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58―いーい湯ーだーねぇー

「あらまぁ・・・」


口に手を当ててのんびりとしながらも驚いているのか、少し細められている目が開いたユウギリの表情に言い淀むようにして頭を掻く銀二。大方の事情は話したものの、ある種荒唐無稽な話にギルドの役員と思われる男は訝しむようにして銀二を見やる。


「仲間内でも話したんだが、おそらくあの洞窟はドラゴンの巣穴か墓場だったんじゃねぇかなって。事実最深部にドラゴンの骨があって、澱んじゃあいたが膨大な魔力があそこにあった」

「・・・俄かには信じがたい話ではあります。それと、冒険者ならまずこちらに報告を入れてください」

「報告が遅くなったのは謝るさ。こっちはこっちで仕事の依頼を優先しちまった訳だしな」


眉間に寄った皺を指でほぐしながら言った男の言葉に、肩を竦めながら詫びを入れる銀二。謝ってはいるがどこか暖簾に腕押し、といった風の銀二の姿に「またこのタイプか・・・」と言葉とため息を零した男は、気を取り直して顔を起こす。


「確認ですが、大量のアンデッドとその瘴魔・・でしたか?が出たのは隧道の下部だったのですね?」

「ああ。ちょいとしたトラブルで俺だけ下に落っこちちまってね。出口に向かおうとしてたら奥に進んじまってたらしいんだわ」

「そしてその瘴魔とやらと最深部で戦闘、ブレスなどの攻撃で地盤が崩落したと」

「一時期話題になったっていう『触手付き』ってやつの上位版みたいなもんさ。理性なんてもんはねぇから周囲を省みずに手当たり次第に攻撃するってわけさ」

「触手付きに瘴魔・・・・なるほど。一度ギルド本部に問い合わせてみましょう」

「・・でもその瘴魔というのはギンジさんが倒してくださったのでしょう?」

「ああ。一応消滅は確認したが・・・まぁ瘴気の元になり得る澱んだ魔力はまだ洞窟に有るし、何が原因で瘴気になるかはわからねぇからなぁ」


ユウギリの確認の声に頷きはするものの、顎に手を当てて懸念を口に出す。それに頷き返したユウギリは視線を銀二からギルドの役員の男に戻し話を聞きなおす。


「それで、隧道はどの程度の被害に?」

「各所で小規模の落盤が。馬車も通れなくはないですが、これ以上の崩落が無いとも言い切れません。土の異能使いに依頼して補強工事を行いますので、暫くは通行を止めたほうがいいかと」

「ではそのように。費用はこちらで出しますので、可及的速やかに取り掛かってくださいな」

「わかりました。支部長にも伝えておきます」


「それでは」といって立ち去った男の後姿を見送り、通りの角を曲がっていったのを見届けるとユウギリがくるりと銀二へと向き直る。


「なんだか大変なことになっているみたいですねぇ」

「いやー俺も脱出するときは意識が無かったもんで、隧道まで崩落してるとは知らなかったからなぁ」

「意識なく脱出を?」

「戦闘で出血が多くて気絶してたんだよ。んで連れてる馬が、いったん全員外に出てから俺を助けに戻ってくれてね」

「あらあら、それは賢い子ですね・・・。こちら側から隧道に入って辿り着くなんて・・・」


崩落の話でも細められた目があまり開かれなかったユウギリだが、この話では本当に驚いたのか目を見開いて銀二を見る。その反応に「はて?」と首を傾げると、表情を戻したユウギリが恥ずかしそうに口元に手を当てて話し始める。


「今でこそそれなりに知られているこの街ですけれども、昔は隠れ里でしたから外界と繋がる道は非常に重要なものだったのです。特に私達の異能である『呪術』や、星読みの知識は他の種族の方からすれば、命を代償に手に入れたいものだったようで」

「ふんふん」

「あの隧道は、今では魔導灯を着けたりと迷わないように最低限体裁を整えましたが、昔は魔導灯もなく元からある洞窟を利用して掘り進んだだけの場所。あちらから入る分には斜め後ろに合流するだけなので一本道に見えますが、こちらから出る際には分かれ道が非常に多く見える為脱出が困難なのです」

「入りやすく出にくい、天然の迷路というわけか」


いわば「Y」の字の様な道なのである。上の二又側の片方から進んでくると、合流部は斜め後ろなので前に進めば自然と辿り着き、下のティビリ側からは二又の分かれ道に出てしまうというのが多数あるのが、この隧道の特徴なのである。納得する銀二の言葉に静かに頷くユウギリは、「んー」と声を出したかと思えばポンと静かに柏手を打つように両手を合わせて一行の視線を集める。


「本当ならもっとお持て成しをする場面なのですが、対応しなければならないことがありますので今日はこの辺で」

「ああ、すまんね厄介事を持ち込んじまって」

「いえ、どちらかといえば大事になる前に処理をしてくださったと考えています。骨になったとはいえ元が地上最強の名を冠するドラゴン。ましてや狂暴になるという触手付きの上位版ともなれば・・・それがティビリに出てきたら一夜にして滅んでいたことでしょう」

