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52―ほんま火の一族って強いなぁ―

ソルと名乗った少年と広場の男たちによる酒盛りは盛大になり若干その人数を増やしたものの無事に終わった。銀二とエイルノートもべろんべろんに酔っぱらって帰り、その珍しい姿にライラ達を少し驚かせたものの無事に二日酔いを迎えただけで済んだようだ。

そしてその二日酔いを送り出すために一日使い、旅の準備を進めるころ大通りが俄かに騒がしくなっていることに気付き首を傾げながら宿にしている迎賓館の窓からチラリと外を伺う。


「んー?なんか通りに沿って並んでるけど、なんかあるのか?」

「あらあら、旦那様?先日エドガー様が仰ってましたよ?帝国のお方がいらっしゃるって」

「んー・・?あー・・・んなこと言ってたような・・・」


作業を切り上げてタバコを咥えながらポリポリと頭を掻く銀二に、後ろから声をかけたクラリッサが苦笑する。視線の先では徐々に人の数が増していて、既に人混みと呼べる状態にまでなっていた。


「しまったな・・こんな調子だと馬車なんか通れねぇよな」

「表通りではなく裏通りであれば馬車は通れるかもしれませんけど、街を出る門は通れないかと」

「あー・・・ただ通るってんじゃなくてパレードになるんだったか・・マジで失敗したなぁ」


外を覗いていた窓から離れて近くのソファーに腰かけながら口のタバコを上下にピコピコと動かす銀二。そこでふと何かを忘れている様な気がして、はてさてと首を傾げながら周囲を見渡すと荷物整理の途中のライラの姿が目に入る。


「あ」

「ん・・・?どうかしたのかギンジ殿」

「あー、ひとつ聞いておきたいんだけどよ。ソルって名前の奴、知ってるか?」

「・・・知っているも何も、ソルは私の弟だよ。どうしてギンジ殿が弟の事を?」


訝し気に見るライラの視線を頬を掻きながら斜め上を見て回避する。


「一昨日会った」

「会った!?こ、この街で!?」

「ああ。買い出しで街ぶらついてたら、広場で腕相撲の賭け勝負してた」

「か、賭け・・・」

「んで、勝負に誘われたんで一戦やって勝って、その賞金で広場にいた連中としこたま飲んだってわけだ」

「・・・ソルは、ソルは元気だったか?」


銀二の対面に腰を下ろしたライラは静かに問いかけると、「腕相撲やるくらいにはなぁ」と笑いながら銀二が答える。その二人の姿を見て、今日の出発はなさそうだと苦笑しながら判断したアリエルとクラリッサがお茶を淹れにキッチンへと向かっていった。


「しまったなぁ、飲む前にライラを呼べばよかったな」

「いや・・元気にしているならそれでいい。大方、闘技大会を見に来たんだろうし」

「確かそんなこと言ってたな」

「昔から好奇心が旺盛な子でね。私が旅に出る前はまだ5歳か6歳くらいだったが、目を離すと気になったものを追いかけては行方を眩ましたものだ」

「・・・それはまた」

「私の父上、族長は数人の妻を娶っているためか、腹違いとは言え子が多くてね。私を含めて十人いるのだが、ソルは末の子で・・しかも唯一の男で跡継ぎなんだ」

「おいおいおい、跡継ぎが一人で歩き回ってていいのかよ?」


目を丸くして問いかける銀二に苦笑しながら頷いて返すライラ。


「父上は一族を愛しているが、過保護なわけではない。ソルは火の一族の跡継ぎで、幼いころから強かったからね。そこらの魔物なら一人で倒せたし、成長した今なら一人旅も許可したんだろう」

「(過保護じゃない・・?)」

「・・・私の一件は私を通して一族への侮辱だと受け取ったからこそだ。それぞれが対処できる問題なら何もしない人だよ」

「獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすっていうが、厳しくするところはきちっとしてるんだな」

「・・・ギンジ殿の世界では獅子は随分と過激なのだな」


戦々恐々とした表情でライラがそう言えば、わはははと声を上げて笑う銀二。そこへワゴンを押して入ってきた給仕とアリエルたちがきょとんとした表情をしながら近づいてくる。


「言い伝えってだけだよ。突き落として、谷を上ってきた生命力の強い子を育てるっていうな。まぁそこから転じて我が子に敢えて試練を課して強く育てるって意味で使われる言葉さ」

