54―不吉なことは前兆があったりすることもある(ないこともある)―
ジャリ、ジャリ、と遠ざかる足音を耳にした後、暗く少し湿った空気の洞窟の中で岩陰からひょっこりと銀二が顔を出す。恐らく元は天然の洞窟で、そこにティビリへ向かう道に落盤防止のための柱や壁を取り付けたのであろう人工物があるものの、それ以外のルートは手付かずになったままのトンネルに銀二はいた。
困ったと言わんばかりに片手で頭を掻きながら、頭上に見えるわずかな灯りを見上げてため息一つ吐く。
「厄介じゃなければ良い、なんて言うとこれだよ・・・参ったね」
遠ざかっていった魔物の足音とは逆方向に歩き出した直後、コツンと爪先が何かを蹴り飛ばす。カランコロンと乾いた物音を目で追うと、わずかな光でも映し出される白い物体は間違いなく人の頭蓋骨であった。
げっと声を上げながらも冷静に周囲を見渡すと、暗闇に慣れてきた目が多くの人達の成れの果てを映し出す。顔を顰めつつも人骨の中しゃがみながら静かに手を合わせ、軽く検分するとどれもこれもすべて白骨化しており、肉や内臓にあたる部分はどこにも見当たらない。
「骨も折れてたり砕けてたりするし・・・なにより骨に細かい傷が多い。魔物もいるしただ落ちて死んだだけじゃねぇな」
骨だけではなく破れた衣服や壊れた装備品が地面に転がっているのを見て、恐らく誤って落ちた者と別のルートで降りて来た者がいるのだろう。無惨な状態になっているものの質の良い素材で作られていた衣服と、質の悪い麻布の服や傷みきった革鎧がそこら中に転がっていた。
「賊の類が塒にしたところを商人が通って襲われ、終いにゃあ元々塒にしてた魔物に襲われた、と」
その目が解き明かしていく情報を整理しながら立ち上がり、黒杖の代わりに黒鉄の手槍を影から取り出す。人食いの魔物がいると分かった以上、黒鉄の鎧で全身武装したいところだがこの幾つかもろい足場があったことから、とてつもない重量のアレを着こむわけにはいかない。
いつものローブ姿でもう一度周囲を見渡し、火のついていないタバコを口元でピコピコと揺らしながら歩き始める。
「・・・まったく、厄介な場所だ」
呟きながらこの状況になった経緯を頭に思い浮かべる銀二であった。
―――
――
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遡る事数時間前。
帝国の皇太子来訪のパレードから一日経ってルドニを出発した一行は、ルドニから西にあるティビリへと向かうため、連邦西方街道とよばれる道を進んでいた。
首都に近いこともあってか、魔物も少なく何事もなく街道を進み周囲の景色が一面の草原から山々が見えるころになってきた時、馭者をしていた銀二の後ろからライラが顔を出す。
「ギンジ殿、あそこに見える山の麓にルドニで話した隧道がある」
「おう、あの真ん中の山な。にしても、ルドニ出てから三日くらいするけど魔物いねぇんだな」
「おそらく軍が周辺の警備に回っているんだろうね。帝国の皇太子も来ていたし、直に闘技大会もあるだろうからね」
ガラガラと音を立てて回る車輪の音をBGMに、コンクリートジャングルに生息していた銀二はテレビでしか見たことのないような長閑な原風景にリラックスしながら軽く手綱を引く。馬も全員に慣れて問題なく指示に従ってくれるが、それでも銀二が手綱を引く時は格別機嫌が良く進みも違う。
荷台の幌の中では銀二から受け取った黒杖を抱き込みながらスヤスヤと寝息を立てるクラリッサと、幌に背を預けてウトウトと微睡むアリエルの姿があった。夜目が利くクラリッサと瞬時に明かりが作れるアリエルは夜に起きて番をしてもらっているのだ。
「にしても、随分大きな山をくり抜いたんだな」
「いや、迎賓館の給仕から聞いた話では元々洞窟があったようだよ。それを連邦として国になった後にティビリの民が整備したとか」
「ああ、元から洞窟だったのか。魔物が出るって聞いて少し疑問に思ってたんだけど、そういう事なら魔物がいてもおかしくないか」
「隧道の中は少し入り組んでいる場所もあるらしい。とは言っても、正しい道は落盤防止の壁や簡易的な魔導灯があるから迷うことはないとも」
「そいつはいい。あとは厄介な魔物が大人しくしてくれてればもっといいんだけどなぁ」
