50―暗い夜道にご用心、ってな―
真昼と見間違う程の光量が細まり周囲に夜の闇が戻ってくる。突如として数秒とはいえ昼の明るさを作り出した張本人、アリエルは疲れた体を地面へと下ろしてため息を一つ吐く。
「ふぅー・・・・」
「おう、お疲れさん。しっかし・・・すげぇ光だったな」
「・・戦ってる最中に義父さんから聞いた話を思い出したんだ。ボクの祖父は例えどんな鈍らの剣でも光を纏う聖剣に変えて戦ったんだって。聞いた時はぼんやりとしか理解できなかったけど、今ならその意味がわかるよ」
「お前の爺さんって言ったら・・」
「王国の騎士王ヘイスベルト。卓越した剣技と、なにより聖剣を自在に操ったとされる王様」
「血は脈々と受け継がれるってわけか・・」
種火の魔導具でタバコの先に火を着けた銀二が、焼き祓われた庭を見渡しながらサクサクと足音を立ててアリエルに近づくと、疲れてへばっているアリエルをひょいっと横抱きに抱き上げるとリゲルの邸宅へと入っていく。
「ちょ、ちょっとギンジさん!?」
「疲れてるならしっかり休まないとな。そこのソファーで少し横になっとけ」
「わ、わかったからおろして!さすがに恥ずかしいよ」
「疲労困憊で地面に尻もち着いた輩の声は聞こえませんなぁ」
カラカラ笑う銀二と顔を紅潮させて抗議するアリエル。抗おうにも疲労した体ではしっかりと抱きかかえている銀二の力に勝てる訳もなく、順調にソファーまで運ばれてしまった。
その様子を勝手知ったるヒトの家でテキパキと紅茶を入れてきたアスタが呆れた様に見ていた。
「お?すまんね」
「まぁ・・・そっちのアリエルだっけ?その子のお陰でアレも退治できたからね。とは言ってもこれでアタシもおさらばさせてもらうよ」
「さすがにさっきの光を見ればヒトも集まるか。ま、気を付けてな」
「そこらの野郎共に見つかる程落ちぶれちゃいないさ」
手をヒラヒラと振りながら立ち去るアスタの後姿を眺め、淹れてもらった紅茶に口をつけると仄かに花の香りが鼻腔に広がる。
リゲルの異能によってハチの巣にされたとはいえ、豪邸と言っても差し支えない邸宅なだけはあって窓の残骸こそあるものの内装はまだ無事な部分が多い。金儲けに命をかけていただけはあって、家具類も高級品なのであろう沈み込むほどのソファーと、高級茶葉の紅茶によってリラックスしたアリエルは段々と意識が落ちていき隣に座る銀二の肩へと凭れる様にして眠ってしまった。
トンと寄りかかってきたアリエルに一度驚きはしたものの、すぐに微笑みながら静かに体を倒してやり膝枕をしてやりながらゆっくりと頭を撫でる。サラサラな金色の髪を撫でてやりながら、その感触に笑みを深める銀二の左目は瞳だけではなく白目の部分すらも黒く染まっていた。
―――
――
―
灯りもない暗い夜道、首都の一角であり立派な邸宅が並んでいるようにも見える区画だが街灯の一つもない不気味な区画。所謂ところの裏稼業の者達が塒にしている場所であり、普段は静けさの中に奇妙な賑わいがあるのだが、現在音を立てているのは暗闇の中を危うげなく走る一人の男足音だけであった。
「・・・私の動きについてくるなんて、随分な手練れですねぇ」
追跡者が本分の自分がまさか追跡されるだけではなく、その姿さえ捉えられない屈辱に普段から湛えているアルカイックスマイルが僅かに崩される。
走り続けることで上がった体温を逃がす様に、その黒い服の襟を僅かに広げる。見る者が見れば、収容所の看守の制服だとわかるそれの袖口から静かにナイフを抜き放つ。銀二の愛用する黒鉄とは違い、ただ黒く塗られただけのそれだが暗殺にはうってつけだろう。
通りを走り狭い路地へと入り込むと、壁を三角跳びの要領で駆け上がり瞬時に屋根へと上がる。右手にナイフを逆手に持ち、左手で投擲の用意をしながら路地の入口を見張る。
「(私でも感知できないほどの手練れ・・しかしどんなヒトであれ隙はある)」
その額から流れる汗は果たして走っただけで流れるものか、拷問にも似た凄惨な訓練の果てに手に入れたはずの身体操作が意味をなしていないことに、この男は気づいているのか。
ナイフを持つ手にジトリと汗が滲む。闇に慣れた目が僅かな光を捉えて暗い街を映し出していく。そして路地の入り口に黒い影が映った瞬間――
