38―ピースが揃ったらあとは組み立てるだけ―
帝国軍と彼らの護衛対象である貴人が通り、それを見物しようと陽気に賑わう表通りとは対称的に、数本裏の路地に入ると陰気な雰囲気と嫌な静けさが場を包んでいる。そんな中を無地の白いローブで通っていく男は、果たしてこの中では異質に映っていた。
灯りもなく暗い通りを進むローブの、その人物の口元にはタバコが咥えられ少し伸びた無精髭と浅黒い肌が見えている。そう、銀二である。
コツコツと足音を立てて歩きながら、予備のローブで隠れた目で周囲を観察する。明らかに堅気ではない男たちに、娼館が近いのか下着に近い格好で客引きをする女。路地の影に身を顰める様にしゃがみこむ子供。よそ者感をブイブイ言わせて歩く銀二の様子を遠巻きながら観察している彼らに、顔は向けずに視線だけで判別していく銀二。
「(娼館の女は・・いいカラダだが、まぁそれは置いといて関りはなさそうだ。子供はただのストリートチルドレンと。なるほど確かにあまりお行儀の良い場所じゃなさそうだ)」
そして後方から感じる視線。連邦に来てからというモノ感じるうちの一つ。おそらく狸人の尾行か。
「(街を出てからは感じないが、街に入るたびにこのタヌキ共の尾行がある。おそらく、ギルド支部長が言っていた通信魔導具で連絡でも取っているのか・・)」
『――』
タバコを咥えたままの口元から煙を吐き出しながら考察を重ねていく。精霊もその銀二の考えを読み取ったのか、背後にいる尾行の様子を声ならざる声で伝えてくる。闇そのものの彼或いは彼女なら、闇に潜む者達などまるっとお見通しなのだろう。
「(仲間と合流、なにか報告してまた別れた、と)」
『――――』
「(あいよ。・・・ん?)」
何食わぬ顔で歩きながら大きな屋敷の前を通り過ぎたとき、ふと視線を感じてそれを辿るために顔を上げる。館の屋根の上、月の光が逆行となってシルエットのみしか映らぬその人影を、ローブから覗く瞳が捉える。
「――――なるほど、ね」
呟き煙を吐き出すと、フードを目深に被りなおして路地を抜けていく。その後ろ姿を月光に隠れた人物もまた見ていたのだった。
―――
――
―
「やれやれ、表は帝国のパレードで祭り騒ぎではないか。・・時に、パレードで思い出したが、この国が統一される前に馬人達は戦勝記念に、捕虜の足を2本の縄で結び街中を引きずりまわした後に股を裂くということをしたそうだ」
「―――ッ」
黒服を着こなし杖を前に突きながらソファーに座る老人の男がなんとなしに呟いた言葉に、その前方で正座の様に座っている男の肩が跳ねあがる。
「なにをそんなに怯えておるのやら。儂にはその様な恐ろしい事は出来ぬよ。儂にはな」
「お、おお・・お許しを・・っ」
「許す?許すとはなにに対してだ?指示を出した酒場の経営を赤字続きにした事をか?それともアガリを納められないことをか?クスリの販路を余所者に奪われていることをか?」
ジリジリと燃える蝋燭の火に揺られた光が室内を薄暗く照らし、しかしそのわずかな光源ですら震える男の顔の蒼さははっきりとわかる。その男に視線を僅かに向けた後、ため息を一つ零すと手に持った杖で床をドンドンと着く。
ヒッと声を漏らした男に、老人の後方に控えていた男たちが近づき両側から腕を引き上げると、軽々と男一人を宙に持ち上げて奥の扉へと悲鳴を残しながら消えていった。
「我ら狸人は富こそが力。力なき者に居場所があるわけなかろう。・・・貴様はまともな報告ができるのであろうな?」
「はいボス。しばらく前から尾行している例の一団ですが。この街に入ったのを確認しました。現在、火の一族の娘を含む女は教会へ、男はそこら辺をぶらついているようです」
「女共に手を出していないだろうな?」
「はい。ヴァルデを出て以来、そのようにとのお話でしたので尾行と監視だけに」
「ふん、指示をコロコロとかえおって・・首長もなにを考えているのか。まぁよい、問題は男の方だ」
近くのサイドテーブルから少し大きめの煙管を取り出して煙を吐く。そして同様にサイドテーブルの上の書類に手を伸ばして内容を見る。
「このギンジという男、何者か。聞けば肌は浅黒く彫りが浅い。人間種のようだが、南方の蛮族とも違う顔つきからしてこの大陸の者ではあるまい」
「普段は大地の精霊教会のローブを着用しておりますから、おそらくは帝国の手の者では・・?」
「はてさて、確証もなしではな。何もかもが不明な男ではあるが、首長はその男の治癒術に興味があるようだ。聞けば、『優れているのは治癒術のみで強くはない』というではないか」
「・・・近く、身柄を確保します」
