37―話の分かる偉いヒトってのは貴重なもんだよな―
なんとか森を抜けた銀二達と帝国御一行は、あれ以降目立った襲撃もなく街道を進み視界にギョレの街を収めるまでに至った。夕暮れが迫る中街の明かりが目に入ることで、帝国軍の隊列の中から安堵の声がそこかしこに聞こえている。
馬車をギョレの街に預けたままの銀二達は帝国軍の隊列と並行しながら街へと歩き、その横にはしげしげと銀二(暗黒騎士)を眺める貴人の馬車があった。
「しかし、まこと珍しいものよ。まさか黒鉄を加工するどころか、身に纏おうなどど考える輩がいるとはな」
「『世界で最も重いが、世界で最も硬い。これほど武具に向く素材はないからな』」
「ドワーフ共が血眼になってその加工法を探しているというに・・」
窓枠に肘をつき頬杖をつく金髪の男にガシャリガシャリと重厚な足音を響かせる銀二。殿下と呼ばれていたのを知りつつも堂々としているのは、ひとえにこの金髪の男が畏まることはないと言い放ったからである。そんな二人の様子を一歩離れたところで見ている女子三人は声を抑えめに話をしている。
「あの鎧、どうなってるの?すっごい禍々しいんだけど・・・」
「ああ・・黒鉄の鎧か。以前から街に着くたびに黒鉄を加工していたのだが、一つ問題があってな」
「問題ですかぁ・・?」
「鎧のプレート自体は作れたのだが、そのパーツを組み合わせる留め具がな・・・」
「あ、そっか。ギンジさんは平気な顔で使ってるけど、黒鉄の塊なんてすっごい重いもんね」
「留め具に使う金属が折れてしまったのですねぇ」
「そこで思いついたのが、クラリッサ。そなたの闇魔法の運用方法だ」
「あら、私のですかぁ」
「ああ。以前闇魔法で影から武器を作るのを見ていたし、ギンジ殿も即興とはいえガントレットの様に纏ったこともある。そこから発想を得て、プレート同士の繋ぎとして引き合わせる為に闇魔法を使うことにしたのだ」
「精霊様もいますからお手の物でしょうねぇ」
「まぁ・・弊害?といえばあの禍々しさなのだが・・・」
前を歩く銀二の姿を見れば、相変わらず鎧の関節部分やパーツの繋ぎ目から闇が漏れ出している。控え目に言って暗黒騎士である。ちなみに足元を見れば、地面がくっきりと足型をかたどっていた。
「して、その技術と知識。帝国へと伝えてはくれぬか」
「『加工法を知りたいというなら伝えよう。秘匿するものでもなし』」
「おお、そうか!」
「『ただし、こちらも連邦でしなきゃならんことがある。帝国へ向かうのはそれからだ』」
「なに、構わん。その知識でドワーフ共が活気づき、そして彼奴らの文化もまた栄えよう」
そういって笑う貴人は上機嫌な様子で視界の先のギョレの街をみやり、鼻歌まで歌いだす。その様子に先を歩いていたハイデルが物珍しそうに近づいてくる。この人物も目が鋭すぎて素の表情でもヒットマンの様にしか見えない。
「殿下が鼻歌など珍しいこともあるものですね」
「ハイデルか。そう言えば貴様が先触れに出た甲斐もあってのこの状況。大儀である」
「恐縮至極に存じます。それで、上機嫌なようでしたが?」」
「そこなデュラハンが黒鉄の扱いを伝授してくれるという話よ。これでまた我が宝物も賑わうというもの」
「『宝物・・』」
「うむ。国とは民がおらねば意味をなさん。民とは国そのもの、故に民とは宝。そしてその民が生み出す文化もまた宝。国を導き、民を育む。そして生まれる文化を眺めるのもまた一興よ」
「殿下の『文化好き』は相変わらずですね」
ハイデルの声に頬杖を着いたまま視線だけ見下ろす貴人。ハイデルの物言いが癪に障るというよりは、何をいまさらと目で語っていた。
「初代皇帝の時代から我が帝国は諸国を吸収しその体を巨大化させてきた。故に、多種多様な民族・風習そして文化がある。これを潰えさせることは当時の皇帝たちはできたことだろう。しかしそうはしなかった。なぜか」
「『ヒトとは可能性のケモノ。力によってではなく、その智慧にこそ真価がある』初代皇帝の言葉ですね」
