47―高級そうなところだと禁煙しなくちゃいけないという強迫観念―
煌びやかな照明に照らされる室内に多種多様な獣人達が円卓を囲んで歓談をしている。狼、猫、狐、馬、鳥、鼠、猿といったバラバラな種族だが一つ共通点を挙げるとすれば、この全員がグラナドス首長国連邦の評議員である、ということだろう。
彼ら彼女らは直に来るであろう銀二達を迎えるために給仕に指示を出したり、銀二達の為人を予想するなどの歓談に励んでいるが、狼人の首長・エドガーがふと一人静かに佇んでいる猿人の首長に声をかける。
「それにしても、貴殿が顔を見せるなど珍しいものもあったものだな、ハヌマン?」
「・・・火の一族が来訪されるというのであれば顔を出して然るべき」
白く長い髪をドレッドにしてもなお床に垂れ落ちるそれをゆるりと掻き上げ、褐色の肌と目元や鼻筋に施されたペイントを露わにする。
動物か魔物かの骨で出来た首飾りや、鳥人の羽から作った髪飾りをみるにシャーマンであるだろうということが見て取れる。
「しかし我らが使いを出す前に首都に来ていたことには驚かされた。私の部下も慌ててきたものだ」
「―――お告げがあった。この連邦に関わる結果であれば知らせに来るという決まりを守っただけのこと」
ハヌマンと呼ばれた褐色肌のシャーマンの言葉に室内で話していた全員の動きが止まるが、ハヌマン自身は何てことのないようにテーブルに置かれた水に手を伸ばす。
「占いはなんと?」
「火の意志、大地を纏いし自然の権化と共に東方より来たらん。光と闇を携えし異邦の者、焔を抱いて天へと還すであろう。世界に触れるべからず、手を伸ばせば光に焼かれ闇に呑まれるであろう」
「・・・貴殿らの占いはいつも難解だな」
「火の意志というと、ライラ様のことかにゃ?」
「然り」
「大地を纏いし・・というと、報告にあった大地の精霊教会のローブの事か。となればライラ様と東・・王国から来た者が噂の治癒師だな」
「然り」
「今日晩餐会に参加されるのは4人、つまり光と闇の者、ライラ様と治癒師殿で4人となるわけだが・・・世界とは?それに焔を抱くとは一体」
「―――」
その疑問に口ではなく目を開いたハヌマンの視線の先、品のある扉を開いて入ってきたのは正装に身を包んだエイルノートである。彼は室内に入ると一礼をしてからエドガーの元へ歩み寄る。
「お客人がいらっしゃいました・・・ッス」
「わかった。すぐにお通ししてくれ」
そうして待つこと十数秒程度、ぞろぞろと部屋に銀二達が通されてくる。いつも通りの教会ローブに身を包んだ黒杖を持つ銀二、ダークエルフの民族衣装であると主張するいつも通りのドレス姿のクラリッサ。そしてギョレの街で買ったスカートで少し足元を気にするアリエルと、それとは反対にほぼ男装に近いパンツルックになったライラ。見事にバラバラな感がすごいが、当人たちは特別気にしてないようだ。
だが室内にいた首長達は、銀二達一行を目にするとその表情に緊張感が走る。特に一見金髪の少年に見える鼠人の首長はにこやかにはしているものの、明らかに冷や汗が額から流れてきている。
始まってすらいない会をぐるりと見まわした銀二は、エドガーに視線を向けると杖を持たない左手で胸を抑えながら一度頭を下げる。
「今宵はお招きいただき恐縮の限り」
「いや、此方としても突然の招待に応じて頂き感謝の言葉もない。グラナドス首長国連邦の国家元首議長のエドガーだ。・・・ライラ様は十数年振り、となるわけですが我らを覚えておいででしょうか?」
「ああ。あの時にいた者達だな。この国を導く首長達だ、覚えているとも」
そう言いながらエイルノートに案内されて席に着く4人。銀二も案内に従って椅子に座るが、エイルノートにそれとなく黒杖を預ける様に言われると、何の気なしに彼にそれを手渡す。
エイルノートもそれの素材が何なのかは理解しているためか、過剰なまでに身体強化を施して受け取るが、想像以上に重いのかよろけながら部屋の隅にある武器立てに立てかける。
「・・・」
「ん?ああ、アレ?黒鉄の杖だよ。重くて硬いから重宝してるんだ」
「黒鉄!また珍しいもの使うとるんどすなぁ」
「・・・京都弁?」
「キョウト・・?それがなんかはわかりまへんが、うちん郷土の言葉どす。古臭おして使うてる人はいーひんようになったけど」
