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56―この世界で一番の激闘だったのでは?―

ガコン、と落ちてきた岩盤を蹴り飛ばし、骨と土に塗れた銀二が顰め面を晒しながら姿を現す。手や顔など素肌を晒していた場所は擦り傷や火傷が見えているが、それも時間経過と共に時間を巻き戻す様に修復していく。

パンパンとローブに付いた土埃と骨粉を払い落としながら前を睨みつければ、正真正銘のドラゴンの骨格標本が周囲に撒き散らした瘴気と、それによって淀んでいただけの魔力をも瘴気に変えて吸収し始めていた。


「畜生め、そういうことかよ」


骨の表面に侵食するように生えている触手が、その表面を這う様にして骨を覆い隠していく。さながら、黒い肉が再生していくかのようなその光景に刻まれた眉間の皺がどんどん深くなっていく。


「ドラゴンゾンビってとこかよ。さっきのブレスで淀んだ魔力を瘴気に活性化させたってことか」


ぐちゅり、ぐちゅりと本物の肉の様なそれは、腐肉が悪臭を漂わせるのと同様に瘴気を周囲にばら撒き、そして周囲の魔力を瘴気へと変質させていく。

自然界に本来存在しない筈の澱みを持つ魔力は、何かのきっかけで瘴気へと変質する。厄介なのは瘴気があるだけでその澱みを活性化させるということで、あるだけで瘴気を増やしてしまう。


「まるで癌細胞みたいなもんだな・・・だけど、ひとつわかったこともある」


呟きながら体内の魔力を高速で循環させると、その循環を体内だけではなく外へと広げていく。淀んだ魔力がさらに強い澱みよって瘴気へと変質するなら、清浄な魔力によって澱みを薄めれば限りなく大源マナに近い魔力へと戻るはず。

銀二の見立ては限りなく正解に近かった。瘴気の側へと傾いていた天秤が膨大な魔力によって釣り合い、そして大源マナの側へと傾かせる。


「―――」

「天国だか地獄だか知らねぇけど、あの世から戻ってきちゃあダメだろ?」


あくまでもこれは瘴気になる前なら通用するが、一度瘴気になった魔力は戻すことは出来ないようで、鍔迫り合いのような状況に瘴気を纏ったドラゴンゾンビがその澱んだ眼の光を銀二へと向けて威嚇の様な音を響かせる。

睨み合いを続けながらも周囲の状況と少し心許ない自身の装備を思い返す。小山になった骨や、骨片が砂のようになり少し足が取られるこの広場は今の軽装であれば問題はないが、黒鉄の鎧であれば沈んでしまう。

やれやれ、と呟き周囲への魔力放出を続けながら並行して自身の身体強化にも魔力を回す。それが合図になったのか、ドラゴンゾンビも動き始める。


「――――!!」

「フ―――ッ!!」


見た目にそぐわぬ俊敏な動きで振り払われた腕を、見様見真似の正拳突きで対抗するとパキィィィィン!とまるでガラスが砕ける様な響き、互いの腕がお互いに当たっていない位置で動きが止まる。

高密度の魔力と瘴気が鬩ぎ合い拮抗しているためだ。そして互いの魔力が放出されるたびに、その衝撃波が周囲の骨を吹き飛ばしていく。


「(流石に重いな・・・!)」


パァン!と弾ける音と共に両者が弾き飛ばされる。少し蹈鞴を踏むドラゴンゾンビと違い、衝撃によって地面に足が沈む銀二。その足場に意識をとられ、ほんの一瞬視線が下を向くと前方から急速な魔力の収束を感じ取る。

慌てて視線を戻すと、口元に魔力を湛えたドラゴンが此方を睨みつけ今まさに放とうとしている。


「させるか!!」


瘴気そのもののブレスが放たれるのと銀二の腕から高密度の魔力が放出されるのは同時だった。互いの魔力が当たった瞬間、正反対の魔力が反発し合い先程とは比にならないほどの衝撃が広場全体を吹き飛ばしていく。

