39―天網恢恢疎にして漏らさず―
コツコツと路地を歩く銀二は、少し前に噴水広場で別れたエイルノートの言葉を思い返していた。お手上げとなった彼は今回の事の流れを改めて話してくれたのである。
おおよその流れは銀二が見た通り、銀二達がネフトの街に入った時、それを発見した暗部ともいえる組織から火の一族の娘・つまりはライラの保護あるいは護衛の任務を請け負った。火の一族は連邦における象徴ともいえる重要な存在。そしてその長の力は強大であり、諸刃の剣にもなり得る歩く火薬庫と囁かれライラはそれに繋がる導火線たりうるのだと。
「(そう言えば以前、自分が馬鹿にされた時に親父さんがしばいたとか言ってたような・・・)」
火の一族は他の種族と比べて、殊更家族や一族への思いが強いという。特に現在の長の子煩悩さは恐ろしいほど()強く、自分の子が無事10歳を超えると欠かさず顔見世に首都へ一度連れてくるらしく、ライラが陰口をたたかれたのもその時。そして陰口を叩いた当時の狸人の首長を衆人環視の中半殺しにした挙句、最終的には天井に頭を突き破らせて宙ぶらりんにしたという逸話が残されている。
基本的に火の一族が外に出てくることは滅多にないが、だからこそ珍しく出てきた際には細心の注意を払わねばならない。万が一のことがあれば、それこそ連邦という国が無くなることもあるのだ。
シュボっと音を立ててタバコに火を着けて路地の奥へ奥へと入っていく銀二。ちらりと窓ガラスに目を向ければうっすらと尾行している人影が見えている。
銀二一行が旅で街に留まらないと知って、戦闘能力に不安のある狸人は秘密裏に冒険者へ依頼を出し道中の尾行を行うことにしたが、秘密裏に行いすぎたことで、依頼を出した本人しか受注した冒険者の顔を知らなかった。これ幸いと冒険者と入れ替わり銀二達と接触したのがエルノ、つまりはエイルノートという男である。なお入れ替わった方法についてはお互い口にしなかった。そういうことである。
そこからは街へ着くたび、暗部の者に情報を伝えると同時に怪しまれないためにも狸人にも情報を流したエイルノートだが、ヴァルデの街で銀二がその類稀な治癒術の腕を見せたことで一計を案じる。
「(エイルノートと暗部という組織、あくまで最優先はライラの身の安全。そう考えて治癒術の事を強調して伝えることで狸人や連邦の目を俺に向けさせた、と。この街から尾行が俺に切り替わったのはそういうわけか)」
にへらぁと笑いながら事も無げに「囮になってください(はーと)」と面と向って言われれば、逆に怒る気も失せるというモノ。
「(なぁにが、「戦闘能力は低いって言っておいたんでそろそろ動くと思いまっス」だ、あのお調子者め)」
垂れた目を細め、への字にした口に咥えた煙草から煙を揺らして路地の奥へと入っていくと、建物に囲まれた袋小路に入ってしまう。やれやれ、と口にしながら背後から聞こえる複数の足音に振り返ると数人の屈強な男達が入り口を塞ぐようにして姿を現す。
「フン・・・こんな袋小路に迷い込むとは、危機管理の薄い人間だな」
「獣人と違って身体能力も低ければ危機管理も薄い。本当にこんな男に価値があるのか?」
「知らん。だがボスが連れてこいと言ったからには連れていかなきゃならん。おい、貴様ついてきてもらうぞ」
「断る、と言ったら?」
「お得意の治癒術を延々と自分に掛け続けることになるだけだが、それでもいいのか?」
酷薄な笑みを浮かべる獣人の男に、ヤレヤレと言いながら軽く両手を上げて降参を示す。反抗しない態度に拍子抜けしたのか、一度鼻を鳴らした後三人で取り囲むようにして銀二を連れて袋小路を出ていく。
