43―暗がりはおっかなびっくり進むもんさ―
ぽかぽかとした日差しの中、小高い丘で周囲を見渡している銀二は北でその顔を止める。今の場所からは結構な距離があるものの、それでもはっきりと見て取れる大地の亀裂。絶景が多いグラナドス首長国連邦でも有数の絶景、『イフリートの暴威』と言われる大渓谷だ。
前の世界で言うなら、このグラナドス首長国連邦は中東あたりだろうか。前に王国で地図を見たときに銀二が感じたのは、北はカザフスタン南はイラン西はトルコで東はキルギスといったぐらいの広大な土地だ。こうしてみると本当にこの大陸や国々の面積は広い。その広大な国の中央を横断するようにこのイフリートの暴威は存在する。
「霊峰山脈を超えた後にもすげぇ渓谷があったけど、これはまた別格だな」
「イフリートの暴威。私達火の一族が崇める火の精霊神イフリートが太古の昔に大暴れした一撃で大地が抉れたと言われているな」
馬車に荷物を乗せていたライラが銀二の呟きに反応して近づいてくる。
「一撃・・って、マジか?相当でっけぇぞコレ」
「あくまで神話で伝えられていることだよ。精霊神イフリートは鍛冶や芸術を好む穏やかな気性だが、一度怒りに触れれば他の精霊神も手が付けられなくなると言われている」
「その腕の一振りたるや大地を裂き、その脚の一歩たるや山を生み出す。その咆哮たるや四方千里を焦土と化す。精霊神話で書かれている逸話だね」
アリエルも目を閉じて懐かしむように語りながら話に加わってくる。その言葉にほぉーっと感嘆の声を漏らして視線を再び大渓谷に戻す。
「俺の故郷じゃこういうのは結局地殻変動とかそういうので片が付くんだろうが、こっちじゃ魔法もあれば精霊サマもいるからなぁ」
「このイフリートの暴威があるせいで北側に行くにはギョレの街からの北方街道か、イフリートの暴威の西端のティビリという街を経由していく必要がある」
「ほーん・・しかし不便じゃねぇのかね?例えば首都のルドニから北に橋を架けるとかできなかったのか?」
「歴史上、何度か橋を架けるという計画があったみたいっスよ~」
馬車の幌の上で周囲の警戒をしているエイルノートも少し声を張りながら会話に参加してくる。狼人特有の尖った耳の片方がこちらを向いているため聞こえていただのだろう。
「ま、結果は見ての通り全て失敗。なんでも、この世のモノとは思えないバケモノが工員達を食っちまったって話っスよ」
「バケモノ・・?魔物とかか?」
「恐らく魔物だと思うんスけどね~。命からがら戻ってきた奴は狂っちまったように譫言しか言わなくなったらしいっス。やれ『蛇』だ、やれ『蛸』だ。『ああ、奴が来る。ああ、暗闇の底に引きずり込まれる』って」
「蛇に蛸・・ねぇ」
「何度か挑戦したものの、いたずらに死者と発狂者を増やすだけってことで計画は頓挫。以来、イフリートの暴威に触れるべからず、という言葉が評議会で引き継がれているってことっスね。おっと」
ヒュン、と風切り音をさせながら解体用のナイフを投げて少し離れた所で伏せていたホーンラビットをサクッと倒す。それを見届けてグッとガッツポーズをとるとホーンラビットへと駆け寄っていく。
「旦那ぁ~今日の晩飯ゲットっス!」
「お、いいねぇ。しかし旅の空だとあれだなー手の込んだ料理ができねぇのが辛いよなぁ」
「え”っ・・・ギンジさん、料理もできるの?」
「すげー美味いってもんじゃねぇけど、基本通りにレシピ通りに作れば料理で失敗することはそうそうねぇだろ?」
タバコを摘みながら言うと、露骨に視線を逸らす女性二人。銀二の垂れた目が段々と据わってジト目になって二人へと向けられる。
「・・・」
「「・・・」」
「ま、まぁまぁ。アレじゃないっスか?二人が獲物をとってきて、旦那が料理する。バランス取れてていいじゃないっスか?」
