31―血塗れはごめんといったな、言ったのにな!―
ちょっと脳裏をまったく別の妄想が浮かび上がって、ひとまず落ち着かせるために試しに文章にしている間にちょっとだけ間隔があいてましたな・・・
ヴァルデの街に着いた翌日、休息日という事で各々が自由行動をとっている昼下がり。銀二はライラと共に汗を流したあと、ちょっと遅めの昼食を摂っていた。
「んーしかしすまんなぁ。俺の都合に合わせる形になっちまって」
「いや、ギンジ殿には再三世話になっているし、これで恩返しできるなら・・・」
「そういってもらえるなら助かるが」
山盛りのステーキを頬張りながら言うライラの姿に、苦笑しながら食後のコーヒーを飲む。暫くは静かな食事風景を送っていた二人だが、ふとライラの持つフォークの動きが止まる。
「ん、どうした?」
「いや、悪い意味ではないのだが、どうしてアレを作ろうと思ったのかと」
「どうして、っつてもなぁ」
いつもの様に懐から取り出したタバコに火を着ける銀二は、タバコを挟みながら頬杖をつくとその手とは逆の手でテーブルを指でトントンと叩く。
「単純な話、今使ってるモノは大半が借り物みたいなもんだしな。それに代わるもん作っとかないと、返した後大変だろ?」
「返した後・・・か。そうか、そうだな」
「・・・?」
少し物憂げな表情で両手をテーブルに下ろしたライラに、訝し気に見る銀二だがさしもの彼も他人が考えていることまでは見抜けない。だが、今までの人生で培った経験からなら答えへと導くことはできる。
「故郷に、実家に帰った後の事か?」
「―――」
「どうしてわかったか、か?さてね、そう思ってるんじゃないかと感じただけさ」
ふぅーと視線は切らさずに、チラリと横だけ向いて煙を吐き出す銀二にきょとんとするライラ。その後に観念したとばかりに息を一つ吐く。
「・・・貴方には隠し事などできそうもないな」
「そうかい?ま、俺に不利にならんなら大概はスルーしちまうけどなぁ」
カラカラと笑う銀二に今度こそ毒気を抜かれたのかライラも珍しく表情を動かしてほほ笑むと、今度は銀二がきょとんとした表情になる。
「ん?どうしたギンジ殿。あ、食べかすでもついていたか?」
「ああ、いや。普段あんまり表情動かしてないからあれだけど、お前さん笑うと本当に美人だよなぁ」
「んなっ!いきなり何の話だ!」
「ライラをからかうと面白いなって、待て待て帯電すんな」
指先からバチリとスパークを出す彼女に、引きつった笑みでなだめる銀二だがふと通りから人々の声が騒がしく聞こえ、スゥっといつも眠そうな彼の目が鋭く細まっていく。
「―――」
「ギンジ殿?」
「通りの様子がおかしい・・・。店主!代金はここに置いておくぞ!」
「ギンジ殿!どこに!?」
椅子を蹴飛ばしながら立ち上がった銀二は、代金の銀貨をテーブルに置くと店の外へと飛び出していく。それを丁度最後の一切れを口に含んでいたライラも、急いで飲み込むと荷物をもって追いかけていく。
――
「これ・・は・・」
外へ飛び出し大通りへと抜けた先でライラが見たのは、まさに阿鼻叫喚といった様子だった。複数の馬車が事故を起こしたのか、地面に投げ出された人たちが血を流しながら倒れている。
「いてぇ・・・いてぇよぉぉ!」
「うわああぁぁん!おかあさぁぁん!」
「おい!治癒師はまだか!?」
近くにいた野次馬の一人が周囲を見渡しながら叫ぶと、その声にハッと気を取り直してライラは周囲を見渡す。通り沿いの店や家の住人達に紛れてよく目立つ白いローブの銀二は、キョロキョロと忙しなく視線を動かして怪我人たちを見比べている。
「ギンジ殿!」
「ライラか、丁度いいところに。ちょいと手伝ってくれ」
言いながら銀二が騒動の現場の中に踏み込むと、その場にいた全員が銀二を、銀二の着ている精霊教会のローブを目にする。
「治癒師様!」
「治癒師が来たぞ!」