「ああ、すまんね。俺の故郷にもとある地方で同じような方言があってね。つい懐かしく感じまったもんで・・そういえばまだ自己紹介もしてなかったな。冒険者の銀二、こっちがアリエルにクラリッサだ」
「ご丁寧におーきに。ウチはキキョウちゅう者どす。よろしゅう」
はんなりと挨拶をするキキョウと名乗った狐人の女性に郷愁の念を覚える銀二だが、でも俺京都出身じゃねぇわと思い返す。そうしている間に給仕に扮したエイルノートを始めとして数人の男たちが料理を運んでくる。
「ライラ様には幾つかの野菜を抜いたものと、クラリッサ様には野菜のみのメニューになっている・・・っス」
「エルノがここにいるということは、やはり素性を隠していたか」
「いやぁ、エドガーサマの部下にあたるんスよ。エルノも偽名っていうか名前省略してただけっていうか・・本名はエイルノートって言うんス。以後よろしく~」
「ん”ん”ん”っ!」
「おっと、こわーい上司に睨まれると後が怖いんで失礼するっスよ」
静かに皿を置いた後、音もなくかつ埃もたてずに逃げるエイルノートにライラ達もクスクスと忍び笑いを漏らす。
「・・部下が随分と失礼をしたようで」
「なぁに、エイルノートには道中良くしてもらったさ」
「優秀な男ではあるのだがね、どうにも自由なきらいがあってね。ああ、冷めないうちに召し上がってほしい」
「だってよ、アリエル」
「ちょ、ちょっとギンジさん!ボクを食いしん坊みたいに言わないでよ」
「普段の喰いっぷりを見てれば誰もがそう思うんだよなぁ」
「もう・・っ」
「ははは、スマンスマン。それじゃ、頂くとしますか。エドガーさん達も食いながらでいいなら聞きたいことがあったら聞いてくれ」
「ああ、そうさせて頂こう」
――
それからは運ばれてくる料理を食べながら終始和やかなムードで食事は進んでいる。銀二の存在が双方にとって丁度いいクッション材になっているのか、最初は表情が硬かった評議員たちも漸く笑顔が見え始めた。
その空気を感じていたのか、今まで慣れない手つきでフォークを使っていたハヌマンがふと視線を上げて微妙に焦点のあってない目で銀二の姿を捉える。
「もし。ギンジ殿と言ったか」
「ああ、なんか聞きたいことでも?」
「然り。・・・・貴殿は焔をお持ちか」
「焔・・・?」
「・・・ハヌマンは古来より猿人を束ねる首長なのだが、シャーマンとして国の行く末を占ってもらっている。ただ・・どうしても占いの内容は抽象的なものが多くてね、解読に難があるのだ」
「占い・・・焔。ああ、そういうことか」
「わかるのか!?」
「思い当たる節はあるってことさ。・・・ライラ、アレ見せるぞ?」
「ああ。ギンジ殿が見て問題が無いなら、私も口を挟まないよ」
ピンと立った姿勢のままライラが頷けば、銀二も口元をナプキンで拭って席を立ちエイルノートに預けていたアイテムバッグを受け取る。
静かにその様子をみていた他の議員も、そしてハヌマンもその姿を追い続ける。そして銀二が徐にアイテムバッグから柄を掴み取り静かに抜き放つ。
「なん・・・と!」
「それは、まさか!」
「―――」
「あらまぁ・・・」
「―――焔剣。そうか、焔を天に還す。然り、然り」
国に携わる者であれば知っているであろう、連邦の象徴である火の一族の宝剣。波打つ刀身と内在する強い火の魔力が特徴的な焔剣フランベルジュ。それを見たハヌマンは納得した様子で頷き、落ち着いて食事を再開するが、反対にエドガーはその眉間に刻まれた皺を更に深くして睨みつける様に銀二へとその強い視線を向ける。
「貴殿。それをどこで――」
「・・・さて、それに関しては言わない方がいいだろう。少なくとも、現時点では」
「それはこの国の宝!その返答では納得せぬぞ!」
「そちらが納得しようがしなかろうが、それは俺にはどうでもいいことさ。大事なのは、俺はこれを返してほしいと頼まれたからそうしてるだけ」
「エドガーはん、落ち着き。ギンジはんもあまり挑発しいひんでください」
「さてね。・・・それで、ハヌマンさんだっけ?これで納得してもらえたかい」
「是。貴殿がどのようにしてそれを手にしたのか、誰に頼まれたのかは問うまい。ただ一つ、それは間違いなく返還されるのだな?」
