45―飯の前の運動はこれくらいでいいべ?―
まるでゴーストの様にゆらりと姿を現した白ローブの男に見られながら、内心で臍を嚙む思いの女性はしかし内心とは裏腹に表情を出すことなく深く息を吐く。
その背後には中々に良い馬だったであろう馬の死体と、所々装飾が取れかかった馬車が無残な姿を晒していた。
「おーい、大丈夫か?もしかしてなんか破片とか当たったか?」
「・・・大丈夫。助けてくれてありがとさん」
商人と長々と交渉したせいで疲れが出ていたかなと不覚を取った自分を分析しながら、この見るからにあやしい男に返答する。できればさっさとこの場、この男から離れろと脳内の警報が鳴り響く。
さっき助けたときに使った魔力障壁はぞっとするほどの魔力量だった。それが今ではそんな事もなかったかのように雲散しているという異常現象。ましてやあれ程の魔力を持ちながら魔力差によるプレッシャーを欠片も感じない・・・まるで自然そのものを相手にしている様な違和感。
平凡そうな顔に荒事も似合わなさそうな至って普通に見えることが、逆に得体の知れないナニかのように思えてならない。
この直感はきっと信頼できる。そう思い静かに足を退こうとした瞬間、今度は黒フードが姿を現す。
「(どいつもこいつもどっから・・!一体なんだっていうんだい)」
「ん・・?その姿・・・」
「―――」
白ローブが何かに気付いたように声を上げた瞬間、黒ローブは両手の袖から黒いナイフを取り出すと一本を投げ、そしてもう一本を逆手に持ってこちらに駆け出してくる。
「(この動き、暗殺者?!)」
「おっとぉ!?あっぶね!」
「(って言いながら軽々と投げナイフキャッチするアンタも何者だっての!)」
闇夜での襲撃を目的としたのがありありと分かるそのナイフを、明らかに見切った動きで柄を掴むとそのまま迫ってきた暗殺者の斬撃に合わせた。暗殺者の動きも中々のモノだが、明らかに白ローブはその上をいっている。
「いきなり物騒な奴だ。アンタのお名前なんてーの?」
「ば、ばかっ!受け答える奴がいるかい!どう見ても暗殺者だろソイツ!」
「おーおー、なんだなんだ。皆して余裕ねぇって顔しちまって。こういう時こそ余裕を持てって―――なっ!」
「グっ―――!」
ヂリリリと金属同士が擦れる甲高い音をさせて鍔迫り合いをしていたと思ったら、白ローブの男が単純に腕を振り上げて膠着状態を崩し、同様に暗殺者の体勢を崩した瞬間に脇腹へ鋭い蹴りが叩き込まれる。
僅かに漏れた声からして男であると分かる暗殺者だが、蹴られた勢いを使って間合いを取ったのだろう。ザザザっと音を立てて地面を滑るように後退し、先程よりも明確に殺気をこちらに向かって飛ばしてきている。
「んー・・?」
「チッ――」
暗殺者の男がグググと体勢を低くしたと思った瞬間、零からトップスピードへと入った男は土煙を上げて急襲をかけてその手に持ったナイフをまさにアッパーカットの様に振るう。
大層な速さだろうが、それでも私でも追える程度だ・と女が感じ、そしてその程度ならこの白ローブの男にはと思った通り、間合いを読み切ったように一歩引いて回避した。
そう思った次の瞬間、暗殺者の姿が煙の様に掻き消える。
「(残像・・・――ッ!?)」
「おっと」
チリっと首の後ろに痛みにも似た何かを感じ取った瞬間、何も考えずに前方へと転がり白ローブの男に背中を預けて後方を見れば、ナイフを振り切った体勢でこちらを睨みつけてくる暗殺者の男の姿があった。
「避けた・・か。その男もそうだが、女。貴様も只者ではないな」
「馬車が突っ込んできたと思ったら急に殺しに来たアンタに言われたか無いよ!」
「なんだなんだ、お前さんなんか人に恨まれるようなことでもしたのか?」
「誰だって生きてりゃ恨まれることくらいあるってもんサ。違う?」
「・・・否定できないところがなんともいえねェ・・わっと」
そう言って肩を竦めた白ローブの男が息を吐くと、気付いた瞬間には手に持っていた筈のナイフが暗殺者の男によって弾かれていた。
