5-やっとこさ王都からでられたんだが先が思いやられるぜー
窓から薄っすらと陽の光が入ってくる頃、椅子で寝ていた銀二も目を覚ましグググっと体を伸ばす。
バキバキバキと骨を鳴らしながら立ち上がり、窓の外から空を見上げる。
「ふぁ~~あ。あー体いてぇ~」
昔みたいに無理出来ねぇなぁとぼやきつつ夜が明けたのを確認すると、次いで通りの様子に目を光らせる。
「さすがに騎士様も朝早くはきついのかね、姿が見えねぇな。それと・・・商人ってのは朝はえーな」
表通りの道具屋だろうか、まだ夜が明けたばかりだというのにすでに扉にかけたサインをひっくり返し、開店を示している。それを見ながら資料室を出ていく銀二と、その姿にぎょっとしながらも次いで苦笑するギルド職員。
「おはよーさん。ギルドも大変だねぇこんな朝早くから・・・」
「いえいえ、私どもも交代で勤務しておりますから。それよりも、資料室は仮眠室ではありませんよ?」
「ははは、すまんすまん。なれない調べものでちょいとうとうとしちまってね。今後は気を付けるよ」
そういいながらギルドを出ていき、対面の道具屋へと足を運ぶ。
カランコロンとドアベルが来店を知らせ、カウンターの店主の視線が銀二へと向く。
「いらっしゃい!朝早いね」
「そりゃお互い様さ。冒険者に合わせて開けてんのかい?」
「ああ、冒険者ってのは荒っぽく見えて実は時間に厳しいからな。大体夜が明けるころにゃー仕事に出てくのが多いのさ」
「場合によっちゃ遠出するってこともあるもんな。そりゃ朝一で行動するか」
「お客さん、ギルドから出てきたってことは旅に出るのかい?」
「ああ。師匠の跡を継いで巡礼の旅にね。ってことで旅の必需品を探しに来たんだが・・・」
「なるほど・・。最近じゃ巡礼者ってのは見かけなくなったが・・・・っとそれならこれがいいぞ」
そういって店主がカウンターから出て棚から一つの袋を取り出す。
それをカウンターに乗せ、中身を少し広げていく。
「まぁ旅人用のセット商品さ。火起こしやら水筒に魔除けの香数日分。防寒用の毛布と簡易的な食器類。ついでに髭剃り用のナイフもつけとくよ。お客さん、生活魔法は達者かい?」
「いや、簡単な身体強化ができるくらいだな」
「それならこれも持っておいたほうがいい。体を清潔にする魔法具さ」
「魔法具・・・ってのはなんか高けぇイメージなんだが・・」
「はっはっは!そうさな、魔法使い御用達の魔法補助具や、高位魔法を扱う魔法具なんてのはたっけぇが、こんな生活魔法を代用してくれるものなんてのは安いもんさ」
「へぇ~。いや、師匠が自分でできることは自分でやれってうるさかったもんでな。でも旅で体を清潔に保てるってのはうれしいねぇ。うし、それもつけといてくれ」
「毎度!」
「そういや、昨晩はなんだか騒がしかったみたいだが・・なんかあったのかい?」
「ああ・・・なんでも王城に賊が忍び込んだって話さ。なんでも騎士を襲って、宝物庫に侵入したってんで、ここにも騎士様が聞き込みに来たぜ」
「へぇー!王城に賊・・・ねぇ・・・。そりゃ世も末ってやつかね・・」
「あんまり大きな声で言えんが、まぁ俺らからすりゃざまぁ見ろってなもんさ」
ガハハと笑いながら店主は袋に道具を詰めなおして口を縛る。その表情は仄暗い感情がチラリと見えたが、銀二は深入りせぬよう見て見ぬふりをした。
「今の王になってから税金は上がるし、変な法も増えたしなあ・・・。聖光教会もだんだんきな臭くなってきたし・・・この国は大丈夫かねぇ・・・」
「聖光教会・・?精霊教会とは違うのかい?」
「ん?他の教会の人だとあんまり知らねぇのかい?聖光教会も元は精霊教会の一派なだけだったんだがね。この国の王族は光の精霊神の神官の末裔ってことで、特に光の精霊神の信仰が強かったんだ。それで何代か前の王様が光の精霊教会のバックにつくことで精霊教会から独立して聖光教会って名乗るようになったのさ」
「へぇ~・・・」
「最近の聖光教会はちと過激な思想になってきててなぁ・・・。まぁ熱心な信者は貴族サマが多いってんで選民思想がどんどん強くなってきてるのさ」
「うへぇ・・・やだやだ。人類みな兄弟、信仰はすべての民に平等であれってね」
肩を竦めながら銀二はカウンターに銀貨を数枚出す。それを店主が必要枚数だけ取ると、商品の袋を銀二に渡す。
「なにごともなきゃいいんだが・・・。アンタも気をつけな、最近じゃ精霊教会へのアタリも強くなってきてるって話さ。それが原因で王国内の巡礼が出来なくなってるってのも増えてるらしい」
