42―いっぽうそのころってやつだ―
ちょーっとグロい表現があるやもしれないんで、苦手な方はご注意をば
ぴーひょろろ、ぴーひょろろと上空で鳥が鳴く。長閑のものだと思いながらガタゴトガタゴト揺れる馬車の上、その幌の上で寝転がった銀二がぼんやりと呟く。
ギョレを出て数日となる頃合い、今日はアリエルが馭者をしていたなと思いながら火の付けていないタバコをピコピコと揺らす。ここ数日、クラリッサから精神変調の原因を聞いてからというモノどこか上の空でいることが多くなったような気がする。
「(果たして人を殺しても何も感じなくなったことへの悩みか?というには納得の感情が強いからなぁ)」
思えば確かにおかしくはあったのだ。天下泰平・平穏無事な現代日本に生まれ育ちながら、幾ら危機危険が迫る異世界に来たとしてもいきなり人様を殴り飛ばしたり、獣や人すらも殺したりなどと。
「(感情、思考、記憶。ちゃーんと全部俺が俺であると確信を持って言える。ただなんて言えばいいのやら・・・)」
「ギンジ殿ー、そろそろ昼餉にしよう」
「ん、おーう。リョーカイ」
ライラの声にふと周囲を見れば太陽は真上に昇り、丘陵地帯の丘の上。見晴らしのいい場所で馬車は止まっていた。ぼんやりし過ぎたか、と頭を掻きながら幌の上から飛び降りて皆と合流する。
「ちょいとぼーっとしてたわ。スマンスマン」
「ギンジさん、なにか悩み事?」
「んー・・・悩みっていうか、悩むはずのものを悩まないでいられる事に違和感がすげーっていうかな」
そう言いながら慣れた様な手つきで薪を置き火を熾す。事実、この世界に来てからというもの数カ月か半年ほどは旅の空だったと思い至り、慣れるわけだと自答する。
「この前の精霊の影響、というものか?」
「そーそー。別に悩みって訳じゃねぇんだけど、気付いちまうとどうもなぁ」
人数が多くなり、かつ大食らいが二人もいるので鉄板で肉を焼きながら苦笑する。そう、問題は精神変調を来したことに頭を悩ませていることではなく、何も感じないことがなんとなく気にかかっている程度で済んでいることにモヤモヤしてるだけなのだ。
そんな銀二の横で野菜をザクザクと切っているクラリッサがのほほんとしながら呟く。
「精神的な変調というのは、元からそういった性質がないとそうはなりませんよぉ」
「・・・ってーことは、俺は元々殺してもなにも感じない奴ってことか?」
「あくまでその性質があるかないか、です。それが顕在化しているか、潜在的なものなのかは別の話ですねぇ」
「潜在的・・ねぇ?」
「・・・ギンジ殿は人を殴ったりしたことはないと言っていたが、それでも人を切ったことはあるだろう?」
「・・・んん?」
「ほら、ヴァルデの街で子供を治したとき・・・こう・・腹を切って開いていたではないか」
「あ。あー。あーー、なるほど。たしかに、人を切った貼ったは何百とやってきたもんなぁ。確かにそれに関してはなんも思わなくなったな」
「つまり、そういう下地はあったっていうことだね」
「何気なく人の腹切って開いたとか結構怖いんスけど!?あれ、俺っちだけ!?」
ジュ―っと音を立てて焼ける肉を裏返し、香ばしい匂いが周囲に広がる。エイルノートの叫びは肉に視線が吸い寄せられたアリエルとライラ、そして不思議なことでもあったかのように首を傾げるクラリッサに黙殺される。
「俺の故郷じゃ治癒術なんて便利なもんなかったんだよ。だから体ん中に病巣があるなら切って開いて切り取って、ってなことをやってたんだ」
「うへぇ~、罪人の処刑じゃあるまいし腹を切るなんてすさまじい場所っスねぇ・・・」