「然様。そしてその智慧が生み出した文化を尊ぶからこそ、帝国の繁栄につながったのだ。それを尊ぶことこそが当然の帰結よ」
尊大な態度であるが、その言葉の節々からは先祖を敬いそして愛国心がまざまざと見えてくる。その姿に一つ頷いて顔を覆っているヘルムを脱ぎ去る。普段後ろでくくっている髪の毛を下ろし、そしてヘルムの中で伸ばされた髪がまっすぐになっている。おまけに口元にはまだ闇の魔力が漂っているので、ぱっと見では銀二だとはわかりにくい。
「なんだ、よいのか?警戒から隠していたのだろうに」
「なぁに、脱ぐタイミングを失ってただけさ。ほれ、もうじき門に着くからな」
「おお、ようやく着いたか。ここからは安穏と進みたいものだ。・・・さて、貴様らも街に入るのだろう?我らより先に入らねば余計な時間もかかろう。先に通ることを許す」
「お気遣い、忝く」
「先頃の加勢、まこと大儀であった。いずれ帝国に来た折には我が居城へ足を運ぶがよい。この礼を含め歓迎しよう」
頬杖を外し顔を向けた彼がそう言えば、銀二も彼を見上げながら目礼を返す。そして馬車の中から一本の短剣を取り出すと銀二へと手渡す。
「これは?見るからに貴重な代物なようだが・・」
「フン、冒険者が唐突に我が居城に来ても追い返されるのが関の山。通行手形変わりだ、持っておくがいい」
「柄に帝国の紋章と、そして皇族の家紋が入っていますので。間違っても他人に渡さぬようにしてください」
ハイデルの言葉にまた厄ネタを拾ったと理解するが、それを顔には出さずにアイテムバッグへと仕舞う。人脈ができることは喜ばしいが、一つ間違えれば爆弾にもなるものばかりである。
改めて一度頭を下げ、ライラ達を連れてギョレの門へ向かっていく銀二達を見送りながら、貴人は改めて頬杖をつき愉快気に口角を上げる。
「愉快な男だ。次に会う時が楽しみでもある」
「本当に珍しいものです、殿下がここまで個人を気にいるとは」
「フハハハ、あれほど意表をつく男もおるまい?」
呵々と笑う貴人の姿に肩を竦めて返答するハイデル。そこには上下の関係以上に気心の知れた相手であることが伺えた。
――
門を通り一度物陰に入って黒鉄の鎧を脱ぎそのまま影に仕舞った銀二は、その足でまず冒険者ギルドへと向かった。森で我慢していた森や街道を進む中ではさすがに我慢していたタバコをここぞとばかりに咥え、紫煙を吐きながらボサボサの髪の毛を紐でひとくくりにする。
帝国軍人たちが来たことで更に賑わう街中を進み、冒険者ギルドへと立ち入ると冒険者のパーティーが数組なにやら話し合っていた。
それを眺めながらギルド内を進むと、書類仕事をしていた受付嬢が銀二の姿を認めて声をかけてくる。
「あ、ギンジさん。お戻りでしたか」
「ああ。無理を通してすまんね。おかげで色々と収穫があったよ」
アイテムバッグの口からトゥーモを見せれば、受付嬢も満足気に頷いて先を促す。銀二もカウンターに肘を乗せて受付に少し寄りかかると、声を抑えた状態で報告をする。
「森の異変、その原因と思われる魔物と遭遇もした」
「・・・なるほど、確かに大きな収穫ですね。あちらのパーティーは森林でグランスパイダーの群れと遭遇し、幾らかは討伐したと」
「こっちもそのグランスパイダーと交戦、幼体を大量に成体は1体討伐したよ。それと・・・」
「グランスパイダー以外にもなにか・・?」
「これは実際に見てもらった方が早いか?・・・解体部屋に行こう」
「かしこまりました」
そういって隣のスタッフに引き継ぎを済ませた受付嬢を伴い、解体部屋へと入っていく銀二達。若干大きなお兄さん達がちょっと怖い目をしていた気がするが気にしないのが銀二クオリティ。
バタンと扉が閉まる音に丸っこい耳をピクリと動かした2m超えの熊人の大男が、手に持った肉断ち包丁を作業台に置いてこちらを見る。
「ん、どうした。この部屋にくるのは珍しいな」
「北方街道の森林地帯の依頼に関して、出現した魔物を見せて頂けるとの事でして」
「・・・そいつは俺も見てみたいもんだ」
「今出す。・・・こいつだ」