「そ、そうだな!ギンジ殿がいれば料理ができるわけだし問題ないな!」
「そうだよ!ほら、ボクが料理するとろくなことにならないし!」
しどろもどろに言いながらその場から走り去り狩りに行った二人に呆れた視線を送りながら、最終的には苦笑して煙を吐き出す銀二。同様に苦笑しながら処理を済ませたエイルノートが近づいてくる。
「あの二人はどっちかってーと男勝りだからなぁ・・・」
「そういう環境だったってことじゃないっスか?それはそうと・・イフリートの暴威で一つ気になる話があるんスよ」
「あん?」
「ほら、ギョレでエトムント支部長も言ってたじゃないっスか。義賊が出るって」
「ああ、確かに言ってたっけな」
「『ウチ』の奴から街を出る前にチラッと聞いたんスけど、義賊たちはイフリートの暴威を根城にしてるらしいんスよ」
「・・・だけどよ、さっきバケモノが出るとかって言ってたじゃねぇか。死にはしなくても狂っちまうんだろ?」
「橋を架ける計画はもうずっと昔の話っス。もしかしたらバケモノは死んでいるか、またはバケモノをやり過ごせる場所を義賊が見つけたかっスね」
「それはそれで厄介そうだなぁ」
「本拠地をイフリートの暴威に置いて、首都や近場の街で盗みに入って貧しい連中に施すってことを度々やってるみたいっスね」
「ふーん・・・」
タバコを携帯灰皿に入れながら空返事をする銀二。そうしていると二人が走っていった方角から歓声があがる。目を凝らしてみれば大きな猪、ワイルドボアを二人がかりで狩ったところだった。
「猪か・・・牡丹鍋・・・」
「ボタン?花っスか?」
「俺の故郷の隠語の一種だよ。むかーしむかしは俺の国は肉を食うのを禁じてたって時代もあったんだが、それでも肉は食いたくなるだろ?だから猟師たちを始め肉を花の名前に例えて隠してたってわけさ。んで、猪は牡丹って言ってたんだ」
「ほへー・・・洒落てるっスねぇ。でも肉が食えないって、姐御たち発狂しそうっスね~」
「肉食獣に大食らいだからな・・・」
「ギンジ殿ー!獲ったぞー!」
丘の下でブンブンと手と尻尾を振るライラに苦笑しながら振り返す銀二。アリエルもニコニコしながら一人で猪を運んできている。小柄とはいえアリエルの身長よりも大きな猪をニコニコしながら運んでくる様はちょっと異様だが、彼女の背後にヴィクトルの幻影が見えると何故か納得してしまう銀二なのであった。ちなみにクラリッサは銀二のローブを毛布にしながら馬車の中でお昼寝中である。
―――
夜の帳が降りたころ、焚火が丘の上を照らしコトコトと音を立てて蒸気を上げる鍋から何とも腹がすく匂いが周囲に広がる。自分の皿にちょっとだけ汁を入れて一口味見をした後、満足気に頷いた銀二は準備万端なメンバーたちに声をかける。
「うっし、色々調味料は足りねぇけどそれっぽくはできた。ほれ、器だしな」
「おぉ~これがギンジさんの故郷の料理!?」
「あくまで擬きってやつだがな。考えてみればアイテムバッグで日持ちするんだし色々買っておけばよかったな」
肉に野菜に盛沢山といった感じの鍋から器へとよそって手渡しながら銀二がぼやく。クラリッサの器には肉は入れないが野菜はがっつりと入れていく。
「昼は暖かいが夜になると少し冷えてくるから丁度いいだろ」
「ん~、なんだかホッとする~」
「ああ、不思議と懐かしくなる味だ・・・」
「旦那、これうめぇっス!」
「スープの味が野菜にしみ込んでおいしいですねぇ~」
それぞれが笑顔で鍋を囲む中、その様子を微笑みながら銀二も器に口をつける。さっき言っていたように諸々調味料が足りないせいで味にちょっと不満があるが、それでも十分に美味いと言える味だ。それにライラが言っていたように懐かしさを感じる。