「ああ、ありがとうよ。それぞれの属性の精霊教会の本山は他国だし、まぁ面倒事になる前にこの国を出るさ」
片手をあげて礼をすると、店を出る銀二。ちらっと左右を確認し、通りに騎士がいないのを見ると通りの先の門に視線をむける。
昨晩は固く閉まっていた門だが、既に跳ね橋は降りて開門していた。門には数人の見張りが検問をしているのか、馬車のなかを確認したり冒険者の顔を確認している。
「さて、問題はどうやってあそこを出るか・・・だな。いい加減俺の人相なんぞ伝わってるだろうし・・・」
門に向かって歩きながら思考に耽る銀二だが、視界の隅、路地裏に視線を向けた。表通りの華やかさとは違い、どんよりとした空気が視覚化されたような雰囲気と、それを助長するかのように路地裏に座り込む数人の人々。
「ふーむ・・・ホームレス・ね」
ジョリ・・と少し伸びたヒゲをさすり、思考を加速させる。そんな銀二の姿に胡乱な目を向け始めるホームレスの男。
「おい、見世物じゃねぇぞ、失せろ」
「あん・・?ああ、すまんね・・・。詫びってわけじゃねぇんだが一つこいつで頼まれちゃくれねぇかい?」
チラッと手元の銀貨を見せると、男の眼がギラリと光る。男が動く前に銀貨を握り直し、ローブに隠れて唯一見える口元をニヤリと歪ませる銀二。まるで犯罪教唆をする悪人のような感じになってきている。
「なぁに、簡単なことさ。こっちのローブを着て、こっから外門まで走って、そっから南の方まで走り抜ける。簡単だろ?」
「・・・・やれないことはねぇが、それが何になんだ?」
「そいつぁお前さんにゃー関係ねぇさ。あーでも走るだけっつっても辛いかもナ~、出来るかナ~?」
「馬鹿にすんな、ただ走ってくればいいんだろ!?そんなガキにでも出来ること俺にだってできらぁ!」
「お?そうかい?なら・・・ほれ、報酬は前払いでくれてやる。走り終わったらそこらでなんか食うといい」
チャリと銀貨を渡し、アイテムバッグに入れていた騎士のローブを男に着させる。立ち上がった男は銀二の見立ての通り、銀二とあまり背丈は変わらないようで、ローブの違いこそあれ二人の格好は瓜二つだった。
「それじゃあ、いいか?具体的に説明するぜ?」
―――
――
―
朝早くから大勢の人たちが外門に来ており、門番たちは通常業務である外側からの検問に加え、昨日起きた王城侵入犯のために内側の検問に追われていた。
「次の者!・・・商人か?馬車の中を検めさせてもらうぞ」
幌馬車の中を一人が検め、もう一人が馬車の馭者や護衛の人相を確認していく。問題がなければそのまま通すようだが、人相を確認していた門番の視界の隅に白い影が入る。
「ん・・?」
騎士の儀礼用ローブを着た男が、目が合うなり体を竦ませ門番に背を向けて南門へ走り去っていく。余りにも挙動不審な様子と、昨晩遅くに騎士団が持ち込んだ情報が門番の頭の中で組み合わさっていく。
「騎士の儀礼用ローブを着た男!いたぞ、賊だ!!追え、追え!!」
鬼の首を取ったように大声で叫んだ直後、詰所から大勢の兵が出てくると門番が指示した南門へ走りだす。並んでいた商人や冒険者らはポカンとしながらも、一人残った門番に問いかける。
「なぁおい。俺らはもう通っていいのか?」
「あ、ああ。協力に感謝する!通ってよし!!」
検問の原因たる賊が見つかったため、内側の検問を行う理由はない。それよりも外側から入ってくる者のために検問をしなければならないため、通行を許可した門番。
その声に従い、ぞろぞろと王都から人が出ていく中、大地の精霊教会のローブを着た男がいたことに、門番は終ぞ気付くことはなかった。
「すまんな青年、だがまぁ・・・悪い事したら追われちまうのはしょうがないよなぁ」
追われた青年の情報を思い出しながら、小さく呟く。強盗・ひったくりなど、それなりに悪事を働いていたらしき男の情報を銀二は二度と思い出すことはないだろう。
それよりも、と視線を外へと向ける。広々とした草原と馬車や人の往来で出来た轍、その先にある丘陵地帯。つい昨日まで日本にいた事の方が嘘だと言わんばかりに広がる自然風景に、思わずヒゲをさする。
「やれやれ・・ようやくスタートか」
跳ね橋を渡り終え、チラリと顔を振り替えさせる。石造りの城壁にチラリと王城も見える。
白亜の王城は見てくれは美しく輝いていたが、うっすらときな臭さも感じさせる。それは無理矢理呼ばれた銀二の心を映しているのか、はたまた―――。
「さてさて、長い旅になりそうだ。ゆるーく頑張っていきますかね~」
やっと出れましたね。
次回からサクサク進めていこうかなと