「(あれ・・そんなにやばかったのか・・・)」

「昨日の今日でお疲れでしょうから温泉に浸かって休まれるとよろしいかと。それでは失礼しますね」


そう言って立ち去ったユウギリの背を見送り、タバコを取り出して一服し始める銀二。


「やれやれ・・・気を遣わせちまったか」

「物腰柔らかなご婦人、といったところだったな」

「ああいうタイプは敵に回せねぇ方がいいだろうなぁ。何考えてるのかひとっつもわかりゃしねぇ」


ジャリと音を立てて踵を返し、街へと歩きだす銀二。口に咥えたタバコを揺らし煙を吐き出しながら、疲れの残る重い体を猫背にしながら三人娘を引きつれていく。

和服によく似たスタイルを見かけつつも、ぽろぽろと洋服で歩く人も見かける。8:2くらいの割合で和服の狐人が多く、それ以外の種族が洋服といったところか。

ある意味で職業病的な人間観察を続けながら宿に向かって歩いていると、向かい側からアスタがひょいひょいと歩いているのを見かける。


「あ、アスタさんだ」

「んー?」

「・・・さり気ないが周囲を見回しているね。何か探しものか?」

「あっ、こっちに気付いたよ」


銀二達の姿を見るやピンとその耳を立てて一度視線を斜め上へとあげて、何か納得したのか頷きながら銀二達へと近づいてくる。


「や、アンタ等の用事は終わったのかい?」

「ああ。そっちは?」

「まぁボチボチかね。それより宿に戻るんだろ?いい酒見つけたから一杯やろうや」


一本の瓶を軽く掲げながら合流すると、「ほほぉ」と顎に手を当ててニヤリと口角を上げる銀二。先ほどまで下がっていた頭がにょっきり起き上がるのを後ろから見ていたライラやアリエルが苦笑し、クラリッサはその瓶を興味深そうに眺める。


「お米でお酒を造ってるんですかぁ?」

「そうさ、珍しいだろ?ティビリの奴らってのは米が主食らしくて、それを酒にしちまったってんだから」

「マジで日本文化みたいなのがあるもんだな・・」

「そこまで似ているのか?こことギンジ殿の故郷は」

「ま、細かいとこは違うけどな。さ、帰ってのんびり酒飲んで温泉入るかー」


―――


カポーーンという音が聞こえたかは定かではないが、岩に囲まれた温泉に浸かりながら深く深く息を吐き出す。気がつけば陽がとっぷりと暮れて星々が空に煌めく時刻。

落ち着いた低い音で静かに鼻歌を歌いながら、タライに載せた徳利を傾けて盃に酒を注ぐ。無色透明ながら酒特有の香りが鼻腔に届き、懐かしい記憶が呼び起こされる。静かに香りを楽しんだ後はクイっと一気に傾けて唇を潤す。


「っくー!あぁーうめぇや・・・」


コトリと盃をタライに戻し、じゃばっと水音を立てながら岩に背を預けて空を見上げる。思えばこの世界に来てからというもの、水浴びや簡易的なシャワーくらいでこうしてしっかりと湯船に入るというのは初めてかもしれない。

日本の首都圏で暮らしていた銀二からすれば、煌々とした街の明かりに隠れた星を見上げる機会はほとんどなく、夜の闇が守られた異世界の星空は新鮮なものに映ったのである。


「疲れが溶け出る様な最高の温泉に、星空を肴に飲む美味い酒。それに―――・・・」


頭を後ろに傾けて岩に載せ、ゆっくりと目をつぶっていると少し離れた場所から聞き覚えのある声が銀二の耳を打つ。


「おぉー、すごい!ボクこんなに沢山のお湯張ってるところなんて見たことないよ」

「ふふふ、足元滑るから気を付けるんですよぉ」

「なるほど、屋外で湯につかると聞いた時には驚いたものだが、これはいいものだね」

「ロテンブロ・・だっけか。確かにこりゃいいもんだねぇ」


「良い女もいるとなりゃ、最高だな」と言葉を零して酒を注ぎなおす。ふと自身の体を見れば、ここ数カ月の旅で筋肉がついた体に各所についた傷が目立つ。傷の殆どは自分の治癒術で治しているが、その部分の肌の色は、元の浅黒い肌と違って少し白く見える。

特に昨日戦ったドラゴンゾンビに貫かれた腹は、傷こそは塞がっているものの、軽くなぞればボコりと少しだけ凹んでいるのがわかる。


「回復力だけ見りゃ俺も十分バケモノみたいなもんだな」


苦笑しながら盃を再度傾ける。そんな銀二の耳に興味深い話が聞こえてくると、静かに呑んでいた気配を更に抑えて耳を傾ける。


「クラリッサさん、相変わらずおおきいね・・・」

「そういうアリエルちゃんだって十分あるじゃないですかぁ」

「確かにクラリッサのそれは・・水に浮くのだな」

「ただ大きければいいというわけじゃないと思いますけどぉ・・ほら、ライラちゃんのは程良く筋肉着いて形もいいですし」

「わぁ!?きゅ、急に揉むんじゃない!」

「おぉ~しっとりと手に吸い付いてくるの様な触り心地・・・いいですねぇ~」

「んんっ!このっ、いい加減に!!」


バチン!!という音と共に猫のうめき声の様な声が複数聞こえてくる。遠い目をしながら盃を傾ける銀二は、静かに脳にとある情報を刻み込んでおくことにする。


「アンタ等なにやってんのさ・・・風呂は静かに入りな。ほら、酒でよけりゃこれ飲んで落ち着きな」

「はぁ・・はぁ・・すまない・・」

「んで、アンタ等ギンジとどこまでイったんだい?」

「ぶふっ!げほっげほ!!」

「あー・・・」


何かを察したようなアスタの声を最後にボソボソとなにやら声を潜めて会話をしだす女性陣。銀二も下手に踏み込めば火傷するのは自分だと分かっているためか、息をひそめたまま盃を傾けて逃げの一手を打つのだった。


「・・・星が綺麗だよなぁ・・・」


そこら辺の感性は一昔二昔前の銀二なので、ナニとは言わないが結婚する前にはしないと決めているのであった。

ちょいと短いですが温泉回です、ご査収ください。

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