ほぅっと息を吐いてリラックスしたところで、火にかけていた兎肉がその油を火に落としてジュウ!と良い音を上げる。肉を刺した串を手に取り、焼き加減が丁度良いところで串から外してパンに挟んでそれぞれに渡していく。
「ん~~!兎のお肉って結構ジューシーだよねぇ!」
「うむ・・あまり油が多くもないから食べやすい」
「おぉ・・コレ、ピリッとくるっスけどなんか使ってるんスか?」
「スパイスでちょいと味付けしただけさね。これだけでも十分うめーだろ?ほい、クラリッサはこっちな」
そういっていつもの様にサラダボウルを渡し、その上からドレッシングをかける。長い耳をピコピコ揺らしながら受け取ったクラリッサは上品に口に運んでいく。
「あらぁ、このドレッシングおいしいですねぇ」
「質のいいオリーブオイルが売ってたからそれと香草を混ぜてみたんだ」
「旦那様は料理も上手なんですねぇ」
「一人暮らしが長かったから、多少はな?」
「「うっ・・・」」
「私も野菜を扱うなら多少はできるのですけど、お肉は普段食べないですからぁ・・」
「まぁ向き不向きはあるだろ。そこの二人は食材集めで手伝ってくれるようだしな」
苦笑気味に銀二が言えばライラやアリエルが少し頬を染めて明後日の方向に視線を向ける。それでもパンを咥えたままなところは食い意地が張っているというかなんというか。
「それで話は変わるけどよ、あとどれくらいで首都につきそうなんだ?」
「んぐ・・・。昨日街を一つ越えたからな。明日の夕暮れには首都に着くと思う」
「もうそんなところに来てるんスねぇ。相変わらず馬ちゃんは健脚っスねぇ~」
エイルノートがそういうと、後ろでゆったりとくつろいでいる馬がぶるるると嘶く。明らかに買ったときに比べて体格が良くなり過ぎている気がするが、まぁあまり気にしないことにした一行である。
「・・・ん?」
「旦那様、どうかなさいました?」
「いや・・・あっちの方でチラッとなんか見えた気がしたんだが」
「・・・敵でしょうかぁ?」
「さてどうかね。特製ぼたん鍋の匂いにつられたか?」
クツクツと笑いながら手元に黒杖を引き寄せて準備を整えると、ライラ達も手元の武器を確かめる。
「俺のスキルも案外弱点があったな。暗いと見えねぇから確認のしようがねーわ」
「狸人とは別の尾行グループも、大体視線を感じるのは深夜などですからねぇ」
目を細めながら先を見つめるが暗がりばかりで見通すことは難しいが、時折チラチラと何かが光を反射しているように見える。
「おそらく・・剣とか楯とか背負ってるんかね」
「微かにっスけど、馬の足音が聞こえてはいるっス。けど・・どっちかっていうと離れてるっスねコレ」
「何かを追ってるのか、それとも追われているのか・・か」
「どうするの?ギンジさん」
「敵か味方かもわからねぇんじゃ動きようがねぇなぁ。それに、こんな目立つところで焚火してるんだ。灯りには気づいてるはずだし、それで近づいてこねぇってんならなんか疚しい事でもあんだろ」
「それに、平原とはいえ暗がりの中進むのには危険が伴う。私は種族的に夜目は利く方だが・・・」
「俺やアリエルは基本的に夜目はきかねぇからな」
「ボクは一応、光の魔法で灯りはつくれるけど?」
「危険を冒してまで動くほどお人好しじゃねぇよ。求めよ、さらば与えられんってな。助けてほしけりゃ助けを求めてこいってんだ」
持っていた器をグイっと傾けてスープを飲み干して、一息つくとタバコに火をつける。いつも通りな銀二の様子にそれぞれが肩の力を抜く。
「まぁ警戒だけは続けておこう」
―――
――
―
ギィン!と互いの剣を打ち合い、暗がりの中で火花が散る。周囲では同じように剣戟を繰り広げ、火花が微かだがその場を照らす。