「いてぇよぉ!早く治してくれぇ!」
「助けて!はやく!!」
まるで亡者のように、救いを求める様に銀二に手を伸ばす彼らだが銀二は毅然としながら歩を進める。その先には血に濡れた体を丸めながらピクリと動かない子供と、頭から血を流しながらもその子に呼びかける母親。
「ライラ、あの母親を引き剥がしてくれ」
「あ、ああ。おい、治癒師が来てくれた、治療をするから離れてくれ」
「ああ、はやく!はやくこの子を助けて!!はやく!!」
血に塗れた手を銀二へと伸ばそうとするが、その手をライラがつかんで少し離れさせる。それを無表情に見送りながら、しかしすぐに倒れた子供に視線を戻す。
「(吐血、顔面に挫傷、左上腕骨折、全身の広範囲に強い打撲・・・そして、肺に突き刺さった肋骨。ただの治癒術では難しいな)」
視界に入る怪我人たちを、スキルを応用させてトリアージの要領で資格情報を追加していく。それと並行しながら目の前の少年の容態に、眉間に皺を寄せながら治療の選択肢を選び続ける。ひとまず延命として最低限の治癒術をかけ続けながら、周囲の状況を確認し横転した空の幌馬車に目を移す。
「おい、そこのお前ら!その馬車を起こせ!!」
「お、おれらか?」
「テメェ等以外に誰がいやがんだ!さっさとしろ!」
「は、はいっ!!」
近くで見ているだけだった獣人の中で、見るからに力自慢の熊やら狼やらの獣人数人を指さしで指名して指示を出せば、銀二の体から無意識に発せられた濃密な魔力を伴った圧力に怯えながら幌馬車を起こす。それを見届けながらゆっくりと少年の体を横抱きに持ち上げると、幌馬車の中へと優しくおろす。
「ついでに、まだ倒れてる馬車を起こしておいてくれ。このまま放っておいたら別の馬車を巻き込むかもしれねぇからよ」
「お、おう!」
「それと、怪我人を救助してほしいんだが、頭から血を流してる奴は無理に動かすな。軽傷のやつは・・・おい!そこの食堂のオッサン!店の中に怪我人入れさせろ!!」
「が、合点!!おい、店のテーブルどかせ!!」
「あそこの食堂に怪我人を運び込め。いいか?頭から血を流してたり、強く打ってる奴は担架なりでゆっくり動かせ。・・冒険者の奴は応急手当ぐらいできんだろ!見てねぇでさっさと動け!!」
「「りょ、了解!!」」
アイテムバッグから手袋を取り出し装着しながら指示を出せば、その剣幕に百戦錬磨の冒険者たちも跳び上がって動きだす。それを横目に見ながら目の前の少年に視線を戻せば、明らかに衰弱している様子が見て取れる。
「(やることを整理しよう、治療の殆どは治癒術による修復が可能。問題は突き刺さったままの肋骨をどうするか)」
そこで一度思考を切りチラリと視線を後ろに向ければ喚きたてて近づこうとする母親と、それを必死の形相で止めるライラ。
「(絶対数は少ないモノの、基本的にケガや病気の治療は治癒術だよりの殆ど発展してない治療体系。・・・・開腹なんぞしたら、なにいわれっかねぇ・・・ま、その時はその時か)」
少年の頭に手を置き魔力を流していく。10秒ほどそうした後、軽く少年の腕をつねったり目の前で手をヒラヒラとさせ始めるが少年は一向に反応を示さない。それを見ていた母親が叫び声をあげながらその場に崩れ落ちる。
それをただただ冷静な思考で排除すると、おもむろにアイテムバッグから買ったばかりのまだ使ってないナイフを取り出し鞘から抜き放つ。
「お、おい・・あの治癒師・・っ」
「あ?なんだよ中の事なんか見えねぇんだからさっさと手を動かせ!」
「(ギンジ殿・・・なにを・・・)」
細められた瞳が映し出す最適解と自身の経験による技術を合わせて、周囲の音を消しながらただただ冷静に少年の体にナイフを走らせる。
傷口からピピッと血が噴き銀二の顔に少なからずかかるが、ピクリとも表情を動かさずに冷静にナイフで少年の肌を斬り裂いていく。