舌を出して呻くエイルノートに苦笑しながら、ふと日本の風景が銀二の頭を過っていく。
「故郷か・・・・」
「ギンジさん?」
「おっと、わりぃわりぃ。ほれ、このでけーのでいいのか?」
「おー!やったね!」
「ったく、その小さい体のどこにそんな食い物が入ってるんだか」
「うふふ、アリエルちゃんはサラシを巻いてますけど、実は胸がおっきいんですよぉ?」
「わー!クラリッサさんなんてこというのー!?」
顔を真っ赤にしたアリエルをクスクスと笑いながらクラリッサは切った野菜をでかいボウルに入れていく。それをニヤニヤとしながら大きな肉をアリエルの皿に載せる。
「故郷と言えば、そういえば俺と一緒にこっちに来た奴は今頃どうしてんのかねぇ」
「あれ、旦那の同郷のヒトがいるんスか?」
「あー、まぁな。今も王国に残ってるんかねぇ。俺は恵まれたけど、アイツはなぁ・・・」
そういって脳裏に巻き込まれる原因ともいえる少年の顔を思い出そうとするが、あんまり覚えてない銀二なのであった。
―――
ぎぃ、と音を立てた扉にさしてなにも思わず、腰に佩いた剣を備え付けのベッドに投げて目の前の椅子に乱暴に座る。はぁー・・・と深い溜息は、日々の鍛錬からくる疲れだけではないことは、その目の下に黒々と居座ったクマが証明していた。
少年、藤堂一真はおよそ半年もの間、それこそ毎日の様に与えられた剣を振り続け、ここ3カ月程は魔物狩りとそして・・・盗賊狩りに出ていた。
「(無理にでも寝なきゃ・・・でも・・)」
瞼を閉じただけで盗賊を・・人を殺したときのことがフラッシュバックする。
―――
――
―
「カズマ、調子はどうです?」
修練場で無心となって剣を素振りしていた一真に声をかけたのは、一真と銀二をこの世界に呼び込んだ張本人、金髪碧眼のマルハレータ・アフネス・フェルメール王女である。
その声が修練場にいた騎士達や一真に届くと、その全員が姿勢を正して敬礼をとる。
「マルハレータ王女!」
「ええ。みな、修練を続けて。・・・最近は魔物の討伐に出たようですね?」
「え、あ・・はいっ。とは言っても、身体強化で力押ししただけでしたけど」
金髪碧眼の美女に微笑まれ、顔を赤くしながらしどろもどろに答える一真に、マルハレータの表情の笑みが強まる。
「貴方の魔力はこの世界でも類稀な量。そしてその身に宿す光の魔力は魔物や魔族に有効なモノ。是非この国を救うためにも・・」
「はい!俺にできることなら・・・」
「ふふふ、そう言っていただけると心強いわ!」
そう言ってカズマの両手を包みながら微笑めば、顔を赤くした一真もなんとか微笑み返す。そんな時、一人の男が修練場に駆け込み、声を上げる。
「姫様!大変です!」
「どうしたのです、そんなに慌てて」
「大規模な盗賊団が直轄領に姿を見せたと!」
何事かと様子を伺っていた周囲の男たちからざわりと声が漏れるが、直後にマルハレータが手を叩き注目を集める。
「皆、すぐに出立の準備を!王家の直轄領を襲うなど、愚かな行為だと思い知らせましょう!」
「「ハッ!」」
敬礼の直後には騎士たちが駆け出して準備をしていく。そんな中、キッと表情を険しくした一真がマルハレータの前に出る。
「カズマ?」
「俺も・・俺も行きます!行かせてください!」
「その言葉だけでもありがたいです。しかし、貴方は魔獣や魔族との切り札。このような些事に・・・」
「その魔族も、聞く話では人と同じ言葉を話してくるっていうじゃないですか。そんな時に倒すことを躊躇したくないんです」
「・・・・・・決意は、固いようですね。わかりました、騎士長には私から話を通しておきます」