『――――』
「ッ―――!」
声ならぬ声。いや、果たしてそれは音としてこの耳を通ったのかすら怪しい。まるで頭の中に直接意思を叩きこまれたような感覚と共に、全身の身の毛がよだつほどの悪寒が襲い掛かる。
声を上げなかったのは奇跡か、はたまた声を出すという行為すら封じられたためか。投擲するために力を籠めていた指は、それ以上の力が入らずそして抜くこともできない。体のコントロールを奪われたような、否、ような・ではなく事実奪われていることに気付くのに時間はそうかからなった。
辛うじてできることと言えば、呼吸をすることと眼球の動き、そして思考のみ。
「(何が、一体何が起きている!?)」
ぽたりぽたりと流れる汗を追う様に視線を動かし、路地に入ってきたはずの黒い影に目を向けるがそこには誰も、何もいない。
全身を包む悪寒、それは圧倒的な魔力差によって生じるプレッシャーだと気付き舌打ちの一つでもつきたいところだがそれすらもできない。
いつの間に現れたのかガチャリ、ガチャリと金属の音をさせながら足音が背後から聞こえてくる。おそらくは金属鎧を着こむ輩か、と推察をすることしかできない彼の肩に漆黒のガントレットが乗せられる。
『―――』
「(なんだこれは、なにかが入り込んで・・)」
ズルリズルリと這いずる様な何かが体の中に入り込んでくる。それは治癒術の様に魔力を流される感覚にも似ているが、激痛を伴うそれに断じて治癒術でないとわかる。体中をそれも内部からアイスピックで滅多刺しにされるような激痛に、叫び声すら上げることも倒れることもできずになすがままになった男の意識が途切れるまで、そう時間はかからなかった。
『―――』
黒鉄の鎧は気絶した男の襟首を引っ掴むと、薙ぎ払う様に腕を振って男を投げ捨てる。無抵抗のまま投げ飛ばされた男はゴミ捨て場へと落着し、その衝撃でか呻き声をあげて緊張から解放されたのだった。
その背に誰も見たことのない魔紋を刻まれて―――。
―
――
―――
安心する匂いと温もりに包まれていたアリエルが目を覚ましたのは、ガヤガヤとした人の気配を感じ取ったからだった。薄く目を開いていけば、丁度銀二も人の気配に気付いたのか読んでいた本をパタンと閉じて入口へと視線を向けているところだった。
「(・・・アレ?今、ギンジさんの目・・)」
黒く染まっていたようにも見えたが、次の瞬間にはいつもの銀二に戻っている。はて?と思いながらいると、ポンポンと優しく頭を撫でられてそこで漸く頭に感じていた暖かな感触の正体が彼の手だったことに気付いた。
「んぅ・・・」
「お?起きたか。体は大丈夫か?」
「うん・・・少し休んだら疲れも抜けたかな。もしかしてギンジさん、ずっと治癒術かけててくれたの?」
体を起こすアリエルの問いに、さてね?と答えながら立ち上がる銀二が向かった先は邸宅の庭。そこに入ってきたのはライラやクラリッサ、そしてエドガーとキキョウの四人だった。
庭の惨状に顔を顰めた四人だが、家の中から出てきた銀二の姿に安堵の息を漏らす。
「ギンジ殿、無事だったか」
「ああ。なんとかな」
「アリエルちゃんはどうしたんですかぁ?」
「中で休んでるよ。お前さん等も見えたろ?」
(他人の)家の中に案内しながら銀二がそう言えば、全員が頷きながら続いていく。聞けば光の柱が立ち上ったことで決着がついただろうと判断してここまで歩いてきたそうだ。
邸宅の中、リビングへと入るとぼんやりとまだ眠そうなアリエルが、毛布代わりにしていた銀二のローブを抱えてウトウトとしていた。そんな彼女の様子にクラリッサが微笑みながら近づき、少し乱れた髪を手櫛で整えてやると気持ちよさげに目を細める。
和やかなムードだが一人難しい表情をしていたエドガーが砕けた窓ガラスや窓枠などに目を向けていた。
「また随分と荒れたものだな。これは貴殿が?」
「いやぁ、リゲルってやつだよ。瘴魔になって魔力とかが強化されたんだろ。すごかったぜ?土煙を凝縮してそれを金属に変換、射出してくるんだ」
「そんな馬鹿な。リゲルは確かに地属性だが、そんな芸当など・・」
