48―瘴魔なら俺たちにマカセロー!(ばりばりー)―
ざわつく室内で銀二達は会話を聞きつつも食後のお茶を飲みながら様子を見ていた。給仕といて紛れ込んでいたエイルノートはいつの間にか姿を消していることから、きっとエドガー評議員を探しにいったのだろう。
ぼんやりと流れてくる話を聞きながら、隣で猫舌なのかフーフーとカップに息を吹きかける猫耳の男に顔を向ける。
「リゲル・ウォーズリーってーと、確か評議員の一人だったよな?」
「そうにゃよ。ただ昨日付で議員資格剥奪、諸々の罪状で逮捕されたにゃ」
「んで今日になって脱走」
「重罪人にゃから最も警備が厳しい収容所に入れてたはずにゃんだけど・・・」
呟きながらズズっとお茶を啜ったところで、再び扉が勢いよく開かれる。エイルノートと黒尽くめのフードの男を引きつれたエドガーだ。彼は入ってくるなりグルリと周囲を見渡して状況を把握すると、倒したままになっている自分の椅子を引き上げて腰かける。
「遅れてすまない。状況は部下から聞いている」
「しかし、狸人のリゲルが収容所を脱走したとは・・いったい何が?」
「収容所の門番が重傷を負ったものの情報を持ち帰ってくれた。事の発端は今より1時間ほど前、逮捕により憔悴していたリゲルの牢から獣の叫びが響き、異常事態を察知した看守が様子を見に行くと、大人の男の背丈よりも幾分か大きい獣が牢を食い破り襲い掛かってきたそうだ」
「獣・・?リゲルではないのかにゃ?」
「まるでマンティコアの様に毛はなく、肥大化した筋肉が特徴的ではあったが、狸の尾となにより顔は幾分か変形していたがそれでもリゲル本人のものであったと確認が取れた」
ふと、不意に銀二の脳裏に霊峰の関所の一件で変身したギュスターヴ某の顔が過る。思えば彼も急速に体の筋肉を肥大化させていたはずだ。触手とか飛び出していたけど。
チラリとアリエルを見れば、彼女もそこに思い当たったのか顎に手を当ててんー・・と小さく声を上げていた。
「リゲルは収容所から脱走後自身の邸宅へと進みだしたようだが、現在警備隊及び冒険者が交戦状態に入っている」
「冒険者・・?ああ、闘技大会に出る為に集まってたのか」
「収容所からリゲルの邸宅に向かう道に彼らが使う宿があったのが幸いだった。とはいえ、リゲルは中々に厄介なようでな、魔法とその類が吸収されているという報告もある」
「魔法を吸収・・・やっぱり・・」
「アリエルはん・・やったっけ?なんや思い当たることでも?」
「あ、えと・・・ぎ、ギンジさん?」
その場にいる全員の視線が集まったことであたふたとして銀二に助けを求めたアリエルに、銀二も苦笑しながら助け舟を出すべく、霊峰の関所であったことを話し始める。
――かくかくしかじか――
「瘴魔・・・一時期噂になった触手付きと呼ばれるものの正体か」
眉間に深い皺を刻み込んだエドガーが腕を組みながら呻くように言葉を呟く。話していて口元が寂しくなったのか、ついには給仕に灰皿を頼んでタバコを吸い始めた銀二がそれに頷く。
「瘴魔の厄介なところは、魔力・・小源に強い反応を示すってところだ。王国人が使う魔法は無効化、異能は身体強化なら問題ない。一番効果が見込めるのは帝国の魔導具ってところか」
「魔力吸収に高速再生・・・魔法や異能による高威力の攻撃が封じられるとなると、決定打を欠いて長期戦になる可能性があるか」
「そうなってまうと・・ウチらみたいに異能頼りなんは足手まといになってしまうなぁ」
「・・・貴殿らはそれをどのように撃退したのだ?」
「ばーっとやってズバーっと力押し」
「・・・・ギンジさんの言葉があながち間違いじゃないのが何とも言えない」
苦笑気味に口元を抑えたアリエルにニヤリと笑いかけ、その口にタバコを咥えた銀二はテーブルに手を着きながら席を立つ。
「さてと、アリエルちょいと行くか」
「うん!頑張るよー!」
一杯ひっかけに行くかとばかりに気軽に言ってのける銀二とアリエルに、ライラとクラリッサは優雅にお茶を飲みながら手を振って、そして評議員たちは呆気にとられたまま見送る。
