3-思いのほか遠心力ってすげーなぁ(遠い目)-
ゴゴン・・と重厚な音を立てて宝物庫の扉を閉める銀二。そこでひとつ息をつき、宝物庫内部へ振り返ると金銀財宝の輝きが彼の眼を焼く。
「かーっ、金貨なんぞ初めて見たぞ。やっぱあるとこにはこーゆーのもあんだなぁ」
顎をさすりながらしみじみと呟きながら周囲へと視線を配る。広さで言えば、元の世界の市民体育館ほどの広さであろうか。柱やら雑多に置かれた財宝やらで少し狭く感じるが、それでも十分に広いといえよう。
「まぁ、全部が全部この国のお宝ってわけじゃねぇんだろうなぁ。精霊の宝具やらってのが強奪されたってことだし・・・お、あったな」
ジャラジャラと歩くに連れて金貨が音を立てる中、近づいた台座の上には装備品が置かれている。
波打つ刀身が特徴的な『焔剣フランベルジュ』、白を基調に背部に茶色の紋章が縫われた『大地のローブ』、緑色の宝石が煌めく『風脈のイヤリング』、蒼銀の金属が輝く『清水の指輪』。
「これが精霊の宝具・・・。さっきの地下室から戻してきたからひとまとめにされてんのかね。まぁそりゃいいんだがこれをどうすっかねー」
既に癖になった独り言を呟き、困ったように頭をかきながら周囲に視線を配る。そこでひとつの袋が目に入る。
「『アイテムバッグ』・・・こいつぁもってこいってやつだな。制限もあんまりないみたいだしな」
いうや否や袋を手に取り、精霊の宝具をポイポイと袋に入れていく銀二。そこでふと地面やら周囲の棚に無造作に置かれた金貨銀貨が目に入リ、ニヤリと口をゆがめる。
「そもそも、ここの王族が召喚なんぞするのがわりぃんだしな。慰謝料ってことで貰っていきますか!」
二ヒヒ、と笑いながら袋にジャラジャラと金貨などを入れていく。とても今朝まで医者として清廉潔白に働いていたと思えない表情である。
「さーて、宝具も全部・・・全部?ああ、そういや闇の精霊のもって話だったよな・・・。あれかぁ?」
目に入った真っ黒な杖を視界に収め、思わず顔をしかめた。
『闇の宝杖』、加工が非常に困難とされる黒鉄という金属を加工し、闇の精霊の加護が与えられた宝玉を頂点に填めた杖。闇属性魔法の効果を非常に向上させる。ただし重い。
最後の一文に「うへぇ」と声を漏らす。恐る恐る立てかけられた杖を手に取り、持ち上げようとするが
「おっも!?なんだこれ、あぶねぇ腰やるとこだったぞこれ!?」
余りの重さにガクンと体勢が崩れかける銀二。慌てて身体強化をかけなおし、なんとかという体で杖を持ち上げることに成功した。
「いや・・これおもすぎでしょうや・・。しかもこれ袋に入らねぇぞ。制限無いんじゃないのかよ・・・」
アイテムバッグの口に突っ込んでみるものの、杖の全体が入る様子はない。一個のアイテムとしては規格外に重かったのが原因だろうか・・。しょうがない、とばかりに一つため息をつきアイテムバッグを肩にかけ、杖も肩に乗せた。
――ちょうどその時、背後の扉が音を立てて開かれた。
「げっ」
「あ?」
入ってきたのは数人の騎士―先ほどのしたマルテインとは違い完全武装済みの正に騎士といえる者たちだ。お互い顔を合わせたところで、騎士たちは瞬時に抜剣し銀二へとその切っ先を向ける。
「貴様、何者だ!」
「侵入者だ!応援を呼べ!!」
さすがに対応は早いと言わざるを得ない。よく訓練された騎士である。騎士たちの最後列にいたものが懐からホイッスルのようなものを取り出し、ピィィィと甲高い音を響かせた。
「こいつぁまずい!失礼するぜ!」
向けられた切っ先に迷わず突っ込んでいく銀二に、先頭の騎士は冷静に対応をしようと最速で出せる突きを放つが、規格外の魔力に支えられた身体強化と規格外の重さを誇る黒鉄でできた闇の宝杖を、遠心力マシマシで思う存分―この時まだ銀二は自身の規格外さにきづいていない―ぶつけた瞬間、
人がぶっ飛んだ。
成人男性・完全武装の甲冑・重い両手剣を持つ人を、文字通り吹っ飛ばしたのである。
具体的に言えば入ってきた扉から逆再生で出ていき、対面にあった窓を突き破り、そこからさらに20mほど中庭を飛び、地面を転がり漸く止まった。
「あ?」
「え・・・あ・・?」