「絶大な力を得る代わりに、理性どころかヒトですらなくなるがね。表に横たわってた魔物いただろ?」
「あ、ああ。まるでマンティコアのようだったが・・・まさか」
「あれが、リゲルの末路さ」
エドガーがボロボロになった窓から庭を覗けば、黒く焦げた巨大な魔物の遺骸が横たわっていた。体中を突き破っていた触手・・瘴気はアリエルによって浄化され影も形もないが、その巨体は戻ることもなく野晒しとなっていたのだった。
その最期に固くしていた表情をさらに強張らせたエドガーに、横で同じように窓の外を見ていた銀二が彼に顔を向けずにタバコの箱と、そこから飛び出したタバコを一本差し出す。
「・・忝く」
「ああ。・・・・晩餐会で、宝具を盗んだ相手を話さなかったと思うけどよ」
「・・・」
「ひとつ、どうしても疑問に思っていたことがある。宝具と言えば教会どころか国の宝。それが十年前に、ほぼ同時にすべてが奪われた」
「・・・奪われたのは我々だけではなかったのか」
「ああ、そこからか。そう、火・水・風・地・そして闇。この全ての宝具が奪われていたわけだ。でもおかしな話だろ?警備を密にしているはずの国宝が奪われるなんて。それもすべてが」
「・・・それを成し得るだけの何者かがいたという事か」
煙を吐き出すエドガーの言葉に、銀二も表情を硬くしたまま頷き返す。
「国の中枢や警備が厳重な場所に入り込める。・・・リゲル某を捕えていた収容所のように」
「・・宝具強奪犯と、今回リゲルを瘴魔とやらに変えた者が同一であると?」
「人物が同じとは限らんが、組織的に同一のものとみていいだろ。そしておそらくはリゲルを変貌させたのは試験的なモノ」
「・・・つまり、そ奴らは人為的に瘴気ないし瘴魔を生み出しているということか」
ガシガシと頭を掻きながら煙を吐き出すエドガーに、銀二も咥えていたタバコを摘んで煙を上へと吐き出す。そんな二人に後ろから声がかかる。
「お二人さん、そないなとこで喋らんと」
「む」
振り向けばキキョウが豊かな毛の尻尾をゆらゆらと揺らしながら手招きをし、その横でライラがティーポットから紅茶をカップに注いでいた。
「リゲルはんが忌んでもうて、接収するもんやけど・・・これくらいならええやろ?」
「富豪というだけあって、茶葉は中々の高級品みたいだ。ギンジ殿達は先に飲んでいたようだが」
「中々の強敵だったんだぜ?この館に逃げ込んだときに、中にいた連中食ってパワーアップもするし。茶ぐらいしばいたってバチは当たらねぇだろ」
「確かに、報告に上がっていた大きさよりもでかくなっているようだな」
「高い再生能力に、魔力を取り込む力。瘴魔っちゅーんは厄介やんなぁ・・」
「しかし、その瘴魔を討伐するとは・・・そちらのアリエル殿もやるようだ」
クラリッサの手櫛が丁度いい心地よさだったのか、いつの間にか彼女の膝に枕チェンジをしていたアリエルを全員で見るが、スヤスヤと寝ている姿はとてもそうは見えないものだった。
微笑ましいその姿にエドガーの眉間のしわも漸く浅くなり、茶を一口飲んだ後姿勢を正して銀二へと向き直る。
「ギンジ殿。此度のリゲル討伐、まこと忝い」
「ギンジはんらがおらんかったら、今頃大事になっとったさかい。ほんに助かりましたわぁ」
「どういたしましてってな。だけどよ、俺らが来るまで持ちこたえてた衛兵やら冒険者やらにも何かしら言ってやってくれや」
「ああ、そうするとしよう」
「ギンジはんらはこれからどないしはるの?」
「んー・・まぁ流石に明日は休むが、そんなに時間をかけずに出発はする予定だな」
「そかそか。せや、ライラはん?」
「む?なんだろうか」
「族長はん、ライラはんのお父様に通信魔導具で連絡しておいたさかい、あまり心配かけたらあかんえ?」
「――――」
キキョウの言葉にピシリと固まるライラの姿に、さもありなんと呟きながら紅茶を飲む銀二。
「娘はんが男捕まえて帰ってきたって伝えてあるさかい、ギンジはんも気ぃつけてなぁ」
「ぶはっ!?」
「あらあら、旦那様・・少々お行儀が・・・」
「いや、お前だってそりゃ・・常在戦場ヒト型決戦兵器に目つけられて平然としてられるか!?」
「ヒトの父親に変なあだ名をつけないでくれ・・・・あながち間違いではないが」