「ああ。天地神妙に誓って」
「ならば良い。火の一族のライラ様が人間種の男と行動を共にしていると聞いた時は疑問に思ったものだが、そのような事情であれば納得もする」
「ハヌマン!」
遂には椅子を蹴り倒して立ち上がったエドガーだが、ハヌマンはどこ吹く風とばかりに上機嫌に長い尻尾を揺らしながら滅多に食べない御馳走に舌鼓を打つ。
「エドガーはん」
「キキョウもだ!このギンジ殿がそうではないとわかっている!しかしその犯人が分かるかもしれんのだぞ!?」
「だからこそ、や。ギンジはんもただ言わへんのちゃうくて、今は言わへんって言うてるやないどすか」
「然り。年を経て落ち着いたかと思ったが熱しやすいのは相変わらずか。・・・十年前、貴様の部下の多くが賊にやられたのは知っている。そしてそれに責任を感じていることも」
「エドガーはんみたく激昂する人がおる思たさかい、ギンジはんも今は言えへんって言うたんやろ」
「ぐ・・・ぐぬぅ!チィッ!」
呻き舌打ち一つ残して頭を掻きながら外へと出ていくエドガー。そんな彼を困ったように眉を下げて見送るキキョウと、我関せずで食事を進めるハヌマン。他の評議員も困ったように頭を掻いて様子を見ている。
事態を傍観していたアリエルたちも、銀二のペースに呑まれたエドガーに同情しながら見送った。
「ギンジはん、堪忍しておくれやす」
「さてね。まぁあの様子だとここで伝えなくて正解だろ?」
「せやけど、後で教えてくれるんどすなぁ?」
「相手を庇うわけじゃないけどな。下手に伝えれば大事にもなる。・・・それに、俺も相手には借りがあるからな、それを返すときには言うさ」
そう言っていつもの様に懐に手を伸ばしてタバコを吸おうとするが、テーブルに灰皿が無いとみると静かに懐に箱を戻す。丁度そんな時、一人の男が扉を開き周囲を見渡し始める。
「失礼、エドガー様はどちらへ?」
「エドガーにゃら外で頭を冷やしてるんじゃにゃいか?」
「なんやあったん?」
「・・・緊急事態です。リゲル・ウォーズリーが脱走しました」
相変わらず安寧とした日々が遠い銀二達である。
―――
――
―
時は幾らか遡り、銀二達が招かれた高級レストランに到着したころだろうか。洗いざらい情報を吐かされたリゲルは収容所へと極秘裏に搬送され、憔悴しきった状態で牢に入れられていた。
譫言のように「おしまいだ、おしまいだ」と繰り返す様は精神すら病んでしまったようですらある。そんな彼に看守がコツリコツリと足音を立てながら近づいてくる。
「やぁリゲル・ウォーズリー。これほど憔悴してしまってかわいそうに」
「もうだめだもうだめだもうだめだ」
「そうだねぇこのままだとよくて禁固刑、悪くて死刑もあるだろう。君がしてきたことを考えればね」
「おしまいだおしまいだおしまいだ」
「君の私財は一度君の邸宅に戻されたそうだけど、刑が確定したら私財没収もあるだろうねぇ。このままここにいれば、だけど」
「―――」
「どうだい?ここから出るだけの力も、追手を粉砕するほどの力も、財産を奪おうとするものを倒す力を与えると言ったら?」
「ちから・・?チカラ・・力・・・」
その言葉に光を失っていたリゲルの目に昏い光が灯り始め、それを見た看守の口元が歪に吊り上がっていく。
「力が欲しいかい?力なき者として富を力とする他なかった狸人の君が、でかい顔をしている狼人を見返すことが出来るほどの力が」
「・・・力が欲しい」
「ふ・・ふふふ!ならば力を与えよう」
看守が懐から取り出したのは、幾重にも重ね掛けされた球形の魔法陣に封じられた黒きモノ。霊峰の関所でギュスターヴが使用した瘴気を封じていたそれである。
それを鉄格子の隙間からリゲルの手に落とすと、踵を返して立ち去ろうとする。
「使い方は簡単。魔力を込めれば君は力を得ることが出来る。君がすべてを取り返せることを願っているよ」
そう言い残して忽然と姿を消した後、ただ茫然としながら受け取ったそれに言われた様に魔力を流す。その魔力に魔法陣が消えていくのとリゲル・ウォーズリーのわずかに残っていた意識が無くなっていくのはほぼ同時、そして収容所にヒトのものとは思えない叫びが響き渡るのであった。




