6-医者の代わり扱いされてた理由はそこなのねー
ちょっとだけ時間が飛ぶんじゃよ
ぴよーとどこか暢気に鳥の鳴き声が自身の上から響く。雲一つない快晴の中、猛禽類のような少し大きめの鳥がその青空を飛んでいた。
王都を出て約2カ月程。銀二はいまだ旅の途中であった。
「ほー!これが噂の王国守護、天然の要塞と名高き霊峰とやらか。いやはや、すっげぇなー」
2か月ちょっとの旅で日本にいた頃より幾分か体つきが良くなっただろうか、細身であることには変わらないがそれでも一端の旅人を名乗れるくらいにはなっていた。
雑に剃っているためか、剃り残しがちょこちょこ見られる顎髭をさすりながら、視線の先の霊峰山脈をみやり、ついでその麓の町に視線を移す。
「はてさて、今度はどんな出来事が待ち受けているやら・・・。もうおっさん悟ってっから、おっさん無敵だから」
歩き続けながら、この2カ月の旅を振り返り遠い目をする銀二。
ちなみにまだ王国領土内なのであった。
霊峰の麓の町、ドゥールに辿り着いた銀二はその足でまず冒険者ギルドへと入っていく。
というのも旅の途中で摘んでいた薬草であったり、ばったり出会った魔物の換金を行うためだ。
「いらっしゃいませ、ご依頼ですか?」
「ははは、やっぱこのローブ着てると最初はそう言われるよな。ああ、依頼じゃなくて換金さ、ほれギルド証」
銅板のギルド証をチラと見せると、受付嬢は顔色を変えずにこくりと頷く。
「これは失礼しました。それで、換金との事ですが」
「ああ、ポーション用の薬草と・・・よっと、ゴブリンとかコボルトの換金」
「はい、常設の換金ですね。・・・失礼ですが、こちらのゴブリンはどちらで?」
「ん?ああ、こっから東のティーネの街との間で出没したんだが・・それが?」
「ティーネですか・・。ありがとうございます。元々ゴブリンは出没頻度の高い魔物ではございますが、最近どうにもその数が増えていると報告が寄せられておりましたので・・」
「確かに・・・王都からこっち旅を続けてる中でもゴブリンは結構見かけたな~」
その銀二の言葉に、ザワリとギルド内が騒ぎ出す。受付嬢も少しばかり目を見張り銀二を見る。
「王都からいらっしゃったのですか!」
「え、あ・おう。見ての通り、精霊教会の関係者みてーなもんで巡礼の旅の途中さ」
「見たところお一人のようですが・・?」
「ははは、自分でもこのご時勢に巡礼に出るおかしさはわかっているさ。そんな酔狂な旅に付いてくるって奴がいないこともね」
「とはいえ、行商人や国を渡る冒険者は最低でも4人のパーティーを推奨しています。パーティーは探されないのですか?」
「あーなんだ。まぁ急ぐ旅でもなし、ついでに俺があっちこっちフラフラすることが多いからなぁ。それもまた一興と思って旅してるし、それに付き合わせるのも悪いだろ?」
にへら、と口元をゆがめれば受付嬢も強くは言えないのか、一つため息を吐くと銀二が提出した薬草などを調べ報酬を手渡す。
「巡礼ともなればこれから先は霊峰を越えなければなりませんよ?連邦の行商人なども命を落とすことがある山ですから、無理はなされませんように。こちら、薬草とゴブリン・コボルトの討伐報酬です。お確かめを」
「ああ、しかと忠告ありがたく。・・・おし、これならちょいといい宿に泊まれそうかね」
銀貨が詰まった袋を持ち上げ、アイテムバッグへと放り込む。受付嬢に片手をあげて挨拶すると、依頼の張られたクエストボードへと顔を向ける。
「ふーむふむ、一般クエストってのはどこも結構似たようなものが多いねぇ・・」
ジョリジョリと顎髭をさする銀二の背後から一人の女性が近づいてくる。
「もし、少しいいだろうか?」
「んー・・・?」
―――
――
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最初に思ったのは「胡散臭い」というものだった。大地の精霊教会のローブを着こみ、しかしギルド内でもそのフードを取ることはない。敬虔な信者なら或いはとも思うが、もし敬虔な信者がいるとすればこのような荒くれ共がいる冒険者ギルドではなく、町の教会であるだろう。