「期待しておるよ。染みついた汚れの掃除も、面倒ではあるしの」
ぷかぷかと煙を吐き出す老人の言葉に、うっすらと額から汗がにじむがそれをなるべく顔には出さず、そして悟られぬ様にと頭を下げ顔を伏せてそれを答えとした。
そしてその一連の様子を天井裏から覗き込む者がいたことには、その場の者は気づいてはいなかったのである。
―
――
―――
明くる日、流石にマンティコアやグランスパイダーと連戦した疲れからか、本日は休息日とした一行は宿屋に併設したカフェで少し遅めの朝食を摂りながら女性陣達の昨夜の行動を聞いていた。
「あの犬人の少女が甚く感謝していたよ、ギンジ殿」
「シスターの人達もまさか調剤の事までしてくれるなんてーってすごく嬉しそうにしてたね」
嬉しそうに椅子から垂れた尻尾を振るライラと朝からビッグサイズサンドイッチを頬張りながら言うアリエル。その様子をニコニコとしながら横からアリエルの口元のパン屑をハンカチでふき取るクラリッサ。
姿は似てないが仲の良い姉妹のような姿に和みながら銀二も食後のコーヒーを口にする。
「それじゃあ薬の受け取りも問題はないか」
「ああ。シスターが責任をもって受け取りに行くと」
「なら安心だな。俺の方は・・・まぁあれだ。尾行してる奴の一つはやっぱ狸人だな」
「ふむ・・・」
「ついでに言えば、おそらくマフィアかそれの類だろう。尾行の指示がそこからなのか、はたまだ別の奴が出したのかは知らんけど」
「狸人ってお金に執着するんでしょ?それでマフィアっていうとどんな手段を使っても目的を達成しそうで怖いね」
「狸人と・・マフィアですかぁ」
「なんかあったか?」
「昨日、ライラちゃんたちが子供たちの相手をしてる間に、シスターさんにお話を聞いたんです。今の市長とマフィアが関係を持ってるっていう噂があるみたいでしてぇ」
銀二と同じく食事を終えているクラリッサが声を抑えながら言うと、全員の表情に苦みが走る。
「政治家と裏社会の人間が繋がってる、なんてのはよく聞くがね・・・まさか本当にいるんだな」
「先程、アリエルが言ったように狸人は金銭・・まぁ富を力と捉える。腕力は獣人の中では弱いし、狐人などに比べて魔力も低い。戦闘能力で言えば獣人の中でも下の方だからこそ、そうなったのだろうが」
「そういえば薬師のお婆さんが言ってたけど今の市長になってから孤児院の補助金がかなり減ったんだよねぇ」
アリエルの言葉にタバコから煙を吐き出しながら天井を見上げる銀二は、両手を頭の後ろに組んで思案に耽る。
「急に減らされた補助金の行方、市長とマフィアの関係、そしてマフィアに尾行される俺たち、か」
「尾行・・・そういえば、昨夜孤児院に行く際には私達に尾行がいなかったな」
「そういえばそうだね。あれ?でも狸人さんたちはライラさんが狙いだったんじゃないのかな?」
「ライラちゃんじゃなくて旦那様の方に尾行が・・・。なにか目的が変わったんですかねぇ」
「確実に厄介事に巻き込まれてるなぁ・・・」
「どーしたんスか、みんなして苦虫噛み潰したうえで濃縮したブラックコーヒーでも飲んだような顔して」
そう言いながら木のカップを持って近づいてきたのはエルノであった。彼は近くの椅子を引きずって銀二達のテーブルへと寄せて座る。
「おう、お前さんこそちょっと眠そうじゃねぇの」
「いやあ、昨日旦那たちと別れた後知り合いと会ってたんスけど、闘技大会に向けてちょいと手合わせしまくってたら疲れちゃいましてね。まぁそれはそうと、旦那たちこれからどうするんスか?」
「ん?どうするも何も旅は続けるが・・」
「いやぁ、ほら。今朝から北方街道、しばらく立ち入り禁止ってお触れが出てましたけど、ライラの姐さんの故郷に行くんでしょ?どうするのかなーって」
「そうだった・・・。ギンジ殿、北方街道が暫く使えないとなると、鎮守の森に向かうにはここから西に出て、首都を経由して北に行くしかないぞ」
「げっ・・・そうか、そうなるよなぁ。どうすっかねぇ」
コーヒーを飲んだのとは別に表情を歪ませると、暢気に食事を続けるアリエルと世話を焼くクラリッサを他所にライラも難しい表情で唸り声をあげる。
「昨日は調査の一環として森に入れたが、通過をするとなると話は別だ。調査クエストの報告は受注したギルドでしか完遂報告できないし、こういった調査クエストはいつまでかかるかわからない・・」
「・・・首都を経由して目指した方が、結果として早いか」
「おっ、ということは旦那たちも首都行くんスか!?それでしたら~」
「馬車に乗せろってか?」
「ウイッス!へへっ、どうっすかねぇ?」