「(メスもクーパーもねぇ、なにもかもがねぇくそったれな状況だが、多少の無茶はあとで治癒術でごまかす)」
日本にいた時にはその発達した手術器具のおかげで最小限の傷だけですんだが、ここではそうもいっていられない。大きめに切った切口から手を直接差し込み、肺に刺さった肋骨を静かに抜き取る。そこまで行くと本格的に出血が増えてローブなどにも返り血が目立ち始め、馬車の近くを通った男の一人が腰を抜かしたのか体をのけぞらせて尻もちをついた。
「―――!!」
「――!!?」
「――――――!」
周囲の叫び声などの騒ぎの一切をシャットアウトした銀二は、抜いた肋骨の接着と同時に肺の穴を閉じる。ある程度できると、さっさと手を抜きあとは外部から全力で治癒術をかける。
噎せ返るほどの濃密すぎる魔力の奔流と眩いほどの光が幌馬車から漏れると、それまでの騒ぎが嘘のように通り全体が静まり返る。
五分ほどそうしていただろうか、誰もが動けない状況の中幌から銀二が血塗れのまま顔を出し外へと降りてくると、近くにいた男は尻もちをついた状態から土下座へと移行し、深く頭を下げ始める。
それを、あぁ?とばかりに顔を歪ませ、頭を掻こうと手を挙げるが血塗れたそれを見てため息一つ零して腕を下ろす。そのまま視線を周囲に走らせ、食堂へ運ばれた怪我人を見るとその近くの男たちへ声をかける。
「そっちの怪我人の状況は!」
「は、はいっ!?」
「意識の無い奴、頭を強く打ったような奴、血を多く流してる奴、そんな奴らはいるのか!?」
「はい!出血が多い者三名、意識不明一名!その他骨折者、かるい擦過傷数名です!」
「あいよ、ご苦労さん。そっち、馬車はどうだ!?」
「はい!倒れた馬車はすべて起こしました!現状問題なく走れそうですがこの後店に持って行って見てもらう予定です!」
スタスタと臨時病院と化した食堂へと歩みを進めながら状況把握を行う銀二と、まるで軍人の様に敬礼さえしながら返答する周囲の男たち。
「それと、そっちの女性衆!井戸から水を汲んでタライやバケツで持ってきてくれ!あればあるだけだ!」
「は、はいぃ!」
術中の無表情さが嘘のように、今度は熾烈なまでにギラつく目をしながら周囲へと指示を出していく銀二とそれに従い動き回る人々は、即席ながら見事なチームワークで治療を進めていくのだった。
―――
ふぅーー、と深く吐いた息は白い煙と共に銀二の口から飛び出していく。夕陽が差し込んでくる食堂の一角で背もたれに身を預けて天高く届けとばかりにタバコを吸う銀二は、まさに疲労困憊というような死んだ目をしていた。
「クッソ疲れた・・・」
「・・・お疲れ様、だな。ギンジ殿」
コトリ、と置いたコップにはコーヒーが注がれ、それを置いたライラは銀二の対面へと腰を下ろす。ざわつく店内は尽力した協力者や軽症者たちへと軽食が提供されていた。
「―――」
「あの手術に思う所でもあったか?」
「っ!」
「表情はあんまり動かねぇのに、ライラはなんとなくわかりやすいなぁ」
ケラケラと笑う銀二にコーヒーを飲むライラは少し視線を強めて銀二を見る。それに対して肩を竦めて答える銀二。
「こっちじゃ魔法やら治癒術やらが発展しているからなぁ。あーゆー外科手術なんぞ見たこともねぇよな」
「手術・・・」
「俺の故郷じゃ魔法や治癒術なんて便利なもんねぇからよ。病気になった臓腑を切り取ったり、折れた骨に釘打ち込んだりなんてのは当たり前だったんだよ」
「・・・ゾッとする話だ」
「そうかい?まぁ道具がねぇからかなり手荒にやっちまったが、それでも今まで五千人は人の体を切って開いてきたぜ?」
「五千・・!?」
ライラと話しながらコーヒーに口を着け、はぁ~と実に美味そうに息を吐く銀二。その姿をどこか眩しいモノでも見る様に目を細めて眺めるライラ。
「ギンジ殿は・・・まるで英雄のように人の命を救ってきたのだな」
「・・・英雄。英雄ねぇ」
「・・?」
