゴブリンやコボルトが挙げられるが、街の一般時からすればホーンラビットの方が身近に感じるものである。

例えばその肉はシチューにすれば安い(供給が多い)うえに美味い。例えばその角は砕き粉末にして服用すれば滋養強壮剤となる。繁殖力も高いのでよほどの事がなければ絶滅の危険すらない。

前述した肉は需要も高ければ供給も高いので安価な報酬ではあるが、常設クエストとして大体の町では常に張り出されているクエストなので、駆け出しの冒険者など金に困る者たちからすれば、ある一点を除けばその姿は銀貨に見えているのだ。


「お、いたいた。それなりに大きさはあるんだなぁ・・・。ピー〇ーラビット的な?」


ぼそりと(危ない)発言をしつつも、タバコを携帯灰皿(これは銀二の愛用品)に捨てて手に持つ黒杖を握りなおす。思えば杖の癖に鈍器としか扱っていないが、世界最高峰の魔法発動体である。

その気配を察知したのか、長い耳をピンと伸ばして二本足で立ち上がりきょろりと周囲を見渡すラビット。こりゃいかんと銀二も自分に身体強化をかけなおし、さらに一つの魔術をかける。

脳と全身の運動神経系の伝達速度を高めることで、動体視力・聴力を高めそれに対応できる身体能力を獲得するのだ。その度合いを調節すれば、臨戦態勢に入り身を屈めて今まさにその角で突き殺さんとしているホーンラビットの動きがスローモーションにすることが可能となる。


「フッ・・・よっせい!」


世界がスローモーションになる中、銀二は通常と同じように強化した脚力で踏み込み、その世界最硬の杖を横薙ぎに払い兎の首の骨をボキリと砕き吹き飛ばす。

バシャ!と水風船が割れた様な音をさせながら、近くの木の幹に赤いシミをつけ根元にその体をボトリと落とす。


「おーグロ注意グロ注意・・・。俺もこの世界に染まってきたなぁ・・・」


呟きながら兎の足に近くの草の蔦を結び、木の枝に引っ掛けて吊るし上げる。載せるものを失った首からは血がボタボタと滴り落ちるのを眺めつつ、なんとか原型を保っている角もきちんと回収する。


「え~・・・っと、何匹必要なんだっけかなぁ・・」


元の世界で見れば猟師以外お目にかからない様な状態でも動揺することなく、相変わらずの白いローブをはためかせてまたタバコを咥える銀二なのであった。


―――

――


ぜぇぜぇと日ごろの運動不足が音となって自分の口から漏れているのを、どこか冷静な自分が聞き取り、そんな状況でもないのにと思わず口が笑みの形をとる。

思えば今日はとことんついてない日であったのだ。家ではクローゼットの角に足の小指をぶつけ、普段はきらせないようにしてる保存食を切らせ買い物に出る羽目になり、支払う段階で財布を見れば研究費で少し(・・)使いすぎているのを思い出し食べ物も買えず、『こんな』クエストをやる羽目になった。

赤紫色の長髪を風に流しながら、チラリと後ろに視線を向ければ―――


「ヴォオオオオオオオオオオオオ!!」


と本来の種族から考えられないような鳴き声で全力で、そして理想的なフォーム(・・・・・・・・)で走ってくる魔物一匹。顔を前方に戻し悲鳴を上げている足に無言で鞭を打った。

くそう、なぜ自分があんな傍から見ればギャグとしか思えない謎の生物に追われなければならないのだ。

そもそもおかしいと思うべきだったのだ。この森の中で岩の上に『ホーンラビット』が『一匹』で『無防備に寝ている』なんて、今思えばありえないであろう。ホーンラビットは魔物といえど所詮魔法も使えない角が生えただけの兎なのだ。そこらへんの魔物ですらない肉食獣にだって負けるはずなのだ。


ピンと伸びた毛の生えた兎耳、種族的な特徴でもある白い一本角、触れば思わずニコリとほほ笑むであろうモフモフの毛皮、


そして毛皮があってもなお分かる、ムキムキの筋肉をこれ見よがしに主張する人間の様なフォルム


ボディービルダーも惚れ惚れする完璧な肉体美を晒し、そして理想的なフォームでスプリントしてくる魔物。

『マッスル』ホーンラビットである。

別名、ブラッディ・アヴェンジャー(血の復讐者)である。その目を(おそらく溢れる魔力で)赤く光らせながら、ズドドド!とばかりに走る兎は控え目に言っても怖い。

寝ている姿を見て、チャンスとばかりに近づけば鋭敏な聴力でほんのわずかな足音を聞かれ、目を覚ましたと思ったら、岩の後ろにあったその巨体をぬぅっと起き上がらせたのだ。