男は自分の名をギンジと名乗った。聞きなれない響きの名前だ。そう言えば彼はそれはお互い様だと笑って答える。聞けば出自は遠く離れた島国の出らしい。目深にかぶったフードから覗く口元は、へらりと歪み、顎髭がちらちらと見えることからだらしない人物であると思考が告げる。
声をかけたのは自分からだが、大丈夫だろうかと一抹の不安が脳裏を過るが―――。
「それで?そろそろ話してもらってもいいかい?アンタの依頼ってのを」
コーヒーを口につけ、一息ついたギンジはそういって脱線していた私の思考を元に戻す。
「ああ、すまないな。それで頼みなのだが・・・」
「おう」
「・・母の、容態を診てほしい」
「おぉ・・・?なんだいそりゃ、そういうのは医者に診てもらうってのが筋じゃねぇのかい」
「医者にはもう見せた。魔力放散症だと言われた。だが・・・貰った薬も効かないし・・・それに私も今まで魔力放散症の人を見かけたことがあるが、どうにも症状が違う気がするのだ」
「ふーむ、なるほど。セカンドオピニオンをご希望ってとこか」
「セカンド・・?」
「ああ、こっちの話。やれやれわかったよ、ちょいとばかし見せてもらうさ。・・しかし、なんだって俺にそんなことを頼むんだい、初対面だろ?」
「む、ああ。連邦から来た行商人に相談したことがあったのだ。精霊教会の一派で診療所を開き治療しているというものがいると。それで・・」
「なーるほどね・・・・」
グイっとコップを傾け、コーヒーを飲み干すとそのまま彼は立ち上がる。下から見上げたその一瞬、隠れていた彼の眼がチラリと見えた。少し眠そうな垂れた目だが、その目は獲物を見つけた獣のように鋭く見えた。
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――
―――
ギルドで出会った女はローサと名乗り、普段は薬草類の採集を専門にしている冒険者らしい、と銀二は先行する革鎧を着た女の背中を見る。
ギルドで声を掛けられ、立ち話もなんだと入った喫茶店から出て彼女の家に向かう道すがら、彼女の母親の症状を思い返していた。
「(10日ほど前に一度倒れ、一度は意識不明。数日前に意識は戻ったものの体のだるさや息切れ、手足のむくみ。そして倒れた時は胸を押さえていた、と。判断材料がまだすくねぇし、なによりここは異世界だからなぁ・・・)」
ジョリジョリと顎髭をさすり、思わず視線を空へと向ける。
「どうしたのだギンジ。こちらだ」
「ああ、すまんね。ちと考え事さ。」
案内されるまま入ったのは一件の住宅。聞けば母娘二人暮らしという家は、確かに二人で住むには十分な広さだった。
中に入り出迎えたはローサに似た顔つき女性。
「どうも、巡礼者の銀二ってもんだ。お宅の娘さんにあなたの容態を診てほしいと依頼を受けてね」
「あら・・これはご丁寧にありがとうございます。ローサの母のリースです。どうぞ、今お茶をお出ししますね」
「あ、母さん。それは私がやろう」
「いや、ローサ。ちょいとばっかし話が聞きたいんだが・・・?」
「え、ああ。母さん、無理はしないように」
「これくらいは大丈夫よ」
そういってリーサは奥の台所へと向かう。ローサは話があるという銀二に視線を向けるが、当の銀二はリーサに視線を向けたまま話し始める気配がない。
「ギンジ?話とはなんだ?あまり母に負担をかけたくはないのだが」
「話ってのは嘘さ。それよりも彼女の動きから診断していくのさ」
食器棚の上のほうに茶葉を置いておいたのだろう、台に上り茶葉を手に取り降りる。それだけの動作で彼女の息が上がり始めていることに気づいた。
そこまでくると今までの情報が組み合わさり銀二の脳内に情報が走り始める。
=リーサ・ラーデン=
女性/48歳 食堂スタッフ
高血圧、心筋梗塞→心不全
「(これはまた便利なこって・・・。くそたっけぇ検査機器がいらなくなるな!)」
思わずとばかりにため息を吐く。いい加減、この二カ月でスキルにも慣れてきた銀二。なにも診断にスキルを使ったのは初めてではない。旅の途中にも急病で倒れた村人などの診断を行い、身体強化から派生させた身体治癒術を使い治療してきたのは伊達ではない。
「ギンジ・・?母はどうなのだ?」
「ん・・・そうさな、病の原因はわかった」