「でもいいのか?もうわかってるだろうが、俺らと一緒だと思わぬトラブルに巻き込まれて首都に着くのが遅くなるかもしれねぇぞ?」
「その辺は百も承知っス!いやぁ、旦那との旅はあれっすよ、別嬪さんで目の保養はできるし、清潔な水が出るし、アイテムバッグがでかいから荷物の事考えずにいられるしですっごい旅が楽なんスよねー」
「正直な奴だな・・・お前らもそれでいいか?」
銀二がそういってライラ達に問えば、それぞれが頷くことで返答する。よっし!とガッツポーズをするエルノに苦笑しながらコーヒーを飲み切る。
全員が食事を終えたことをぐるりと見渡して確認した後、席を立ちあがってエルノの肩を叩く。
「今日は各自自由行動な。まぁできればライラ達はまとまって動いとけ。んで、お前さんはちょいと散歩に付き合え」
「ウ、ウイッス?」
「んじゃ、またあとでな」
そういってカフェを出ていく銀二とそれを追うエルノ。ライラ達はそれを見送りながら、ギョレの街の地図を広げて観光計画を立て始めるのだった。
――
チェニック姿で咥え煙草をしながら歩く銀二の後を追ってエルノが付いて歩く。闘技大会が近い事や帝国軍人たちが束の間の休息で練り歩いているのか、かなりの人数が大通りを歩いている。
「旦那ー?どこまで行くんスかー?」
「この先に噴水があるって話じゃねーの。ちょいと見に行こうぜー」
「はぁ・・・」
そう言ってズンズン進んでいく銀二は、身体機能に優れる獣人のエルノですら人とぶつかっているのに対してさして人とぶつからずに進んでいく。狭い場所に人がごった返す日本の都会にいたせいかそういうスキルは元からあった銀二である。
ひょいひょい進んでは見失いそうになったところで露天で飲み物を買い、また人混みを進んでいく。器用なものだと感心しながら後を追いかけていけば、確かに噴水に辿り着き近くのベンチに腰かけている姿を見かける。
「旦那、人混み避けるの上手いっスねぇ」
「そうか?まぁ・・故郷はあの通り以上に人が混むからな。自然と覚えたんだろ・・・ほれ、なんか美味そうなもん売ってたからやるよ」
そう言って顔は人通りを眺めながらカップを差し出し、それを受け取ったエルノも銀二の横に座って口を付けながら人通りを眺める。
「どもっス。いやぁ・・人が多いっスねぇ~」
「ああ。昨日、帝国の連中とちょいとあったが結構な人数だったしなー」
「聞いたっスよ~?森で大活躍だったらしいじゃないっスか~」
にこやかに話すエルノと違って、眠そうな目をしたままいつの間にか新しく咥えたタバコをピコピコと口元で動かしながら、その黒い瞳をチラリとエルノに向ける。
「聞いた、ね。その情報は公表されてないはずだぜ?」
「―――」
「エイルノート、年齢22歳。生まれはシグナの街だが、育ちは首都ルドニ。幼少の頃より優れた身体能力を発揮していたことでとある組織で育てられ、そしてそのまま組織に所属。得意分野は情報収集及び暗殺。ここまでで情報に間違いは?」
「・・・」
フゥーと煙を吐き出す銀二の傍ら、エルノ・・・エイルノートはカップを持つ手に力を入れたまま黙ってしまう。
「沈黙は肯定、と捉えるぜ。ネフトの街でライラを見かけたお前か、はたまた組織の人間が報告でもしたのか、ライラの監視と護衛を開始。それと時を同じくして狸人も同じように監視をし始める。それに気づいたお前さんは、戦闘能力の低い狸人であれば俺らが街の外に出るなら監視を非合法な手段で雇うと睨んだ」
「・・・」
「そうして雇われたのか・・・雇われた者と入れ替わったのか・・どちらにせよ、ネフトの街を出た後で俺たちに接触を図ったわけだ」
「―――いつからっスか?」
「最初からだよ。お前が本名を名乗っていないことも、暗殺を生業にしていることも。だから、お前のことは一度も名前で呼んでなかったはずだぜ?ま、分からなかったのは俺たちを暗殺に来たのか、それともその能力を生かして暗殺に対するカウンターとしてきたのかだった」
銀二がそういって手に持ったカップを傾けて飲み干していく。その横でエイルノートは深くため息を吐き出すと困ったように笑い頭をかく。
「だがそれも、昨日の夜にでかい家の屋根でお前さんを見かけて、漸く最後のピースが揃ったわけだ」
「旦那には敵わないっスねぇ。・・・何者っスか、アンタ」
「今どき珍しい巡礼者、最近中位になった冒険者、今巷で噂の謎の治癒師。お望みの答えはあったか?」
ニヤリと口角を上げて笑いかける銀二に、両手を上げて降参を示すエイルノートであった。
最近は結構な数の方にブクマつけて頂いてニヤニヤさせて頂いております。
(*´ω`*)
もしよろしければ評価をポチってくれてもいいのよ?(チラッチラッ)