思わず呆けた。


だってだってと脳内で言い訳を繰り返す。人間で言えば机に顎を載せてダレて寝ている様なものだったのだが、まさか魔物がそんな姿をするとは思わないだろう!と誰となしに脳内で叫ぶ。


「あっちょ・・・あぶぶぶ!?」


そんな事に意識を向けたせいか、足元の木の根に気づかずに躓き勢いよく草の絨毯を顔からスライディングする。コントでもなかなか見れない見事なヘッドスライディングである。

そんな体勢でもガバリと体を起こし、恐る恐る後ろを振り向けば・・・


「コフォォォォォォォォォ・・・・ッ!」

「ぎゃああああああああああああ!?」


口から煙(おそらく高まった体温で息が白くなってるだけ)を吐きながら、ズシン・・・ズシンと一歩一歩踏みしめてくる筋肉の化け物。


マッスルホーンラビットはその類稀な肉体で同族のホーンラビットの危機に(気分次第で)駆けつけるヒーローなのだ!同族が血に染まるとき、(偶然近くにいたら)その断末魔を聞き駆けつけるある意味ボスモンスターである。そしてこの存在がホーンラビット討伐クエストで低位冒険者を一定数の死傷者を出す原因である。


「ひっ・・・こ、来ないで・・・!」


全力で逃げる際に持っていた杖を落とし、得意の魔法が発動できない魔法使い。別名湿気たマッチ。彼女もまた喫緊の金欠を解消するためホーンラビット討伐に来ていたのだが、『運悪く』マッスル(以下略)に遭遇してしまったというわけだ。

へたり込み呆然と見上げる彼女に、マッスル(以下)はその拳を握り振り上げ、今まさに鉄槌として振り下ろさんとしたとき、マッスル(以)の頭上から白い影が飛び出し、その黒い棒を振り下ろす。


――

―――


振り下ろした黒杖が、予想以上の反射速度を持って気付かれ両腕のクロスガードで見事に防がれたのを見て、思わず口笛を鳴らした。

ドゴン!!と生物に当たったとは思えない音とその感触に、相手から即座に離れた銀二はその姿を再度確認する。


「ほぁ~・・・すげぇなシックスパックどころかエイトパックとは恐れ入る・・・」

「コホォォォォォォ・・・!」


まるで古武術の使い手のように、見事な調息をしながらそのマッスル()は銀二を脅威であると認識し彼に敵視を向ける。そしてその体を半身にし左手を腰の後ろへ回し、右手を銀二へと向けクイックイッと誘うように動かす。

カンフー映画さながらの状態、これには思わず銀二もポカンと呆けるが、気を取り直し黒杖を右手に、左手を前方で杖を支えるように構え石突をマッスルへと向ける。

そこら辺のゴブリンなどでは到底出せない強者の圧力に、身体強化と反射強化をかけなおす。

泰然自若。まさに大木のように動かないマッスルと、体を沈み込ませ今まさに飛び掛かろうかという銀二。高まった緊張感が周囲にも伝搬し、普段騒がしい森の中でこの一角が切り取られたかのようだと湿気たマッチは錯覚した。

そして木の葉が二人()の間に落ちたその瞬間――


「(反射、最大!!)」


世界を灰色に変えた銀二が先手必勝とばかりに踏み込み、初速から最速へと至る。一歩一歩踏み込むたびに加速を続け、間合いに入った瞬間全身の回旋運動でその強大な運動エネルギーを余すことなく杖に伝える。まさに渾身、ギラリとした視線をマッスルに向けた瞬間――


背筋が凍り付く。


「!?」

「シュッ!」


前に出した右手で、無造作に払われた。あまつさえ伸びきった体を狙うようにカウンターでハイキックが飛んでくる始末である。

咄嗟に突き切る直前に杖から手を離し、全力で斜め前方へ身を投げることで回避に成功する。

無造作に払い上げられた杖はヒュンヒュンと回転しながら風を切り、離れた場所で未だにへたり込んだ湿気たマッチのすぐそばにズドン!と轟音を立てて突き刺さった。


「コホォォォォォォ・・・」

「あの速度についてくるたぁ、やるじゃないの・・」

「え、この杖の落下音についてなにもないの・・?」


思わず冷や汗をたらりと一筋落とす。こちらは杖を失ったが、向こうは健在。あの黒杖の突きを受けても出血した様子もなくダメージを与えられた気がしない。どうやらあの毛皮と筋肉の防御力は半端なものではないようだ。あと湿気たマッチが何か言ってるが銀二の耳には入らなかった。