「ありがとうございます!!」
「それでは貴方も準備しなさい」
「はいっ!」
そういって走り去っていく一真は終ぞ気付かなかった。盗賊が出たという報告が王女に来た不自然さにも、ここに王女がいると確信したように入ってきた伝令にも、そして走り去る一真の背中を嗤いながら見送っていることにすらも。
「その魔力、その力・・・王国の為に使ってくださいね・・?」
―――
それからすぐに出立した兵たちは、王都のすぐ北にある直轄領に足を運び、一つの村が黒い煙を上げているところに出くわした。
「村が・・!」
「焦るなよカズマ!斥候、どうだ!?」
「数はおよそ500!見た所村人は教会に逃げ込んだようです。賊たちは今略奪の最中です」
「となれば好機か!全軍、突撃ぃぃ!」
「「「オオオォォォォ!!!」」」
ビリビリと響き渡るように叫びを上げ、兵士たちが村へと殺到していく。もちろん、それに続くように一真も走り村に入りその光景に絶句する。
木造の家屋の多くに火が放たれ、少なくない数の村人たちが赤い水溜りの中で倒れている。首の無い死体、執拗なまでに斬り裂かれた死体、ハリネズミの様に矢が突き刺さった死体。現代日本ではまず見ることのないであろうそれらが、一真の脳を焼き喉奥からせり上がってくるものを感じながら、それどころではないと鞘から抜いた剣を強く握りしめる。
周囲を見渡せば、気勢を上げて突撃していった兵たちが盗賊たちと戦っている。数もそして質も上である兵士たちは、元は村人であっただろう盗賊たちの腕を切り飛ばし喉を貫く。
そんな中を一真も走り抜け、今まさに逃げ遅れたであろう村人の男に剣を振り上げる盗賊を視界に収めると、気合と共に身体強化を強くかけなおして弾丸の様に空気を貫き、そしてがら空きになった胴を薙ぎ払う!
「おおおおぉぉぉぉ!!」
「ぎゃあああああああ!?」
その絶大な膂力は数打ちの剣の切れ味を後押しして男の体を上下に分断させる。噴き出す血、零れ落ちていく腸を始めとする臓腑。そしてその重さから逆さになって未だに叫び声を上げる男と目が合う。
たった一瞬のことだったが、熱に浮かされる意識の中では非常に長く感じられる。その血走った眼が一真を貫き、その意思が彼の脳に焼き付いていく。
「いいぞカズマ!その調子で殺せ!!」
「―――ッ!」
さっきまで並走していた兵士の一人が声を上げると、びくりと体を動かし意識を再起動させる。今の叫びと仲間が両断された盗賊たちは一真を危険人物と捉えて一斉に武器を構えて近づいてきていた。
「う、ああああああああああああああ!」
自らよりも遥かに大柄で屈強な男達が、斧や剣・果ては農具などを担ぎながら近づいてくる様子に、一種の恐慌状態になりながら、ただただがむしゃらに剣を振るう。
そこには長年続けていた剣道の構えも、この世界で毎日の様に行っていた剣の訓練の成果もなく、技術も減ったくれもない喧嘩殺法に近いものだった。
しかし一真の幸運は、その身に宿らされた魔力量による絶大なまでの身体強化があったことだ。振り下ろしてくる剣諸共圧し切り、引きずりながら走りその勢いで振るわんとする斧を剣で振り払い、返す刀で首を飛ばす。
返り血がその身を染めていく度、盗賊だったモノがその道に倒れていく。殺そうとするならば殺す。その場に敷かれた法はまさに弱肉強食しかなく、そして一真もその法に従い行動する。目は血走り、口からは荒い息を吐く。
「ハァ、ハァッ!」
最早何人の命を手に掛けたのかすらわからない。乱戦の様相を呈しているこの場は熱狂に包まれ、敵も味方もただただ相手を食い殺さんとする獣のようだ。