そしてその様子を、建物の屋根の上から覗き込んでいたエイルノートも、静かに姿を消すのであった。
―――
ギョレの街の市長、リチャード・ウォーズリーという男を一言で表すなら、小賢しい男となるだろうか。狸人の首長であり連邦評議員の一人であるリゲル・ウォーズリーの甥という事もあったが、市長選挙の前評判では最有力の別候補が謎の死を遂げたことで繰り上げで当選した男である。
まぁお分かりの通り、謎の死を演出した脚本家が市長であり、今市長の目の前に座る老狸はその候補を殺害したマフィアのトップ。
「それで、私とて暇ではないのだがね。ここに来るのですら神経を使うというのに」
「ふん、鼻たれの小僧がぬかしよるわ。誰のお陰でその太った体を支える椅子に座れていると思っているのか」
まさに狸親父共の化かしあい、という具合だろうか。ギシりと軋むソファーで対面に座る二人は、方や杖を片手に煙管を吹かし、方やひじ掛けに肘をついて足を組みながら頬杖を突く中年。中年と老人のケモミミ・尻尾は果たして需要はあるのか、いやない。
老人の物言いに苛立たし気に舌打ち一つ吐いたあと、懐からタバコを取り出した市長が火を着けながら老人に問いかける。
「用件は?」
「首長が要求したモノを用意した」
「なんだと?例の娘がいたというのに・・」
「何を考えているのか、一人でぶらぶらと歩きまわっておったからの。前情報の通り、優れているのは治癒術のみ、といったところか」
ぷかーっと煙を吐き出す老人に、鼻を鳴らして答える市長。
「その身柄はそちらで首長に。それと約束の金は・・・」
「わかっておるわい。いつもの様に幾つかの店を経由して届けさせよう。小僧のおかげで、最近は孤児院にすら入れず道端で転がるガキが多いからの。安く仕入れることができていいわい」
「フン、孤児院など儲けにもならん場所に金を出す必要性を感じないだけだ。浮いた金で他の事業に回せて良い事尽くめよ」
「へぇ~、そういう事情だったんスねぇ~」
「「っ!」」
護衛の男たちすら席を外し、二人だけだったはずの室内。その片隅の影からぬらりと姿を現したのは、フードと口布で顔を隠したエイルノートであった。
「貴様・・・どうやってこの部屋に入った」
「どうもこうも、ちゃーんと扉からお邪魔したっスよ~」
「ふざけた男だ。賊か・・?爺、貴様の部下は何をしている」
「お爺さんの部下っスか?それなら――」
エイルノートがそういって扉へ視線を向けた瞬間、その扉をぶち破りながら数人の男たちが吹き飛ばされてくる。服の腹の辺りが破れ、露になった肌は赤黒く変色しその激痛と恐怖に歪んだ表情が特徴的であった。
言葉を失う市長とボスの二人を他所に、扉の無くなった入口の先からガシャリガシャリと重厚な足音が聞こえてくる。おそるおそる入り口を見れば、まるで黒い炎の様な魔力を纏った全身甲冑姿の銀二がゆっくりと入ってくる。
「・・・!く、曲者じゃ!!者ども、出会えい!!」
手元のスイッチを押しながら叫べば、館の中に警報が鳴り響きドカドカドカと多数の足音が近づいてくる。それに呆れた様に肩を竦めるエイルノートと、吹き飛ばした男達の近くまで歩み寄る銀二。丁度倒れた男の足首を掴んだところで、加勢にきた破落戸達が部屋に入ってくる。
「ボス!ご無事でえええええええええぇぇぇぇぇ―――――!?」
気を失った大の大人を片手で持ち上げるばかりか、頭上でブンブンと振り回す銀二の異様さに呆気にとられた次の瞬間、いの一番に駆けつけた男めがけて気絶した男を投げて諸共に吹き飛ばす。