ゴロリと転がりながら立ち上がり、すぐさまマッスルに向き直る。得物は手に無く、しょうがないとばかりに見様見真似のボクシングスタイルを構える。追撃もせず悠然として銀二の様子をうかがっていたマッスルも、その構えに何か感じ取ったのかススっと構えを変える。

左手を自身の顎元へ、右手を曲げ腹の前でぶらりぶらりと揺らすその構え―――


「フリッカースタイル・・っ!?」

「シュルルルル・・・・」


直角に曲がりゆらりと揺れるその姿はまさに死神の鎌の如く。ゴゴゴゴゴゴゴと謎のプレッシャーが圧し掛かってくるほどにどうやら本気にさせてしまったらしい。

未だにへたり込んだ女は立ち上がる様子もなく、この場から離脱するわけにもいかない。内心ため息をつきながら、ジリ・・ジリ・・・と互いに間合いを詰めていく。

まさに一足一刀の間合い、とでもいうべきであろうか。互いが手を伸ばせば拳が打ち合うであろう所で互いが止まる。チリチリとプレッシャーが頬を撫でるなか、互いの視線が交差する。

今より進めば命を刈り取る死神の鎌が振るわれる。されど退いて助かる道もなく。さてどうしようかと、考えるときにふと過る一つの言葉。


――考えるな、感じろ。


まさに天啓。これまさに至言。

あれだけ感じていたプレッシャーが嘘のように消えた。フードから覗くその瞳が再度ギラギラと輝く。


「南無三!!」

「シィィィ!」


銀二が踏み込み、マッスルが迎撃する。まるで鞭の様に撓るその拳打は、その質量以上の衝撃を伴って銀二へ振るわれるが、研ぎ澄まされた反射神経と直感のままに動いてくれる体は薄氷の上を渡る神経的な作業ではあるが確実に反らし、打ち払っていく。

数打、十数打、数十打と打ち合う中互いの口角が吊り上がっていく。

そして、フック気味に入ってきた拳をスウェーで避けると、渾身の右アッパーを繰り出す。無論マッスルとて見切っている。今の今まで温存していた左の打ち下ろし(チョッピングレフト)を繰り出し、互いの拳が打ち合わさり、衝撃波が周囲を襲う。

互いに半歩後退するほどの衝撃、ずり下がりながらも互いが理解する。

まだ、キル・ゾーンであると――!


「おらああああああああああああ!」

「ヴォオオオオオオオオオオオオ!」


まるで竜巻のように互いが体を回転させ放たれた渾身の右ハイキックは互いの脛に当たり、まるで鋼鉄を打ち合わせた様な快音が響く。


「グルゥゥゥウァァァ!?」


通ったダメージに崩れたのはマッスルであった。すかさず間合いを詰め、胸の中央に掌底を添えた次の瞬間、マッスルの背中が爆ぜ血肉が地面へ降り注ぐ。


「これぞ奥義、魔力浸透勁・・・・なんちって」

「グ・・・グルルル・・・・」

「・・・参ったね、これでも死なねぇーのかい?」

「グルゥゥゥウァァァ!!」


口から血の泡を吐きながら、よろめく足に鞭を打って立ち上がろうとするマッスルホーンラビット。その光る瞳は未だ戦意は衰えておらず、銀二を殺さんと輝かせている。


「やれやれ・・・参ったね、どうも」


ふぅ・・と息を吐いた次の瞬間、ザシュっと皮を削ぎ肉を断つ音が周囲に響く。


「グ・・・ル・・・ル・・」

「え、・・・うそ、見えなかった・・?」


波打つ刀身の剣を振りぬき、次いで血払いを済ませる。その刀身の形状故か、マッスルの胸元からも血がドクドクと流れ落ちていく。


「グ・・・?グルル!グルゥゥゥウァァァ!?」


異変に感じたのはやはりマッスル自身であった。流れ出ていく血液が、そしてその傷が徐々に熱を帯び、仕舞には傷口から焔が吹き上がったのだ。


「焔剣フランベルジュ―――。どうよ、切口から内側を焼かれていく感触は」


先程までの熱戦を繰り広げていたとは思えないほど、冷徹な視線を向ける銀二。肉の焦げる匂いが周囲に広がり、マッスルホーンラビットはその巨体を地面に倒すのであった。

それを見届け、手に持つ魔剣をアイテムバッグにひょいと入れなおすと、物言わぬ骸となった兎の横を通り、終始へたり込んでいた女に近寄る。


「よう、ねーちゃん。無事かい?」

「ひゃ、ひゃい!?」

「はっはっは!安心しな、とって食いやしねぇーよ!」


ゲラゲラと笑いながら杖を担ぐ銀二。やっぱりなにか騒動に巻き込まれるのだなと改めて悟る昼下がりであった。

と、唐突なバトル回。またの名を描写練習回ともいう。

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