「本当か!」
「ああ、おっかさん戻ってきたら本人と一緒に伝えるさ」
そういって顎髭ジョリジョリをし始める。診断と治療方針は固まっているので、今思うのは自身のスキルについてだ。
名づけるならば、『看破』のスキルとでもいうべきだろうか。見聞きした情報を元に自動的に答えに辿り着くスキルだ。見ただけで分かる、という分には非常に強力なスキルなのだが、最初のうちは発動のタイミングがまちまちだったのだ。
「(このスキルの発動に必要なのは情報。このスキルは得た情報と情報を線で結び形を見せつけるものだ。少しの情報があれば望む姿を見せてくれる・・・が、それがわかっても扱いには注意しないとな)」
「どうぞ、ギンジさん。それで原因が分かったとのことですが・・・」
「ああ、すまんね。そうさな・・あんたの病の原因は、心の臓さ」
「心の臓が・・?」
「そうだ。およそ10日前、あんたは職場で倒れたところを発見されたそうだが、胸を押さえていたって話だ。それと、さっきみたいに台を上り下りするだけで息が切れるようになった」
「え、ええ。確かに少し動いただけで息切れがするようになってきて・・・それに一日中だるさを感じるようになったのも、思えば倒れてからね・・」
「心の臓は血液を全身に循環させる働きを持つが、その血液の中には呼吸で得た空気の成分が含まれてる」
「空気・・?」
「ああ。息を止めると苦しいだろ?ありゃ空気の成分がないからそういう風に感じるのさ。あんたの心の臓は弱って本来の力が出なくなってる状態だ。つまり、息を止めながら動いてる状態に近いってことさ。そりゃ息苦しくもなるだろ」
「な・・なるほど・・・。これは魔力が抜け出ていく症状だといわれたのですが・・・」
「あんたの魔力は変わらずあんたの体にちゃんとあるさ。こう見えて精霊教会の関係者、魔力の流れには敏感だからな」
「そこまではわかったが・・・ギンジ、母は治るのか?」
茶の入ったカップを手で包みながら、気が気ではない切羽詰まった表情でローサが問いかけてくる。それに対し、銀二も力強くうなずく。
「ああ。俺が故郷にいた頃、同じ症状を見たことがある。まぁ向こうは魔法なんざなかったから色々薬が必要だったんだが、こっちでは師匠に魔法を教わってる。大丈夫、今日治療すれば元通り働けるさ」
「ほ、本当か!」
「任せろ、今は巡礼で根無し草だが、むかーしは医者みたいなもんだったからな」
そういって席を立ち、リーサの背後に回る。そのまま左の肩甲骨あたりに手を当てると、自分の魔力をゆっくりと流していく。
「このまま俺の魔力を流して心の臓を治療していく。まぁ特別やることもないからリラックスしてな」
「あ、はい。よろしくお願いします」
女神の所で身体強化を練習し、この2カ月の旅で魔力操作を鍛えていた銀二からすれば、自分の魔力を他人に流しそれを意のままに操るのは簡単だった。むしろ手術でカテーテルを入れて目標の臓器に送り込むほうがまだ難しい。
ジワジワと魔力を流し込み、心筋梗塞でダメージを受けた心筋の回復を行い、原因となった血栓や血管内の老廃物を除去していく。最後にサービスとばかりに全身に治癒術をかけて離れる。
「こんなもんかね。どれ、ちと動いてみてくれ」
「あ、はい。あら・・・体が軽いわ・・」
すくっと立ち上がりそのまま台所へ行くと先ほどと同じように台に上り下りを繰り返す。その動作をしてても息切れが起きる様子はない。それをみて銀二は一つ頷き、ローサへと視線を向ける。
「さて、これにて依頼は解決。ってことでいいよな?」
「あ、ああ。まさか来てその場で治してくれるとは・・・感謝の言葉しかない。それで報酬なのだが・・」
「んーそうさな・・・。なら、今日の晩飯おごってくれ」
「そ、それだけでいいのか・・?」
「ああ、おっかさん食堂で働いてるんだろ?ならうまい飯にありつけそうだ」
カカと笑い顎髭をさする銀二に、きょとんとしながら後に笑いだすローサであった。
大体1日30km位歩いてますこのおっさん
後ほど国やら大陸やらのお話はしますが、わかりやすく言うと某中華の北の京から成の都まで歩いてきた感じです。え、わかりづらい?グーグルマップ見ましょうね!