歩きながら銀二の影から射出される鎧をひょいひょいと身に着けあっという間に完全武装したアリエルと、入口付近に預けておいた黒杖を持った銀二は最後に一度振り返り手を振り返すと、夜の街へと駆け出していくのだった。
「―――ハッ、ふ二人だけで行ってしまったが大丈夫なのか!?」
「問題はないよエドガー殿。あの二人は瘴魔退治の専門家の様なものだから」
「あの二人が・・ですか?」
「ああ。大なり小なり瘴魔を倒すことは出来るだろうが、恐らくこの大陸で最も効果的な攻撃ができるのは彼らだろう」
―――
リゲルを見つけるのは思いの外簡単だった。というのも人の騒ぎが大きな方に行けば自然と見つけることが出来たからだ。
怒号と悲鳴が街に響き渡り、視界の先に件のケモノ・・リゲル・ウォーズリーだったモノがその強靭になった四肢を踏ん張らせて衝撃波さえ伴う叫びを上げる。
「いたっ!っていうかでかくない!?」
「・・・瘴気が思いの外相性が良かったのかねぇ?」
大人の背丈より幾らか大きい、と言っていたエドガーの言葉を思い出す二人だが、今となっては大人二人縦に並べてもなお足りぬとばかりの巨体を晒すリゲル。
黒く染まった肌に肥大化した筋肉と浮き出る血管。口は横に大きく裂けて尖った牙を見せる顔は、人間離れしているが確かに人間だったのだろう。理性の欠片もない目からはとても想像できたものではないが。
魔法や異能の効果が薄いことは理解したのか、今現在使っている者はおらず弓やボウガンによる牽制とそれによってできた隙を屈強な男達が斬りつけることでダメージを稼いでいる。
「ウゥゥゥウルァァアアアアアアアア!」
「うぉぉお!?」
その巨体の至る所に矢が突き刺さり剣山の様になり、そこを斬りつけられるがその切り傷も僅か数秒で塞がれる。高らかに上げる叫び声とその衝撃は大の大人の男を弾き飛ばすには余りあるもので、鎧姿の警備兵が蹈鞴を踏みながら後退してくる。
「高速再生は健在、おそらくあの巨体は魔力を吸収して肥大化したんだろ」
「相変わらずその辺は厄介だよね・・・、それじゃあ行こっか!」
ガチャリと肩に担いだ両手剣に魔力を、光を宿らせるとリゲルが唸り声を上げてその視界にアリエルを捉える。その今までの様子の相違に、戦っていた男達もチラリとアリエルの姿を捉えた。
「おい嬢ちゃんアイツに魔法とか効かねぇぞ!」
「そうだ!アイツに魔法当てたらドンドン体でかくしやがった!」
「大丈夫!今までもこーゆーのとは戦ってたからね」
「嬢ちゃん、コイツと戦ったのか!?」
「一時期噂になった触手付きって奴がコレ!ほら、よそ見しない!来るよ!」
「ウルウウウウウウウウウウウウウアアアアアアアアア!」
叫びと共にその腕を、その爪を石畳に叩きつけ爆発したかのような音と衝撃がアリエルたちに襲い掛かる。砕けた石畳が礫となって周囲に飛び散り視界を狭める中、それを物ともしないアリエルが輝かせた剣を下段に、ヂリリリと火花を散らしながらリゲルへと駆けていく。
「セェリャァァ!!」
まさに一条の光となった剣閃がリゲルの腕を斬りつけると、肉の焼ける音と共に治らぬ傷をつける。とはいえ未だ浅い傷一つ。リゲルも治らぬその傷とその痛みに唸りを上げるが、次の瞬間には再度叫びを上げて軽いアリエルの体を吹き飛ばしていく。
「うわっとっと」
「おっと、嬢ちゃん大丈夫か?」
「あはは、どうも!・・・ただ、ちょっと硬いなぁ」
「とはいえ、あの再生能力が効かないってのはでかいぜ」
体勢を整えなおしたアリエルが剣を構えながらリゲルを睨みつけると、リゲルもまた手傷を負わせたアリエルを敵と認識したのか強く睨みつけてくる。そしてその隙を見逃す銀二ではなく、影から風の様に駆け込みその手に纏わせた膨大な魔力を掌底と共にリゲルの脇腹へと叩き込む。
「破ァ!」
「グルァ!」
ドンッ!という爆発音が鳴り響くのと同時に、閃光がリゲルの体を貫きその巨体をくの字にして吹き飛ばす。吹き飛ばされたリゲルもザザザと地面に爪痕を残しながら踏ん張ると、口から涎を垂らしながらそこで初めて銀二の存在を認識する。
「グルルル・・・」