大きく吹き飛び壁に勢いよく衝突する銀二と、その衝撃によって肉の様になっていた黒い触手・・瘴気の塊が幾らか吹き飛び、ビチビチと音を立てて跳ねた後黒い靄の様になって空気に溶け込んでいく。


「ってぇ・・!」

「―――――!!」


互いに相手が放った魔力の余波が自らの体を文字通り焼いていく。ドラゴンゾンビが放ったような高密度の瘴気は生物にとって劇毒となり得るのだろう。自らの肌が焼け爛れ、そして即座に再生させていく光景にどこかぼんやりと考察を続ける銀二。

見れば相手も同じように体から煙を上げて物体化した瘴気が空気に溶けていくのが見える。


「あっちの黒いのが全部消えるのが先か、俺が死ぬのが先か・・」


ガラガラと崩れる岩をどかしながら広場に舞い戻ると、相手も敵意を剥き出しにしながら歩を進める。


「とことんやってやろうじゃねぇの・・・!」


―――


ズゥゥン・・・と重々しい音が遠くから聞こえ、微かな振動と共に天井から砂がパラパラと落ちてくる。それを怪訝そうにライラが見上げ、馭者を務めるアリエルは先程から落ち着きがないタマを手綱で落ち着かせる。


「地震か・・?」

「地震ん・・・?この辺じゃ滅多にありゃしないよ」

「そうは言うが、先程からね・・」


後方の警戒をしていたアスタが視線を幌の中に戻して会話に参加する。そのままついっと視線を滑らせると、長い耳をピコピコと揺らせるクラリッサがなにやら難しそうな表情で、顎に手を当ててなにやら考え込んでいる。


「クラリッサはなにか思い当たる節があるみたいだけど?」

「はい~。先ほどから強い魔力を感じるものですからぁ」

「強い魔力・・?ギンジ殿ではないのか?」

「確かに旦那様の魔力ともとれますが・・・どうにもそれだけではないみたいでして」


そう言っている間にも遠くから何かがぶつかり合うような音が反響して聞こえてくる。その音にアスタも天井を見上げる様にして耳をすませながらクラリッサの言葉に考えを巡らせ、少し口角を上げながら話し始める。


「もしかしたら、この洞窟の主とガチンコ勝負してるんじゃないかい?」

「「「・・・」」」

「な、なんだいみんなしてアタシの顔見て・・・っていうかアリエルは前みな!」

「あ、あははは・・・ギンジさんなら有り得ない話じゃないなぁって・・・」

「・・・クラリッサの言葉からすれば、もしかしたらギンジ殿と同等の魔力の持ち主か・・?」

「そう考えれば納得しますねぇ・・。それほど強力な相手であれば旦那様も多くの魔力を使うでしょうからぁ」

「・・ギンジさん、大丈夫かな?」

「ひとまず、底の見えない場所に落ちても生きていたんだ。信じるしかないよ」

「ま、もう少しでこの洞窟も抜けるし、抜けりゃちょいとしたキャンプ地みたいなのもある。そこで休憩しながら纏うじゃないか」


そう言って先を指さすアスタの手を追えば、うっすらと光が見えてくる。銀二がまだ残ってはいるものの、トラブル続きだった洞窟を抜けられる安堵が一行に流れるのであった。


――――


「―――――――ッ!!!!」


金属が擦れる様な魔力の摩擦がドラゴンゾンビの口から轟くと、周囲の地面から天井に向かって黒い光が立ち上る。その一つ一つがブレスと同等の威力を持ったそれに、魔力の収束を感知した銀二が慌てて回避行動をとる。

今に至るまでに互いに決定打には及ばぬものの、ダメージの蓄積は生じている。ドラゴンゾンビも黒い瘴気の塊が幾らか減っており、銀二も傷こそ見当たらないものの所々に血がついている。


「ハァ・・・ッハァ・・・ッ!」


今の一撃で魔力が瘴気寄りになったのを悟り、即座に大源マナを周囲へと押し流す。地下の広場という閉鎖空間において、空気中の魔力には限りがある。特に瘴気に汚染させたいドラゴンゾンビと、浄化させたい銀二はその限られたリソースを奪い合っている状況なのだ。