そういってずるりとアイテムバッグからマンティコアの体を引きずり出すと、受付嬢と熊人の男の目が見開かれる。黒焦げになった部分は多いが、その巨体に特徴的な尾や牙がそれだとわかる。
「マンティコア・・だと・・こいつがあの森に?」
「ああ。それと・・首だけだがメスもいた」
「マンティコアが番で・・・なるほど、ここまで強力な魔物が現れたらフォレストウルフは逃げ出すのにも納得です」
「番がいたのも問題だが・・・・この首から下はどうなったんだ?」
銀二が取り出して作業台の上に載せた怯えた表情のメスの首をしげしげと見ていた熊人の男が呟けば、銀二一行の視線がスイ――っと泳いでいく。その様子に頬を引きつらせながら首を持ち上げる熊人をよそに、んんっと咳払いをした受付嬢が話を戻していく。
「ちなみにマンティコアが他にいる可能性はどうでしょう?」
「マンティコアが出現したのは森の西側の中央。そこで戦闘したあとすぐに帝国軍の救援信号が出たんで詳しい調査はできなかった」
「なるほど・・・安全性が確保できない以上、しばらくは森への通行は止めて至急調査したほうが良さそうですね・・」
難しい顔をした受付嬢が呟くと、そればかりは仕方がないと肩を竦める銀二たち。中でもライラは顎に手を当てて考え込んでいるようだ。その姿を横目に見ながら、よしっと呟く受付嬢に視線を戻す。
「この件は内密にお願いします。マンティコアが出没したなどと下手に広まってしまえば混乱を招きますから・・。至急支部長へ報告の上、対応をしていきますので」
「まぁこっから先はアンタらの仕事だ。その辺は任せるよ」
「その通りだな。ほら、こいつらの鑑定書だ。あとはそっちで清算してくれ」
「はい。ではまたカウンターへどうぞ」
その後受付で麻袋に入れられた報酬を受け取り、冒険者ギルドを後にした銀二達はトゥーモを薬にするために紹介してもらった薬屋へと向かう。
ガランゴロン、と錆びたドアノブが鈍い音で来店を知らせると、カウンターに座っていた老婆が顔を上げて銀二達を見やる。銀二はカウンターに向かい、女性陣は商品棚を見ながらクラリッサの薬講義に耳を傾けている。
「おや、いらっしゃい。何か入用かね?」
「コイツで滋養強壮剤を作ってほしくてね」
そういって取り出したトゥーモの束を見ると、ほうほうと呟きながら検分していく老婆。そうしながらも銀二をちらりと見やって話の続きを促す。
「ここの教会に孤児院があるだろ?あそこの子供らが栄養失調らしくてな、滋養強壮剤が必要なんだ」
「なぁるほど。確かにトゥーモの滋養強壮剤はうってつけだね。しかしそうかね、孤児院の子供らがね」
トゥーモの束をカウンター奥のテーブルに置きながら呟く老婆に、近くの商品棚の薬を眺めだした銀二が話を続けていく。
「精霊教会ともなれば寄付金やらで子供を養うのはできそうなもんだがねぇ」
「さすがに寄付金だけじゃぁ足りんだろうよ。前は街からの助成金なんかも多く貰えてたみたいだがねぇ」
「最近はそうじゃなくなったってことか」
「今の市長になってから変わったって話さね。わしの様に、ここは狸人が多い街。狸人は金にうるさいからねぇ。調剤依頼なら、先払いで頼むよ」
「なるほど・・ね。金は払っておくが、受け取りには孤児院のを使いに出すから覚えておいてくれ」
「ひのふの・・・ほい、確かに。この木札を持っていきな。この分だと明後日にはできるだろうからね、その木札を持たせて取りに来なさい」
「ああ、わかったよ」
そう言って木札を受け取った銀二は、それをそのままアリエルへと渡して三人を孤児院へと向かわせる。その三人が出ていったのを老婆も見送り、訝し気に銀二へと向き直る。
「いいのかい?女だけで夜道を歩けるほど、この街も治安はよかないよ」
「あいつ等なら暴漢が出ようがどうとでも出来るさ。それより、ちょいと聞きたいことがあってね――」
銀貨でカウンターを小突きそういってニヤリと笑った顔は、まぁ医者だったとはちょっと見えないかなーという顔だった。
銀二もすっかり逞しくなって・・・(ほろり