どちらかというとこっちの白ローブの男の方が暗殺者じゃないのか、と内心呟きつつ内股に隠していたナイフを抜き身体強化を付与する。
ふわり体を、頬を撫ぜる風が安心感を齎してくれる。旋風が足元で走り始めるのを感じるとどこまでも駆け抜けられる様な全能感が全身を駆け巡る。
「どこの誰だか知らないケド、タタじゃ済まさないよ!」
全身を前に投げ出して足裏に圧縮した風を一気に解放、爆風に乗って地面スレスレを滑空し暗殺者へと迫る。奴の間合い直前で地面に手を着き、再度爆風を生んで変則的な軌道で敵の頭上へと飛び上がり、ナイフを振るえば刃となった風が地面に傷跡を着ける。
「チィッ!貴様、風使いか!」
「なんだい、避けたのかい?まぁ・・・避け切れたわけじゃないみたいだケド?」
ふわりと風で減速して着地をしながら暗殺者を見れば、胸から脇腹にかけてローブを斬り裂きジワリと血がにじみだしている。その様にフンと鼻で笑ってやれば、唯一覗ける目が鋭くなっていく。
相手が左右の手を振るえばその手に柄のないナイフをその手に握りこみ、一息に数多のナイフを投擲してくる。
正確無比、実によく訓練された腕前だとわかるがそれ故に読みやすい。そして風使いだと分かっていながら投擲に頼るようではまだ甘い。急所へと放られたそれらを僅かな身動ぎで躱し続ける。
「(右・・左、上から順に、次は左から。そして・・)」
「くたばれッ!!」
「包囲するように一斉射・・・読みやすいネェ、アンタ」
瞬動術のように跳び回り連続して放ったナイフが自身を取り囲み迫る中、動きを止めて手を天に伸ばした瞬間、彼女を包むように竜巻が生じ飛来するナイフの悉くを打ち上げる。
「な・あ・・・なんだ・・と!?」
「風使いに遠距離戦とは舐めてくれるじゃないか」
「ぐっ・・」
ナイフを防ぎ切り竜巻を解き上空へと自由飛行を始めたナイフ一つ一つに風を纏わせる。身のこなしと投擲術が得意な典型的なタイプ。決定打を打てる瞬間までは決して接近戦を行わない、慎重的なタイプと言えば聞こえがいいだろうが、恐らく病的に憶病な性格で遠間からの攻撃に徹するだけ。そんな相手は――
「それより、良いのかい?アタシの他にアンタの敵を放っておいて?」
「――ッ!?」
言葉につられて暗殺者が後ろを振り向けば、白ローブの男は暢気にタバコに火を着けてのんびりと此方を見ているだけ。
「んぁ?」
「ククッ・・・なぁんて・ネ」
「チィッ!?」
「さぁさ御照覧あれ!風神サマの意趣返しってネェ!」
天に伸ばしていた手を勢いよく振り下ろせば、それと同調してナイフに纏わせた風を爆発させて金属の雨を降らせる。
ザザザザ!!と硬い石畳にナイフが突きたち暗殺者へと迫っていく。そしてまさに暗殺者へと雨が当たろうとした瞬間、そのナイフのすべてが弾き飛ばされる。
「!?」
カランカランとその勢いを失ったナイフがすべて地面に落ちたとき、暗殺者のすぐ傍が揺らめき別の黒ローブの男が片刃の剣を片手に佇んでいる。
「チッ・・・仲間がいたとはね」
「・・・・」
「た、隊長・・」
胸の傷を抑えた暗殺者が呻くように言葉を発した瞬間、隊長と呼ばれた男は呆れた様にフッと息を吐き手に持った刃を返して男の首筋を打ち込み気絶させる。
「グっ!?」
「・・・なんだいなんだい、仲間割れかイ?」
「―――、部下が失礼した。非礼を詫びよう」
「アア?こっちはいきなり殺されかけたんだ、何をして詫び入れようってんだイ?」
そう言いながら男に近づこうとした時、肩に白ローブの男の手が乗り動きを制される。長い髪を翻し振り向けば、タバコを口に咥えた男が厳めしい顔で隊長と呼ばれた男を睨んでいた。
「やめとけやめとけ、血気盛んに近寄ればズンバラリンってな」
「・・・チッ」
「さて、俺ぁアンタと同じカッコの奴を知ってるんだが・・・?」
「話は聞いている。道中世話になったようで」
「なぁに、まぁトントンってことで別にいいさ。目的はあの馬車かい?」
「・・・本来は話さないが、それではそちらの女性も納得しなかろう」