傷は治せても失った血やスタミナまでは回復できない銀二と、澱んだ魔力を完全に瘴気にしない限り肉体の再生ができないドラゴンゾンビ。相手に意識があるかはわからないが、銀二は決着までそう長くはないと感じていた。


「(魔力量が多くても、一回に出せる魔力に限りがある俺と・・・魔力量に限りはありつつも放出は膨大な量のあちらさん・・。この状況を打破するにはどうするべきか・・)」


ドン!と地面を吹き飛ばしながら急速に接近すると、その手に溜めた魔力を盛大に放出する。吹き飛ぶ瘴気の肉片がビチャビチャと音を立てて地面に落ち、次第に動かなくなると黒い煙を出して消えていく。


「――――」


戦闘を始めてからどれくらい経ったのか、その辺の感覚が麻痺し始めた銀二。兎にも角にも、少しずつ瘴気が減ってはいるものの終わりが見えないのだから気が滅入る。


「厄介なのは・・・テメェが個体じゃなくて群体だってことか」


ズドン!と叩きつけられたドラゴンゾンビの腕がそのまま瘴気を地面へと流し込む。こりゃいかんと銀二も周囲へと大源マナを流すと、その足元から槍の様に尖った瘴気塊が銀二へと迫る。

ズドド、と何本も触手が突き刺さると銀二の口から鮮血が吐き出される。不幸中の幸いは心臓などの重要な臓器には刺さらなかったことだが、それでも劇毒となる瘴気である。ジュウジュウと音を立てて肉が焼けていくことに叫びを上げたいところだが、状況はそれを許さない。


「おおおぉぉぉおぉおぉ!!」

「―――――ッ!」


血反吐を吐きながら全力の魔力放出を震脚と共に叩きつけると、青白い衝撃波を伴った魔力が広場全域に広がっていく。それによって刺さっていた触手も炭の様にボロボロと崩れ落ち、即座に治癒術による再生を開始する。


「はぁ・・・げほっ!」


体内に異物が入り込んだような違和感は、恐らく汚染された魔力によるものか。治癒術による魔力操作によって異常な魔力を一か所にまとめると、出血によって体外へと無理矢理に押し出す。


「荒療治っちゃ、このことか。参るね、ホント」


相手を睨みつけながら、口元に流れた血をローブの袖で拭いとる。先程の魔力放出に吹き飛ばされたのか、少し離れた位置で瘴気の肉を削ぎ落されてバランスを崩す姿があった。

互いに満身創痍といったところか。追撃に行きたいところだが、血を失いすぎたのか少し目が霞む。場の魔力の殆どは浄化し相手に汚染される危険性はないのが救いか。

ふらつく頭を一度振り足に力を籠めて走り出そうとした瞬間、膝がガクリと崩れる。それを隙と捉えたのか、ドラゴンゾンビの口元に再度魔力が収束しブレスの発射体制入る。


「ちょ・・・まずいっつの!」

「――――!!」


ガパリと口が開き、球状に収束した魔力が見える。今まさに放とうとした次の瞬間、轟音と共に天井が崩落しドラゴンゾンビの頭部を岩盤が押しつぶしていく。


「なんだ!?」


衝撃によって巻き上がった砂ぼこりに視界を潰されるが、薄っすらとドラゴンゾンビから瘴気が這い出て球状に纏まっていくのが見える。そしてそれに向かって天井から黒い影が落ちてくると、瘴気の塊を上から潰し、さらにはこちらに向かって吹き飛ばしてくる。


「なんか知らねぇけど・・これで、終わりだァ!」


巨大な塊を素手で掴み、肉を焼かれながらもその身に宿る全魔力を相手に注ぎ込む。キィィィィィィィン!と酷い耳鳴りの様な音が広場に響いた瞬間、トドメとばかりにレーザーの様に魔力を放出させるとバラバラと音を立てて瘴気が消え去っていった。