「なるほど・・」

「そういえばソルも負けたのは父親だけっていってたな」

「ほう。15歳で既に姉上達を超えていたか・・・」


コポコポと静かに注がれたティーカップを受け取りながら、頷いてそれに口をつける。リゲルの邸宅で飲んだソレと勝るとも劣らぬ紅茶に満足気に頷くライラ。それにつられて銀二も淹れてもらった紅茶に口を着けて舌鼓を打つ。


「おぉー・・・故郷じゃコーヒーばかりだったけど、紅茶も美味いなぁ」

「ああ。茶葉もいいものを使っているのだろうが、淹れてくれた彼女にも感謝しなければな」

「恐悦至極に存じます。ライラ様にそう仰っていただけると、長く厳しい訓練をした甲斐があったというものです」

「そ、そうか・・・」

「ライラさんのお姉さんってそんなに強いヒトなの?」

「ん、ああ。父上やソルと言った魔力同位体の者を除けば、長女が一族で一番強いな」


トレントを片手で引っこ抜くからな、とライラが呟けば銀二の頬が引き攣りアリエルは目を輝かせクラリッサはあらあらと微笑みながらお茶を飲む。


「それよりソルとか父親とかのが強いって、やっぱとんでもねぇな」

「そのソルに腕相撲で勝てるギンジ殿も大概規格外なんだぞ」

「最近改めてそのへん自覚するようにしてる。ちなみに、ライラは一族の中ではどれくらいなんだ?」

「私か?私は純粋な力勝負なら一番弱いよ。ただ走る速さだったり、森の中を跳び回ることにかけては誰にも負けなかったが」

「火の異能の概念が『力』を含んでいるからですねぇ」


のんびりとお茶を飲みながら言葉を口にしたクラリッサにライラが頷いて返す。その様子になるほどー、と呟いて納得するアリエルと銀二の姿に給仕の女性がこっそり和んでいた。


「属性の持つ概念は一つだけではないが、こと『力』に関しては火は他の追随を許さない。それが火の魔力同位体を出す一族となれば群を抜いているということだな」

「でも力がつえ―なら駆けっこも速そうだけどな?」


タバコの煙を横に逸らしながら吐き出して言った言葉に、今度はライラがふふふと声を出して笑い始める。その姿に三人は揃って首を傾げ、給仕の女性はどこか納得した様子で脇に控えている。


「確かに足は速いよ。それこそ爆発的な加速が出来る。が、雷の異能の私よりは遅いし、走っている間は曲がることが殆どできないから森の中では全力で走れないんだ」

「(まるで・・・)」

「猪みたい、だろう?因みにその辺は微妙に気にしているから口にしないように」

「アッハイ」


そうしてクスクスと笑い声がリビングに響くと同時に、表通りの方から歓声が聞こえてくる。どうやら帝国の一行が到着したようだ。


「そう言えば迎賓館って俺ら使っちゃってるけど大丈夫なのか?」

「それでしたら、問題はございません。こちらは火の一族の方専用。今いらっしゃった国賓の方はまた別のお屋敷に逗留して頂く形でございます」


ワゴンから茶菓子を取り出してそれぞれの前に置きながら給仕の女性が答えると、ほぉーと感嘆の声を上げて菓子に口をつける。


「っつーか、ソルこそここ使うもんじゃないのか?」

「・・・私もここ十年程は会ってないから何とも言えないが、どうも父上の性格に似てきている様な気がするよ。今は立場上形式なりを気にするようになっているらしいが、若かりし頃はそういうことには頓着しなかったと聞いているから」

「まぁ・・・跡継ぎが広場で賭け勝負してるくらいだからなぁ・・・」

「私共は火の一族の皆様にお仕えすることが至上ではございますが、その意思に反してまで・とは思っておりませんので。こちらにお寄りになって頂ければ誠心誠意で仕えさせていただきます」

「・・・ソルの所持金の内、賞金にしたのが幾らかにはよるんだろうけど今あんまり金持ってないんじゃねぇかな?」


―――

――


ドゴン!と轟音が鳴った瞬間、地を這う様に駆け込んだその勢いそのまま弓を引くように引き絞った右手を、ただ純粋に突き出す。ただそれだけのことだが、その威力たるや魔猪の巨大な顔面を陥没させ、水風船が割れた様な音を周囲に響かせながら赤い水溜りを作り出す。