冒険者の一人、ジョセフは喧嘩殺法さながらの我流剣術で鍔迫り合いから剣を弾き上げ、相手の鳩尾に蹴りを叩きこむ。
「(硬い!ただの賊にしちゃ装備が整ってんなぁオイ!)」
霊峰越えの行商隊ならともかく、国内だけの行商では荒事では役に立たない。こちらは人間種で構成したパーティーだからあまり夜目が利かない。対してあちらさんはどうやら夜目が利くタイプのようだ。
腹を蹴られた衝撃をうまくいなしてバックステップをとった相手は、何事もなかったように剣を振り構えを取り直す。
闇に溶け込むようなローブの下は、おそらく魔物の革鎧があるのだろう。金属鎧特有の音もしなければ、獣人特有の体のバネとしなやかさが見て取れる。
「テメェ、なにもんだ」
「―――」
「チッ、だんまりか・・よっ!!」
「――ッ」
段々と暗がりに慣れてきた目を凝らし、相手が踏み込もうとした瞬間に地面を蹴り上げて目潰しを放つ。お上品な剣術とは言い難いのは理解しているが、これで今まで食い扶持を稼いできた自負がある。
蹴り上げた砂を煙幕にして、そのまま貫くべく全力の突きを放つ。
「もらったァ!!」
ズン、と剣を通して確かな手ごたえを感じ、しかし次の瞬間に微かな違和感を覚えた。剣を引くがその剣がいつもより重く感じ、視線をチラリと向けると――
「丸太!?変わり身か!」
そうして次の瞬間、ジョセフは自分の傍を風が通ったのを感じ、首筋に鋭い痛みを感じたと同時に意識が闇に落ちていった。
「ジョセフ!?おい、ジョセ・・ぐぅ!?」
冒険者が一人、また一人と気絶していくとローブ姿の者達は奥で怯えている商人へと向き直る。声もなくただハンドサインのみでコミュニケーションをとり素早く承認を囲むと、縄で縛りあげて地面に転がす。
「ひ・・・な、なにが望みだ!?か、金か!?」
「―――」
ローブの奥、チラリと見えた目は冷徹に光っていた気がするが、次の瞬間には商人も頭部を殴られて意識を闇に落とすのだった。
「―――これで全員か」
「一人馬で逃げやがったが、どうする?」
「ここは街と街の中間地点。どんな駿馬だろうが街に着くまでは一日は要するだろう。捨て置け」
冷ややかな女性の声と乱雑な言葉遣いの男が話をしている。そのまま商人の馬車に近づくと、後ろから中を覗き込む。
「情報の通りさ。たんまりと運んでやがる」
「食料はすべて持っていけ、金目のものもだ。だが――」
「クスリは燃やせってんだろ?ったく、勿体ねぇ気がするがねぇ」
「このクスリはシャーマン達が儀式で使うモノだ。迂闊に使えば戻れなくなるぞ?」
「使うとは言ってねぇさ。だけどよ、こうして商人が運んでるように欲しいって言ってる奴はいくらでもいるだろ?売れるんじゃねぇの?」
「こういったものは元締めの組織がいる。つまり売人も顧客も管理しているということだ。迂闊にそんな組織の縄張りに入りでもしたら痛い目、では済まんぞ?」
「わかったわーったよ。馬鹿な俺とは違って頭が切れるお前がそこまで言うんだ、従うよ」
「フン・・わかったらアンタもさっさと荷を移せ」
「馬車ごと・・・あーアシが着くってんだな?読めたぜ」
「御託を述べてないでさっさと動きな」
「へぇーへぇー」
そう言って男も馬車から荷を運び出していく。女の方はといえば、チラリと遠くに見える丘の上の明かりを気にしているが、どうにも動いた気配はない。この騒ぎに気付いていないか、それともただ不干渉を貫いただけか。
「どちらにせよ、これ以上の損耗は望ましくない・・か」
「なんか言ったかー?」
「なんでもない。クスリを燃やし次第すぐに拠点に戻るぞ」
「あいあーい」
そうして焚火の中にクスリが入った麻袋を投げ込み、その灯りを強めたあとその影に紛れる様に姿を消したのだった。




