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32―覚悟の上だけど、やっぱり面倒を引き寄せることになりそうだな―

馬車事故が起きた次の日、銀二達は何事もなかったかのようにさっさと街を出て次の街へと出発していた。昨日の疲れからか幌馬車の後ろから足をブラブラさせて大欠伸をしながらタバコを吸う銀二に、隣に座っているエルノが苦笑を零す。ちなみに今日はアリエルが馭者である。


「旦那、お疲れっすねぇ?」

「あ~?まぁあんな救急現場なんぞひっさしぶりだったしなぁ」

「友人のとこにいた俺っちのとこにも噂が広まってたっすよ~?『聖人』が現れて人々を救ったとか、精霊の奇跡が起きたとか」

「・・・さっさと街を出て正解だったな」


嫌そうに顔を顰める銀二に、馬車の中の全員がクスクスと忍び笑いを漏らす。その反応が不服なのかフスーと鼻から煙を噴き出させれば、ケラケラとエルノが続けて笑い銀二がジト目で睨む。


「そんで?お前さんは友人に金返してもらえたのか?」

「幾らかは返してもらえたっス!あ、馬車代払っときますよ」

「構いやしねぇよ。お前さん一人乗ったからって移動が遅くなるってもんでもねぇし」

「・・・そうっスか?でも悪いっスよ」

「はっはっは!最初は無賃乗車してきたのに言うじゃねぇの!」

「あ~いや~それはその~」

「それに、魔物が出た時には戦ってもらってんだ。護衛代と相殺ってことでいいだろ?」

「まぁ・・そういう事なら・・・。旦那って損する性格って言われないっスか?」

「さてね・・・。面倒事には巻き込まれるみたいだが」


すっかり緑に囲まれる街道に目をやりながら、チラチラと感じる監視の目に辟易としてため息を零す。


「少なくとも二組に目を付けられてる上に、今度は聖人だなんだと噂がまわるわけ、か」

「聖人ですかぁ・・・ちょっとまずいかもしれないですねぇ」

「お?なんぞ問題でもあるのか?」

「聖人、というのは精霊教会で非常に大きな意味を持つ存在です。聖人とされる者の多くは歴史上、大きな転換点として現れると言われてますから・・・」

「保守的な考えを持つ輩からしたらまさに激動の火種ってやつになるのか」

「それに旦那様の着ているローブは大地の精霊教会の物・・・大地の精霊教会は他の精霊教会と一線を画すほど厳格だと聞きますしぃ・・」

「(闇がとりわけゆるいとかじゃねぇよな・・?)」

「・・・?どうしたんですか旦那様?」

「いや、別に・・・?しかし、そうなるってーと・・噂話なんてあっという間に広がるもんだろうし人相書きまでは出ないだろうが、ある程度の特徴は出回るか?となると、帝国に入る前にはアレを完成させておくかなぁ」


ブツブツと呟く銀二に同意するように頷くライラ。それに対して首を傾げているエルノが銀二へと問いかける。


「そいや、昨日とかライラの姐御と鍛冶屋行ってたみたいっスけど、何作ってるんスか?」

「なに、ちょっとした装備品だよ。ライラがいねぇと作れねぇけどな」

「ふーん?」

「それはそうと、次の街を出たら分かれ道があるんだっけか?」

「露骨に話を逸らされた気がするっスけど・・・そっスねぇ、この前ライラの姐御が言ってたように、次のギョレって街を出てすぐに道が分かれるんすよ。一つが首都ルドニ行き、もう一つが帝国方面行きっす」

「地図で見るに、それなりに大きな街っぽいな。連邦は結構大きめの街が多いよなぁ」

「歴史上、各種族の居住地だったものが発展した街が多いからだろう。ほかの国と違って、連邦という形になって一から開拓したというのはあまり聞かないからな」


エルノが取り出した地図を男二人で覗き込んでいると、後ろからライラが地図の各所を指さしていく。


「エルノの出身である狼人の街シグナ、狐人の街ティビリ、猫人の街タブリ、そして狸人の街ギョレ。その他にも主だった種族の居住地だった場所が大きな街になっていったのは数多い」