銀二がそう言いながら懐からタバコを取り出し、口に咥えて火を着けようとした時にふと視線を感じて下げていた視線を正面に戻す。するといつの間に乗っていたのか、馬の背に一匹の黒猫が鎮座してじぃっと銀二の顔を見ていた。
「黒猫?珍しいな。ほれ、来い来い」
「あっ・・・」
まるでルビーの様に真っ赤な瞳を、手を伸ばす銀二へと向けたまま一度キラリと光が灯る。小さく零したライラの声によって数瞬視線を外していた銀二はそれを見逃していたが、ほんの少し魔力の流れを感じて猫に視線を戻す。するといつの間にか馬の頭の上に移動しており、一度だけにゃあと声を上げると、ぴょんと飛び降りて瞬く間にいなくなってしまった。
「・・・なんだったんだ?」
「・・・・・」
「ライラは今の猫知ってる・・・ライラ?」
改めてタバコに火を着けながら背後のライラに尋ねれば、眉間に皺を寄せた彼女が黒猫の消えた先を睨むように見ていた。
「おーい、どうしたよ?」
「ん。ああ、いや・・・どうやら平穏無事にティビリに向かうのは難しそうだな、と」
「は?」
「今の黒猫、魔物の一種だよ。ディビネーションキャット。できれば出会いたくない類の魔物だ」
「・・・『予言猫』?」
「そう。魔眼に捉えた対象が自身に触れれば吉兆を、触れられなければ凶兆となると言われている」
「触れなければって、すぐ逃げちったぞ」
「そこが厄介なところでね。元が猫の為かひどく気分屋で魔眼で見るだけ見といていつの間にか逃げてることが多いんだ」
「・・・ちなみに予言の精度は?」
段々と眉間に皺が寄ってきた銀二の言葉にライラは直接返さず、黙って目を閉じてそれを答えとした。
「今見える範囲で何か問題があるとは思えない・・。恐らく隧道に入ってから何か起きるだろうね」
「さいですか・・・」
―――
ふと、日本でも黒猫が横切ったら不吉だと言われていたことを思い出す銀二。まぁ本人は猫好きなので全く気にしたことが無かったが、それでもこちらの世界の黒猫(魔物)は恐るべきもののようで。
「フシュルルルルルル―――ッ!」
「おぉぉおおぉう!?近い近い!」
ガラガラガラ!!とけたたましい音を閉鎖空間に響かせながら、未だかつてない程の速度で馬車が洞窟を爆走している。それもそのはず、そのすぐ後ろを何やら赤いヒト型(身長2m)がしているのだ。
「ライラちゃん、次は右よぉ」
「ああ!しっかりつかまっていろ!」
ピシリと手綱を鞭の様にして馬を嗾けて速度を一段階上げさせながらY字に分かれた道を右に曲がっていく。洞窟に入る前あたりで起きだしてきたクラリッサとアリエルに話をしたところ、強い警戒心を露わにしながらナビゲートを買って出てくれたのだ。
手綱は瞬間的な判断に優れているライラに任せ、銀二は幌の中へと入っていた。そしてそんな一行を追いかけるのは・・・
「紅い筋肉兎が来るなんて聞いてねぇぞ!」
「殺戮兎だよギンジさん」
「この世界の兎は碌なのがいねぇな!?」
完璧と言えるほどのフォームでスプリントで追走してくる紅い筋肉兎(銀二命名)に頬を引き攣らせながら思わず銀二が叫ぶ。その銀二の言葉を理解したのかはわからないが、これまた紅い瞳をギラリと輝かせると、ザザザザザ!と地面を削りながらスライディングに移行し、道端の手頃な石(人の頭位はある)を掴むと、勢いそのままに全力投球で銀二へと投げつける。
「うらああああ!あぶねええええええ!!」
見事なコントロールで投げられたそれは、幌の中の銀二へ寸分違わずに向かい、そして銀二は避ける訳にもいかずに魔力強化で固めた拳で弾き返す。
一瞬の意識の隙間、気を石に向けたせいで紅兎の姿を目から離したのが悪かった。弾き返した石から再び紅兎に視線を戻したとき、思わず銀二の頬がさらに引き攣っていく。
それはまるで某NBAスタープレイヤーが見せたスカイウォーク。リングに弾かれたボールをリバウンド&ダンクを決めるかの如く飛んできた姿と、そしてその拳に籠められた魔力はその場の全員が危機感を覚えるほどのもので。
「チィッ!」
「ギンジさん!?」
ダンッ!と荷台を蹴り出し、バリスタから打ち出された矢弾となった銀二は、飛び掛かってくる兎の胴にフライングクロスチョップで突き刺さると、弾かれた衝撃で真後ろから外れて斜め後方に逸れていく。