「ざまぁ見ろちくしょうめ・・」


ドサっと尻もちをつくようにしてその場に座り込むと、それと同時に地響きが聞こえ始める。散々ブレスや魔力放出によってダメージを受けた岩盤が崩れ始めているのだろう。失血と魔力枯渇によるショックによって急速に意識が遠ざかっていく中、特徴的な足音を鳴らしながら近づいてくる影に、一度驚いたもののフッと笑って意識を闇に落としていくのだった。


―――


「―――お久しぶりですね」

「・・・・・お?」


耳元で聞こえてきた声に意識が急速に浮上する。バチっと開かれた目には二つの大きな山とその山向こうから見える美しい女性の顔。忘れるはずもない、この世界に来たその時に世話になった大地の精霊神その人(?)である。

後頭部に感じる柔らかな感触などから現在の体勢を察した銀二は、起こそうと力を入れた体を脱力させて堪能する態勢に入る。


「あらあら・・・」

「たまにゃぁいいだろ。今回大変だったんだしよ」

「ふふふ、そうですね。大変良く頑張りました」


幼い子供を褒める様に撫でるその手に、安らぎを感じて再び目を閉じる。そのままゆっくりしたいところだが、そういうわけにもいかないだろうと態勢は変えずに口を開く。


「それで、無理をしてまで会いに来たご用件は?」

「相変わらず察しの良い方ですね。・・・以前お会いした時に、お願い事がふたつあると言ったのを覚えていますか?」

「・・・宝具を返してこいってのと、もう一つはいずれわかるだろうって言ってたっけか」

「ええ。宝具の返却は問題もなさそうですから、改めて二つ目をお伝えしに」

「・・・・」


撫でる手が止まったのを境に、銀二も目を開いて精霊神の顔を見る。その真剣なまなざしと、今までのこの世界の経験を考えて一つの結論に思い至ると一度ため息を吐く。


「瘴魔をなんとかしてくれってか?」

「・・・本当に、聡い方」


手を頬に添えて少し困ったように微笑みながらそう言うと、銀二もゆっくりと体を起こして精霊神に向き直る。


「正確に申せば、宝具がなくなり瘴気を抑えられなくなった各地の問題を解決へと導いて欲しいのです」

「今回の一件でわかったけど、瘴気ってのは澱み切った魔力って解釈であってるか?」

「はい。本来、澱んだ魔力は自然界の魔力と混ざりそしていずれ薄まっていくもの。ですが、その許容量には限りがあります。そこでそれぞれの精霊神が分担し、各地で浄化をさせるようにしたのです」

「そしてそのための道具が宝具というわけだ」

「その通りです。十年ほど前に宝具が奪われて以来、各地では瘴気の異常が生じてきています」

「王国にいたときに現れ始めたのはその影響が強くなってきたからか」

「おそらく、各地の限界も近いでしょう。火の一族をはじめ、瘴気を抑える役目を持つ者たちが奮戦してはいますが・・・」


彼女も一度ため息を吐くと、銀二も頭を掻きながら再度ため息を吐く。


「わかったよ。乗り掛かった舟だし、やることはそんなに変わらねぇからな」

「本当ですか!」

「ああ。まぁなるべく早く全部返しに行くさ」

「―――ありがとう。こう言ってはなんですが、貴方がいてくれて助かりました」

「・・・・よせやい。こっちだって新天地にこれて毎日楽しんでんだ」


銀二の言葉にニコニコとほほ笑む女神の視線から逃げる様に顔を逸らすと、真っ白な空間の遥か空からなにやら聞こえてくる。


「あら、お迎えがいらしてみたいですね」

「迎え?」

「ええ。ここは言わば夢の世界の様なもの。現実世界から呼びかけているのでしょう」

「そうかい・・んじゃ、行くかね」


立ち上がり、天へと顔を向けるとまた意識が遠ざかっていく。否、体ごと浮き上がっていく感覚に、夢から覚めるってのはこういうことか、と呟きながら白い世界から姿を消していくのであった。


「どうか―――どうか、彼の行く道に幸多からんことを」


そう言って祈る彼女の膝の上に、どこから現れたのか黒猫がぴょんと乗り体を丸めて寝に入ってしまう。


「ふふふ、貴方にも苦労を掛けましたね」


―――にゃぁ。

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