ドップラー効果を残しながら吹き飛んでいった男達を視線で追いかけた増援の男たちの顔色が一斉に蒼くなり、ブリキ人形のごとく顔をゆっくりと銀二へ戻していく。
「な、なにをしておる!殺せぃ!!」
「は、はっ!」
老人の一喝でなんとか気を取り直した男たちは鞘から剣を抜き放ち、一斉に銀二へと切りかかる。ギィィン!と金属同士がぶつかり、音が鳴り響くがそれを物ともせずに受け止める銀二。
「あっ・・・えっ・折れ・?」
「『――――』」
銀二の正面にいた男の剣はその半ばから折れて、刀身が天井へと突き刺さる。呆然と折れた剣に視線を向けた男のその顔をハンドボールでも掴むかのようにアイアンクローで掴むと、その体を持ち上げそして脚部から濃密な魔力が吹き上がる。直後、その魔力をジェット噴射の様に使い前方へ弾丸の様に跳んでいくと、その勢いそのまま掴んだ相手の頭を壁へとブチあてて柘榴を破裂させる。
重い頭を乗せることから解放された体は、重力に従い手足が地面に落ちそしてその首からは大量の血が噴き上がる。
「『―――』」
そのヘルムのバイザーに横一文字に刻まれた魔紋が赤く輝き、そして排気のように一度強く魔力が噴き上がるその様は、やはりどう見ても暗黒騎士かデュラハンそのものである。
手からは血を滴らせ飛び散った壁の破片を踏み砕き周囲を見渡す銀二の姿に怯えたのか、剣を構えたまま近づけない男達。そんな動かない男たちから視線を外し、市長とマフィアのボスへ顔を向ける。
「『天網恢恢疎にして漏らさず』」
「なに・・?」
「『天は遍く大地に網を張り、貴様らの様に悪事を働くものを捕らえ裁きを下す、と言ったんだよ』」
「年貢の納め時、って奴っスよ」
「き、貴様ら・・・わ、私に手を出せばどうなるかわかっているのか!」
「どうなるか?マフィアとそれに繋がった汚職市長がいなくなって、風通しのいい街になるんじゃないっスかね?」
「儂を消せばリゲル評議員がだまっておらんぞ・・!あの男の事だ、軍でも動員し草の根をかきわけてででも貴様の様な賊を捕らえ殺すだろう」
マフィアのボスの言葉に失笑してその冷めた視線を彼に向けるエイルノート。その冷静な様子とは対称的に顔を赤くして怒鳴り散らす男。
「なにがおかしいか!」
「狡賢さなら獣人一と言われる狸人、その中でもマフィアとしてのし上がった男だからちょっとは頭が回るかと思ったんスけどね~」
コツ、コツ、と静かに歩きながらボスへと近づくエイルノートに、周囲の男たちが銀二を警戒しつつもボスとの間に割って入る。
だが、そんな男達に気を払わず散歩でもするかのような気軽さで歩き続けるエイルノートに、まさに切りかかろうとした剣を振り上げた瞬間、その男の喉にナイフが深々と突き刺さる。
「まさかとは思うっスけど、俺っち達が単独で動いてるように見えてるんスか?」
剣を振り上げたまま前のめりに倒れる男の喉からナイフを引き抜き、そのまま離れた所から吹き矢を放とうとした男の目へと投げる。
「評議員が動く?・・・その程度で、ウチの職場止められるとでも思ってるんスか?むしろ動いてくれていいっスよ?その方が潰し易いっスからね~」
丸腰となったエイルノートにこれ幸いとばかりに突きを放つが、ポンと剣の腹を叩いて逸らすと更に手首に手刀を落として剣を奪う。そのままその男の首を刎ね飛ばすと、ヒュンと剣を横薙ぎに血払いをしながらボスへと近づく。
「さっき、鎧の旦那が良い事言ってたっスねぇ~。テンモウ、カイカイ?ま、神サマ気取る気はサラサラねぇっスけど、この連邦で悪人をのさばらせることはしねぇっスよ」