「あっやべっ」
「あー!」
「なんだ、後ろはどうなってる!?」
布で囲まれた幌の中ではわからなかったが、両脇にあると思っていた壁など無く馬車一台が通れるほどの幅の天然の石橋の上だったのだ。
下を見れば暗闇が包み込み、まさに奈落。カタパルト射出した勢いは既になく、重力という腕に捕まり引きずり落されようとしている。
「ギンジさん!!」
「先行ってろ!あとで追いつく――!!」
フリーフォールを開始した銀二は目の前の兎の頭を両手で掴むと、グキリと鈍い音を響かせて首が曲がらない方向へと折り曲げるとそのまま自分の下へと引っ張り込んで衝撃に備える。
そしてズドン!!と凄まじい衝撃と共に轟音が閉鎖空間に響き渡る。もうもうと土煙が周囲に立ち込める中、咳き込みながら銀二が姿を見せる。
「いってぇ・・・死ぬかと思った・・・」
パンパンとローブに付いた土埃を叩き落としながら呟いていると、ジャリ、ジャリ、という足音が遠くから聞こえてくる。こんな場所にいるのは魔物かもしくは自分の様に落ちてきた人間か。だが、自分で言うのもなんだがあの高さから落ちて無事なのは人間とは思えない。と、いうわけで無言で岩陰に身を隠したのだった。
―
――
―――
歩くたびにパキパキと乾いた音が周囲に響く。慣れたと言っても光源は遥か上の簡易的な魔導灯だけのせいか、道に転がる骨を踏み砕いてしまっているようだ。
「どんだけの人が死んでんだよ・・・」
長めのタオルの様な布をマフラーの様に巻き付けて口を隠す。恐らく大丈夫だと思うが、死因が不明な死体があった以上、病原菌の可能性も否定しきれないのだ。
「タバコ吸いてぇ・・・」
ガッシャガッシャと骨を蹴飛ばしながら進むと、少し開けた場所に出る銀二。よくよく目を凝らして見れば分かれ道どころか、壁にいくつもの穴が開いているのだ。
「よくある定番だと・・・確か風が通る道が正解だったっけか。風・・・風ねぇ・・」
口布をずり下げて改めて取り出したタバコに火を着けると、その煙が穴の一つに吸い込まれていく。小説みてぇだなと小声でぼやきながら足を進める。
そうして銀二が穴の中へと進んで暗闇に進んでいった直後、カタカタカタカタ・・・と音を立てながら、銀二が歩いてきた道に転がっていた骨が魔力を纏って動き出す。
彼らは地面に転がっていた折れた剣や壊れた盾を拾うと、銀二が進んでいった穴へと列をなして進んでいく。
――
ぶるる!と嘶く馬の鬣を撫でつけながら落ち着かせ、目の前に置いたバケツに水を注ぐ。あの石橋を渡り切ったあと、焚火跡がある広場に辿り着くと馬車を降りて酷使させた馬を休ませていた。
「ギンジさん・・・」
「大丈夫よ、アリエルちゃん。少なくてもあそこから落ちたくらいじゃ旦那様は死んだりしないわよ。ね?」
「うん・・・大丈夫だと思いたいし・・それに、追われてる時にボクも加勢できてれば・・」
「いや・・・軍属が長かったアリエルは知らないだろうが、あの殺戮兎は厄介な特性があるからね」
「特性?」
「ああ。奴はね、魔法が効かないんだ。だから倒すには物理攻撃でないと倒せない。弓とか使えれば良かったんだが・・・。だが、まぁギンジ殿なら大丈夫だろう」
「まぁ・・その・・ギンジさんならなんとかして助かってるかもしれないケド・・・」
荷台の後ろに腰かけて足をブラブラとさせるアリエルに、クラリッサが隣に座って頭を抱き寄せて落ち着かせるように撫でる。
「むしろ私達が気を付けないとね。殺戮兎がいた以上、他にも危険な魔物がいてもおかしくはない」
「・・そう、だね。でもあれだけ成長したタマの足についてくるなんてすごい魔物だったね」
「あのタイプで有名なのはマッスルホーンラビットだが、アレは慣れた冒険者なら対処できるが殺戮兎は上位冒険者の討伐対象だ」
鬣を最後に一撫でして馬を落ち着かせると、空になったバケツを馬車の荷台に詰め込む。すると、頭上から微かに物音がしたと思うと広場の中央に何かが落ちてくる。
すわ敵襲かとそれぞれが武器を構えるが、魔導灯に照らされたローブ姿の人物は全員を視界に収めるとフードを取り外して顔を露わにする。
「ん・・・?アンタ達だけかい?」
「アスタ?なぜここに?」
きょとんとした表情のアスタがそこにいたのであった。