ドゥっと音を立てて巨体が倒れ込む横で、跳ねた返り血を蒸発させながらふぅと一息つくのは、先日銀二と激戦(腕相撲)を演じたソルその人であった。


「ふぅー、これだけ狩ればひとまずは大丈夫かなぁ?」


トコトコと魔猪に近づいてソルの何倍もの体重があるであろうそれを、ひょいっと何事も無かったかのように片手で持ち上げると、ブンブンと振り回して遠心力でテキトーに血抜きをして渡されたアイテムバッグに放り込む。


「まさか宿代が足りなくなるなんて思わなかったなぁ。あのヒト・・・ギンジさんがあんなに強いって思わなかったもんなぁ」


ニコニコとしながら腕相撲を思い出しているのか、右手を握っては開いてを繰り返している。思えば、単純な力比べで負けたのはいつ振りだっただろうか。


「ギンジさん強かったなぁ・・またやってみたいけど、旅の途中って言ってたから難しいかな?」


ギュッと拳を握って良く晴れた空を見上げて呟くと、一羽の鷹が甲高い鳴き声と共に北の空へと飛んでいく姿があった。この国では少し珍しいその姿に、おや?と思いながらもどこかその姿に銀二が重なる。


「・・・・なんだか、近いうちにまた会えそうかな。ふふっ、闘技大会終わったら一度帰って父さんに話してみよう。僕達を凌ぐ力の持ち主がいるんだって」


嬉しそうに笑みを深めるソル。そうしていると荒い息と乱暴な足音をさせながら魔猪がまた現れる。またか、とげんなりしつつチラリと魔猪を見ると、その体の至る所から黒い触手の様なものが蠢いていた。


「・・・『黒きモノ』。へぇ、動物や魔物に憑りついているのは初めて見た」

「―――――ッ」


威嚇するように、だがどこか助けを求める様にも聞こえる叫び声は、魔猪としての最期の断末魔だったのか、叫び声の直後にその背から一際大きな触手がブチブチと体を貫き血を噴き出せながら飛び出してくると、その淀んだ魔力を足に集中させて一気に放出し突進してくる。

だがソルも黙ってそれを見ていたわけではない。自身の内にある魔力を急速に循環させると、あまりの熱量にソルの周囲が陽炎となって歪み始める。


「他の者ならまだしも、よりによって僕の所にくるなんてついてないね」


ドドドド!!と地響きを響かせながら突撃してくるのに合わせてソルもまた一歩、ただ一歩だけ全力を以て踏み込む。

その踏み込みは力を余すことなく地面へと流し大地を割り、そしてその脚は大地から返された力を逃すことなく、足裏・足首・下腿・膝・大腿・そして股関節へと伝える。

その力は引き絞り捻じれた体を正中へ戻し、そして更に反対側へと捻じれさせる。体幹を回旋させながら上昇してくる力は、弓引くように引き絞られた腕を伝い、やがてそれは正面へと放たれる。

まさしくそれは矢となり、魔猪だったモノの鼻っ面に突き刺さり、顔面を覆う触手を吹き飛ばし、皮膚を突き破り、肉を抉り、骨を砕き、そしてその衝撃を脳漿へと伝えてミキサーのようにグシャグシャに潰す。


「我が一撃、浄き陽光となりて穢れを祓わん!」


踏み込んだ地面から火が噴き上がると同時に、ソルの腕を伝い魔猪の体をも包み込む。瘴気や瘴魔の天敵ともいえるその力に、赤に包まれた体はその光をやがて蒼く、そしてほぼ白になるほどまでに達し、気が付けば灰すらも残さず、魔猪がいたことすらわからないほど焼き尽くしてしまった。

腕を伝って燃える焔を、ぶんと振り払うと満足気に一つ頷くソル。


「よかった、魔物に憑りついたのなんて初めてだったから効くか不安だったけど。それに燃え広がるものも無くてよかった」


父である族長に比べ未だ力の制御に難を残すソルは、下手すれば周囲一帯を焦土に変えてしまう。これでも多少なりとも制御は上手くなった方だが、先達である父の後姿を思い返して、まだまだ未熟と自身を断じる。


「それでも―――」


焔を宿していた拳をギュッと握りしめ、先程の浄化の感覚を思い返す。


「それでも、今までよりももっと力を扱うことが出来た」


強すぎる力を持つが故に、抑制をすることが当たり前だった中、先日の銀二との一戦は全力を出してなお受け止められたお陰で、その本質を垣間見たような気がする。


「また・・・また会えたとき、その時はもっとなにか掴めるような気がするよ」

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