「姿形だけじゃなくて言葉も理性も失っちゃーな」
トントンと片手で持った黒杖を肩叩きの様にしていると、銀二の体に秘める魔力量を感じ取ったのか知らずリゲルの足が一歩二歩と後ずさる。そしてその銀二の横にアリエルが剣を構えて並ぶと、二人の存在に危機感を覚えたのか、一瞬身を屈めたと思った瞬間上へと飛び上がり三角跳びの要領で建物を駆けのぼり屋根伝いに逃げていく。
「おーおー派手に逃げたな」
「そーだねー・・・じゃなくて、追わなきゃ!」
「あいよ」
そういうと重い金属鎧のアリエルも滅茶苦茶重い黒杖を持った銀二も、その重さを物ともせずに飛び上がり屋根へと駆けあがる。
陽は落ち切っているが魔導灯と呼ばれる街灯が街を照らしているためあの巨体を見失うことはなく、豪邸とも言える邸宅の庭に空気を揺るがしながら降り立つところを見る。
そこは昨夜破落戸と街の警備隊が争っていたリゲルの邸宅に間違いはなく、その家に留まっていた破落戸たちも異常事態に庭に飛び出てくると、その巨体のリゲルの姿を目撃する。
「な、なんだァこいつ!?」
「なんか知らねぇが、どうせどっかの貴族サマのペットかなんかだろ?構うこたぁねぇ、やっちまえ!」
「「おおおぉぉ!」」
苦境な男達が剣や斧で切りかかり、王国人もいたのか火の玉や火の槍などの魔法が飛び交ってリゲルへと襲い掛かると、爆発と共に煙がリゲルの巨体を覆い隠す。
「シャァオラァ!」
「やったか!?」
もうもうと上がる煙の中、突如として煙の中からリゲルがその大きな口を広げながら顔を出し、バクりと一人の男の上半身が消え去る。
ブチブチブチィ!と肉を、繊維を引き千切る音が庭に響き、次いでブシャァ!と赤い噴水がその庭を汚していく。食い零した腸を垂れ流しながら下半身がドウっと音を立てて倒れる。
口に入った肉を噛みしめるたびに、その口から赤い血がこぼれていく。そしてその肉を飲み込んだ途端に、アリエルに着けられた傷と銀二に与えられたダメージが癒えていく。
その身に駆け巡るのは全能感か、それとも屈辱を与えてきた者達を鎧袖一触とした優越感か。怯えた視線をこちらに向け後ずさる男たちを他所に遠吠えを上げると、破落戸たちの戦意を打ち砕いたのか背を見せて逃げ出していく。
無論、猛獣に背を向けて逃げるとどうなるかと言えば――
「う、うわああああああああああ!?」
「ぎゃあああああああ!!」
「ああ・・あ・・あああああああああ!!」
地獄の完成である。
逃げる男の背を踏み倒しその頭を齧りとる。走る男に並走しその大きな腕で薙ぎ払い上半身を宙に飛ばす。へたり込み後ずさりをする男を蔑みながら叩き潰して庭のシミを一つ増やす。
臓腑はぶちまけられ、血はとめどなく溢れて庭に流れる。腕や脚と言ったパーツは無惨に転がる。戦いと言うよりは狩りか。その狩りが始まって僅か数十秒で作り上げたその惨状とあたりを包む血の臭いに、銀二とアリエルの表情が歪む。
「汚く食い散らかしやがってまぁ・・・」
「うわぁ・・・」
その声に反応したのか、破落戸たちの残骸を食い荒らしていたリゲルが顔を上げて銀二達を睨みつける。先ほど街中で戦った時に比べて幾分か体を大きくしたリゲルの背から、黒い触手が皮膚を食い破って伸びてくる。
「ヒトを食って魔力を吸収した分進化したってところか」
「ギンジさんってつくづく冷静だよね・・・」
「これもひとえに精霊様のお導きってな」
闇の精霊から齎された影響のせいか、このスプラッタな猟奇殺人の現場にも人が食い殺されても思う所はない銀二はその目でリゲルを捉えつつも懐から取り出したタバコに火を着ける。
「さーてアリエル、どういく?」
「んー、ボク前・銀二さん後ろ」
「あいよ・・・そんじゃ、第二ラウンドといきますかね!」
「いっくよー!!」
ドンと地面を弾き飛ばしながら駆けこんだアリエルと、それを援護するかのように影から取り出した黒鉄の槍(といっても棒状にして先を尖らせただけ)を投げていく銀二。
リゲルもまた叫びを上げて二人を迎え撃つのだった。
スマホのアプリでハワイを救ってたら更新遅れちゃったよね