「・・狸人、ね」

「お?なんスか、狸人となんかあるんスか?」

「こっちはなんかしたわけじゃねぇんだけどなぁ」


口からモクモクと煙を出しながら、死んだ魚の目を空へと向ける。


「ぜってー厄介事が待ってる・・・オッサンもう何事もなく通り過ぎるとか諦めたわ」


―――

――


ざわつく室内に多種多様な獣人達が集まりそれぞれが雑談に興じている。狼、猫、狐に狸、鳥に熊や猪、椅子には座れないが馬人もテーブルにはついている。


「今回の闘技大会も、まだ始まってすらいないのにかつてない盛り上がりを見せていますなぁ」

「うむ。しかし人通りが多いということは、事件・犯罪の発生も増える可能性が高いという事。軍や警邏隊からなにか報告は?」

「聞いた話では盗賊の発生が見られている。ほれ、以前から話に上がっている例の・・・」

「ああ、あの・・・」

「ふん、義賊だかなんだか知らんが法を犯していることに変わりはなかろう。この時期は帝国方面から多く人が訪れる。万が一帝国人が襲われることがあれば・・・」

「帝国の介入もあり得る、というわけですな。軍隊による鎮圧は?」

「非常に癪ではあるが、難しいと言わざるを得ない。我ら獣人はもとより野山を動くことに長けたものが多いとはいえ、向こうは常日頃その山や渓谷で活動しているのだ。地の利は向こうにある」

「・・手を出せばこちらも多大な出血を強いられる、か。忌々しい」


厳つい顔をした狼人の男がその眉間に深い皺を刻めば、同意するように複数の男たちが頷き返す。


「精々が街道に軍を派遣し警邏に回るほかなかろう」

「ですな・・・では軍に要請をだす方向で行きましょう」

「――それと、こら小耳に挟んだことなんどすけど・・」


ひとつ話が終わる頃合いに、ちょっと変わったイントネーションの鈴を転がすような声が室内に響くと、その場の全員の視線が狐耳の女性に集められる。それを感じ取るが意にも返さず広げた扇で口元を隠したまま女性は話を続ける。


「ヴァルデの街でおっきな馬車の事故があったみたいどす」

「ああ、それは私も聞いたよ。まったく、帝国の通信魔導具とやらは凄いものだな」

「ウチもそれで聞いたんどす。馬車三台が絡むおっきな事故だったみたいどすなぁ。せやけど、結果的に死傷者は、ゼロ」

「ゼロ?馬車三台にもなれば死者までいかずとも重傷者くらい出そうなものだが」

「いや、結果的に・・ということは、事故発生時にはいたということだろう?」


狼人の男が鋭い視線で狐人の女性に問いかければ、しかし動揺することもなく静かに頷く。


「どうやら聞いた話では、精霊教会の治癒師がおったらしおす」

「精霊教会の治癒師?噂に聞く帝国の治癒師一派とやらか?ヴァルデどころか連邦に入ったという話は聞いたことが無かったが・・・」

「ヴァルデの街は・・・たしか数人、昔ながらに営む治癒師がいただけだったはずですな」

「死に瀕した子供をあっちゅうまに治して、その場におった人たちに指示出しながら全員の治療をしたみたいどす」


女性の話にその場にいた全員がほぉっと感嘆の声をあげる。中には感慨深げにウンウンと数度頷きながら聞いているものもいるようだ。


「素晴らしい。しかし・・・治癒術というのはそんなに素早く行えるものだったか?」

「とんでもない。治癒術は数ある魔力行使の中でも非常に難しい部類。魔力反発を起こさぬように慎重に魔力波長の変化から魔力同調を行い、拒絶反応を出さぬようにゆっくりと傷や病に術を行使する。ましてや怪我の部位を的確に診断せねばならんのです。その全てが針の穴に糸を通すような繊細さが問われるのですから、その難易度は・・・」