切って切って切って。その首を斬り、その胸を貫き、その頭蓋を叩き割り、叫びを上げる口に剣を突き込み、乱雑に剣を振るう腕を無様に切り落とし、掴みかかろうとする顔を拳で潰す。
折れた剣を投げて殺し、拾った斧で人間を薪のように分断し、蹴って倒した男の頭を踏み潰し、掴んだ首を縊り殺す。
どれほど殺しただろう。どれほど血走った眼を向けられただろう、どれほど恨みを叫ばれただろう。わからないわからないわからないわからない。
だが、それでもわかることがたった一つある。
―殺られる前に殺れ。
そうして気が付けば自分は血に塗れ、人間だったモノやそのパーツが周囲に散らばっている。ハッハッハと犬の喘ぎに似た音が耳に障るが、それが自分の口から洩れていることにも気づかない。
ぽたぽたと眼前に滴り落ちる血が邪魔で、被っていたヘルムを脱ぎ捨てる。ガラン、と音が響くと同時に周囲からは勝鬨があがる。
熱病に掛かったように霞む意識の中で、その熱が徐々に冷め始めていく。カランといつ持ったかすら定かではない斧が音を立てて地面に転がり、真っ赤に染まった自分の両手を呆然と見る。
藤堂一真の対人における初陣は、こうして幕を閉じたのである。
―
――
―――
「はっ――――」
閉じていた目を見開き、荒い息を吐き出しながら体を起こす。あれから3カ月程経つだろうか、あれ以来寝ようとするたびに一真の脳裏に盗賊たちの血走った眼が過り、そして聞こえもしない声が叫んでくるのだ。まるで地獄に引きずり込もうとする亡者の様に。
「寝て・・はいないか」
備え付けの時計は、部屋に帰ってきてから長針が少し動いた程度。寝ようとしてもあの時の地獄が夢に出てきて飛び起きてしまう。寝てしまえればいいのに、長い夜をただただ不安に包まれて時間が通り過ぎていくのを待つ。
椅子から立ち上がってクローゼットからタオルを取り出して、びっしょりとかいた汗をぬぐう。そうしていると、コンコンと控え目なノックが響き回らない頭でぼんやりと誰何しながら扉へと近づく。
「はい・・って、マルハレータ様!?ど、どうして!?」
「ええ、最近カズマの顔色が悪かったものですから気になってしまって・・・」
「あ、えっと・・そんな恐れ多いです」
ワタワタとする一真の頬に手を添えて、そして目の下のクマに親指で触れる。ひどく心配したような表情で下から覗き込んだ。
「こんなに目の下にクマを作って・・・。やはり、あの時止めるべきでしたね・・」
「いえ・・・いえ・・・あれは俺が自分で決めたことですから・・」
「・・・そう、ですね。あなたの活躍は耳にしました。獅子奮迅の活躍だったと。貴方の決断が仲間を、そして我が国民を救ってくれました」
そう言って心配そうな表情から柔らかく微笑んだマルハレータの姿に、苛まれた精神状態が落ち着いていくのを感じる一真。そんな彼の手を引き、部屋のベッドに腰かけるとポンポンと自身の太ももを叩く。
「お礼にはならないでしょうが、貴方が眠れるようにお手伝いしましょう。ほら、こっちに来て」
「い、いえっそんな王女様にそんなこと!」
「いいのです。貴方が身命を賭して行った勇気ある行動に報いさせてください。ほら」
そこまで言われれば、とおそるおそるベッドに横たわり王女の膝に頭を預ける。ふわりと鼻腔に届く香りは安心感をもたらし、頭を撫でる手に安堵の声を漏らす。耳に入る静かな歌声に安らぎいつしか意識が落ちていく。
―――窓の外で、雁字搦めに捕まった蝶が蜘蛛に捕食されていた。
久しぶりの(1話か2話ぐらいぶり)藤堂一真君の登場です。が、またしばらく出番はないデス。