「まさか・・・貴様・・・」
何かに気付いたように目を見開いたボスだが、一度項垂れたかと思えば手に持った杖から剣を引き抜き一気呵成にエイルノートへと切りかかる。
仕込み杖に驚きこちらも目を開いたエイルノートだが、それを素早く切り払う。切り払われ蹈鞴を踏んだボスだが、すぐさま構えを取り直してエイルノートへと向き直る。
「仕込み杖、なーんてやるじゃないっスか」
「フン、武術が貴様ら狼人の専売特許だとでも思うたか!力なくとも技術で補えば貴様の様な若造に後れを取らぬわ!」
青眼に構えるボスに対し、構えらしい構えを取らずに剣の調子を確かめる様に片手で振り回しながら近づくエイルノート。その剣が袈裟に振られ、そして無造作に間合いに入った瞬間、老人とは思えぬ素早さと力強さでその首を薙ぎ払わんと剣を振るう。
――が、その刃が彼に届くことはなく、剣を持たぬ手を振り上げた瞬間、その袖口からダークと呼ばれる投げナイフがボスの眉間へと突き刺さる。
「アンタの敗因は、俺っちの得物を剣だと思い込んだことっスよ・・・って、聞こえてないか」
苦笑しながら仰向けに倒れたボスの眉間からダークを引き抜き、ボスの服で血を拭き取ってから袖口へと仕舞いなおす。そうしながら周囲を見渡すが、市長の姿が見当たらずそして銀二の姿もない。はて?と首を傾げたとき、屋敷の中から叫び声と破壊音が響き渡る。
「旦那って案外派手にやるんスねぇ~・・・」
そう言いながらひょいひょいと身軽に体を動かして悲鳴の音源へと近づいていく。進むごとに壁に埋まった人やら天井からぶら下がった人やら、そして人型にくりぬかれた壁やらを見るたびにエイルノートの頬が徐々に引き攣っていく。
そしてエントランスで銀二の真っ黒な鎧姿を見かけて声をかけようとして、その動きが止まる。左手で市長の頭部を掴み全身を引きずり回しながら、右手に持った物干し竿の様な長い棒を目にも止まらぬ速さで振り回して破落戸どもを吹き飛ばしていく。
「(バーサーカー・・っス?)」
ジャリっとエイルノートが足音を鳴らした瞬間、条件反射レベルの速さで槍投げを敢行。彼の頬をかすり背後の壁に突き刺さったさまをみて、エイルノートの顔色が悪くなる。
「『―――――あ』」
「あって!今、あって言ったっスよね!?」
「『すまん、間違えた。こっちだ』」
「そうやって人をポンポン投げ飛ばすのはどうかとおおおう!?」
ブンと投げ飛ばされたのは土気色にまで悪化した顔色の市長。それを器用に避けながら銀二の抗議するが、既に彼は新しい棒を影から取り出して残党狩りへと移行していた。
「『それはテメェの仕事だろ』」
そういって黒い暴風と化した銀二を見送り、はぁとため息を零して市長へと向き直る。涙鼻水涎、おそらく小便も漏らしただろう異臭を放つ男に、手に持ったままの剣を向けて冷めた視線を送る。
「全く、アンタも俺っちも締まらないっスねぇ」
「ま・・まま待ってくれ!か、金なら払う!どこぞの輩に雇われた殺し屋か何かだろう!?ば、倍の報酬は払うぞ!?」
「ま、あながち殺し屋ってのも間違いじゃないっスが・・・はぁ・・・さっきのボスが気付いたのに、なぁんで市長のアンタが気付かないっスかねぇ・・」
「なん―――」
ザシュっと裂けた音の後、水が噴き出る音がエントランスに静かに響く。数秒後にゴトリと重いものが大理石の床に落ちて音を立てるが、それらの音は銀二が振りまく破壊の音にかき消されたのだった。
「旦那、強すぎじゃね?」
きっと銀二もストレスがたまってたんでしょうね・・・