ぼんやりと天井を見上げながら煙を吐き出し告げる銀二に、訝し気に視線をよこすライラ。銀二はそのまま彼女に視線を合わせることなく宙を見上げたまま言葉を紡ぐ。
「誇りある一族の窮地に、単身飛び出し身を削るような旅を続ける奴。困った人や村を放ってはおけずに、頼まれ事を引き受ける奴。襲い掛かってくる魔物と立ち向かって・・多くの命を救った奴。そんな奴を知ってるんだが、そういうやつが英雄って呼ばれるんじゃねぇのかね」
「・・・」
「別にそんな風に呼ばれるために旅をしたわけではない、だろ?」
「・・ああ」
「俺だってそうさ。俺なんて医者になったのは親兄弟から強制されてだしなぁ・・・嫌々やっていた俺とは違って、お前さんは・・・ライラは冒険者を続けていきたいんだろ?」
ジリジリとタバコが燃える音が妙にライラの耳に届く。そしてその音と同じように、胸の奥で燻っていた言葉を代弁した銀二の言葉に深くうなずく。
「最初は・・・一族のために、ただそのために里を出た。しかし、旅を続け様々な人々と出会い多くの出来事を知った。それが妙に嬉しかった」
「・・・」
「一族の事は確かに重要だ。その為に身命を賭していたのだから当然ではある。だが、冒険者として生きていくことも・・私の中で次第に大きくなっていた」
両手でカップを包み視線をやや下へ向ける彼女の姿は、まるで神に祈るような・・懺悔を行うかのような姿に見えた。その姿をチラリと視線だけでみた銀二は、深くため息を吐くとタバコを灰皿へと押し付ける。
「いーんじゃねぇの?」
「え・・・?」
「今まで里の為だとか一族の為だとかで生きてきたんだろ?なら、アレを持ち帰ったら・・全部終わったら今度は自分の為に、やりたいことをやる為に生きても、いーんじゃねぇのかって」
「しかし・・」
「・・・もし、お前がやりたいことを止められても、俺はお前を応援するよ」
そういって笑う銀二に、呆然としたように口を開けて彼を見上げるライラ。
「どうして・・・」
「どうしてって・・そりゃお前、やりがいってもんは大事だぜ?」
顎でしゃくりながら横を示す銀二に従って、顔を横に動かせばこちらに歩いてくる一組の親子の姿があった。まだ若干青い顔で歩く少年は、母親としっかり手をつなぎながら二人のテーブルへと近づいてきた。
「おじさん、お姉さん、僕を治してくれてありがとう!」
「おう!随分元気になったな!」
「まだちょっとふらふらするけど、お母さんが一緒にいるから大丈夫!」
「この子ったら、お礼をするんだって聞かなくて・・・。私からも、改めてお礼を。本当にありがとうございました・・っ」
「ございました!」
そういって深く頭を下げる二人を、銀二は顎をさすりながら口角を挙げて答える。それ見ながらライラはオロオロとしながら視線を彷徨わせ、少年はニカッと笑いながらライラを見る。
「お母さんすっごい力強かったでしょ!お酒飲んだときとかすごい自慢してるんだから!」
「こ、こら!」
「見た感じあのまま俺のとこまで来てたら治療できなかっただろうなぁ・・よくお母さんを止めててくれたな、ライラ」
「え、あ・いやそれは・・まぁ」
「僕も大きくなったら冒険者になって、お姉さんたちみたいにいろんな人たちを助けたいんだぁ」
「おぉ、そりゃいいな。ってことは、俺たちは未来のヒーローを助けたってことになるなぁ」
「えへへ。ホントにありがとうね!」
少年の言葉に、じわりとライラの瞳に大粒の涙があふれ始め、ポロポロと頬を伝って落ちていく。
「お姉さん大丈夫?どこかいたい?」
「ちがっ・・違うんだ・・ありがとう」
「アハハ!お礼言いに来たのにお礼言われちゃった、変なのー」
「ふ、ふふっ、そうだなおかしいな」
涙を流しながら、それでも見せたのは透き通るような笑みだった。
「ありがとう、か。いいもんだねぇ、医者冥利に尽きるってもんよ」
「・・冒険者とて同じだよ、ギンジ殿」