「・・目撃者や協力して治療にあたった人らから聞いた話どすけど、軽いけがは一撫でしただけで治療したなんて話もあったみたいどす」

「一撫で・・!よもやそれほどまでに卓越した技量の持ち主か!」

「できれば会って話を聞いてみたいものだな」

「うむ。私のところに入った情報とほぼ同じだ。しかも、驚くべきはその魔力量というではないか。豪胆な熊人ですら圧倒されるほど濃密な魔力を漂わせてたらしい」

「圧倒的な魔力量、一撫でしただけで人を癒す力、的確な指示を出す冷静さ。ハハハ、まるで御伽噺のような話だ」


狼人の男のその言葉に、然りという言葉と共に和やかに笑い声が漏れ出す。


「して、その人物は今もヴァルデに?」

「それが、あっちゅうまにいーひんようになってもうて、ギョレの街に向かったみたいどすなぁ」

「ふむ、騒ぎがあってすぐに出ていくという事は、なにか急ぐ旅かね」

「・・・事故の時にも、馬車に乗って出発するときにもお仲間がいるみたいどす」

「それはそうだろう。街を出れば魔物が跋扈するような土地でもあるわけだしな」

「それが、獅子の尾を持つ銀髪の娘がおっても?」


女性の言葉に、ピタリと室内全員の動きが止まる。中にはティーカップを傾けたまま動きが止まったものもいるくらいだ。


「なん・・・だと・・・?」

「聞こえまへんどしたか?・・・火ぃの一族が一緒におる、言うたんどす。それも銀髪の娘の」

「あ・・あわわわ・・・」

「にゃっ、ミッキー議員が口から泡噴き始めたぞ!」

「い、いかん!トラウマが・・・!」


非常に小柄な鼠人の男(ほぼ少年にしか見えない)がガクガク震えながら口から泡を噴き出すと、猫人の男がぎょっと目を剥く。

それをいたたまれないという風情で、熊人の男が腕を組みしみじみと呟く。


「こ奴はあの時、一番近くでアレを見てしまったからな・・・」

「火の族長、あの怒りの凄まじさは・・・」

「その族長の導火線とまで言われた・・・たしか、ライラと言ったか」

「その娘を連れて旅をしているという事は、目的地は鎮守の森か」

「・・・あっ」

「・・・あっ!」

「えっ・・・?」


狼人の男が腕を組んで呟けば、それに猫人、鳥人が思わず声を零し、狼人の男がそちらに向く。


「その治癒師さん、今ギョレの街に向かったんにゃろ?」

「という事はっ!その後は帝国へ向かう北方街道へ行くと見たっ!」

「まぁ・・・そうなるだろうな」

「だが!このタイムスケジュールからすれば北方街道は・・っ!」

「街道封鎖が始まる頃合いにゃろ」

「あっ」

「帝国の貴人はんが通るさかいねぇ。暫くは北方街道は通れへんどっしゃろ」


ぼんやり呟きながら湯呑を両手で持って飲む女性に、狼人の男は指先でこめかみを押さえながら思案を続ける。


「街道から逸れて進もうにも、北方街道は森林地帯。獣道しかない場所を馬車で通るのは自殺行為だ」

「如何にも!されど帝国の貴人の安全性を鑑みれば街道を通らせるわけにもいくまい!!今からでは帝国側と話し合っても現場に指示が届くには間に合うまい!!」

「待っていただくか・・・迂回して頂くほかない、か」

「と言っても、迂回路は首都を経由して北西に行って、そこからティビリの街を経由して鎮守の森に向かうルートしかにゃいぞ?」

「鎮守の森に向かうには多少タイムロスとなるだろうが!帝国の方の進行で足止めを食らうよりはまだ短かろう!!」

「連邦中央を横断する大渓谷がここにきて厄介なものとなったな・・・」


狼人の男の言う様に、連邦中央に横たわる大渓谷は丁度ギョレの街のほど近くから始まり西へと斬り裂くように存在する。その大渓谷の中央やや南に連邦の首都ルドニが存在しているのだ。なお、橋を架けようにも強力な魔獣が底から飛び出てくることもあるため、その計画は頓挫している。


「むむ・・・」

「唸っても仕方があらへんやろ。幸か不幸か、噂の治癒師はんと一緒におるみたいやさかい、道中は安全やろ」

「とは言っても、何が発端で導火線に火が付くかもわからんのだぞ」

「治癒師はんと一緒におるんやったら、ライラはん望んでるちゅうことやろ。下手に手ぇ出すよりは、静観しとった方がええんちゃいますか?」

「そう・・・だな。ともなれば、無用に手出しをすることは各種族慎むように。獅子の尾を踏んで死にたくはあるまい?」

「あわわわわわ・・・」

「・・・誰か、ミッキー議員を連れ出してやれ。ルドニに彼らが訪れた際には迎賓館へ来ていただくが、それ以外の接触は行わぬよう。では、今回は以上で解散とする」


狼人の男がそういって議会を閉めると、それぞれの種族の者達がぞろぞろと退出していく。ヤレヤレと何事もなく呟きながら立ち上がろうとする狸人の男の横を、狐人の女性が通る瞬間――


「思い通りに事を運ぶとは、思わへんこってす」

「―――ッ!」


ゾッと背筋に氷柱を入れられたような、そんな底冷えのする声で女性が言えばビクリと狸人の男が震えあがる。

それに対して何事もなかったかのように立ち去っていく狐耳の女性に、ギリリと歯を軋ませて睨みつける。


「・・・これで勝ったと思うなよ、女狐っ」


――

―――

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