「ったり前だよ」
「――誰とは言わぬが、この馬車の持ち主にその身に応じた処罰を下す。それが我らの任務であったが、逃亡されてな」
「それがどうして轢かれかけたアタシを殺そうとしたんだい」
「常であれば目撃者は隠す故」
「・・・・いや、どう見たってこのお嬢さんは悪かねぇだろ・・?」
「・・・・済まぬ」
ギリリと気絶した男の頭を片手で握りしめるさまは、明らかに己らの非を認めると共にその未熟さを恥じていることが見て取れた。
余りにもあんまりな理由に怒りよりも前に呆れて肩を落とす女性に、白ローブの男・・銀二が慰める様にポンポンと肩を叩く。それに対して恨みがましい視線を一度向けるが、彼はどちらかというと命の恩人であることを思い出して再度ため息を吐く。
そうしていると隊長のすぐ横にまた一人黒ローブが現れるが、銀二の姿を認めると片手を挙げて言外に「スマン」と言ってきた。
「・・・スマン、で済めばお前さん等みてぇなのはいらねぇわな?」
「そ、そっスねぇ?」
「・・ひとっ走りして、俺らの宿に一人分飯増やしてくれって言ってこい」
「りょ、リョーカイっス!!あ、隊長サン、あっちは終わったっスよ!」
そう言ってすぐさま音もなく姿を消した男にわずかに目を開きながらいれば、再び銀二が肩をポンポンと叩き彼に視線を向ける。
「俺と連れがちょいと良い場所に泊めてもらうんだが、飯がまだなら一緒にどうだい」
「ハァ・・?」
「それで手打ちにしてくれって話さ。どうだい?」
「・・・不埒な真似したらそん首叩っ切るよ?」
「安心しろ、俺以外は女しかいねぇから」
「・・・分かった」
「じゃ、そーゆー訳で。じゃあの」
「・・・重ね重ね忝く」
そう言って深々と頭を下げた隊長に苦笑いをしながら背を叩いて促し、先を歩いていく銀二について歩きだした。
「ところで行先は?」
「迎賓館」
「ハァ!?」
―――
ガチガチに緊張した様子でテーブルナイフとフォークを持つ暗い桃色の髪の女性に全員が苦笑してその様子を眺めている。グルグルと目を回しそうな様子に、助け船とばかりに銀二が肩を叩いて口を開く。
「安心しろって、俺ら全員冒険者でテーブルマナーなんぞ気にしねぇから」
「そ、そんなこと言われたってネェ!?ひ、火の一族サマとテーブル囲むなんてっ」
「だってよ、ライラ」
「む・・むぅ・・・そこまで畏まらずともいいのだが」
「まぁま、ほれほれ肩の力抜けって」
銀二がそう言いながら再び肩を軽く叩けば、不思議と緊張が落ち着いていくのを感じる。まるで大樹に背を預けて眠るような安心感に違和感を覚えるが、それよりも一先ず落ち着いた思考で深呼吸を一つとる。
「落ち着いたか?」
「・・・まぁね。それで、アタシに何か聞きたいことでもあったんだろ?」
「その辺はお見通しか。いや、まぁ謝罪代わりに御馳走しようってのはちゃーんとあるんだぜ?」
「・・・まぁ、アンタがそこら辺の義理堅さはあるってのは何となくわかるサ」
「あらあらまぁまぁ、もうすっかり仲良しなんですねぇ~」
「そーゆーのじゃないよ。アンタ、あの時暢気にタバコ吸っててもアタシになんかあれば手を出す気だったろ?」
肩を竦めながら女が言えば、同様に銀二も肩を竦めてそれを返答とした。もとより明確な返答を期待していなかったのかそれで満足てして、運ばれてきた料理に舌鼓を打つ。
「んー!アタシみたいな貧乏人にゃ、こんな御馳走滅多に食えないからねぇ」
「満足してもらえたようで」
「満足満足。それで?」
「ほれ、お前さん風をすげー操ってたからよ。獣人の異能ってのは随分すげーんだなーってな」
「そりゃぁよ、こちとらそれで飯食ってるし・・風の異能使いじゃそれなりに名は知られてるからね」
「あ・・・そういやまだ名前を聞いてなかったな。俺ぁ銀二てんだが」
銀二が尋ねれば女もナイフとフォークを皿に置き、銀二一行を改めて見回す。そして少し恥ずかし気に頭を掻いてから姿勢を正した。
「コイツは失礼。アタシはアスタ。『天ツ風』のアスタってんだ。ヨロシク」