幸か不幸か横に立っていたため吹っ飛ばされた騎士に当たらなかった他の騎士も、銀二と飛んだ男を数回見比べている。銀二も銀二で数瞬呆けたが、すぐに気を取り直しニヤリと口を歪めながらブンブン振り回しながら残りの男たちに近づく。
「や、やめ・・こっちにくるな・・・!くるなああああああああああ!」
他の四人もぶっ飛んだ。
―――
――
―
そこからの銀二の行動は早かった。ぶち破った窓から駆け出し、中庭から城壁に駆け上り、城門のはずれの方から城下町へとダイビングを敢行。見事王城から逃げおおせたのである。
騎士たちの対応もさすがに早く、城下町の至る所に騎士甲冑の男たちが走り回っている。
夜も更け始めた時刻であろうか、星空も見え始め周囲の家屋からも明かりが漏れている頃合いで銀二は裏路地の奥へ奥へと逃げていく。
「流石にここまでくりゃぁいったん時間は稼げたかね」
路地裏の壁に背を預け、懐から煙草を取り出して火をつける。
「ふぅー・・・。嗚呼、タバコがうまい・・・」
紫煙を吐き、よっこいせと声を上げて杖を肩に乗せなおす。金属鎧を無造作にぶん殴ったが、杖に一切傷がついた様子がない。
「黒鉄っていったかこの金属。くっそ重いけど使えるなこれ」
しみじみと杖を見ながらつぶやき、吸い切った吸殻を地面に捨てる。頭の中では逃走経路を思い浮かべながら顎髭をさする。
「街中を抜けるのは問題ないが・・・。問題はこの王都を囲む水堀か」
城門へ駆け上ったとき、暗がりながらにうっすらと街をぐるりと囲んでいた水堀を思い出す。王城を北に位置するこの都は、東・西・南の三方から跳ね橋によって通行を行っているようであった。当然、安全管理上夜間は橋は跳ね上げられ外との行き来はできない状態であった。
「そういや・・この精霊の宝具はあれか。盗品だから公にして捜索ができないのか」
光の精霊の宝具はもとよりこの国に継承されている聖剣であるから除外するが、ほかの宝具は他国のものでなおかつ強奪された品々である。外壁門に検問をつけようにも何を探すのか末端にまで伝達出来ようはずがない。他国の人間にバレればそれこそ開戦となる、文字通りの火種なのだ。
「検問はないっつっても、門の出入りで身分は検められる・か。ついでにこのローブも拙いな」
思えば騎士から奪ったこのローブもいつまでも来てるわけにはいかないと思い至るが、外は冬場に近いのか外套がなければさすがに寒い。さてどうするか、と顎をさすりながらふと腰元のアイテムバッグが目に入る。
「そういや、ローブだかコートだかもあったっけな。それでいいか」
いうや否や着ていたローブを脱いでアイテムバッグにしまうと、同じくアイテムバッグから大地のローブを着込む。
「ま、後で返すんだしあの女神もこれくらい許してくれるだろ」
荷物を担ぎなおし、路地裏から何気ない顔で―とはいってもフードで隠しているが―表通りに出てくる。オドオドとしてると怪しまれるなと思いつつ、盗人猛々しくも通りを歩いていく。そこで、向かいから革鎧に身を包んだ男たちが歩いてくる。
どうやら何か仕事が終わった帰りなのか喜色ばんだ顔で仲間たちと歩く。その様子は、傭兵か冒険者か。
「(身なりから荒事屋、身のこなしや風貌からあんまりお上品に戦い方を学んだわけでもなさそうだ。ってことは我流かもしくは獣相手の荒っぽい戦い方・・。)」
チラリと観察しつつ、職業に当たりをつける。そこまで考えていくと、男たちの頭上にまた情報が出てくる。
『ランディー:中位冒険者:男:28歳
スキル:ソードマスタリー』
「(この情報も自動で出てくるってわけでもなさそうだ。何か条件でもあるんかね?)」
思えばスキルっていうのも不思議なものだと思いつつ、視線を通りに向けなおす。銀二が通った道には冒険者の集会所らしきものはなかったことから、この男たちは仕事の報告はこの先で済ませたのだろうとあたりをつけ、男たちと何事もなくすれ違う。
ほどなくして、行き先に剣と杖を飾った看板が目に入ってくる。中からはガヤガヤと騒がしい声も聞こえており、どうやらまだ営業しているようだ。
「(やーれやれ、忙しい一日はまだまだ終わりそうになさそうだ・・・。)」
小声でぼやきながらスイングドアを開き入っていく。
冒険者ギルドへと――。